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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
みこミコぶらり旅
51/190

51話 ルナさんって……

 あの後、サレスさんはティアにも声を掛けて、ルナさんを連れて退場していった。

 どうやら着替えと、精霊同士の紹介と挨拶を同時にしてくるそうだ。


 着替えはともかくとして、挨拶なんてここでしたらいいのにと思って伝えたんだけど、「そこはほら、精霊の――女の子同士の話がありますから♪」と(かわ)された。

 まあ、確かにどんな話をするかは知らないけど、彼女達独自の秘密もあるし、そこらへんは任せよう。


「ティア、サレスさんに何かされそうになったら、すぐ大声を上げてボクやユイカを呼ぶんだよ」


「セ、セイ様っ!?

 それはあまりに酷くありませんかっ!?」


 文句を言いつつ、ボクに弄って貰ってどことなく満足げな表情をしているサレスさん。

 ほんと厄介な性格をしてるなぁ。

 



 しばらくして(ひと)りティアだけが、部屋に帰ってくる。

 思ったより早く帰って来たティアは、ちょっぴり浮かない表情をしていた。

 何か問題でもあったのだろうか?


「どうしたの?」


「ちょっと帰る前にサレス様からこの後の事を聞いたのですけど……」


 そこまで話して、口をつぐむ。 


「──いえ、着替えに時間がかかるそうです。先に始めていて下さいって言っておられました」


 今はまだ言えない話かな?

 それと「先に始めておいて」と言われてもね。

 ルナさんがここの屋敷の主人だし、さっきまでと違って顔を合わせてるんだから、ここは待つべきだろう。


 紅茶をいれるのは彼女達が帰ってからにして、ボク達は座って待ち続けた。

 



「お待たせしました」


 そう言って、サレスさんが戻ってきた。

 そのまま待っていたこちらの様子を見て、軽くお辞儀をした後、一旦閉めていた扉を開ける。


 そこに現れたルナさん。


 彼女の象徴である、星空に浮かぶ月をイメージしているのだろう。

 透けた薄絹の羽衣風の上衣を大袖の和風ドレスの上に羽織り、静かに佇むその姿は、どこか神秘的なオーラを醸し出していた。


 当たり前だけど、ドレスのスカートは動きやすいように工夫が凝らしてあり、上衣の下に着ている中着は当然透けておらず、さっきのような事態にはなっていない。


 腰まである綺麗な銀髪も、さっきの寝起き状態と違って丁寧に櫛が入っており、彼女の動きに合わせてフワッと広がるようなサラサラしたストレートヘアに手入れがされていた。


「織姫様みたいだね」


 ユイカが感嘆の声を上げる。

 

「ルナさん、月から降りてきた天女のようで、とても似合ってますね」


「そ、そう!?

 あ、あり……がと」


 笑顔で言ったボクの言葉に、視線を外しつつたどたどしく答える。


 明後日の方向を見始めた彼女の頬が真っ赤になり、腰帯の下から出ている尻尾がパタパタ嬉しそうに揺れ出してる所を見ると、どうも照れてるらしかった。


「セイ様、ユイカさんお待たせしました。

 これはルナ様の仕舞っていた正装でして、探し出すのに手間取ってしまいました。

 うちの主人のせいで、お待たせと先程のお目汚ししてしまった事お詫びします。

 全てを見られたからにはと、セイ様のお嫁に行きたいそうで。これは花嫁衣装の代わりとなります」


「え……およ……お嫁?

 ──ふえぇっ!?」


「冗談ですよ」


 突然の事に真っ赤になって叫んだルナさんに、その様子ににっこりとするサレスさん。

 自分の仕えてる精霊ひとによくもまぁ……。


「ネタはそのくらいでいいですから」


 真っ赤なトマトのような顔で「あぅあぅ」言い続けている彼女が流石に可哀想になってきて、そう言ったのだけど、今度はムッとしてこちらを見るルナさん。


 あれ?

 なんで機嫌が?


