39話 ありがとう
初イベ=試練クエスト『雷鳴の精霊の救出』編終了です。
5/19 緊急クエストのアイテム報酬の記載が抜けていたのを加筆。
湖から吹いてきた微風が丘を駆け上がっていく。
ビギンの街の南区。
ボクが初めてログインしてきた場所。初めてこの世界に降り立った原点。
小高い丘の中腹で、若草の上でゆったりと寝そべるハクにもたれ掛かるようにして、ボクは眼前に広がる湖をぼんやりと眺めていた。
まったりと空気が流れる中、ときおり尻尾でボクをくすぐるように甘えたイタズラを仕掛けてくるハクを、反撃とばかりに首元をわっしゃわっしゃと撫でてあげる。
ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる姿は、出会った時の威厳のあった姿とは似てもつかない。
だけどボクにとっては、普段はこっちの方が好きだなぁ。大きな猫のようで可愛いじゃないか。
実をいうと、初めて会った時のハクは精一杯虚勢を張っていたらしい。
背後にティアをかばっていたのもあったのだろう。
『レクティア様にお仕えする我が身としては、威厳がないと困るのです』とハクは語る。ティアが見た目幼い少女だから、舐められないようにしていたらしい。
渋く落ち着いた声だと思っていたけど、あれは頑張って声色を変えてまで演技していたんだって。
ティアから精霊は女性型しかいないと聞いて、ハクも実は女性――この場合雌かな?――だったのにはびっくりした。しかも生来の性格は甘えん坊だという事も。
ティアから普段の事を暴露されたのを見て、ようやくボクに対しても取り繕う事を辞めたらしい。
ねぇハク、威厳とか覇気とかは、戦闘するときだけでいいいんだよ。黙って佇むだけで、結構威圧感あるんだから。
レントとは別行動をとっている。
ちょっとぶらりと目的もなく旅をしてみたくなったのと、あのままミィンの町にいても役に立たないからだ。
例の坑道は完全に邪気が浄化され、聖域と化してしまった。敵性MOB――魔物が全くいなくなったらしい。
その情報が世界を駆け巡り、今は鍛冶や宝飾など鉱石系生産職を志している住民やプレイヤー達で溢れかえってる。
護衛する必要がなくなり、種族特性から採掘すらできないボクは完全に用無しになってしまった次第。
そこでレントと話し合った結果、イベントまでパーティーを分けることになった。
レント、源さん、マツリさんの3人はミィンの町にて、まだできていない装備の作成とレベル上げ。レントを含め、3人の装備は全く出来ていないからね。
ボクとユイカは各地を回って旅先で手に入れた素材を、ギルド経由にて、クラン共用アイテムボックスの方へ転送する役割。いわゆる宅配便みたいなもので、ゲーム内通貨を払う事によって利用できるクラン所属者へのサービスの一つ。
また生産職の二人から、出来たボク達用の追加装備を同じようにクランボックス経由で送るから、常に確認するようにして欲しいと言われている。
それにこの旅は、ユイカの魔法書の入手の旅でもある。町によって売られている魔法書が異なる事に気付いたため、各地を巡る必要がでてきたから。
また、街で売られてない特殊な魔法書も出来たら見つけたいね。
という訳で、このぶらり旅の同行者はユイカのみ。
いや、ティアとハクと……ボクの中で眠ったままのエフィと。
運営が行う予定のイベントの日までのんびりと各地を巡る予定。
最初はボク一人で旅立つつもりだったんだけど、レントが強固に反対した。お前一人だと確実に何かやらかす、と。
更にユイカも絶対に付いていくと言い張り、多数決の結果、全会一致で彼女の同行が決まった。
旅に出るにあたって、「毎日連絡を入れろ」とか「何処行くか毎回報せろ」とか言われたけど、母親みたいな事言わないで欲しい。信用ないなぁ。
まぁ今までやらかしてきた事を考えると、分からなくもないんだけどね。
そうしてボク達は、始まりの街ビギンに戻ってきていた。
その時街に入る前に、変装の意味合いからティアと精霊化を行い、エルフ特有の長耳をフードで隠す。
旅の出しなにマツリさんが急いで作った変装用フード付きケープ(黒猫Ver)である。
なぜに猫耳!?
と抗議したんだけど、「着てくれないんですか?」と悲しそうな顔をされ、次に「ウサギさんの方が良かったですか?」と訊かれ、最後には「可愛いコには可愛い恰好をしてもらわないとダメなんです!」と、開き直られた。
いやそれについては同感なんだけど。その対象がボク自身となるとね。笑えないんだよ。
15の男が言われる台詞じゃないと思うんだ、うん。
あぁ、出会った時のマツリさんのイメージがどんどん崩れていく。
正直色々複雑ではあるんだけど、変装の意味もあるからと、マツリさんに説得されて大人しく羽織ることにした。
もうひとつの装備のおかげ(せい?)で、耐性ができたともいう。
そしてさっき言ったもうひとつの装備とは?
