59話 悪鬼暗躍と希望の芽
満を持して、語り部にサレスさん登場です。
時系列はビギンの街を出発したあたりになり、裏で起こっていた出来事です。
──駄メイドが現れたッ!
おや……駄メイドの様子が……ッ!?
──サレス──
「──ひどい有り様ですね」
明け方に発生した凶行。
私達の月の使徒たる守り手のいる村のあまりの惨状に、私は思わず顔をしかめてしまいました。
異変を感知した『旋風の御使い』からの知らせに、たまたま近くをコソコソしていたダークちゃんを見つけて力を借り、すぐにこの村に飛んできましたが、どうやら間に合わなかったようですね。
「フェル様、生存者と下手人の探知お願いします」
「心得た」
子犬サイズまで縮んでいるフェル様を私はしっかりと抱きかかえ直すと、どうしようもなく火の手が回って焼け落ちつつあるナリスの集落の中を進み始めました。
同時に自身の力──隠形にて私達の姿を隠します。
周囲から私と触れているフェル様の痕跡、そして姿まで一切合切消え失せているでしょう。
今の私は普段着ているメイド服ではありません。
身体にピッチリと張り付くような闇色のボディスーツに、漆黒のローブをまとった姿に白き仮面。
昔の仕事着。
正直この昔の姿は好きではありませんが、本来のお役目をこなすにあたり、ルナ様にお仕えするメイド服を汚す訳にはいきません。
「……こっちだ」
フェル様の前肢のさす方へと音もなく駆けます。
途中には、崩れ落ちた家屋から突き出る焼け焦げた人の手らしきものや、通りで二つに分かたれた少年の亡骸、それにルナ様によく似た少女の……。
「痛い」
ペシペシと腕を叩かれ、はたと気付く。
「サレス。解るが、少し落ち着け」
「すみません」
フェル様を抱き締める腕に、思わず力が入りすぎたようです。
謝りつつ、心を無にして先を急ぐ。
向かう方向が結界石の安置場所に気付いたところで、私の耳に剣撃の音が聞こえてきました。
村の一番奥まった場所にある社と祭壇。
その手前にある広場にて、倒れ伏す多くの村人達の亡骸の向こうに。
両腕を失い倒れ伏す当代の守り手を庇うように、彼の娘らしき幼い銀狼族の少女が似合わない武骨な剣を手に、プレートメイルに覆面姿の襲撃者の攻撃を必死の形相で捌いているのが見えてきて。
生存者。間に合いました!
今助け……。
「──あーあ、弱すぎる。楽しくない。
もういいよ、俺の経験値になれよ」
弄んでいただけだったのか、その姿がブレ──次の瞬間には少女の身が袈裟懸けに両断されてしまった。
こ、この男はっ!
こんないたいけな少女をなんの躊躇いもなくっ!?
思わず立ち止まってしまった私の少し前で、覆面姿の殺人者は何やら手元で操作をしていて……。
「お、思ったより経験値高いな!
このボスキャラと近いぐらいあるぞ。ラッキー」
嬉しそうに笑っているその覆面姿の少年の姿が、かつての無様な私の姿と重なり……。
──怒りが湧いてくる。
あぁ、心が痛い。
昔の自分を見せられているようで。
あの時の私はなんと愚かだったことか。
冷たい氷のように。
尖って鋭利の刃のように。
気に入らないモノを手当たり次第に傷付け、人の言いなりになって暴れていたあの頃に。
先代静寂の精霊様に出会い、『お仕置き』と言わんばかりにぼこぼこにされ、そしてお仕えることになったおかげで今の私がいるというのに。
それ以前の愚かだった頃の私に……。
──駄目だ。
戻っては駄目だ。
「これでダムドのおっさんの依頼は終了かな?
バレないうちに早く兄さん達と合流しなきゃ……。
──ああ、そうそう忘れてた。もう一つあったな」
ダムド。
たった一人だけ。
その名と同じ人物に心当たりがある。
違って欲しい。
知っているその人物は、あの女の僕。
八鬼衆──死方屍維の一人獄震のダムド。
あぁ、違って下さい。
違うと、否定をさせて下さい。
あの女の名前を出さないで。
「ユーネちゃんに言われた石壊さなきゃな」
──やはりここであの女の名を言うたかっ!
