47話 魔法使いの原点
ひたすらに、ただひたすらに。
剥き出しの岩肌に灌木が自生する、道無き荒れた丘陵をハクは疾走する。
正直ハクがいなかったらと、ゾッとする。それほどまでにこの行程は険しかった。
少しでもハクの能力をバックアップし、その負担を軽減する為、移動する昼間は常にティアと精霊化している。ユイカの後ろにしがみ付きながら、旅の無事を祈るように大地と風の精霊に呼び掛けていた。
大地の精霊が険しい場所を均し、高台には足場を作ってサポートする。
裂け目を跳び越えたりする際に、風の精霊がハクに纏わり付いて軽やかな移動を可能にさせる。
ボクが出来る最大限の援護を受け、ハクはひたすら脚を進めた。
上空にはテンライ。
走るハクのすぐ前を、先導するように飛んでいる。
既に『目的地』はテンライが視つけている。
普通じゃわからなかっただろう。
ただ見ると、そこは何の変哲もない、森というのもおこがましい小さな木々の塊だった。
それが荒々しい丘陵のエリアの中、聳え立った塔の如き岩山の周囲にある。
だけど。
そこはボク達にとってはあからさまだった。
そこを精霊の眼で視ると、そこの岩山と森の周囲一帯に何らかの力が濃く渦巻いていた。
何かある。
そう予感させる何かがそこから感じ取れた。
テンライはボクの『目』となり、ただその場所へと導くように飛翔する。
テンライから送られてきた情報は、ボクを介してハクに伝わる。
ハクはそれを受け、そこへのルートの最適解を導き出す。
つくづく感じる。
うちの子達はホント優秀だ。
テンライから警告が発せられた。
『ハクっ!』
ボクが前方に作った圧縮空気の足場を利用し、大きく飛び退く。
往く手を遮るように、岩の塊が多数降って来たのを間一髪避ける。
直径五十センチくらいの岩の塊は、ボク達が避けたことに憤慨したのか、再度こちらに向けて突撃してきた。
「ユイカっ! 戦闘準備っ!」
自力で動いてくる岩達が、飛び跳ねながら再び襲い掛かってくる。
あちこちから自力で転がってくるソレは、方向転換を繰り返しながらしつこく追尾してきた。
「なにこれっ!?」
チャージの早い『ファイア』で吹き飛ばして砕きながら叫ぶユイカを後目に、精霊眼を発動させる。
名 称:ロッククリーチャー(無機物)
状 態:普通
スキル:突進 のしかかり 再生 自爆
弱 点:風に弱い
〔特記事項〕
何者かが疑似生命体として使役していたが、様々な理由で野生化したもの。岩の部分を砕かれても再生可能。
核を破壊すれば機能を停止させることが出来る。
自爆っ!?
そんな攻撃してくるのっ!?
「ユイカ、近寄らせちゃ駄目っ!
自爆攻撃がくる!」
平坦な道なら引き離せるんだけど、この場だとそれも不可能。
ただでさえ数が多い。
これ以上手こずっていると、他にも集まってきて収拾がつかなくなりそうだし、一気に潰さなければ。
「ユイカ『ハク』、一か所に集まるよう誘導しながら耐えて。大技行くから時間かかる!」
「オッケー」
『承知』
目を閉じ、深く集中を始める。
ハクの背中に横座りに乗っているけど、不思議な力で支えられている為、不安定感はない。それでも眼を閉じて視覚を封じれば、不安になる。
音が消えた。
聴覚がシャットダウンされ、更に深く集中する。
無意識に落ちないようにユイカの腰にまわして抱き着いている感覚と、ハクの背中から伝わってくる躍動感だけが現実を伝えてくる。
その頼もしい彼女達から感じる温もりの中、更に自分の内に潜り込んでいく。
彼女たちが支えてくれているからこそ、ボクはどんなに時間がかかろうとも、こうして最大限に力を振るう事が出来る。
自身の内に広がる世界にイメージを。
形に。
ふと、思い出した魔法を再現しようと試みる。
今使おうと構築している魔法の原型は、昔樹と結衣に誘われ、二人の家で遊んでいたネットゲームに使われていた魔法だった。