このケープの下に着ている服は、今回の褒賞品の一つである『雷精の加護衣』という装備品。
実は人に言えないくらいの、ツッコミだらけの問題品なんだよ、これ……。
名 称:雷精の加護衣
状 態:特殊
種 別:装備品(服飾一式セット)
耐 久:∞
重 量:1
付与枠:なし
効 果:精霊女王が感謝の気持ちを込めて作成した個人認証型御子専用装備一式。〔雷精の侍獣巫女〕を発動すれば自動的に装備され、解除すると外れる。持ち主に合わせて成長していく不思議な服。
INT/MND/AGIが精霊化のレベルに依存して上昇(レベルに対して1/5)
〔雷精の侍獣巫女〕中の消費MP半減
〔雷精の侍獣巫女〕を使用した時間分だけ精霊化のクールタイム半減
獲得追加精霊化形態
〔雷精の侍獣巫女〕
幼き雷精は仲間を想い共に歩む。
下級雷精を実体化させ、思い描く動物の姿へと進化させる事によって、新たな使役雷獣を生み出し、恒久的に使役することが出来る。その際真名を与え契約を行う必要がある。
契約できる雷獣は精霊化のレベル1/10+1枠となる。
ただし使役獣が本来の力を発揮できるのは、侍獣巫女となっている間のみ。使役中は基礎MPとPT枠を消費する。使役雷獣の強さは種族レベルに依存する。
INT/MND/AGI、知覚及び感知能力にプラス補正。
使役雷獣
〔ハク〕
この通り。
装備することによって発生する補正値が今は大したことがないけど、それを補ってあまりある装備効果の数々。
『レクティア』の真名を得たボクは新たな精霊化形態を得たわけだけど、その専用装備らしきものがメールにて届いたのよね。
それも精霊女王エターニアの名前で。
『坑道の穢れを払い、レクティアを救ってくれてありがとう。二柱をよろしく頼みます。貴方の往く末に幸あらん事を。
――追伸。
娘の分もまた今度作ってあげる。二柱とお幸せに。 byえたーにあ』
みんなにお願いされて、ティアとの精霊化を試した時にタイミングよく着信したメール。
追伸の文言に妙な頭痛を感じながらも、一緒に添付されていた装備アイテムを何気なく取り出したら、ティアが普段着ている黒のフリルレースのワンピースとかニーソックスとか瓜二つな服と靴、更に下着(!?)がドサドサッ、ファサッと目の前に出現。
その瞬間、目にもとまらぬ勢いで源さんとレントが女性陣に目隠しと目潰しされる中、それらはボクの中にスッと消えていって。気付いたら全て勝手に装備されていた。
……。
…………。
……あのぅ、エターニア様?
ボクはこれでも一応男なんですが?
精霊化で女性化してるとはいえ、よりにもよってフリフリのレースのワンピースで戦えと?
〔雷精の侍獣巫女〕は完全後衛型だし、ワンピースでも問題ないのかも知れないけど、一応男としての矜持がガリガリと削られていってる気がしてならない。
マツリさんが呆然としたボクの姿を見て狂喜乱舞する中、目頭を押さえたレントが「魔法少女っぽくなったな」と肩を叩いて部屋を出ていったのが止めになり、へなへなと崩れ落ちたのだった。
その忘れたかった出来事を再び思い出してしまい、ボクはため息をつく。
この丘には今誰もいない。
長耳を隠していたフードを取った瞬間、一際強く吹いた風になびく白に近い薄藤色の髪。軽く押さえながら、先の事件の顛末に思いを馳せていく――。
あの日ボクが意識喪失で倒れた後、目を覚ました時には全てが終わっていた。
誰かが運んでくれたのか、ミィンの宿屋の一室。すでに夜のとばりが降りていて、部屋の中は真っ暗になっていた。
あまりの長時間の気絶に吃驚した。坑道の祭壇からミィンの町まで結構離れている。その間中ずっと気絶してた事になる。体力もかなり消耗していたっぽいから、そのまま通常睡眠に移行してしまったのだろう。
妙に身体が怠いのは、いまだ精霊化のペナルティーの影響が残っているからかな。単に寝すぎたからかもしれないが。
『エフィ?』
呼び掛けてみたけど、返事がない。
自分の中に意識を向けてみれば、いつもと変わらぬエフィの気配があった。しかし、少し弱々しい。
しばらく休眠するって言ってたっけ?
