61話 語れぬ真実
この章の最後のトリはお兄さんで、説明回になっています。
──御陵海人──
俺は彼女の病室へと向かっていた。
昔からどうしても不可能な時を除いて毎日欠かさず続けてきたこの行動は、うちの病院や関係者の間では最早知らない者がいないようになっている。
いや、知らないのは俺の大切な弟の理玖だけだ。
あいつには絶対に知られちゃいけない。
それは俺達の間で取り決められた、絶対順守される決まり事だ。
親父もお袋も、高辻のおじさんとおばさんも、医師も看護師も。
ひょんなことから偶然知った、知ってしまったあの子も。
全員口をつぐんでいる。
弟を守るために。
弟が高辻兄妹に勧められて開始したAS。
あの世界は俺にとっても、重要な意味を持つ。
今から会いに行こうとしている彼女が中学生の頃にバイトでαテスターをしていたゲームであり、あの忌々しい事件の後、意識の戻らなくなった彼女の精神がいるであろう世界。
何故ならば、医療に当たっていた親父や高辻のおじさんに俺が提案したからだ。
意識の戻らない彼女にASのデータの入った医療用VRギアを取り付けてみてはどうかと。
彼女のテスターアカウントとプレイデータを利用して、彼女の精神を向こうの世界に送れないかと。
このゲームの中へと入った彼女の精神が、意識のある状態で無事にダイブしてくれているならば、その世界で彼女を見つけて、必ず現実に連れ帰ってみせると。
彼女は、杠葉は俺の恋人だ。
俺が動かなくて、誰が何時動くんだよ。
当時の俺のこの提案は、端から見れば子供の戯れ言であり、あり得ない程滑稽な絵空事だった。
だが、原因不明の昏睡状態に陥った彼女の治療に行き詰まった親父達から、別アプローチのこの提案は一考の余地ありと認められ、このゲームの開発会社に勤めていた高辻のおじさんの協力の元、彼女に取り付けられモニターされる事となる。
そうして彼女の精神は、無事あの世界にログインを果たした。
向こうでの現身に問題が発生してログアウトされる事態になっていない所を見るに、あの世界に無事定着して生活を送れているようだ。
高辻のおじさんの話では、過去テスターがログインしていない時は、常にあの世界を加速していたらしい。
時代を進めて、その推移を確かめる目的があったとの事。
そして全てのテストが終わった後は、数百年規模で一気に時代を進めたそうだ。
その後の調べで、しっかり世界が安定している事だけは確認はしているとの事だが、それ以外の情報は全くない。
運営チームの方針として、以後は構築の終わったシステムに全てを任せる事を決定しているそうだ。
介入したくないのか。
介入出来なくなったのか。
俺にはその決定の裏側を知ることは出来ない。
おかげで今、精霊世界がどうなっているかは、極秘機密事項となってしまっているらしかった。
そのせいで、これ以上詳しい情報を引き出せなかったらしい。
おじさんは開発部署ではなく、広報及びテスター部隊のまとめ役だったからだ。
これくらいしか出来なかった不甲斐ない親父だが娘をよろしく頼むと、俺に頭を下げるおじさん。
それでも相当無理をしてくれたのは、想像に難くない。
必ず見付けて連れて帰って来ますとだけ答えて、俺はあの世界へ旅立っていった。
発売前はテスター用アカウントを借り、正式発売後は周りの影響も考慮し、俺自身のアカウントを用いてもう一度作り直し、来る日も彼女を探し続けた。
テスターアカウントの時は世界移動制限がなかったから、大陸中の全ての都市や街、村を訪れ、噂を集めては真相を確かめ、また彼女に似た人がいると聞いた時は、それがどれだけ遠くても会いに行った。
彼女がどんな種族になっているかは誰にも分らなかった。
杠葉はこのバイトで知り得た情報を誰にも言わなかったからだ。
俺には当然の事、家族にもおやじさんにも話さなかった。
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、彼女はよく言っていた。「最初っから知っていると面白くないでしょ」と。
探索ばかりをしてもいられない。
現実での生活もある。
彼女や弟の為にも医師になると決めていたから、必要な受験勉強や課題、論文等は全てゲーム内にメール転送し、向こうの世界で本を作ってこなした。
こういう時の加速空間は、現実世界より時間がとれるから楽だ。
そうして初めてのログインから四年が過ぎた。
精霊世界で16年もの年月を費やしても未だ有効な情報すら得られず、それでも諦めずに探索を続けていた俺に転機が訪れる。
何も知らない弟と高辻兄妹の三人がASと出会い、プレイを始め……そして、呆気なく彼女が見付かったのだ。
弟が『セイ』という名と共にあの世界に生を受けた時、チュートリアルにて守護契約をした精霊として、彼女の姿がそこにあったのだから。
どれだけ探しても見付からない筈だ。
まさか人ではなくプレイヤーとしてではなく。
精霊として、しかも精霊王女として世界を支える側にいたのだから。
どうしてそうなったのか分からない。
高辻のおじさんもその話を聞いて、まさかのあり得ない事態に目を丸くしていた。
樹君から問い詰められ、それと同時に送られてきたスクリーンショットを見た時、俺は少なからず衝撃を受けた事は事実だ。
何故俺じゃないのかと。
何故もっと早く俺の前に現れてくれなかったのかと。
一瞬でもそう考えた自分が嫌になる。
だが、その気持ちはすぐに見付かったことによる安堵の方へと傾いていった。
樹君の説明では、杠葉も記憶を失った状態であったから。
あの日杠葉が最後に見た光景。
そこで弟の傷ついた姿が強く彼女の脳裏に焼き付いていたのならば。
記憶を無くしたのにも関わらず、潜在意識の中で理玖の事を守ろうとしていたのだと気付いたから。
すぐにそう思い直す。
昔から杠葉は子供の世話をするのが大好きで、理玖の事も自分の弟のように可愛がっていた。
俺を焼きもちさせるほどに。
そんな俺を見てはにこやかに微笑み、そして、いつも俺達の将来の姿を夢見ていた。
杠葉の声が脳裏に響く。
「保育士になりたいし、それに……海人との子供が産まれた時の予行練習みたいなものよ」
遊び疲れて眠る弟の頭を撫でながら、不意に飛び出した彼女の爆弾発言。
いつも俺を赤面させては、その様子に微笑んでた彼女。
「いつか、りっ君離れしなくちゃね。もちろん海人もよ」
「弟を可愛がって何が悪い」
「じゃ私も悪くないわよね?