それは剣と魔法を駆使し、多人数対戦出来るVRの育成型アクションゲーム。
そのゲームの中で使われていた魔法の一つ、風と雷を利用した範囲魔法を参考に、現実に沿ったイメージを補完していく。
ボクの精霊眼が、上空から監視を続けるテンライとリンクする。
航空撮影された画像を見るかのように、地上の状況を一瞥し。
ハクの背後にすべてのロッククリーチャーが集結しているのを見て、準備が完了していることを悟る。
──ありがとう。
「──渦巻く暴風 蹂躙せよ雷帝 共鳴せし怒涛の咆哮!」
懐かしさのあまり、無意識にその魔法の発動詠唱が口をついて出る。
思わず必要以上に力を込めた、込めてしまったその言葉に。
精霊は忠実に応える。
ごっそりと三分の一ほど減るボクのMP。
急激に減った影響だろうか、一瞬頭痛がボクを襲う。が、精霊女王が作ってくれたこの衣装のおかげで、MPにはまだ余裕がある。
急激な気圧変化に耳が鳴る。
雷を撒き散らしながら、風が渦巻く。
現れた竜巻になすすべもなく吸い込まれ、雷を浴びて砕かれ、磨り潰され、分解されていくロッククリーチャー。
それだけに留まらず、大地を削り、破壊し、地形が更地に変わっていく。
巻き込まれまいとして、ハクが必死の形相でその場を離脱していく。
『ふわぁあ……凄いです』
ボクが使った大規模な風と雷の複合魔法に、ティアが感嘆の声を上げる。
ボクはMPポーションを飲みながら、想定外の威力と範囲の広さに冷や汗が止まらない。
あたかもそれは、ただの大魔法というよりはむしろ、マップ破壊型の広域殲滅魔法に近かった。
でもこの魔法、あっちでは中級魔法だったんですけど?
あの魔法、こっちの世界でリアルに忠実に再現したらこうなるんだ。
結衣が育てていたキャラを借りて、ゲーム内で気軽にポンポン使っていたけど、こんな至近距離で使うもんじゃないね。
「その詠唱懐かしー。あのゲームの魔法でしょ?
あたしのキャラ使って、敵と一緒によくお兄を巻き込んで吹っ飛ばしてたアレ」
「ユイカもよく覚えてるね」
「そりゃね」
二人で昔話に笑いあう。
『あのー。何時になったらアレ収まるのですか?』
全く消えようとしてくれない竜巻から、二人して全力で目を反らしながら。
あの後、もう一度精霊にお願いする事で、竜巻を何とか消した。
もし次使う事があれば、効果範囲と時間も設定しようと心に決める。
「例の目的地近くには、村とか休憩施設ってないの?」
「村はなかったよ。セーフティエリアがポツンとあっただけ」
ロッククリーチャーとの戦闘後、無理をせず早めに休憩に入る事にした。近くにあったセーフティエリアへと寄り道し、テントを張って本日の移動を終了する。
まだまだ明るいうちから晩御飯用の調理を行いながら、不意に訊いてきたユイカの質問に答えた。
テンライがさっき確認した所、このエリアの周囲には人影が存在しなかったという事で、ティア達精霊組もテントの外で実体化し、自由に寛いでいる。
「みんなと合流するイベントまで残り二週間だからね。寄り道しすぎて間に合わなかったら、大問題だよ」
「そりゃそうだけど。このエリアの狐族の村の状態とか知りたかったんだけどなぁ」
「うっ。そ、それはまた今度ね」
マトリの町の惨状が脳裏に蘇って、思わず言葉に詰まる。
その村に行ったら最後、間違いなく落ち着かないだろうし。
「お兄様はそういうの苦手ですか?」
「落ち着かない」
傍に来て口を挟んできたティアの素朴な疑問に、憮然として答える。
それでも理解できていないのだろう、首を傾げているティアに例題を出す。
「ティア、例えだけど。
ボクがティアと普通に接していたのに、上級精霊だと気付いた途端、急に様付けして拝み始めたり崇め出したりしたらどう思う?」
「えっ?
