54話 その名は
お待たせしました。
2018/2/26 事故で~の下りに昔小さい頃の話を一文追加。
辿り着いた山頂。
そこは狭いながらも、一面の花畑になっていた。
黄金色の大きな蕾を付けた花の絨毯の中に作られた畦道を、ボクの背から降りたルナと共に進んでゆく。
その周囲に舞う下級精霊の光達。
急なボク達の訪れにも関わらず、歓迎する意思が見える。
向かう中央には、小さな石碑とそれを囲むように建てられた祠がある。それが目的地のようであった。
「数日前だから期待してなかったけど。やっぱりまだ少し早かったわね……咲いている花が一輪もないなんて」
花畑と天の月を仰ぎ見ながら、ルナが悔しげにボヤく。
「この花は……月光花?」
瞳に映るその花の名前が脳裏に浮かんでくる。
名称:月光花
状態:高品質
種別:素材
効果:月の光を集めて、満月の夜に花を咲かせる
願いと鎮魂の花
花咲く花びらの魔力が、死者を安らかに導く
と言われている
精霊が持つ力を増幅させる秘薬の材料の一つ
であり、月の力が強く働く場所にのみ咲く
貴重な花
「よく知って……ああ、精霊眼『森羅万象』の力ね」
中央の祠に辿り着くと、ルナはこちらに振り返った。
「この場所は鎮魂の頂。歴代の守り手が眠るこの地に足を踏み入れたのは、サレスとフェル以外ではあなたが初めてよ」
「鎮魂の頂?」
「そう、私の領域――この館の結界を展開させている要石を設置している村の英霊達を祀る場所。
この地を急いで離れないと行けないから、今日が最後になっちゃうんだけど」
「ルナ……」
「あの時は感情的になってしまってごめんなさい。
あなたやサレスが悪い訳じゃないのに」
「いや……ボク達の世界の人達の仕業でもあるんだ。罪滅ぼしって訳じゃないけど、ルナがいいと言うまで守り続けるから」
「うん……ありがと、セイ。
明日には用意を終わらせるから、明後日には出れると思う。その前にサレスにも謝らなきゃね」
今夜一柱で抜け出してまで、ここに行きたかったのは。
彼ら英霊に別れの挨拶をしたかったのか。
でも、このままじゃ……。
彼女は近くにあった月光花をいく束か摘む。
「満月まで待てなくて、ごめんなさい」
「──待って」
その花束を石碑に捧げようとするのを、ボクは押し留めた。
やっぱりこのままじゃ駄目だよ。
絶対悔いが残ってしまう。
疑問符を浮かべる彼女の右手を、そっと取り。
「セ、セイ!?」
「ルナ、ちょっと力を貸して欲しい。ボク達の手でこの花達を咲かせよう」
真っ赤な表情のルナのその手を、ボクは両手で祈るように包み込んだ。
上手くいくか分からないけど、鑑定結果から想像したボクの推測が正しければ。
月の光──月の精霊力を溜め込む花で在るならば。
ルナの力を増幅出来るならば。
精霊魔法というのは、魔法行使者の願いを精霊が汲み取る魔法でもある。
一般的に、下級精霊の力を借りる魔法だと言われているけど。
別に上級精霊に力を借りてもいいはずじゃないか。
無理やりじゃなく。
想いが一致しているならば。
この地に月の精霊力を満ちさせる事くらい出来る筈だ。
「……想像して。一面に咲き誇る月光花を。ボクがルナの想いを形にしてみせる」
「そ、そんなのできっこな……」
「ボク達ならやれる。ボクはルナを信じている。だからルナも……何があってもボクを信じて」
「あぅ……。セイってば、強引すぎだよぅ、もぅ」
断言して、ボクは自身の弱気な心と甘えを、そしてルナの逃げ道をも塞ぐ。
そして、ボクは考え付いた方法を説明する。
「そんな力の使い方するの初めてだから……その、お願いします」
そのボクの言葉に、ルナはボクの手に左手もおずおずと添えてくる。
近付くボク達の距離。
「こ、こうして一緒に祈った方がいいと思うの。何かあれば、その、強引でもいいから助けてね」
「そうだね」
大いに緊張しながらも、そう前向きになってくれた彼女に感謝しつつ、
「さぁ、やるよ。用意はいい?」
「うん。よろしくお願いします」
共に頷き、ボク達は。
共に深く祈り。
共に宣言する。
「「──咲き誇れ月の花 願わくは かの英霊達に安息を」」
周囲から音が消えた。
ボク達から流れ出た膨大な魔力の奔流が、ボク達の周囲を激しく渦巻く。
抜けていく力に抗うように、咄嗟に身体を強張らせて力を止めようとするルナの気配を感じ、ボクは呼びかける。
『ルナ、ボクの手からMPを補給して。イメージもボクが支えるから』
いつの間にか心と心が繋がっていたルナに必死に呼びかける。
『そんな事したら、セイの負担が。倒れちゃうよ』
『気にしないで。ルナはただ祈る事だけを。頼んだよ』
何の保証もない空元気だった。
でもボクは言った。
宣言した以上、それくらい耐えてみせる。
──セイのMP、とても優しくて暖かい。
触れあったり、彼の匂いに包まれてると、
何だかすごく落ち着くの。
どれくらい時間が経ったのだろうか?
