46話 御子も歩けば……
6/13 一部追加
ギルド内でのやり取りと最後に仲間とのやり取りの一部を追加しました。わかりにくい部分を補完しています。名前だけですが、新国名も。
再びハクの背に乗ったボク達は、渓流の側に作られた街道に沿って疾走し、昼過ぎには次の町『マトリ』に辿り着いた。
このマトリは、まだ平坦な地形にある。先行しているテンライの報告によると、この町を通り過ぎれば、次第に険しく複雑な山道になるようだった。
これから奥地に向かう旅人の為か、渓流の側にある宿場町といった情趣のある風景が、遠目に広がっていた。
「まだ昼過ぎだね。この町はスルーするの?」
「いや、泊まるよ。情報も集めたいしね」
ユイカの問いに、そう答える。
町から離れた所でハクから降り、ハクをボクの中で休ませた後、ユイカと二人で歩いて行くことにした。
長閑な景観の町並みの中、最初はピクニックみたいなテンションで歩いていたけども、次第にボク達はあちらこちらから好奇の眼差しを浴びる事になり、段々と憂鬱になってきた。
いや、最初は何もないんだよ?
ただ、すれ違った人が何故か立ち止まって振り返ってくるのよ。
胡乱げな目を向けてきたかと思えば、ハッとして拝んだりひれ伏したり。そんなこちらの様子を見た他の人も、またこちらを見て……。
いや、その過剰な連鎖反応止めてよ。
獣人種は感知能力が高いって言われてもね。そんなにエルフ(精霊憑き)が珍しいの?
一体ボクが何をしたって言うのさ?
フードで顔を隠してみても無駄どころか、逆効果になってしまった。この地方の厄介さと面倒さが、だんだんとボクの中で増していく。
『お兄様。その……大丈夫ですか?』
いけない。
ついにティアにまで心配かけちゃったみたい。
ムスッとしていたところにティアの心配そうな思念が届き、首を振って気分を強制的に入れ替える。
動物園のパンダみたいに見世物状態になっていることが、思ったよりもストレスになっているみたいだ。
『私と同化しているせいですよね?
ごめんなさい。解除して下さい。離れて町の外で待っています』
『それは違うよ。それに、離れている時にティアに何かあったらと考えちゃって、そっちの方が落ち着かないよ。
だから、ティアはボクの側から離れないで欲しいな』
『あぅっ、はうぅぅっ……。
──お、お兄様。分かりました。ティアは決して離れません。ずっと、ずぅっとお側にいます!』
ぐにゃぐにゃになっていくティアの感情と気合いの入った思念が雪崩れ込んできて、「あれ?」となったけど、ティアが元気になったみたいだし、それでいいか。
一人頷いていると、そこの雑貨店にちょっと話を聞きに行っていたユイカがこっちに戻ってきた。
最初ボクも情報を集めるために色んなお店に訊きに行ったのだけど、顔を合わせるなり何だか拝み始めた店主やその場にいたお客を見て、それ以降お店に入るのをやめた。
製品の売買応対や人の質問に答えずに拝み続けるって、商売やる気あるの?
おかげで訊き込みや買い物は、全てユイカに任せる事になってしまっている。
「どうだった?」
「月の精霊の噂はなし。ただ、ここにも一応ギルドはあるらしいよ。ただバライスよりも小さいって」
「いや、バライスと比べちゃダメでしょ」
あそこはどう考えても町の規模より大きすぎるからなぁ。
「あと、精霊様とその側仕えがこの町に来てるって、もっぱらの噂だよ」
は?
ちょっと何それ?
