40話 丘を越えていこう
(ノД`) 昨日はスイマセンでした。
改めまして、新章開始です。
ビギンの街の西方、起伏のなだらかな丘陵地帯を超えた先にある街。
そこにある、もふもふパラダイス――もとい、獣人種の街『バライス』目指してひた走っていた。
所要時間は徒歩で5日。
一度バライスに行ったプレイヤーだけが乗れる乗合馬車なら3日。
だけどこのまま行けば、ボク達は1日半くらいの行程になりそう。
このエリアは起伏がある為、出来るだけ歩きやすいように、出来るだけ馬に負担がかからないようにと、平坦な所を縫うように街道が蛇行している。
でもボク達はそれを無視して、地図を頼りに、ハクに乗って真っ直ぐ直進して行っているからね。
まさにハク様です。
プレシニア王国の西方エリアは、所謂獣人種達の自治区として認められていて、多種多様な種族たちがそれぞれの部族ごとに村を構えているエリアになっている。
バライスの街はそんな獣人種自治区の玄関口。
彼ら独自の色々なルールがあるそうだけど、彼らは閉鎖的な種族ではないから、誰でもこの街に入る事が出来る。
ボク達プレイヤーには、初入門税を支払う時にきちんと教えてくれるそうだから間違いはないと、レントから聞いているけど、どんなルールがあるんだろうか?
けど『バライス』ねぇ?
パラダイスをもじったんだろうけど、安直過ぎないかな、名前。
ビギンの街の西門を出たボク達は、道の外れでハクに顕現化してもらう。
移動だけなら〔雷精の侍獣巫女〕の力を使う必要もない。
ユイカにも〔騎乗〕スキルを取ってもらう必要があったけど、やっぱり移動スピードが段違いだからね。必要経費と割り切ってもらう。
最初どの位置に乗るかで、わざわざ実体化したティアとユイカが言い争っていたが、結局ボクの前にティア、後ろにユイカが乗る形で落ち着いた。
まあ小柄なティアならボクの前に居ても問題ないかな。
移動中は非実体化して貰わないとダメだけど。
今まで精霊として表舞台に立ったことがないエフィと違って、ティアは当然雷鳴の精霊として有名であり、しかもこないだの動画でしっかりと出演している。
流石に人の目のあるところで顕現化していると、大騒ぎになるからね。彼女は残念がっていたけど、こればっかりはね。
ただその状態でも古代森精種のボクなら見えるし、彼女と触れ合えるから問題ない筈なんだけど、なんで残念がったのだろう?
ハクの背に騎乗して丘陵を進む。
彼女には三人分が乗れる大きさになってもらっている。
最初手綱もないのに三人も乗って大丈夫かと思ったんだけど、なんだか不思議な力で守られているかのように、ものすごく安定していて不安はなかった。
むしろ寝ていても落ちないかもしれない。
聞けば気絶したボクをミィンまで運んだのもハクだそうで……。
その節はお世話になりました。
ありがとう、ハク。
出来るだけ街道から離れたところを進む。途中狩りをしていた何組かのパーティーとすれ違ったり、同じように直線距離で向かっている人達を追い越したりした。
ただね。誰しもが最初敵かと身構え、そしてこっちに騎乗者がいることに気付き、最後はあんぐりと口を開けて見送るといったパターンが続いているんだ。
貸し出される馬とかトカゲとかと違って、自前の虎型精霊に騎乗してるだけじゃないか。
そんなに変かな?
――やっぱり訂正。変だった。
そりゃ巫女服着た二人組が虎に乗ってやってきたら、何事かと思うよね。
ボクの装備は坑道の時に着ていた装備そのままだし。
ユイカの装備は例の深緋の巫女服に、小さなリボンの髪飾りをサイドにつけ、竹箒型の杖を背に背負っているといったネタ装備だったりする。
マツリさんやりすぎです……。
耳に入ってくる彼らの言葉は、「エルフちゃんだ」とか「ロリ巫女ちゃんキター」とかそんなのばっかり……って、ちょっとそこの!?
初対面なのに人をロリ巫女呼ばわりってヒドくないっ!?
