52話 依頼
この章のラストに向けて、シリアス始まります。
『ディスティア。要点だけじゃないと、時間無くなっちゃう』
『そうね。保存録音モードだと、あまり長時間記録出来ないのを忘れていたわ。
かなり嫌な話も混ざるし、手短に言うわよ』
佇まいを直し、こちらに向かって報告を始める。
『フェルとサレスから報告を受けたわ。要の村の一つが壊滅した、とか。
あの女ども、別世界の旅人を利用する事を覚えたようね。今回下手人は処理できたようだけど、今後はどうなるかわからない。手を打つ必要が出てきたわ。
そこでよ。タイミングよく、そこに王女の御子であるセイさんが向かってるわ。
ルナちゃんはいち早く合流し、直ちにその場所を放棄して避難を開始し、奴らの目から行方をくらましなさい』
「っ!?」
ビクッと身体を揺らして、硬直するルナさん。
ボクを指名って、それはいいんだよ。
ただ気になる、聞きたくなかった単語が。
フェルさんから聞いてたけど、こうして改めて聞くとかなりクるものがある。
『次はわたし』
ずいっと前に出るエターニア様。
『ルナ、よく聞いて。お願いがあるの。
セイの中に眠る娘を起こして欲しい。あまりにも長過ぎるの。
眠り続けている原因が何かまでは実際に会わないとよく分からないけど、あなたとソルの二柱で干渉すれば覚醒させられるはず』
やっぱりというか、長過ぎるのか……。
ソルさんというのは、ルナさんの姉にあたる精霊だよね。
確かユイカの守護精霊で、太陽を司っていたはず。
『セイさんの事は、少しくらいは王女から聞いてるわね?
信頼に値する人物よ。まずは信頼を得る事を始めなさい。直接戦うすべを持たない貴女を、きっと守り通してくれる筈。
そしてソルちゃんに会いに行きなさい。あの子は南に行ったはずだけど、情報が古過ぎて確証はないわね。昔から放浪癖がすごいから。眷属の方が行き先の情報を握ってるかもしれないわ。
後は――今回ちょうどいい機会だから、いい加減その引きこもりを直すように。いいわね?』
『あ、もうない。
最後にサレス。もしセイに会ったら伝えて欲しいの。
わたし達と共に在ろうとしてくれてありがとう、と。
そしてこの情報は信頼できる者以外、公言しない事。以上です』
そんなエターニア様の微笑みと台詞を最後に映像は消失し、感応石も再生時間を過ぎたか光を失った。
あんぐりと口を開けたまま固まっているルナさん。
ボク達も言葉が出ない。
ただ、サレスさんだけが淡々と後片付けをしていた。
エフィの謎の眠り。
彼女を眠りから醒ます為に、ソルさんと会わなければならなくなった事。
精霊女王様の依頼。
フェルさんの語った襲われた村の事。
そしてこの件を起こしたのは、ボク達の世界のプレイヤー……。
これ、ボク達に見せて大丈夫だったんだろうか?
しかもこんな重要な情報をどうしろと?
ボク達はこの世界に来たばっかりでまだまだ弱いのに、ルナさんを守り切れるんだろうか?
「以上です。セイ様、そういう事ですのでよろしくお願い致します。
こちらの感応石はセイ様のMPを注げば何度でも再生できますよう設定しましたので、必要な他の方への説得用にお持ち下さい」
「ちょ、ちょっと待って」
光を失った感応石をこちらに押し付けようとしながら、強引にそう締めくくろうとするサレスさんにボクは抗議を上げる。
立ち上がって、彼女の方へと詰め寄った。
「どうしてこんな大事な、重要な情報をこの場で公開したんです?
断片的に必要な事だけ話せばよかったんじゃないですか。それにこれをどうしろと?」
「それは貴方が『御子』で、ユイカさんが貴方の仲間だからです」
そう答え、こちらをじっと見つめてくるサレスさん。
その表情に今までのおちゃらけた空気が一切ない事に、ボクは思わず息を飲んだ。
ティアを助けに行く前日に、エフィにも言われた言葉。
それがまたここで出てきた。
一体、何なのだろうか?
