41話 バライスの精霊様
お待たせしました。
あと、7話と8話を加筆して置き換えてます。
急峻な渓谷の入り口に位置し、立体的な景観を持つ獣人種の玄関街『バライス』。
渓流を利用した幅広の堀が張り巡らされ、それに架けられた大橋があり、その最奥には、渓谷の広大な入り口を塞ぐように建設された長城壁。
その長壁にある通用門――無骨ながらも実用的で巨大な門の前にボク達はいた。
「はい、次の方……。
――おや。森精種……と狐族のお嬢さんの二人かい?」
長時間の並びの後、ようやく受付の順番が回ってきた。呼ばれて入門受付前に来たボクとユイカの姿を見て、一瞬首を傾げた門番のおじさん。
今ハクはいない。
ここまで頑張ってもらったハクを送還しようとした際、〔依り代〕のスキルがもう一柱抱えられる状態になっていた事に気付き、ボクの中で休んでもらう事にしたのよね。
受付を開始するに至って、フードを被ったままだと失礼かと思い、脱いで彼に声を掛けたんだけど、何だか言葉に詰まった犬耳のおじさんを見て、
「ここら辺って、森精種の旅人は珍しいんですか?」
と、尋ねる。
目立つのは嫌なんだけどなぁ。
「いや、そんな事はないよ。でもお嬢さんを見ていると何かこう、言い表せないなにかが……。
――失礼だけど、森精種族の方ですよね?」
対応がだんだん丁寧になってくる門番さんに、ユイカと顔を見合わせる。
もしかしたら古代森精種な事がバレてる?
「なんかこうお嬢さんから精霊様っぽい気配が……」
あ、そっち?
ぶつぶつ言う門番さんを急かして、入門の手続きをお願いする。
『獣人の皆さんって、人の持つ本質や精霊の気配に敏感な方が多いんですよ。種族によって差が有りますけど』
ティアの言葉に納得する。
ハクをボクの中に引っ込めておいてよかった。あのまま乗りつけていたら、絶対厄介な事になっていたよ。
これ以上時間をかけてバレでもしたら厄介な事になりそうだし、とっとと済ませよう。
「ええっと、門番さん。ボク達この世界に来てから初めてこの街に来たんですけど、何やら独自のルールがあるって聞いたんですが?」
「ぅん、初めてって?
――ああ、異界の旅人さんだったのか。だからか」
異界の旅人さんは若くても特殊な力を持っていることが多いからね、と何やら納得した感じで頷いた後、彼は同僚に声をかけ、奥から何やら淡く光り輝く水晶球を台座に載せて持ってきた。
「これに触ってくれないかい?」
「これは?」
「上からのお達しでね。詳しい事はよく解らないんだけど、『情報がヘルプ機能に刻み込まれる』とかなんとか」
あー、なるほど。メニューのヘルプに追加されるのか。
確かにこれなら後でいくらでも確認可能だね。
もちろん問題が発生するわけもなく、その後は普段通りのやり取りの後無事終了する。
っと、訊くの忘れる所だった。
「ここの名物料理とか食材って何かあります?」
「……セイ君、ぶれないね」
いいじゃないか。食事って人生の潤いだと思うんだよ。
自分のレパートリーも増えるし、いい事ずくめでしょ?