でもそのあだ名の数々は、ほとんどボクに対してなんだよなぁ。
何故かというと。
前にボク専用のスレが立ったって聞いて、どうなんだろうと興味が湧き、見に行った事があったのよね。
で、いざスレを開いてみたんだけど、理解不能な状態になりまして。
まあ『エルフちゃん』くらいのあだ名ならいいんだけど、こっちが恥ずかしくなってくる呼び名も多かった。しかも匿名なのをいいことに色々とギリギリの内容が交わされていて、一瞬で顔が真っ赤になったのが自分でも分かった。
見るに耐えられず、慌ててスレを閉じる事に。
多分もう見ることはないだろう、うん。
もたれかかってボクの外套を握ったまま、穏やかな表情でぐっすり眠っているティア。そんな彼女をしっかと抱き支え、そして周囲に魔法をばら撒きながら丘陵を進むボク達。
これだけいうと、なんだか無差別に環境破壊しているように聞こえるけど、そうじゃないよ?
街道からちょっと外れるだけで、魔物がモリモリ湧いて襲ってくるから応戦しているのです。
しかもここは昆虫型の蟻がメインで、物理的に堅い。
その分魔法には弱いみたいだし、距離があるうちに魔法を叩きこむのがセオリーだよね?
強さ的には初期街周辺エリアの中では最高クラスのエリアだけど、あの坑道で戦ってきたボク達にとってはもう敵じゃない。
ユイカもあの戦いの後クラスチェンジが可能になり、既に二次職になっている。
更に今回のクエストの報酬で、ミィンとビギンで買える魔法書を買いあさり、きちんと魔法の種類も増やしている。
更にボクが彼女にあげた魔法書引換券。
リストから好きな魔法を選んで選択すると、その魔法書に変化するというスペシャルアイテムだった。
ただスキルレベル不足と、どの魔法がいいか決めてないという事で、まだ変化させていないらしいけど、将来きっとユイカの力になってくれるはず。
ユイカはゴブリン戦では使えなかったらしい範囲魔法を、わらわらと湧く蟻に向かって打ち込んでいく。
ハクはただ真っ直ぐ移動するだけで良いように、邪魔な岩とかの障害物をボクの精霊魔法で無理矢理整地して進んでいく。
寝ているティアを起こさないように、少しでも破壊音を小さくするために、そして飛来する破片を防ぐ意味もあって、風の結界を張るのも忘れない。
え、過保護だって?
かわいそうでしょ。眠り姫の横で大きな音を立てるのは。
慕ってくれる子に対して甘くなるのは当然じゃないですか。
途中いくつかの地点に設けられているセーフティエリアの中にある休憩所。
その一つに、ボク達はたどり着いていた。出発前に買っておいた地図によると、全行程の2/3は進んだことになる。
セーフティエリアに入る前にティアを揺り起こして、彼女と精霊化しておく。
一応念のための変装ね。明日の朝の出発までにクールタイムが終了すればいいんだし。
まだ夕暮れ前だけど、すでにいくつかの馬車が停泊しており、野営の準備に入っているのが見える。
外に出てきている馬車の利用者は……住民の方かな?
馬車の中は移動式セーフティポイントになっているから、始発から終点までログアウト状態で乗ったままのプレイヤーが大半だしね。
テントを立てて、順番にログアウトをしている徒歩組のプレイヤー達を見やり、こちらもテントをインベントリーから取り出す。
ボクが再購入し直したテントの大きさは6人PT用。
一応見た目は普通の6人用テントだけど、実はコレ魔法のテントなんです。
入り口は普通だけど、内部空間はちょっとしたコテージ並。大きくなったハクが中で自由に動けるくらい広いんですよ。
しかも自由にコーディネート出来るとあって、板張りにしてテーブルセットと大きめのベッドを6台と間仕切り、そしてお布団を持ち込んだ。
そのお値段は何と、テントが50万Gのオプションセットが20万Gです。
ビギンの街で偶然見つけ、奮発して買っちゃった。
クエスト褒賞で100万Gもの大金が手に入ったのはいいんだけど、大金持ってウロウロしたくないんだよ。
もし死に戻りしちゃえば、半分無くなるんだよ?
物を買っておいた方が良いじゃない。それに下手に一人用を複数買ったりするよりも、何かあった時の為に大きいテントの方が便利だし。
早く貯金できるクランホームが欲しい。
それにボクの場合、精霊がいるし、大きい方が隠しやすい。狭いよりもやっぱり広々とゆったりしたいよね。
夜営設置中も、相変わらずこちらに視線が向けられているのを感じるけど、こればっかりは仕方ないのかな?