「ねぇ、ティアちゃん。ルナさんって?」


「ルナ様って、元々引きこもる前から対人経験……特に男性と接する事がほとんど無かったそうです。

 先程伺った時には、特にお兄様のような方を見たのは初めてらしいです」


「あー、箱入り過ぎる。これ多分ヤバいよ。その内絶対オチそう」


「やっぱりさっきの話はこれに繋がるのですか。

 ……ううっ、このままじゃお兄様との時間が減りそうです。取られちゃいそうです」


 ふたりが何を言ってるのか理解出来(わから)ないんだけど?

 落ちるって、何が?


「何の話?」


「「セイ君(お兄様)は話に入らないで(下さい)!」」


「何故に!?」


 なんか理不尽な。




「――というわけで、ここに来たわけですが」


「分かったけど……私にどうして欲しいのよ?」


 結構長くなったボクの説明に、機嫌悪くムスッとしたまま答えるルナさん。

 なぜ機嫌が悪いのかというと、出会ってからさっきまでのドタバタ――ではなく、実は目の前のスコーンにあった。


 さっきからボクの方をチラチラ見つつも、時折犬――じゃなくて銀狼らしい――狼耳をぴくぴくさせながら、目の前のスコーンを凝視している。

 尻尾もさっきからせわしなく動いていたり、唾を飲み込む動作をたまにしているところを見ると、彼女にとって初めて見るお菓子に心が完全に釘付け。


 確かに焼き立てじゃなくなったけど、まだまだ甘い匂いを漂わせてるスコーンを食べたくて仕方がないようだ。

 狼族ベースの精霊ひとだから、匂いには敏感だろうし。


 くぅー。


 敏感なボクの耳に、微かに聞こえるお腹の音。


 慌ててお腹を押さえつつ、こっちを睨み付けるように見てくるルナさんに全く気付かない振りをして、内心溜め息をつく。


 そりゃ寝起きの空きっ腹の状態で、こんな匂いのするモノが目の前にあったらそうなるだろう。


 気を利かせて、ユイカもティアもまだ手をつけていない。

 てか、普通の神経なら食べられるはずないでしょ。



 しかしこれは、まさに『お預け』状態の犬。もとい狼。


 どうしてこうなった?

 ボクとしては、普通に食べてもらいたいのだけど。



 もちろんきっかけは駄メイド(サレスさん)のせい。


 ボクとサレスさんが手分けして紅茶を用意してる時に、テーブル上のスコーンにウキウキと手を伸ばそうとしたルナさん。

 そのタイミングで、サレスさんが余計な一言を言った。


「それはセイ様が作られたお菓子です。

 ルナ様も、ようやく男性の手作りお菓子を食べられるようになられたのですね」


 ピタリと止まるその手。


 売り言葉に買い言葉だろう、彼女は「そ、そうね。粗野な……ってこの人はそうじゃないけど……男が焼いたお菓子なんて、不味いに決ま……きまっ……あぅあぅ。……美味しそうな甘い匂いがぁ」って、所々小声でボソボソと言ってる。