巨大な門を潜ると、そこには段丘崖に作られた街並みが広がっていた。
長き年月の河川の侵食と山岳の隆起によって作られたであろうその地形には、街の機能に合わせて綺麗に区画整理されているのがわかる。
視線を上に向けると、崖の上層部に風車がいくつも見え、また高地からは湧水が滝のようになだれ落ちており、そこにはいくつもの水車が設置されているのが見えた。
人工的な風景というよりは自然と調和した趣のある街並みに、ボク達はしばらく見とれてしまっていた。
「……セイ君、獣人さんって思ったよりすごいんだね」
口をあんぐりと開けたまま、ユイカが呟く。
そんな細かい事はいいんだよ的な、もっと大味な脳筋(失礼)な種族だと思ってたんだけど。
『……お兄様。それは、どちらかというと山精種さんの方です』
『そうだっけ?』
ボクの思考が漏れたのか、気付いたティアの突っ込みが入る。
少し前までいた、ミィンの町並みを思い浮かべる。
そういえばえらく雑然としてたし、夜になったら酔っぱらった山精種達がそこらに転がってたっけ。
『得意な事がそれぞれ違うので、お互い協力してこの街を作り上げたそうです』
ほんと自然と調和した風景は見事だと思う。
もしここにクランホーム持ったら、入り浸って引きこもってしまいそう。
「ねぇねぇ。早く配送と買い物済ませて、のんびりしようよ」
ユイカがボクの腕に抱き着いて引っ張りながら、広場の先に見える冒険者ギルドの看板が掛かった建物を指差す。
幸いにもバライスの街のポータル広場は、冒険者ギルドの前の広場にあるようで段取りが良かった。
そうだね。
ちゃっちゃと済ませて、色々と見に行こう。
「いらっしゃいませ。こちらは総合案内所になります。本日はどのようなご用件でしょうか?」
冒険者ギルドの総合受付に座っていたウサギ耳のお姉さんに、クラン関係の手続きが出来る場所を訊く。
このバライスの冒険者ギルドはひたすら巨大だった。最初案内掲示板を見るも、広すぎてよくわからなかったので、入り口近くにある総合案内所で訊くことにしたのだ。
お姉さんの話だと、王都のギルドに負けじと獣人種の威信をかけて建築したらしい。
思いのほか負けず嫌いの種族なのかな?
「――そちらでしたら、エリア5のB区画ですね。こちらの案内図を……あら、異界の旅人の方でしたか。この街は初めてですか?
それではこちらを」
入門時に触った水晶球と同じモノを取り出してくる受付のお姉さん。
「こちらには『冒険者ギルドの案内図』と『バライスの簡易区画マップ』のデータが入っております。無料ですので、お手をどうぞ」
ニコリと微笑むお姉さんにちょっとドキドキしながら、水晶球に触る。
さっきから目の前をピコピコ動いているあの耳をモフりたくなってしまって、ドキドキして困る。
「ささっ。早く行こうよ」
さっきからステータスメニューを開いて何かを読んでいたユイカが、急にボクの外套を引っ張る。
あれ、急にどうしたの?
「あら?」
ボク達の様子――特に密着するユイカがボクに尻尾を絡めようとしているのに気付き、受付のお姉さんが微笑ましそうに見やる。
「彼女さんがおかんむりよ。きちんと見てあげてね」
にこやかにのたまう受付のお姉さんに、ボクは意味が解らず首を傾げる。
『――私も尻尾が欲しいです』
だからどういう意味だってば?
誰か説明してよ。
ギルドの用事は簡単に終わった。
岩蟻の甲殻や少しだけ取れた堅殻は、品質の良いモノだけを厳選して発送。
岩蟻素材は軽くて丈夫な素材の為、回避を重視している軽戦士の防具に最適だそうで。加工も簡単らしく冒険者の新人が最初に目指す防具らしい。
同じく回避型のレントに最適だし、出来るだけ品質の良いモノを送ってくれと、源さんから言付かっている。
かなり選定したんだけど、意外と沢山あったせいで、かなりの送料を取られた。一定以上送ったら、送料無料とかそういうサービスがあればいいのに。
不要になった分は、ギルドの素材引き取り場所で売る。発送料金に少し届かなかったけど、あらかた戻ってきて良かった。
今はギルド直営の魔法書売り場を覗いている。
種族的な理由で戦士が多いせいか、近接系武器と防具は豊富にあるけど、魔法系の装備はほとんどない。その横手に併設されている魔法書コーナーも、あること自体が奇跡みたいな扱いだった。
「ここ駄目だよ」
「やっぱり持ってるのしかないの?」
「うん」
二人顔を見合わせて、ため息をつく。ついでに覗いたとはいえ、こうも扱いが酷いと、街中の魔法店も期待出来なさそう。
そんな時だった。
「あれぇ、もしかして高辻さん?」
その声に、思わず二人して振り向く。
そこにいたのは、プレートメイルを着た栗毛の犬族系の獣人種の少年。
あれ、どっかで見たような?