見た目は女の子二人と虎の変なPTだし。
絡まれたら嫌だし、ハクに頑張ってもらおう。ご飯多めに上げるから、頼むよ?
ビギンの街で買い置きしていたいくつかの肉をハクに分け与え、ボク達はミィンの町で暇な時に作り置きしていたポトフと購入したパンで夕食を済ます。
ティアの分は別によそってインベントリーにしまっておく。
彼女は後でテントの中で食事かな。上手く出来たっぽいから、是非彼女にも食べてもらいたい。
日が完全に落ちた為、就寝の準備に入る。
テントの結界があって安全とはいえ、大勢の人がいる所で見張りもたてずに寝れる訳がない。精神的に落ち着かないので、ハクにテントの外で番犬ならぬ番虎をしてもらうかな。
『ハク、負担かけてゴメンだけど、よろしく頼むね』
『問題ありません。ごゆっくりと御子様』
ハクの随分柔らかくなった思念を受けて、ボクはテントの中に入る。
テントの中は光の精霊にお願いしたおかげで、柔らかな光が満ちている。
精霊化を解除して顕現化したティアに食事を手渡す。美味しそうに食べる彼女を微笑ましく眺めながら、明日の予定について考える。
明日にはバライスの街に到着する予定なんだけど、ボク達はこのエリアのフィールドボスをまだ倒していない。
ボスを無視して次のエリアに行こうとしても、ループしちゃって絶対に先へ進めないらしい。
未討伐フィールドボスの場合、エンカウントすると個別空間に入るらしく、周りの被害は気にしないでいいらしい。
戦闘中に乗合馬車を巻き込む事はないので一安心。
レント情報によると、ここのボスは岩オオアリクイ。
ひたすら堅いが、魔法には弱いらしい。多分問題はないだろうと言われている。
動きもかなり遅いらしいから、油断しなければ大丈夫そうだ。
ユイカとログアウト休憩を交互にこなし、マツリさんが用意した着ぐるみ型パジャマに着替える。
ちなみにユイカが茶色の虎猫、ティアが三毛猫、そしてボクが黒猫……。
いや、断れる状況じゃなかったんだよ。
ユイカとティアに先にプレゼントした後、二人の目の前でボクに渡してくるなんて、なんて恐ろしい戦略を立ててくるんだ。
キラキラと期待感たっぷりな瞳でボクを見つめてくる二人の前で、NOと言えるわけないじゃないか。
――でもちょっと着てみたいかな、なんて思ってしまっ……いや、ないからね?
3人で仲良くぐっすりと朝まで眠る。
別々で寝たはずなのに、朝になったら二人ともボクの布団に潜り込んでいて、二人の抱き枕状態にされていた。
これじゃ複数のベッド揃えた意味がない。
確かに最近は毎日どちらかが潜り込んできてたんだけど、二人共なのは初めてだなぁ……ってか、二人にがっちり両腕がホールドされてて、動かせないんですが?
無理矢理起こせばいいんだけど、二人の穏やかな寝顔を見ると起こせなかった。
まあ、急ぐ旅でもないからいいかと、開き直って二度寝を敢行する。
自分でも理由は分かっている。
ボクなんかを心から信頼してくれている。照れや恥ずかしさもあるけど、それよりも、何よりも。
必要とされている事が、その事実が嬉しく思うから。
どうしても彼女達に甘くなっちゃうんだよね。
二人から感じ取れる少女特有の体温と匂い、柔らかさに包まれながら、ゆっくり夢の中に旅立っていく。
おかげで大いに寝坊して、出発予定時間をオーバーした。同時に目が覚めて、三人一緒に顔を見合わせた後、急におかしくなって笑いあった。
まぁこういうのもいいよね。
なんだか心が安らぐというか、人の温かさを実感できるというか。
やっぱこのゲームに来て良かった。
街に通じる唯一の隘路になっている小さな谷の入り口にずんぐりした体長10メートルくらいのオオアリクイが転がっていた。
じゃなくて寝そべっていた。
なんだか見るからにやる気のない様子。
そのまま素通りしたい気分になったけど、流石に道を塞いでいるから通り抜けられない。
まだこっちに襲い掛かってくるなら良かった。
でもオオアリクイは、こっちをチラッと見てはくるけど、そのまま動かずにぼーっとしている。
何このボス。すごくやりにくいんですが?