「よかったね、精霊様」
ニヒヒと笑うユイカに、頭を抱えるボク。
なんでこんなことになってるんだよ、もう。
「諦めて堂々としてたらいいじゃない。多分宿屋でも同じことになると思うんだけど?」
「あぅ」
そりゃそうだ。普通に考えたら、宿屋でも同じ事されるよね。
空を見上げる。
この町に着いた時まだ南天にあった太陽は、既に地平線付近まで落ちてきている。
宿泊するのを止めて出発した場合、ハクのスピードをもってしても、明るいうちに次のセーフティエリアまで辿り着けるか微妙だった。
「バライスより奥地って、更に精霊信仰の厚い土地柄だからね。もうこればかりは仕方ないよ。大体あたしだって御付きの方扱いされて、畏まられるの恥ずかしいんだからね。
──取りあえずそれは置いといて……。
宿泊場所は何処が一番安心できるか聞いたら、少し値は張るけど『月の呼び水亭』がいいって」
その『月の呼び水亭』ってのは、この町の衛兵達の詰所の隣にある宿屋らしく、女性の宿泊なら少しでも治安のいい場所の方がいいと、勧められたそうだ。
ギルドとの距離も近いから便利もいいし、そこにしよう。
というよりこれ以上歩き回りたくないから、という理由が一番大きかったけどね。
用事を宿泊前に終わらせるべく、丁度町の中心部にあった冒険者ギルドにボク達は訪れていた。例のカードリストの鉱石の発送を行う為です。
あの時二人とも詳しく見てなかった上、名称が『????』で分からないのが多い。
受付前の場所を借りて二人で鑑定しながら、源さん宛てのメールに鉱石名を記載していく。
「これとこれ。あたしの鑑定レベルじゃ、全く見えないんだけど……」
「ええっと……。
──こっちが『アダマンタイト』これは『タングステン』だね。あ、両方ともプレシニア王国では取れないレア鉱石ってあるよ」
ボクの精霊眼での鑑定報告が進むにつれ、表情がひきつり始めるユイカとギルドの受付嬢。
二人ともどうしたんだろう?
鑑定失敗しないから?
確かに失敗することのない精霊眼は、こういう時に便利だよね。ありがたいよ。
前は鑑定しないで渡してしまい、自分でもちゃんと把握しとけと注意されたからなぁ。
同じ轍は踏まないように気を付けないとね。
あとこんな面白い物が一つだけあった。
名称:精霊石(中)
状態:可変
種別:素材
効果:精霊の力を蓄える事が出来る石
現在は祝福されていない
神殿等で込める事が出来る
ピンポン玉くらいの大きさかな?
これならボクが触っても問題無さそう。
くすんだ灰色をしたその石を、ユイカが配送担当の受付嬢に渡そうとするのを、ボクは押しとどめた。
わざわざ神殿に出向く手間を相手にかけさせるくらいなら、今ティアにお願いした方が段取りがいいじゃないかな。
ティアに確認すると、雷属性で良ければ、今のボクなら込められるということで、すぐ実行する事にした。
瞳を閉じて、両手で祈るように石を握り込む。
──天空を疾る神々しい一条の紫電
そんなイメージと共に、ティアの力を石に込めてゆく。
程なくして完成した。
手のひらを開いて見てみれば、アメジストのような色合いの水晶体に変化していた。その澄みきった水晶体の内側には、時折チカチカと稲光のような幻想的な光が走っている。
良かった。失敗しないで、ちゃんと作れたみたいだ。
名称:雷の精霊結晶(中)
状態:高品質
種別:素材
効果:雷鳴の精霊の祝福を受けた高ランクの結晶体
魔法具や魔法武具作製に使える
『初めてなのに、この出来映えは凄いです。流石お兄様です!』
ティアの誉め言葉に照れながらも、
「うん、完成。じゃ、これを……」
ユイカか受付嬢のどちらかに手渡そうと顔を上げてみれば、そこにはジト目をしたユイカの姿があった。
あれ?
どうしたの?
「うん、綺麗な石になったよね。じゃ、ちょっと周りを見よっか?」
その言葉に初めて周囲を見渡してみれば、受付嬢を始めとしてこの町の住民と思われる獣人ほぼ全員が、ボクに対してひれ伏していた。
今や立っているのは、獸人以外の種族の人とプレイヤーと思われる人達だけで、突如発生したこの有り様に困惑の表情を浮かべ、こちらの様子を伺っていた。
あ。
もしかしてやっちゃった?
ギギギ……と、ブリキの人形のようにぎこちない動きで、ユイカの方に首を戻す。
この状況が恥ずかしいのか、だんだん頬が赤く染まってくるユイカと見つめ合う。
気まずい沈黙が周囲の人達やボク達を支配する中、ボクは居たたまれなくなって、つい。
「……てへっ♪」
「てへっ、じゃなーいっ!!
こーんな人の目だらけの所で、何やっちゃってるのよっ!?」
ぷちっと、ユイカがキレた。
躍りかかるようにボクの襟首を掴むと、すぐガックンガックンと前後に激しく揺らし始める。
「ちょっ、落ち着い、うぎゅっ」
「目立ちたくないんでしょ!?