依り代の力を利用して、ボクの内で眠るエフィ。お互い納得の上とはいえ、ここまで消耗するまで力を貸してくれた彼女がいなければ、きっと何もできずに後悔していたに違いなかった。
起き上がろうとした時、ベッドのヘリを枕にして寝てしまっているユイカを見つけた。
心配してずっと付いていてくれていたのだろう。だけど途中で力尽きてしまったらしかった。
そんなユイカをそっと抱き上げて自分が寝ていたベッドに寝かせ、毛布を掛けてあげる。穏やかな寝息を立てるユイカの頭をそっと撫でる。
エフィもユイカもありがとう。
声に出さずに呟く。ふたりに聞こえない事は分かっているけど、言わずにはいられなかった。
メニューからメールとクラン掲示板をチェックする。
いろいろ気がかりな事が多い。あの後どうなったか早く知りたかった。
源さんとマツリさんはどうやらログアウトしているようだった。クラン掲示板に『1階の酒場にて23時まで待つ』とのレントからの伝言を見つけ、部屋を出る。
現在は22時過ぎ。今ならまだ間に合うだろう。
「お、セイ。起きたか」
「セイさん、体調は大丈夫ですか?」
宿屋の狭い階段を下に降りると、レントとアーサーさんが宿屋の食堂で意見交換していたのを見つけ、挨拶をする。
マーリンさんはいなかった。他の円卓のメンバーと共に、坑道から直接ホームのある王都へ出立したそうだ。
「騎馬で来たから、後から追いかける手はずになっているんだよ。
私は君が起きるのを待っていたんだ。色々説明したかったしね」
とアーサーさん。そういう彼はこの後一泊し、早朝出るらしい。
時間も遅いせいか、他にお客もいない上、食堂も閉まっていた。二人が座るテーブルには空き容器しかなかったので、インベントリーから作り置きの軽くつまめる料理と飲み物をいくつか出し、隣の席の椅子を持ってきて二人の隙間に座る。
「ありがとう、セイさん」
「さて何処から話したら良いものか……」
口ごもったレントに、ボクは最初から話して、とリクエストする。「あまり言いたくないんだかなぁ」とボヤきながらも、ボクが気絶した後から話してくれた。
あの後、掲示板は荒れに荒れた。
原因はもちろん緊急クエストの順位についてだった。
冒険者ギルドに貼り出されたランキング表で、全プレイヤーが確認できたのもその一因。
ボクの順位はというと、
『クエスト貢献度』が1位。
『討伐数』は『1』で実質最下位。
恐らく坑道中の邪気の浄化を行った事とティアの救出が大きかったんだろうけど、最後のトロール戦しか戦闘に参加していないのに、まさか1位になっているとは。
そりゃ荒れる。
ボクだって事情を知らなければ、運営の採点に文句の一つでもつけたくなると思うもの。
すぐに状況を察したレントとアーサーさんだけど、最初は放置しておくつもりだったそうだ。こういうのは、反論すればするほど余計荒れて盛り上がるから、我関せずと放っておくのが一番いいらしい。
ただあまりにヒートアップしすぎてボクへの人格攻撃まで出始めた所で、マーリンさんが遂に我慢できなくなってキレた。宥めようとするアーサーさんとレントを強引に説得して、資料用として撮っていた動画をチェックしてから、スレに叩きつける流れになったらしい。
結果的に糾弾の声はなくなったものの、今度はボクの素性が身バレ。動画の影響も大きくて、最終的にボク専用のスレまで立ったらしい。
マーリンさんが撮っていた動画は、遠目で撮影していて顔の判別がほぼ出来なかったはずなのに、過去に取られていたボクのスクショと目撃証言、更に着ていた服で全て特定されてしまったのは、流石というか何というか。
身バレを招いた事について、アーサーさんが地に頭を付ける勢いで謝ってきたけど、逆にボクの為にそこまで怒ってくれた事に感謝したくなった。スレに口を出したことで自分達も嫌な思いをしただろうに……やっぱ良い人達だと思う。
動画まで撮っていたのは吃驚したけどね。
あの戦いの様子が気になったので、ボクもその動画を見せてもらった。どう考えても討伐の戦闘シーンより、舞の方がメインみたいに見えてしまった。
あの時の舞、こんなことになっていたんだね。
「今後何か困った事があれば、遠慮なく円卓を頼って欲しい。
何かあれば全面協力を約束しよう」
アーサーさんはそう言って、ボクにフレンドコードとクランホームまでの所在地図を差し出してくれた。
フレンドコードの交換が終わった後、「じゃ長居するのも悪いだろうから」と、別の宿屋に去っていった。
ただ去り際に、
「セイさんはこの世界についてどう思って……。
――いや、貴女には愚問だったね。また会いましょう」