聞いた瞬間、全身の血が沸騰したかのように激情が私の中を駆け巡り。
思考が──過去の私に成り代わる。
戻ってしまう。
ユーネ・サイジア。
かつての調和の精霊様の神御子にして、堕ちた古代森精種。
先代の静寂の精霊様と雷鳴の精霊を始め、数々の精霊や人類をその手にかけてきた八鬼衆の長。
邪霊戦役を引き起こし続ける元凶。
私達の明確な怨敵が、今この大陸に来ているっ!
そして今度はあの方を……。
──愛しい我が子同然のあの子を、毒牙にかけようと画策するかっ!
自身の隠形の制御が甘くなり、隠しきれなくなった激情と殺気。
ほんの僅かに漏れ出たそれを察知したのか、体をひねり飛び退ろうとした男の覆面を、投擲した毒水晶のナイフが掠める。
ちぃっ。
せめて傷さえ付けられたら、終わっていたものを。
覆面の右半分が解け、その隙間から見える栗色の髪と尖った犬耳。
「誰っ!?」
攻撃したことで隠形が解け姿を現した私を、驚いた表情で見つめるその顔はやはりまだ若い。
恐らく別世界から来た獣人種の少年。
あの女に唆され、ネフィリムの尖兵と化した哀れな少年。
だが──覚えたぞ。
その面を。
「知る必要はない。死して詫びろ」
「なっ!? ここで新ボスで連戦かよっ!」
いいだろう。
貴様がこの世界で邪悪な使徒として好きなように生きるというのなら。
まずはそのふざけた生き様をぶち壊し、恐怖と悔恨の人生へと変えてやるっ!
「ウオォォォォーーン」
フェル様の姿──三メートル大の大きさに膨張した姿から発せられるプレッシャーに引き攣り強張った表情で後退りを始めていく。
「んなっ!」
反転して逃げ出した奴の腕が私の展開している『糸』に触れ、血飛沫を上げる。
硬糸。
かつての私の得意武器の一つであった綱糸が、精霊となった際に発現した新たなる力。
私の精霊力を長く細く伸ばし硬化させる事で、切断やトラップに使ったりと多種多様な使い道が出来る便利な技の一つ。
触る瞬間に気付いたのか、足を止めようとして勢いがなかった為に切断には至らなかったが、最早チェックメイト寸前。
糸は既にこの広場四方に展開済み。
慌てて腕を押さえ周囲を見回すネフィリムの使徒に、私は暗い笑みを仮面の下で浮かべる。
そう。
お前が村人にやってきたように、私もお前を切り刻んでやろう。
「──我らの前から逃げれると思ったのか?」
「犬が喋ったっ!? しかも逃亡不可の複数同時ボス戦とか、これマジでやべぇ!?」
無知とは恐ろしい。
フェル様を『犬』呼ばわりするとは。
『サレス、お前は下がっていろ。
こやつは我が貰うぞ。食い殺しても問題ないな?』
『ご随意に。
──ですが、きっと不味くてお腹壊しますよ』
『言葉の綾だ。実際に食らう訳ではない……。
──サレス、過去に囚われるな。前を向け。今のように軽口叩いている方がお前らしい』
言われて気付く。
確かに激昂し自分を見失いはしたけども、フェル様の声を聞いた途端、何故かすぐに取り戻しつつあることに。
『奴らの一味を赦せないのは、我も同じ事。
奴らの所業を防げなかったのは、我も同じ事。
お前だけが背負う事はない。我にも背負わせろ』
──私は。
フェル様に甘えさせて貰ってもいいのでしょうか……?
『……ありがとうございます』
相変わらず人情に厚い狼ですね。
いや、この場合、狼情でしょうか?
とりとめもない無駄な思考が出る時点で、完全に今の私に戻っている事に、私はなんだかほっとしていました。
『サレス、糸の維持を頼む。後は我が……』
「ちぇっ。もう仕方ないなぁ。ここで死に戻るか」
フェル様の念話の途中で、奴がボヤキながら取り出したモノ。
あれはっ!?
