60話 同盟を結ぼう
お待たせしました。60話は、ユイカちゃんになります。
あれ、お兄さんじゃないのかって?
ちょっと話の流れからこの章の最終話にする為、後に回しました。
──ユイカ──
「ユイカさん、伝えたい話ってなんでしょうか?
それとも何か問題でも発生したのでしょうか?」
「それは……むぅっ」
ティアちゃんの第一声と同時にカグヤさんがとった行動に、あたしは思わず唸ってしまった。
目の前には向かい合った形でティアちゃんとカグヤさんがいるんだけど、ティアちゃんのその言葉の何かに過剰反応したのか、それとも怒られると思ったのか、いきなり彼女の背に隠れてしまい、シュンと小さくなってしまったカグヤさんを見たからだ。
カグヤさん、あなた統括精霊の一柱でしょ。
何でそんなおっかなびっくりな上、ティアちゃんの陰に隠れるような真似してるのよ。
館に居た時は普通……に見えなかったけど、普通だったとして、ずっと傍にいたサレスさんが居なくなっただけで、こうも変わっちゃうとは。
知らない土地に来て、知らない相手に囲まれちゃったワンコみたいな状態で、ティアちゃんの背後に隠れてながらこっちを覗いているカグヤさんの態度に、少しもにょもにょしてしまったけど、それをすぐに飲み込む。
ずっと長い間、それも百年以上も引きこもってた子が外に出たら、こうなってもおかしくないと思い立ったからだった。
他人との距離感を測れなくて、多分怖いんだろうなぁ。
ましてあたしはティアちゃんとは違い、精霊じゃないからね。
でも出会ってから今まで一緒に居たんだし、今は同じ旅仲間として、そして同じ男を好きになり愛していこうとする者同士として、あたしともちゃんと接して欲しいな。
……ただカグヤさんって、セイ君には普通に接しているのよ。
いや、むしろ普通を通り越してる。特にスイッチ入っちゃった時なんて、ある意味従属レベル。
完全に信用しきって、全てを捧げ、全てを受け入れている感じ。
尻尾振って大好きなご主人様の後を必死でついていこうとするワンコみたいになってるの。
あ、元々半分ワンコか。
これも距離感を測れない弊害なのか、大好きすぎて自分からゼロ距離にしちゃってるのかは、あたしには分からない。
ティアちゃんの時もそうだったけど、セイ君に出会ってすぐ『寵愛』を与えたカグヤさんって、ちょっとおかしくない?
一体何があったのよ?
セイ君が『精霊の申し子』という、彼女達精霊にとっては『特別な存在』であるみたいなんだけど、なんかどうも違うように感じる。
どんなやり取りがあったのだろう?
その気になったら、『念話』というモノで内緒話しまくれるセイ君と二柱ってズルい。
ティアちゃんが「寵愛って色んな形がありますから。兄妹愛とか友愛とか」と言ってたけど、そう誤魔化さないでいいよ。
二柱のそれは、大切な恋人に向ける一途な恋心であり、支えていこうとする愛情そのものでしょうが。
ルナさんからカグヤさんに名前が変わったあの日の夜、ふたりだけで何かあったっぽい。
元々出会った直後から、何だかおかしいくらいに距離の近かったあのふたり。
次の日の朝起きてきたら、カグヤさんの匂いがセイ君の身体にべったりついてた上、その距離が更に縮んでいたし。
よく寝言で『ご主人様』って呟いては、えへへと笑ってるし。
でもセイ君は「カグヤの許可がないと言えないよ」と、何も言おうとしないし、カグヤさんに面と向かって訊いたら、何だか頬を押さえて自分の世界に入っちゃうし。
──やっぱりそうなんだ。
隠れて月夜の晩にデートして……告白でもしたのかな。
うー。やっぱりもにょる。
それにそれに。
セイ君ってば、あたしの気持ちにも、ティアちゃん達の本当の気持ちにも、ちゃんと気付いてるくせに。
大切にしてくれてるのはすごく伝わってくるんだけど、何でいっつも踏み込んでくれないの?
求められたらいつでもウェルカムなのに、セイ君の馬鹿!
これ以上は恥ずかしすぎて、自分からは押せないよ。
肝心な部分でヘタレなのに、どんどん犠牲者を増やしていくセイ君に対して、現状への不満が募っていくのを感じ、あたしはかぶりを振る。
違う、今はそんな事を言おうとしたんじゃない。
いやその事にも関わることなんだけど、みんなとちゃんと話し合っておく必要があるの。
「何か勘違いしているみたいだけど、この先の事についての話し合いだよ。ちょっとこのままバラバラのままじゃいけない気がして、みんなで協力しようと思ってるんだ」
気を取り直してそう伝えたあたしの言葉に、意外そうな表情を浮かべる二柱。
やっぱり勘違いしてたんだろうな。
そんなあたしって、そんなに怒ってるイメージでもあるのかな?