不意にボクの思考にルナの思考が混じった。
いまだかつてない一体感。
念話とは違う、偽りようのないストレートな感情の伝播。
いつしか、周囲に取り巻く魔力の嵐は、穏やかな微風となり、ボク達を包み込んでいた。
──今日会ったばかりなのに、どうして
こんなにも私の心を揺さぶるのだろう。
鷲掴みにして離してくれないのだろう。
時が間延びしたような空間の中で、ルナの想いが綴られていく。
──この人に、どうしてこんなにも
従いたくなるのだろう。
ずっと一緒にいたい。
役に立ちたい。
この精霊の想いを形にしたい。
悔いが残らぬように。
──ズルいよ。ほんとズルい。
こんなのズルすぎるよ。
ルナの想いと思考が筒抜けになるということは、こちらの事も筒抜けになるという事。
──姉様とヴォルちゃん。
みんなと共に。
彼女の思考に触発されて思い出したエフィやティアとの馴れ初めや思い出が、ルナと共有されていく。
──私『セレーネ』もあなたのお傍に。
私の全ての力と存在をあなたに捧げます。
ふわりと香る花の匂いと共に。
唇に柔らかな感触を残して。
イメージ通りに世界が改変されたのを感じ取ったのを機に。
ボクは意識を失った。
意識を取り戻すと、後頭部に柔らかな感触を感じた。
寝起きのようにぼーっとした瞳に映ったのは、花弁を精一杯広げて咲き乱れる月光花。
ボク達は周囲に満ちる月光花の安らいだ香りに包まれていた。
「……起きたかな?」
ルナの声がボクの中に優しく染み入る。
そっと額に置かれた手がボクの前髪をかきあげ、目を合わせて覗き込んでくる。
女の子座りをしたルナの膝の上で目を覚ましたボクは、覗き込んでくる彼女の視線から逃れるかのようにそっぽを向いた。
何だか恥ずかしくて飛び起きたかったけど、まだ身体がダルくて起き上がれない。
「どれくらい気絶してた?」
「私のMP半分をすぐあなたに注いだから、あれからほとんど経っていないわよ。
ほんと、倒れるまで頑張りすぎ」
「……でも、上手くいったみたいだね。倒れた甲斐があったかな?」
「むぅ。心配したこっちの身にもなってよね。そんな事言う人は嫌い。大嫌い」
唇を尖らせて文句を言う彼女だけど、背後の尻尾はさっきからずっと嬉しそうに振られ続けている所を見ると、ボクがやったことが無駄じゃなかったと分かって少しホッとする。
「さっきの現象は一体何だったんだろう?」
「多分、『共鳴』……だと思う。体験したの初めてだし」
昔サレスから聞いた話だけど、と前置きした上で、自信なさげにルナが答える。
精霊魔法使いが稀に発現させるらしく、精霊と行使者が一体感を得た状態になり、飛躍的にその能力を相乗させるらしい。
更に相性の良さやお互いの感情にも左右されるとか。
それを聞いて、ルナとはこれからも上手くやっていけそうで嬉しかった。
そう言えば、ここまで明確じゃなかったけど、坑道で行った邪気払いの舞も、似たような状況になってたなぁ。
「そ、それに私セイの事……。
その……もしかして共鳴の最後の方しっかり覚えてるの?」
思い返していたら、おずおずとルナが聞いてきた。
「『セレーネ』のこと? 真名だよね?