それはその……あぅ。こ、困ります」
「うんそう。そういう気持ちね」
想像しちゃったのだろう、いきなり困惑して慌て出すティア。落ち着かせようと彼女の頭を撫でながら、ボクは答える。
ボクはこの世界の住民をNPCとは全く思っていないし、彼ら一般住民とは出来る限り対等の関係でいたい。
そんな彼らに対して、あたかも上位者のように振る舞えとか、絶対無理です。
そもそもボクは、人の上に立てるような性格じゃないと、自分では思っている。
更に言うと、他人を導けるようなカリスマ性なんてモノも、ボクにはないし。
そうそう、カリスマ性がある人と言えば。
それはあの『円卓の騎士』のアーサーさんみたいな人を言うんだろうと、ボクは思う。
気絶してる時間が長くてあまり話は出来なかったけど、柔らかい物腰の中にも、毅然とした自分を貫く意志と態度、そして道義をきっちりと通す人のように感じた。
それに何よりも華が、人を引き付ける魅力があった。
ああいう大人になりたいよね。
どう頑張ったら、あんな風になれるんだろうか?
「で、話を戻すけど、ここまで来るのに三日掛かってる。そして目的地まであと一日で着く予定」
ビギンの街からバライスまで二日、マトリまで一日、そして目的地の『森』まで四日の計七日の行程。
帰りの事と猶予日を一日設ける事を考えているから、探索期間は残り五日間。それにあまり考えたくないけど、ログアウト中の事を含めるともっと減る。
「最悪マトリかバライスから、世界間転送移動を行うつもりだけど、行った先で何もなかったらすぐ引き返すからね。続きはイベントが終わってからみんなでしよう。その時によればいいよ」
「はぁーい」
ユイカの間延びした返事を聞きながら、ボクはコンロの火を止める。ちょうど完成だ。
「これは何という料理ですか?」
テーブルの鍋敷きの上に置いたボクに、ティアが土鍋の中を覗き込みながら訊ねてくる。
見たことがないのかな?
「味噌ちゃんこ鍋だよ。山の夜は冷え込んで寒いからね。少しでも温まろうと思って」
キュニジさんと交換した豆味噌と魚醤、昆布等を使った鍋料理。手に入った色んな種類の肉をつみれに変えて、これでもかというくらいぶち込んでいるせいで、肉鍋と化してるけど。
ハクとテンライ用の食事は別に用意して保存していたので、そちらも二柱に出してあげた。
「じゃ食べようか」
「はーい。いっただきまーす♪」
「ええっと。い、いただきます」
ユイカの元気な声を合図に、食事が始まる。
話はもっぱら昼間の精霊魔法の事。
他の魔法も含めて、きっちりと再現してみようという話になった。
その後はユイカやティアに見てもらいながら、あのゲームの魔法を精霊魔法で再現し、規模を小さくして発動させ、コントロールの訓練をする。
結果、それらは全てこちらに再現させることが出来るのも分かったし、当然こちらでは無詠唱でも発動できる。
ただ、どんな魔法でも詠唱付きで発動させた方が強度と威力が強くなることも分かった。
それに注ぎ込むMPの量を増やせば、威力と範囲も自在に調整できることも判明。
また、魔法の現象だけ真似ただけでは、やっぱり威力も相当下がっちゃうし、無駄にMPの消費も多い。
やはりしっかりと、この世界の物理法則に基づいたイメージを練り込む必要があるみたいだ。
これで更に精霊魔法についての知識と引き出しが増えたね。
ボクが最初から感じていた、この世界で魔法使いになりたいという想いは、あのゲームが原点だったんだとようやく気付いた。
当時三人でハマっていたんだけど、そのプレイ出来た期間は短かった。
原因と理由は知らないんだけど、ゲーム自体がすぐ廃れてサービス終了してしまい、みんなで残念がったのを思い出した。
自分で思っていたよりも、ずいぶんそのゲームに熱を上げていたんだなぁ。
しかも一度思い出してみれば、内容を結構覚えていた事にビックリしたよ。
けど、当時は全く気にしていなかった魔法詠唱の発音。
しっかりと発動させる為には詠唱をしないといけない事に、今はちょっぴり恥ずかしい。
ただ、ボクの想像していた『魔法使い』というイメージ像に近付いたかな?
そして就寝。
それはもう、いつものように。
床に敷物を敷いて、全員で固まって暖を取りながら眠る。
そうして今夜も更けていく。
さぁ、いよいよ問題のエリアに突入だ。
これから魔法詠唱を考えていくという苦行が増えました……。
いや、まあ大魔法だけですよ?(および腰)
彼らが昔やってたエントリー型多人数対戦アクションゲーム。
樹が剣士で、結衣が魔法使い。
ゲーム機を持っていない理玖君は、双子の家で結衣にキャラを借りてやってました。