ちょっとばかり凹んじゃうよ。
あたし達が集まってるこの場所は、ビギンの街にある宿の一室。
獣人種エリアで宿泊するのを避けたセイ君は、ひたすら飛ばしに飛ばして全ての街をスルー、セーフティエリアでのテントのみの宿泊だけでビギンの街まで帰ってきた。
本人曰く、「もう傅かれるのは嫌だ」らしい。
でも多分それは言い訳で、ホントはカグヤさんのマッチョ獣人嫌いを考慮したんだろうと思ってるよ。
あんな目に合ってたのにもかかわらず、帰りにマトリやバライスに立ち寄って色々買い物しようとか、カグヤさんに会う前はそう言ってたもの。
そういう気遣いがちゃんと出来るセイ君が、あたしは大好きです。
ビギンの街に到着した旨の報告を入れたんだけど、流石にお兄とかみんなはミィンの町を出発したばかりなので、この街の西区にある、この指定された宿屋で宿泊待ちをすることになったのだ。
お兄が選んだだけあって、利便と防犯がしっかりした宿屋だった。そこを中で二部屋が繋がっている部屋を続きで取る。
もちろんセイ君を除いた意見が満場一致になり、そう決まったわけだけど。
セイ君はチラッとこっちを見て諦めたようにため息をついただけで何も言わなかった。
今は宿屋住まいだけど、そのうちきちんとしたギルドホーム、ううん、それだけじゃなくて隣に併設するように愛の巣も欲しいな。もちろん、あたし達だけで。
この世界にも、セイ君と二人だけの愛の巣計画を立てていたけれど、最近はちょっと変わってきた。
セイ君の事をちゃんと知った上で、それでも支えようとしてくれて、かつ彼をずっと好きでいてくれるのなら、傍に一緒に居て貰った方がいいなと思うようになっちゃった。
それはティアちゃんの功績が大きい。この子なら絶対にセイ君を裏切らないと思うから。
それにカグヤさんも。
彼女達がセイ君を傷付けようとするなんて、想像出来ないし。
でも正妻の座は譲んないよ、絶対。
こほんっ。話がまたズレちゃった。
そんなこんなで宿の部屋に入った途端、セイ君はベッドから現実に帰っていった。
向こうで朝干した洗濯物の取り込みと、海人さんが帰ってくる前にと、早めに夕食の買い物と仕込みをしておくんだって。
なんか甲斐甲斐しく家事をこなす奥さんみたい。
まあ口が裂けても、本人には言わないけど。
という訳で、セイ君が居ない内に言いにくい事や連絡しないといけない事を済まそうと、二柱をこの部屋に集めたわけです。
ちなみに虎さん(名前聞き取れないからこんな呼び方してる)はセイ君の中でお休み中、鳥さんはお兄の状況を見に行ってる為に、ここには居ない。
と言うわけで、まずは確認。
「まず最初に。ティアちゃんとカグヤさんはセイ君の事をどう思ってるか、本音を聞きたいと思って。さぁ暴露しよう」
「「えっ」」
あたしのストレート過ぎる質問に、二柱は絶句し、次いで真っ赤になって俯いた。
うん、分かりやすい反応ありがとう。
でも今はあたし達しかいないから、ちゃんと話して貰うよ?
「言わなきゃ駄目……ですか?」
「駄目。その後の話に影響するし」
「うぅっ、ユイカってば、容赦ないよ」
恥ずかしいのか半泣きになってるカグヤさんに、あたしは告げる。
「ほらほら、とっとと言った。今は女の子しか居ないんだから。
──分かってると思うけど、セイ君とあたしは比翼の鳥そのものだよ。死が二人を別つときまで、必ず一生添い遂げる」
そう断言する。
セイ君の傍以外、あたしの居場所はない。それ以外の未来なんて考えられないもの。
セイ君が傍に居るから、見守ってくれるからあたしは頑張れる。
「──私だってそうです。お兄様に救っていただいて拾ったこの命と存在、全てあの方のモノです」
あたしから目を離さず、いつもと違う静かな口調でそう宣言してみせるティアちゃん。
「わ、私だって、セイに宣言したよ。『全てを捧げる』って。
だから、私から『ご主人様』を引き離さないで。傍に居させて!」
所々つっかえながらも、一生懸命伝えてこようとするカグヤさん。
なんだ。
やっぱり二柱とも、あたしと一緒じゃない。
「あたし達はセイ君をどんな時でも守る。だからみんな一緒に手を取り合おうよ」
そう、あたし達は同盟を結ぶ。
これから起こりうるだろう問題からセイ君を守る為に。
精霊の女王様から届いた動画を見る限り、カグヤさんだけの問題じゃない。
セイ君にまで降りかかってくるに決まっている。賭けてもいい。
「同盟……ですか?」
「うん、さしずめ『恋人同盟』ってとこ?