そう言えば、その時……?」
「はぅっ! やっぱりぃ」
気を失う前、彼女の言葉やその時に感じた事を言ってみたら、彼女はその身体をビクンッと大きく震わせた。
「どうしたの?」
今もぷるぷる震えてるのが伝わってきて、どうしたのかな、と思って見上げてみれば、なんか真っ赤になった頬を両手で押さえて頭を振ってるんだけど、何があったんだろ?
「……あれば気の迷い、そう、気の迷いで……はうぅっ。初めてなのに、つい我慢出来なくて。
あうぅぅっ、はしたない子だと思われちゃってるかも?」
もしもしー?
いきなりどうしたのさ?
「ボクに真名を教えてくれたんだよね。もしかして聞かなかった方が良かったの?
初めて人に真名を教えたんでしょ?」
「う。そっちじゃなくて……」
真っ赤になりながらも、こっちを少し潤んだ目でじっと見つめ下ろしてくるルナに、何だかこっちまで居心地が悪くなってくる。
なに、このお見合いみたいな空気。
気絶寸前だったから、あやふやだ。
もう一度よく思い出そうとする。
そう言えばあの時、『あなたに捧げます』とか言ってたな。
そして、花の匂いと共に柔らかいものが、ボクの口を塞いで……。
時折自分の唇を触りながら、ぽーっとこちらを見つめ出したルナの様子に、その高確率な可能性に気付いた。
……。
えっ、まさか?
「そ、そうだ、ルナ。
これから一緒に旅するなら、人前では『ルナ』も『セレーネ』も使えないし、別の名前を考えようよ!」
膝枕の状態から何とか起き上がり、そう会話を振る。
あっ……と、名残惜しそうな小さい声を上げるルナから、ほんの少しだけ距離を取る。
ごめんなさい、逃げてます。
恥ずかし過ぎて、まともに顔が見れなくなっちゃいそうで。
ええ、どうせボクはヘタレですよ。
ユイカ――もとい結衣以外の、ボクと同い年くらいの女の子にこんなに積極的に行動されたの初めてで。
昔その行為の意味を知らない小さい頃に、結衣にせがまれるまま何度かしちゃってたけど。
ここ最近では、起こそうとした結衣に寝ぼけられてキスされた事があったけど、それはその、まあ事故みたいなもので。
この世界では初めてで。
こんな可愛いコがボクなんかを、そんなに……。
――あぁ、もう。
駄目だ、ストップ。
なんだか恥ずかしい事を色々考え始めた自分の思考を無理やり止める。
「セイ?」
「大丈夫。なんでもないよ」
ボクの様子に首を傾げたルナに、なるべく平然として返事をする。
昔から結衣の事が、自分よりも大切で。
今もそれは変わりないけど、少し前に新たにもう二柱、エフィとティアという大切な存在が加わった。
全力で甘えてくるティアの事も、出来るだけ考えないようにしてたのに。
ボクの意識の中へと。
心の中へ、するりと抵抗なく入って来たルナ。
既に一柱の大切な存在として、見てしまってるボクは。
それぞれのやり方で甘えてくる彼女達の全てを受け入れたくなる。
いや、僕自身まで彼女達と状況に甘えたくなる。
嬉しい半面。
状況に流されて、自分の意思を見せないボクは、このままでいいのだろうか?
ひとりを選ぶことで、他の誰かを傷付けたくない。いや傷付く姿を見たくないボクは、卑怯者なのだろうか?
この世界なら赦されるのだろうか?