問いの途中で自己完結していた彼の表情と言葉が、何故か最後までボクの中に残り続けていた。
別の宿に向かったアーサーさんを二人で見送った後、レントは「ユイカを頼む」と言い残し、ログアウトしていった。宿屋の中に戻ろうとしたところ、ふと気配を感じたのでそちらに向かって歩き出す。
町の中央。そのポータル機能を持つ石碑。
その上にティアが腰かけて、憂いの表情で星空を眺めていた。胸中にあるのは、やっぱり祭壇での出来事なのだろう。責任を強く感じてしまっているかもしれない。
石碑の根元にはハク。こちらをちらりと見るも、そのまま目を閉じる。
深夜とはいえ、ここは街の中心部。酒場へと繰り出していた町の人達やプレイヤー達がそこそこ行き交う中、彼女達はそこにいた。
二柱に気付いていない所を見ると、今は顕現化していないのだろう。
『ティア。こんばんは』
努めて明るい声を掛ける。こちらの存在に気付いていなかったらしく、今気付いたとばかりに声を返す。返そうとした。
『あ――お兄さ……ぁまぁ』
一瞬堪えたけど、やっぱり決壊したみたいだ。
ボクの胸へ飛び込んできたティアを抱きとめ、すすり泣く彼女の頭を撫でてあげる。
『お姉様に続いて、お兄様までずっと眠ってしまわれるかと思ってしまいました……。
そう思うと、淋しくなって。怖くなって』
『ごめんね。寝坊助で』
『違うんです、私が悪いんです。軽く考えていて、のんびり構えていて、油断して。
お姉様の指示すら満足にこなせてなくて、挙句お姉様を……』
『――違うよ』
ティアの言葉を遮るように言う。
『エフィやボクが一度でもそんなこと言ったかな?』
こういうのはありきたりな話だけど、やっぱり当人は責任を感じちゃうよね。だからきちんと言ってあげる。
『エフィも疲れて眠ってるだけだよ。ボクのスキルの恩恵を得ているはずだから、きっと大丈夫。
起きてきたエフィに言ってあげて?
――ありがとう、って』
『はい……。ありがとうございます、お兄様』
ようやくはにかんでくれたティア。一緒に傍のベンチに座って、しばらく星空を眺めていた。
『お兄様、そろそろ約束の時間です。行きましょう』
物思いにふけっていたボクに、同化しているティアの思念が響く。
エフィは目覚めていない。未だ眠り続けている。
『お姉様が起きたら今度こそ笑顔でお礼を言いたいです。そして寝ていた間に起こった色んな事をお話しするんです』
ティアの弾んだ思念にボクも嬉しくなる。
エフィ、早く起きないとティアにお寝坊さん扱いされるよ?
彼女が起きた時、今のティアの様子を見て、どう思うだろうか?
早くみんなでいい思い出を作っていこう。
『さ、行こうか。ティア、ハク』
西区での買い物の為に別行動をしているユイカを迎えに行く為、ボク達は歩き出した。
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緊急クエスト報酬
SP+5
魔法書引換券(中級まで/譲渡可)
上級ポーション詰め合わせ
中級ポーション詰め合わせ
状態異常回復ポーション詰め合わせ
下級ポーション詰め合わせ
100万G
薬草セット
名前:セイ
種族:古代森精種 種族レベル:23
職業:御子 職業レベル:4
――(中略)――
BP:0
SP:26
所持スキル
種族系:〔精霊眼:森羅万象〕〔浮遊(精霊化時)〕
職業系:〔精霊魔法Lv34〕〔精霊召喚〕〔精霊顕現Lv15〕〔精霊化Lv9〕〔念話(対精霊)Lv19〕〔依り代Lv8〕
攻撃系:〔杖術Lv19〕〔体術Lv20〕〔魔法具操作Lv4〕new
補佐系:〔HPアップLv15〕〔MPアップLv19〕〔STRアップLv12〕〔VITアップLv13〕〔AGIアップLv12〕〔INTアップLv31〕〔MNDアップLv15〕〔DEXアップLv12〕〔気配察知Lv33〕〔夜目Lv19〕〔消費MP減少Lv18〕〔騎乗Lv3〕new〔舞踊Lv8〕new
耐性系:〔毒耐性Lv1〕〔麻痺耐性Lv1〕
生産系:〔採取Lv7〕〔調合Lv10〕〔料理Lv21〕
精霊化形態
〔元精の戦巫女〕
〔雷精の侍獣巫女〕new
称号:精霊王女の寵愛
精霊王女の御子
雷鳴の精霊の寵愛new
雷鳴の精霊のお兄様new
追加装備
雷精の加護衣
クロネコケープ
ボク達の旅はこれからだ……じゃなくて、ちゃんと続きます。
――ええ、単に何となく言いたくなっただけです。
普通にだとセイ君着てくれないと思ったので、変身で強制的に着せることにしました(爆)
これで魔法少女への階段をまた一歩。