でもセイ君にはこれは内緒ね。あたし達だけの秘密って奴」
ホントはセイ君のって付けたいところだけどね。言いにくいし、あたし達だけで分かっていればそれでいいんだ。
「あたし達の結束が強化された所で、ここからが本題」
あたしが小声で手招きしながらそう言うと、二柱が寄ってくる。
「あたしの同郷の親友がいるんだけど、その子もセイ君を好きなの。マジラヴなの。何年も想い続けてるの。
──で、その子がこれからこちらに合流してくるのよ」
「また増えるんですか?」
うん、増えるんです。
「……またの一柱でごめんなさい」
「あうぅ。カグヤ様の事を言った訳では……」
落ち込み出したカグヤさんと、ぽろっと言っちゃった言葉に焦って弁解するティアちゃんを横目に、あたしはお兄から送られてきたスクショをメニューから引っ張り出す。
そこには、朗らかな笑顔でダブルピースしてる元気そうな着流し姿のお爺ちゃんともう一人、神官が着るようなローブと肩にショートケープを羽織っている森精種の女の子が写っていた。
「この女の子が親友のティリルよ」
神城美琴ちゃん──みこちゃん改め、ティリル。
太もも辺りまであるハニーブロンドの、フワッとしたウェーブが僅かにかかった長い髪の少女を指を指して、二柱に紹介する。
普段はどこかぽわぽわとした天然っぽいユルい雰囲気を持つ癒し系の女の子なんだけど、今は緊張した面持ちでこちらに目線を向けている。
特にセイ君が絡むと、妙に緊張してアワアワしたり、モジモジしだしたりする彼女。
どうやら妄想癖持ちみたいで、急にスイッチ入ってぽーっとしては、わたわたしてるのよね。
それでも彼女は必死に恋心を隠してるつもりで、しかも隠し通せてると思ってるみたいなんけど、あまりに分かりやすくてバレバレなんだよね。
あたしの存在にずっと遠慮し続けているのが丸分かりだから、正直ずっと心苦しかった。
だからと言って、はいどうぞって訳にはいかないし。
彼女はセイ君の本当の秘密を知っている。
あたしのミスで偶然バレちゃったんだけど、それでも態度は変わらず、むしろ積極的に何でも協力してくれた。
五年間。
彼女はあたしにはもちろんの事、他の誰にも言わず彼を想い続け、それなのにあたし達の関係が進むようにと応援してくれた。
まさに二律背反だよね。
そんな彼女を突き放す気にもなれず、そしてあたしもそんな健気な彼女に幸せになって欲しくて。
ずっともやもやとした気持ちを抱いて来たけれど、もう無理だ。
いい加減に解決しようと思う。
倫理観?
そんなモノ、もうどうでもいいやってね。
元の世界の別の国にも、そしてこの世界にも、その解決例が無数に転がってるんだから真似すればいい。
それに理玖君の生家である御陵家は色々特殊だ。勝率はかなり高いと言っていい。
そしてそれはあたしの気持ちひとつで解決する筈。そう確信している。
親友と喧嘩した上、愛憎劇でドロドロした関係になるより、よっぽど健全だとあたしは思うもの。
彼女が言い出したら、いつでも両手をあげて彼女を迎えるつもり。
ううん、期を見てあたしから言い出すんだ。
今までありがとう。これからもよろしくって。
皆で一緒にセイ君を愛し、支えていくんだ。
でもでも、独占欲出ちゃって嫉妬しちゃうのは、たまになら許して欲しいな。
昨日の夜、お兄と家で食事中に初めてその話を聞いて、すぐ携帯端末で美琴ちゃんに連絡を取ったの。
その時にこっちでは呼び捨てにし合う事と、現状の擦り合わせをしたから大丈夫だとは思う。
美琴ちゃんはこっちでもセイ君が周りから女の子扱いされてる事に、特にお兄が女の子扱いしてる事に憤慨してたけど、ちゃんとメリットもあるよと諭しておいた。
一緒に皆で居ても変な詮索されないし、女の子になったセイ君は可愛いし、余計な女の子が近寄って来なくなる(コレ特に重要!)し、セイ君が可愛すぎて堪らないし、ワンコモードのセイ君をモフモフしたい(いつか絶対モフる!)し、それにそれに……。
──こほん、失礼。
他の人のいる所で、『君』呼びしないように気を付けなきゃね。
あの容姿で男の子と言われても、誰も信じないだろうけど。
セイ君の職特性については、他言しないことを条件にティリルには教えてある。
当然セイ君からは、あたしの裁量で教えてもいいとの許可は取ってる。ティリル相手なら問題はないだろう。
端末画面の向こうで、びっくりしすぎて開いた口が塞がらないといった様子の彼女に、「紹介したい精霊達もいるし、会ってからみんなで話しましょ」と、その日は切った。
ほんと会える日が楽しみだよ。
そんな事を思いながら、いじけてるカグヤさんを慰めるティアちゃんの援護にまわり、再び今後の予定をみんなで相談し合うのだった。
でも何かカグヤさんに伝え忘れているような気がするんだけど、何だったかな?
ま、いいか。
その内思い出すでしょ。