「私からは詳しく申せません。ただそのうち分かるときが来るかと思います」
申し訳なさそうに言葉を綴るサレスさんに、ボクはそれ以上何も言えなくなる。
「ただ勘違いして欲しくないのですが、誰もが貴方一人に全責任を負わせるつもりは全くありません。貴方自身が信頼できる方へと引き継いでいただいても結構です」
「信頼できる……?」
レントを始め、源さんやマツリさんの顔が脳裏に浮かぶ。
そして……。
彼らの顔も。
「この静寂の精霊、精霊女王様より拝命した命令にて、独自に動くこととなります。ですから、その間、ルナ様のお傍にいる事が出来ません。
貴方だけが頼りです。ルナ様をよろしくお願いします」
サレスさんはこれから別行動なのか……。
そのせいで、ルナさんは知り合いが誰も周囲にいない状態になる。
そんなのは……。
そんなの誰に言われなくとも。
「ルナさんの件は任せて。必ず守るから。
でも独自の命令って……それは例の村の事?」
「はい」
「危険じゃないんですか?
恐らく相手は精霊にとって……」
「その為にフェル様を始め、他にも多くの協力者がおられるのですよ。その方達は精霊ではございませんので」
確かにそうだ。
精霊と言っても万能じゃない。
それは全てではないとはいえ、僕自身が精霊化スキルで一部体験している事だからよくわかる。
「……聞いてない」
俯いたまま、急にぼそりと呟くルナさん。
その様子にハッとして、サレスさんを始めボクたち全員彼女の方を振り返る。
「……村ってなに?」
あぁ。
もしかして。
「壊滅した村って何?
私そんなの聞いてない。彼らはどうなったの?」
こちらを見ず、抑揚のない声でルナさんが続ける。
サレスさんが露骨にしまったという表情を浮かべた。
「それは……」
「要の村って、『ルマリア』? 『ナリス』? それとも……」
順繰りに村の名前を挙げていくルナさんの表情が歪んでいく。
「引きこもる? 分かってるよ。
でもその村の人達は、こんな私の元をたとえ代が変わっても、会いに来てくれて。普通に接してくれた」
「ルナ……様……」
「彼らがどうなったのか教えてくれないの?
言えないんだね。きっと、恐らく全員死……天に召されたから」
その身体が次第にカタカタと揺れ始める。
「ルナ様。落ち着いて下さい。そんな事は……」
「行かない。ここから離れない。この土地の要石を代々守ってくれた彼らの想いを見捨てて移動しないっ!
サレスなんてもう嫌い!
お母様に言われるがまま、勝手にどっかに行っちゃえばいいのよ!」
「ルナ様っ!」
部屋を飛び出して行ったルナさんに、呆然とするサレスさん。
「――追わないんですか?」
「私は……。
いえ、ありがとうございます。こんなことになりましたが、ごゆっくりとお休みください。
では失礼します」
スッと彼女の存在感が薄くなり、その場から消える。
それを見届けた後、ボクも側にあった椅子に座り込んだ。
「セイ君……」
「お兄様、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ユイカもティアも気にしないで。
ほら、少し休もう?」
心配するふたりを余所に、ボクはこの部屋の奥に設けられている寝室の扉を開けた。
何よりも一番ボクが、一気に色々と言われて混乱をまだしている頭を休めたかったのだった。
その後夕方過ぎに夕食を作りますと、サレスさんがやって来たが、その表情は酷く憔悴していた。
「サレスさんはルナさんに付いていて下さい」
「しかし……」
「もうすぐ任務……なんでしょ?
なら、そんな気持ちで行っちゃ駄目です。作るなら、ルナさんの食事だけにして下さい」
「──お気を使っていただき、ありがとうございます。
でも、一人前も全員分も手間はそんなに変わりませんし、メイドとしての矜持もありますから」
そう言って、強引に用意を始めるサレスさんを見て、ボクに何か出来ないか考える。
けど、どれもが独り善がりになりそうで。
こういった時どうしたらいいか分からなくて、そんな自分が少し嫌になった。
ボク達は今日会ったばかりの、言わば『部外者』で。
この問題は、容易に口出ししていいモノじゃないのは解っているけど。
何とかしたくなるのは、ボクが子供なだけだろうか?
それとも。
そんな事をねじ曲げてまで何とかしたくなるのは、彼女達を他人事のように思えないほど、一緒にいたいと思ってしまっているのか。
ボクにも分からなくなっていた。
実はこれ前回の後半部分だったのですが、あまりにも落差がありすぎるため、分けて再調整したものです。