「なんだとっ!?
貴様正気かっ!」
「なんだ、知ってるのか。ダムドのおっさんもどうしようもなくなった場合のみ使えと言ってただけはあるな」
自身が何を持っているか理解せず、どうなるのか考えず、ただ静かに嗤う少年に戦慄する。
あれは──邪魂炎精。
捕らえ無理やり狂わせた炎の精霊達を圧縮させて最低でも数十年閉じ込め、その怒りと狂気と命を糧に、周辺一帯を炎と邪気で吹き飛ばす、いわば禁忌の対精霊爆弾。
どす赤黒い光を放つ宝珠は、取り出したその時すでに起動し、その内部で臨界を迎えつつあった。
幾ばくも猶予がない!
『もう無理だ、放置しろ! お前が消滅してしまうぞっ!』
嗤いながら突っ立っている奴に攻撃しようとした私を押し倒し、更に巨大化して覆い被さってその腹下に庇い……。
あまりの大音響に周囲から音を感じられなくなると同時に、庇ってくれたフェル様を襲う激しい衝撃が私まで貫き、そのまま意識を失いました。
「──ん。サレス、身体は無事か?」
「……フェル様、いくら私が魅力的だといっても、押し倒す前にせめて雰囲気作って下さいよ」
「そこまで軽口が叩けるなら問題はないな」
心配して覗き込んでいたフェル様が溜め息混じりに動くと、周りの風景が目に入ってきました。
既に太陽は天高く上り、眼前には荒野。
爆心地は抉れ、見渡す限り数キロに渡って起伏がなくなっています。
随分長い間気絶してしまったようです。
しかし、この爆発の規模から考えるに、アレは数百年クラスのモノのようですね。
同じモノが他にまだあるとは考えたくはないのですが、直ちに女王様へ報告して対処を始めませんと。
これだけのモノを持ち出したということは、本格的にルナ様を害しようとしているのでしょう。
このまま放置するわけにはいきません。
やはり一ヶ所に留まりすぎましたか。
「フェル様は……大丈夫のようですね」
心配して見上げれば、フェル様の体表から砕けた氷の欠片の残りがパラパラとこぼれ落ちている程度で、その美しい毛並みに一辺の焦げもありません。
自身の毛皮に氷の結界を纏って耐えたみたいです。
「ちょっとばかり痛くて熱かったがな」
フェル様は精霊の眷属ではなく強大な聖獣な為、あの程度の邪気ならダメージを心配しないでいいのは助かりますね。
とはいえ。
「ダークちゃんは大丈夫でしょうか?」
闇と影を渡る力でフェル様と私をここまで連れてきてくれた同僚。
あまり荒事は向かない上、意外とビビりでどんくさい所があるのにも関わらず、今回は前に出ようとしてなかなかいう事を聞いてくれなかった彼女。
そのヤる気に逸る彼女を何とか宥めて丁重に遠慮してもらい、退路を確保する名目で村の入口に待機して貰っていたんですが、よもやこんな事になるとは思ってなかったのです。
まさか爆発に巻き込まれて……いや、そんな筈は。
やはり一緒に連れてきた方が良かったのでしょうか……。
嫌な考えを振り払いながら彼女の身を案じていると、フェル様の影からにょっきりと手が生えて、一柱の少女が顔を出して来ました。
あ、無事でしたか。良かったです。
「ふわぁ、危うく消滅するところだったよ……」
上半身だけ影から出し、地面にぐったりと体を投げ出してボヤいている彼女は闇の精霊ちゃん。
闇色のフリフリゴスロリファッションに身を包み、ぼろぼろに見えるように加工した清潔な包帯で左目を隠した、小柄でお人形みたいな可愛いオッドアイの少女。
森精種から転じた為に長い耳をしているのですが、今のダークちゃんの耳は心なしかしょんぼり垂れています。
私から見て、先輩にあたる精霊ですが、親しみを込めて『ちゃん』呼びしてます。
初顔合わせの時そう呼ばなかったら、陰でいじけてましたし。
「ダークちゃん大丈夫ですか?」
私の問い掛けにびくんと身体を揺らした彼女は、まずは無言で影から出て来た後、左目を包帯の上から触りながらビシッと明後日を指差し、
「──うむ、我があの程度でくたばる筈がなかろう?