「今のあたしは『ユイカ』だから。間違えないで」
「あ、ごめん。じゃ、今の俺は『キエル』だから」
「そう。じゃあねキエルさん」
素っ気なく返して反転し、ボクの手を掴んで立ち去ろうとするユイカに、彼は追いすがるように言葉を続け、ボク達の前に回り込んできた。
「あ、待って。今の俺達4人PTなんだ。ユイカさんとそっちの子は魔法系でしょ?
うちは近接系ばかりだから、入って欲しいなって。同じクラスメイトだったよしみでしょ?」
あー、思い出した。そういえば、結衣のクラスにいたなぁ。
確か別の学校への卒業組で名前は桐生……あれ、何だっけ?
思い出せないという事は、あんまり親しい間柄じゃないはず。
「嫌。のんびり旅だもの、必要ないよ」
「そう言わずに頼むよ。そっちにも確実にいい話なんだから。前衛がいれば、楽できるし。これでも俺はこのゲーム第2弾からやってるし、レベル30オーバーの軽剣士で強いよ?
俺みたいに優秀な前衛がいたら、後衛も楽に素材集めとかレベル上げ出来るでしょ?
当然入ってくれるよね?」
さっきから独りよがりなアピールが多い。しかもやたらとしつこくて馴れ馴れしいけど、こんな奴だったかな?
それにこの『元』同級生、自分に酔い始めてるし。
尻尾を見るまでもなく、ユイカが相当苛立ってきているのがわかる。
「そっちの子、よく見たら動画で話題になったエルフちゃんだよね?
セイさんだっけ。君も俺みたいな前衛がいた方がいいよね?
ヴォルティスのコスプレしてるくらいだから、雷系の魔法も使えるとか?」
あ、なんかこっちまで飛び火が。
さっきから聞いていれば、勝手な持論と思い込み、こっちの意思を無視して決めつけてくる態度に、ボクも結構イライラしてきた。
一応こっちでは初対面なんだけど、よくもまぁそんな事言えるね?
それにティアの名前を出された時に周りが騒然とし始めたんだけど、なんだろう?
ものすごく嫌な予感が。
「おい、キエル。自信満々に言ってたくせに、まだ勧誘出来ないのかよ」
「あ、兄さん。どうも彼女達意固地になってるみたいで」
大声で喚くように別の男がこっちに向かってくる。
「偶然を装って声かけるって言ってたクラスメイトっての、あの子達か?」
「ラッキー。めっちゃ可愛いじゃねぇか」
その後ろから更に別の男二人が登場。こっちに聞かれてるとも知らず、ヒソヒソと話しながらやってくる。
本人達はこちらに聞こえないように言ってるつもりなんだろうけどね。ボクには丸聞こえだ。
ユイカも聞こえたんだろう。表情は分からないけど、狐耳が震え、ボクを掴むその手に力が入ったのが分かった。
へぇ……『偶然を装って』ねぇ……。
当人達の前でそんな事言うんだ。
派手な鎧を着込んだ追加の男達を見て、警戒レベルを更に上げる。
元同級生とその仲間AとBとCが現れた。
うん、これから彼らの扱いはこれでいいや。
パーティーを組めって言われても、もう無理。絶対ノー。精神的に受け付けない。
「すいませんが、ボク達は必要ないです。きちんとした専用の所で募集して下さい」
「俺たちゃ、嬢ちゃん達がいいんだよ。な、いいだろ?」
全く聞こうともしないな、この4人。
しかも逃げられないようにする為か、展示棚の前にいたボク達に対して半円形に囲んでくるし。
さて、どうするかな?