というか、海人は過保護過ぎよ。まぁ、こんなに可愛すぎるりっ君が罪なのかしら?
まぁ海人はしっかりしているから放っておいても安心できるんだけど、りっ君はどこか危なっかしいのよね。そういうところに惹きつけられるのかしら?」
「おいおい、酷いな。俺ももっと構ってくれよ」
「ちょっと張り合わないでよ。りっ君は既に結衣ちゃんが唾付けてるからね。私はただ見守るだけよ。
出来たら結衣ちゃんと結ばれて、そして幸せになってもらいたいな」
あの楽しかった日々。
それを壊したアイツ等を一生赦しはしないし、この身にかえても、幸せだった以前の日常を取り戻してみせる。
それに、あの事件で理玖の命を最終的に救ってくれたのは杠葉だ。その時の行為が、無意識に現れているのだろう。
未だに苦しむ理玖を守ろうとする行為なのだろうと。
杠葉はそういう奴だ。
自分より人を優先する。
杠葉に懐いていた理玖もまた。
杠葉に関する記憶を無くした今もなお、彼女の行動原理が弟の中に深く息づいている。
それに真実は彼女を目覚めさせる事が出来たら、すぐにわかる。
まずは一歩前進。
あとは覚醒させるだけなんだ。
すぐに高辻兄妹へ話せる事情だけを説明し、協力を要請した。
本当はこの二人を巻き込みたく無かったのだが、こうなっては仕方ない。
その時に弟が特異職に目覚めた事を知り、そう言えば、この世界に生まれながらの古代森精種として生を受けていたという事を思い出す。
特異職。
それは、世界に認められ、世界の歴史に名を組み込まれた証。
精霊と深く繋がりのある御子など、その最たるモノ。
そして……。
俺の特異職も同じ。
人前で本気を出す訳にもいかず、それに俺に付き従う者達もまたかなり特殊だ。
あのビギンの街で彼らと待ち合わせをした際、この世界を普通に楽しもうとしている彼らに、俺が十六年の旅で得た情報を伝えるわけにもいかず、必要以上の精霊の知識を教えるわけにもいかず。
現在のプレイヤー達が知りうる情報のみ教えたのにもかかわらず、弟は──セイは世界と共に歩む真実の入り口に辿り着いた。
まあ、無自覚で辿り着いたんだろうが。
俺がこの先出来る事は何か。
いざという時、あいつをバックアップできる体制を構築する事。
落ち着いてから状況把握の為に会いに行くことを考えていた時、彼女が『セイ』の内で眠りについたことを知る。
動画が出回り、その容姿も相まって有名になっていく弟。
どう見ても、今の弟は可愛い女の子にしか見えないからな。あまりに無防備なその姿に、心配が尽きない。
本来なら、俺が常にそばに居られればいいんだが、俺は厄介な事情を抱えていて共にいられない。
そのイライラからか、弟の力に気付き接近しだしたクラン――特に『円卓』に思わず「妹に近付くな」と言ってしまったが、本当はあのクランに任せるのが一番いいのが分かっている。
あそこには同じ特殊職を持つ〔勇なる者〕と〔聖者〕がいる。彼らに任せれば、弟を守り通してくれるはずだし、役目も一致する。
……なのに、彼らに任せるのを悔しく思ってしまう俺は、本気で過保護なんだろうな。
それにだ。
きっと一番の懸念が無事解決できた事によって気が緩んだせいで、なりふり構わず走り続けてきた疲れが一気に噴出したのだろうか?
最近はのんびりと息抜きをしたくなってきていた。
杠葉の居場所の判明が出来たことだし、明日からのワールドイベントくらい結果を気にせずのんびりと楽させて貰おう。
確かおじさんの話では、アレも同時に実装される筈だ。
……そう、今だけは。
この世界をゲームとしてのんびりしていたい。
そんな事を考えつつ、俺は病院の最上階にある特殊病棟に辿り着き、関係者以外立ち入り禁止と表示された扉を開ける。
そこには生命維持装置に繋がれ、医療用VRヘッドギアを装着された俺の眠り姫。
俺の恋人の杠葉。
いまだ意識を取り戻さず、六年以上もの年月を静かに夢を見続ける彼女に、俺はいつものように微笑みかける。
「おはよう、杠葉。今日も世界はいい天気だよ」
次章からセイ君に戻ります。
ようやくワールドイベント開始ですよ。
さてと、どうなる事やら。