小賢しい使徒の目論見など、我が左目にある精霊眼が全てお見通しだ」
先輩、平常運転で何よりです。
「さてダークちゃん、館までの転送と女王様への報告お願いしますね」
「転送はともかく、なぜ我がそんな事をしなくてはならん。
風の奴にさせればよかろう。どうせ視ておるのだろう?」
「邪魂炎精の影響でこの近辺の精霊は間違いなくほぼ全滅です。『旋風の御使い』も機能してないと思います」
「だが……」
「では私が代わりに行きますので、ダークちゃんは私の代わりに館でルナ様をお願いしま……」
「ああっと、女王陛下にお会いする予定があったのだった!
ついでに報告もこなしてくるとしよう」
焦って言い訳して逃げようとする相変わらずのダークちゃんに、頭が痛くなります。
適当な理由つけて逃げようとするこの子、ルナ様が嫌いではなくむしろ大好きなんですよ。
ちょくちょくやって来ては館の廊下の角や天井の影から顔を出して、そっとルナ様の様子を見守ったりしてますし。
今回精霊島へと報告に行くのを断ろうとしているのも、ルナ様が心配でその周りから離れたくないからとみてます。
気配に敏感な私にとって、大変なんですよ。
頑張って気付かないフリをしないといけないんですから。
ほんと理由は分かりませんが、頑なにメイド服を着るのを嫌がるんですよ。
彼女の中では『館にいる。イコール、メイド服を着なければならない』になってるみたいで。
昔は見るのも嫌がっていましたから、それから比べると格段の進歩なんですが……。
知らなかったとはいえ、昔言わなきゃ良かったですよ。
「百年以上も戻ってきてないじゃないですか。たまにはルナ様に会いに来て下さいね。寂しがっておられましたよ」
「う、うむ。そのうちな」
真っ赤になって明後日の方向を見やるダークちゃんに気付かないフリを継続しながら、撤収の確認を行う私達。
といっても、何もない。
この地から全てが無くなってしまった。
ルナ様への報告は……どうしましょう?
少し時間をおいて考えましょう。
今は私も冷静ではないのだから。
そうして幾日かが過ぎ、ある日の事。
ついさっき『旋風の御使い』に届けられた感応石を弄びながら、どうするか未だに踏ん切りがつかない時、それは起こりました。
急激な力の高まりを感知したと同時に、脳裏を揺さぶられ、フェル様と私の力を込めた結界が破壊されたのです。
万全ではなくなってしまったとはいえ、抵抗すらなく、呆気なく。
『フェル様!』
『今行くっ!』
まさか直接ここを狙ってきたっ!?
奴らに分からぬよう隠蔽の力を混ぜてあるのですよ!
慌てて外に目を向ける。
湖の畔にいる人影の中にいた、一人の森精種──いや、古代森精種。
一瞬あの女が来たと勘違いしましたが、すぐに間違いに気付きました。
ああ、やっとです。
報せを受けたその時から、ずっと来訪を待ち望んでました。
訪問手段がまさかの強引突破だとは思いませんでしたが、ようやく王女の御子様が来て下さいました。
その身を取り巻く精霊力とマナに。
優しげで、かつ力強い意志の込められた力に。
まだまだ力は未熟。
だけどその意志の強さは何人たりとも負けはしないでしょう。
この先惑うかもしれない。
打ちのめされるかもしれない。
でもきっと立ち上がってくる。
そう感じ取れる予感を胸に、ますます私は試したくなりました。
この方なら。
ルナ様を任せられるかもしれないと。
愛し子を守り通して下さると。
そして時が来たならば。
私達の希望へとなって下さるかもしれない。
私は賭けます。
『さぁフェル様、行きますよ。御子様の元へ』
次のバトンはあのお兄さんの予定……だったんですが、入れ替えるかも?