ユイカを背後に庇うように前に出た所で。
「動くな!
お前たち、そこで何をしているっ!?」
ギルドの腕章を付けた屈強な男性職員数人がこちらに駆け込んでくるのが見えた。
あーあ。やっぱり厄介事になったよ。
「――ふむ。要約すると、君達の意思を無視する形で強引な勧誘を受けた、という事かな?」
喧嘩両成敗と言わんばかりに、ギルド職員に連行されてやってきた取調室みたいな部屋。
流石にあの鎧男4人組とは別の部屋だった。そりゃそうか。
念のため確認をと、取り調べを行ってくるギルドの男性職員の顔には同情的な色が窺える。
「あと通報された内容では、規約違反をしたのは彼らというのも間違いはないかな?」
「規約違反?」
「ん、知らないのかい?」
あー、門番さんのアレか。
こんなことになるとは思ってもいなかったし、後回しにしていたせいで見てない……。
「『ここバライスの街に限り、公平なる我らの主、月の精霊様を除いた全ての精霊様の御名を口にしてはならない。この規約は獣人種のみならず、滞在する全種族に適応される』かな?」
冷や汗ダラダラ状態のボクの横から、その一文を諳んじたユイカに、目の前の職員は大きく頷いた。
こちらに視線が向けられたのを見て、コクコクと必死に頷いておく。
「……まぁいい。君達は被害者のようだからね。こちらからはいう事はないけれども、状況を考えるに、ここを出た後も彼らからしつこく付きまとわれるかもしれない。それじゃかわいそうだし……どうするべきか?」
ちょっと待って欲しいと、言い残して、彼は部屋を出て行った。向こうの様子を見てくるそうだ。
「ユイカありがと。助かったよ」
ボクの言葉にユイカの尻尾が嬉しそうに揺れ、「えへへ」と笑いながら、椅子を寄せてしがみついてくる。
けど月の精霊か……。
やっぱり獣人種の中では有名なのかな?
『月……闇と静寂を司り、そして狩猟と獣を守護していると云われる統括精霊様です。この方だけは獣人種の中で別格扱いですね』
ボクの内心の呟きに、ティアが口を挟んできた。
『じゃ月の精霊の神殿がこの街にはあるの?』
『ありません。そもそもこの街には、過去の出来事のせいで神殿が一つもないんです』
ティアの話では、昔どの神殿を建てるかで各種族がかなり揉めたらしい。それが抗争に発展し、あわや武力衝突寸前までいったそうだ。その時、月の精霊が見かねて仲裁に入り、この街には神殿を建てない方向で話をまとめたそうだ。
そうして各種族の仲を取り持った精霊として、月の精霊だけはバライスの住民の中では別格だという。
『獣人種の方々は精霊信仰の厚い方が多いですし、自身が信仰する精霊を精霊女王様よりも上位精霊と思っておられる方も多いと聞きます』
『このバライスのルールって、もしかして?』
『はい、部族によって信仰されている精霊が違うので、下手に口を出せば揉め事に発展してしまうんです。
ですからこの街では、精霊の御名は月の精霊様以外は禁句になったという訳です』
ハクに乗ったまま、門まで来なくてよかった……。
というより、今回の事がなかったとしても、エフィの御子で更にティアと共にいるボクって、獣人種の皆さんにバレたら厄介な事になるじゃ?
今思えば、この街に来たときからずっとボクに対して視線が集まっていたような気が?
『だ、大丈夫です。昔の時代より過激な方は減ったと聞きますし。お兄様は異界の方ですから、大目に見てもらえるんじゃないかと……多分』
ふ、不安過ぎるよ、それ。
今後の状況次第ではとっとと街から逃げよう、うん。