お前は考えすぎだと、人に言われそうだけど。
正直、どうしたら良いかわからなくなっていく。
「名前は、セイに決めて欲しいな」
思考の迷子になりかけた時、ボクの手を取りルナが言った。
一瞬何のことか分からなかったけど、すぐにさっきボクが言った台詞を思い出す。
「姉様やヴォルちゃん、二柱の名を決めた時みたいに、私もあなたに名付けて欲しいよ」
月の精霊ルナ。
真名はセレーネ。
共にボクの世界では、月の女神の名を冠する彼女に、ボクは言う。
「カグヤ」
既に決まっていたかのように、その名が浮かぶ。
「ボクの世界のおとぎ話にある月の姫の名前だよ。
そのまんまだけど、真っ先に思い浮かんだんだ」
「カグヤ……月の姫」
反芻する彼女。
大切なモノのように、胸に手を当て、目を閉じて繰り返し呟く。
「もし気に入らないなら、別の名前を考えるから。どう、かな?」
「ううん。この名前がいい。ありがとう、セイ。
ふつつかな私ですが、よろしくお願いします」
ボクの言葉に彼女は、柔らかくふわっとした笑顔を見せてくれた。
「──どういう状況で、異邦人と事を構えたかまでは分からない。その時、何があったかまでは知らない。
でもあなた達は信念を持って立ち向かったと思っているわ」
風の音と虫の声に混じって、カグヤの声が響く。
祠の石碑に向かい、語りかけるように心境を吐露し始めるカグヤの後ろ姿を、ボクは静かにそっと見守っていた。
ボクにとって、出会う事がなかった村の人達。
彼らはただこの精霊を守る事だけを考え、戦いに散っていったのだろうか。
大切な精霊を守るために。
そして。
彼らを手にかけた奴ら。
いやそればかりか、村人全員を。
例えこの世界をゲーム感覚でしていたとしても、普通の神経じゃ出来る事じゃない。
今まで出会ってきたこの世界の住人の人達が、脳裏に浮かんでは消えていく。
もし彼らが傷つけられ、命を散らす事になったとしたら。
絶対に許すことはないだろう。
こちらの世界にいる間は、その報いを受け続けてもらおう。
カグヤも……今そう思っているのだろうか?
ボクはそういった悪意ある意思、特に暴力系には敏感だ。
いつからかはボクもはっきりとは覚えていないけど、そう六、七年くらい前に入院していた頃には、既にそうだった気がする。
例の額の怪我で入院したんだけど、その切っ掛けや、その時に何があったかは覚えていない。
しかもそれより昔の事は、ぼんやりとしている。
印象深い出来事は覚えているんだけど、それに付随するボクの思いというものがちゃんと思い出せない。
恐らくだけど。
その時に何かの悪意ある事件に巻き込まれたんじゃないかと思っている。
記憶障害を起こす程の何かが。
その事を家族や周りに言うと、皆口を揃えて否定してくるけど、どうにも違和感があっておかしいんだよね。
治療に当たった病院も医師も、ボクの関係者というか、親だしなぁ。
しかも、当時はそんな事を考えている余裕がなかったからね。
結衣の身に起こっている異変には、すぐに気付いた。
入院していた自分の事よりも、結衣を助けたい気持ちの方が大きかったから、随分駄々をこねた。
少しでも彼女の傍にいてあげたくて、親に懇願して無理やり退院したのよね。
最初は随分怒られたけど、ボクの決意の固さと想いに最後には折れてくれた。
その無茶振りを許容してもらったのもあって、感じていた違和感を今更聞けないし、もう気にしていない振りをずっと続けてきたけど、その当時の出来事と選択が、今のボクを形作った大きな要因であることは間違いない。
これは勝手なボクの想像だ。
ボクが忘れてしまった出来事を、結衣は忘れていなかった為に、あのような状態になったと思っている。
ボクに心配かけさせまいとして、毎日お見舞いに来て空元気を振る舞っていたあの状態に。
原因は何か分からない。
もしかしたら、ボクが原因かも知れない。
でも、あの時は震える女の子一人を守るのに精一杯だったボクの手は、この世界では、もっと多くの人達を助けが出来る筈だと。
出来る事を探していこうと。
嗚咽を漏らしながら石碑に語り続けるカグヤに、過去の結衣と重ね合わせていたボクの中で、何かがカチリと、外れていたジグソーパズルの一部が組み合わさった気がした。
この話、相当苦戦しちゃいました。
ストーリー展開自体は規定路線ですぐ終わったんですが、どこまで心情描写をすればいいものか、やりすぎてくどくなってないか、とか頭を悩ませた話となってます。
ほんと難しいですね。
次回はこの章のエピローグになる予定です。