なのに自分から力使って光り輝いて目立ちにいってどうするの!?
こんなの恥ずかし過ぎよっ!!」
段々と襟首を掴む手に力が入り、さらに勢いよくボクを前後に揺らす。
服で、く、首が。
頸動脈が絞まってる、絞まってるって。揺らさないでっ!
や、やめてっ。このままだと気絶しちゃう!?
「お、御付きの方!?
落ち着いて下さいっ!!」
さっきまで横にいた受付のお姉さんが、慌ててユイカを宥めてやめさせようとする。
声を必死に掛けるけど、ユイカは完全にテンパってしまって全く聞こえてないみたいだ。
あ、ダメ。意識が朦朧と。
「何でこんな場所でピカピカやっちゃうの!?
あたしが言えた筋じゃないけど、いっつもいっつも迂闊過ぎっ!
この空気どうするのよっ!?」
──きゅぅ……。
「あぁ、あぁぁぁぁ!?
精霊様が、精霊様がぁ!?
救護班、救護班っ!!」
あわや気絶寸前のところで、受付のお姉さんを始めギルド員達がユイカとボクを引き離しに入ってきたり、周りの獣人さんがパニックになったりと、場が騒然となってしまった。
あぅ。ごめんなさい。
あの後、個室に移ってギルド関係者と面談となり、今回の起こしてしまった事態について平謝りする事になった。
ギルドとしては、こちらもその騒ぎの一因を作ってしまった事もあり、こちらこそ申し訳ありませんと言ってこられたけど、こちらとしては恐縮するばかり。
その際ついでにきちんとボクの事を説明し、精霊そのものじゃないと誤解も解こうとしたんだけど、「精霊様を御身に宿せるような方を下に見る事など出来ません」ってキッパリ言われ、取りつく島もありませんでした。
せめてものお願いとして、『精霊様』呼びだけは何とか了承してもらえた。
中断していた手続きを終えてギルドを出れば、夕闇が迫ってきていた。
「随分遅くなっちゃったなぁ」
「だーれーのせいかな?」
「ごめんなさい」
「よし判決。被告人は罰として『寝る前から抱き枕の刑』に処す」
「ちょっ、止めてっ!?」
「ニヒヒ。どうしようっかな」
いつもの取り留めの無い話をしながら、手を繋いだり離したりしつつ。じゃれ合いながらも、急ぎ足で『月の呼び水亭』に向かう。
部屋は残ってるかなと心配していたけども、『月の呼び水亭』は格式の高い巨大な宿で、部屋数はかなり多かった。宿泊客は沢山いたものの、二人部屋は普通に確保できた。
ただ当然の如く、ギルドの騒ぎがこの宿まで知れ渡ってて。
勝手にビップルームに変えてきたり、オーナー自らが出迎えて案内をしてきたり、従業員一同で傅こうとしてきたのは参った。
しかも今度は、部屋で休んでいる時に源さんとレントからメールが着て、送った鉱石の入手先についてしつこく聞かれたし。
鉱石を扱う生産職の源さんでも鑑定できない上、しかも現状加工できないからお蔵入りだってって言われたよ。
その際、周囲にこの鉱石情報バレたかどうか聞かれた。多分大丈夫なはずなんだけど、どうだろう?
ギルドの中で鑑定して普通に喋ってたからなぁ。
その事を素直にクラン掲示板で書いたら、思いっきり呆れられたし。何故だろう?
聞けば、攻略サイトにもまだない新発見の鉱石で、しかもプレシニア王国で取れないとあれば、絶対に混乱が起きるって言われた。
今の国境越えの最前線がまだ隣国『エインヘリア帝国』の西端に到達したばかりだというから、タイミングが悪すぎるそうだ。
レントが掲示板をチェックすることになり、状況を見てボクの詳しい鑑定データを公表することになった。
雷の精霊結晶については、もう言わなくてもわかるんじゃないかな、うん。
またレントに後始末押し付けちゃってごめんなさい。
ボクってば、どうしていっつもポカミスをやらかしちゃうんだろうね。
次からようやく丘陵地帯・奥地に向けて出発です。
多分シリアス多目になっていくかも?