ええっと、ステータスは、っと。
名 称:岩オオアリクイ(魔獣)ボス級
状 態:まったり
スキル:突進 舌撃 爪撃 のしかかり 激昂
弱 点:風に弱い
えー。まったりって、なにそれ?
『お兄様、こんな大人しい子に攻撃を加えるのは、なんだかかわいそうです』
先制攻撃を躊躇うボクに、非実体化のままのティアが悲しそうに呟く。
うーん……とは言ってもねぇ。
結構近付いても特に反応がないし。ティアの言う通り、こんな子を攻撃するのも気が引ける。
でも退いてもらったとしても、オオアリクイはフィールドボスだから倒さないと先に進めないし。
もう少し何か分からないのかなと、オオアリクイのつぶらな瞳と見つめ合っていると、なんかステータスの続きが出てきた。
〔特記事項〕
普段は温厚で大人しく、岩蟻が大好物。
攻撃されると激昂して反撃してくる。目には目を、歯には歯を、善意には善意を行ってくる性質がある。
あ、詳細も視れたんだ。便利だな、この眼。
アリクイだけに蟻好き、ねぇ。
「となると、コレで餌付け出来たり?」
インベントリーから『岩蟻の甲殻』という名の素材を取り出した。ここに来るまでに大量に倒して来たから、山のように持ってるのよね。
一抱えもある大きさの甲殻だけど、意外に軽いそれをオオアリクイに見せた瞬間、彼(?)の瞳がキラリと光った気がして。
「ひゃぁっ!?」
気付いた時には抱えていた甲殻が舌で巻き取られていた。ついでに唾液まみれになるボク。
ヌチャっと、ヌチャっとしたんだけどっ!?
ひぃいっ、気持ちわるっ。
『あの子、もっと欲しそうにしてますよ』
ティアの声に現実へと引き戻され、オオアリクイの方を見てみれば、彼の目がキラキラと期待感を込めてこちらを見つめていて。
そして長い尻尾がパタパタと……って、こいつ犬かっ!?
思わずツッコミかけたけど、こうなったら自棄だ。
インベントリーに大量にある甲殻やら脚やらを出しては、オオアリクイに向かって投げる。投げつける。
もう舐められたくない。物理的に。
放物線を描いて宙に舞うそれらを、舌で器用に絡めとって口に運んでいく。
「あ、コレおもしろーい!」
ユイカも自分のを投げ出している。振りかぶってわざとあちこちに散らして。
楽しそうだね……。
『あ、満足したみたいですよ』
50以上は投げただろうか?
ティアの言葉に、ボク達は投げるのを止める。
さて、どうだろう?
しばらくこちらを見つめた後、彼はキュルルーと一声鳴いて、ドスドスと立ち去って行った。
『フィールドボス/岩オオアリクイを特殊クリアしました。クリア者にはSP+2が付与されます』
こんなクリアの仕方もあるんだね。
討伐素材は当然なかったけど、『SP+2』がもらえたのはラッキー。
あればあるほど嬉しい。
『ティアありがとね。戦闘に入る前に止めてくれて』
『えっ、そんな……。
私何も出来てませんよ。ついそう見えたから、思わず言っちゃっただけで……ふわぁあ?』
彼女の言葉を遮るように頭を撫でる。
ティアの頭の位置って、丁度撫でやすいんだよね。
ふにゃぁと蕩けた顔をしたかと思うと、こっちにぎゅぅうっと抱き着いてくるティアの頭を撫で続ける。
「じぃー」
ええっと、ユイカさん?
なに指咥えて見てますか?
えらく小刻みに尻尾をパタパタさせているユイカを見やり、ため息をつく。
まぁ見えてなくても、ティアを撫でてるのは動作でバレてるしなぁ。
ボクに何かして欲しい時、言葉に出さないで物欲しそうに指咥える癖、ホント昔から変わらないんだから。
同い年だけど妹みたいなユイカの頭をぽふぽふと軽く撫で、無意識に撫で続けすぎたのか、ふにゃふにゃのへにょへにょになっちゃってるティアを回収し。
「さ、行くよー」
再びハクに跨がり、ボク達は一路バライスの街へ向かったのだった。
エリアボスもただ倒すだけじゃなくて、こんなクリアの仕方もいいんじゃないかと思います。