 やっぱり食べたくて仕方がない様子を見るに、彼女もまたなかなか難儀な性格をしてるっぽい。

 ルナさんも変に意固地いこじにならないで欲しいのだけどなぁ。


 けどあの駄メイド。

 なんでこんな事態にするんだよ。

 ホント余計な事しかしないなぁ。



 うーうー唸ってる彼女をそっと見守りながら、内心溜め息をつく。

 こんなルナさん見てるのはこっちも辛いし、仕方ない。

 ちょっと強硬策取ろう。


「まだおかわりもあるからね」


 インベントリーから、後日食べる分用に取り分けておいた別のスコーンを取り出す。

 こっちは冷めてしまったのとは違って、完全な焼き立てだ。

 取り出したお皿から匂う暴力的な甘い香りに、お皿を凝視したまま固まってしまったルナさん。

 席を立ってそんな彼女の隣に行き、そっと目の前のテーブルに置く。


「まだまだあるから食べて下さいね。それともボクの手作りなんて食べたくないですか?」


「そ、そんな事はないわよ?」


 甘い匂いの暴力とじっと見つめるボクの視線に耐えられなくなったか、目をらし始めるルナさんに、ボクは追い打ちをかける。


「ボクのお菓子を食べた事がないルナさんに、感想を言って欲しいのですよ。食べ慣れた人よりも分かりやすいので。

 人助けだと思ってお願いしますね」


「う、それは仕方ないわね……いや、でも。はむぅっ!?」


 つべこべ言わさずこっち向いた隙を狙って、開いた口に割れたスコーンの欠片を放り込む。

 目を白黒させながらもモグモグしだしたルナさんの表情が、すぐにふにゃっと(とろ)ける。


 うん、口に合ったようで良かった。

 さて、仕切り直そう。


「紅茶も入れ直しますし、皆で先に食べましょう」


 にこりと宣言して、インベントリーから紅茶のティーポットとホットウォータージャグを取り出した。

 


 

「姉様が起きない原因は私も気になるけど、どうしたら良いものかしら?」

 

「ええっと、調べられないのですか?」


「……どうやって?」


 ジト目になったルナさんの問いに、うぐっと詰まる。


「私だって姉様には世話になってたんだから、何とかしたいわよ。その……ちょくちょく来てくれたし……」


 八つ当たり気味に勢いよく、はむはむとスコーンを食べ続けるルナさん。


 気に入ってくれて何よりだけど、スコーンは逃げないんだからね。

 もっとのんびり味わって食べればいいのに。


「そうですね。それがルナ様の限界ですよね」


「うぐっ……ケホッゴホッ。

 ――へぶぅ」


「セイ様すいません、わざわざ足を運んでいただいたのに。

 もうルナ様だけが頼りだと頼ってこられたのに、こうもあっさりと見捨てられるとは何とおいたわしい……」


 こら、待て。そこの駄メイド。


 サレスさんのその暴言に、ちょうど口に放り込んだスコーンを喉に詰まらせるルナさん。

 わたわたと紅茶を飲み、そして今度はその熱さに吹き出しそうになって涙目になってる。



「駄メイドとポンコツ姫……月の眷属ってヒドい」


「……みなさんの精霊のイメージ崩れますよね。

 ごめんなさいごめんなさい。こんな私達でごめんなさい」


「いや、気にしてないから……」


 ボソッと呟くユイカに、力なく小声で謝ってくるティア。

 最近自分以外の事で謝り癖が付いちゃったティアを落ち着かせながら、そっと溜め息をつく。


 こらユイカ、たとえ思っても口にしちゃ駄目だって。

 ルナさんに悪いし、ティアが気にするから。

 そういうボクも、最近溜め息ばっかりついている気がする。



「待って、待ってよ!

 誰も見捨てるなんて一言も言ってないわよ。そんなこと言われなくても、私、ルナの名にけて絶対何とかして見せるって」


「絶対ですね♪

 流石はルナ様です。おみそれいたしました」


 あ、言質を取られちゃってる。


「実はつい先ほど風の下級精霊を通じて、精霊女王エターニア様と運命の精霊ディスティア様からこういうモノが届きました」


「感応石……なんでそんなものが?

 ソレと今回の件とどんな関係があるのよ?」


 そんなセレスさんが取り出したのは、いつぞや見た〔精霊念話感応石〕だった。


「皆様もご一緒に見て下さって構いません。特にセイ様は良くお聞きになって下さい。

 なお、今回・・録画・・なので、相手に返信は出来ません。ご了承を」


 え、録画?

 ボクは特に、って……というかそんな大事そうな話を見聞きしていいの?


 こっちの疑問と戸惑いを余所に、サレスさんがテーブルの上に設置、起動する。

 起動音と共に、感応石が吐き出した立体映像から現れたのは。


『はぁーい!

 我が愛しのルナちゃん、元気してるぅ~♪』


『ディスティア。顔近すぎ』


 ドアップでにこやかに手を振る女王補佐役ディスティアと、その後ろでジト目で呆れている女王様エターニアだった。


ルナちゃん、ポンコツ可愛い。


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