37話 御子の真価
影の主人公のような感じになってきた樹=レント君が主体の話です。
主人公がいないシーン等のフォロー役になりつつあります。
ダブってるシーンは端折ったりしたんですが、6800字超えちゃいました。
6/9 指摘箇所をちょこっと加筆しました。
──レント──
焦る。
セイの馬鹿がいきなり走り出して坑道の奥に消えていった後、あいつの残した痕跡を辿って先を急いでいたのだが、何時の間にやら、俺達は邪人達の集団に囲まれる状況に追い込まれていた。
セイがメールを返して来たのは、ついさっきの事。たびたびPTリストを見て生存を確認していたが、ようやく返信があったことに胸を撫で下ろす。
何の為に護衛する事になってたと思ってるんだ、あいつは。
やむを得ない事情があったのはわかっているが。
とはいえ。
こいつらをとっとと蹴散らして、早くあいつの元へ助けに行かなくては。
あいつの事だ。レイド級と称されたボスが、どんな存在かわかってないだろう。
無茶していないといいが。
「マツリさん、付与を。ユイカは魔法解禁、ただし火は使うな」
「オッケーだよ」
「了解よ」
付与強化された俺の剣や源さんの戦斧、ユイカの光の矢で順調に倒せてはいるが、何しろ数が多い。倒すより、増える方が早いんじゃ……?
これは拙い。火力が足りない。
逃げようにもこの場所は一本道。前後から挟まれてしまった。
焦りから来たのか判断を誤り、急ぐあまりに無茶な戦闘を仕掛けてしまったのか?
「壁際に移動する。半円陣を組んで死角を無くすぞ!」
躍りかかってくるゴブリンどもを撫で斬りながら叫ぶ。
1体1体は弱いが、とにかく数が多すぎる。
俺の指示で、ほとんど戦闘力を持たない支援特化型のマツリさんを守りつつ、壁際に移動して持久戦ができるよう対応する。
正直分が悪い賭けだし、急がなくてはいけないのにこれでは……。
そもそも最初の計画では、この坑道へとアタックと採取を繰り返しながら、戦闘経験を積み、長期的な物差しでレベルアップを図る予定だった。
なのに蓋を開けてみたら、失敗の許されない一発勝負のタイムアタックとなってしまった事に、どこで運命の歯車が外れてしまったのかと、嘆かずにはいられない。
「ユイカ。手持ちの魔法の中で奴らを薙ぎ払うようなものはあるか?」
元素魔法職は固定砲台的な役割を持つ。近接戦は不利だが、遠距離戦や殲滅戦には大きく貢献できる職だ。
状況を打破するには、ユイカに頑張ってもらうしかないんだが。
「ないっ。魔法書を買ってる暇も、モンスタードロップもなかったし」
清々しいまでの返事。
という事は、3属性覚えている魔法全て初期魔法しか使えないという事にな……。
――ちょっと待て!
一日中あいつと街で買い出しとか行動してた日があった筈だぞ?
その事を指摘したら、思いっきり目が泳いでやがる。
「あの日のデートコースだと、遠回り過ぎて行けなかったし。ちゃんと独りになってから買いには行ったよ?
……閉店してたけど」
「頼むから買い出しをデートとか言うな、この色ボケお花畑娘。あいつが絡むと残念な思考になるのをいい加減に直せ」
「うー。お兄だってセイ君に見とれてたでしょうが。鼻血まで出そうになって。変態」
「ちがうわっ! あれはだな……」
「お前ら、兄妹漫才してる場合じゃないだろ!
生き延びたかったら、とっとと手を動かしながら攻撃せんかっ!」
おやっさんが怒鳴りながら、目の前のゴブリンを頭をかち割る。彼が使う戦斧タイプの武器は強力だが、取り回しがきかない。
雑魚過ぎるゴブリンには全く向いていないその武器を、ドワーフ特有の筋力補正にて振り回して、なんとか致命傷を受けるのを防いでいる感じだ。
マツリさんが支援をしてくれているとは言っても、前には出れない。体を動かすのが得意なユイカが、無理矢理壁役をしないといけない状況下。前衛が足りなさすぎる。
覚悟を決めないとダメだな。
誰かの死に戻り覚悟で強引に突破しようと思った時、救いの声がかかる。
「そこに誰かいるのか?
手がいるなら隙見て承認して欲しい。すぐに助ける」
渡りに船。
開くプレートの承認ボタンを、救援申請の文字だけ確認して叩きつけるように押す。
そこからは早かった。
一人の男が駆けこんできたと同時に、ゴブリンの首や胴が宙を舞う。全て一太刀。
「そこを動くなよっと。『シャイニング・レイ』」
離れた場所から魔法名が発声される。幾重にも分かれた光の光線が複雑な軌道を描いて、ゴブリンどもに突き刺さっていき、薙ぎ散らしていく。
俺達を幾重にも取り巻いていたゴブリンの集団が全滅するまで、少しの時間もかからなかった。
「君達、全員無事かい?」
金髪碧眼の貴公子じみた青年が長剣に着いた血糊を拭いながら、こちらに声を掛けてくる。
その向こうにいるローブ姿の青年――さっきの範囲魔法を使った魔法師なのだろう。こういう時に有効な魔法だし、最優先でユイカも覚えてほしいモノだが……いったい彼らの強さはどの辺りなのか?
「ありがとうございます。お陰様で、誰一人欠けることなく助かりました」
俺が代表で彼らに返答する。俺の言葉に彼は軽くこちらを見回し、そして少し驚いた表情を見せる。
「間違っていたら済まないけど、装備を見る限り第3陣のプレイヤー達かな?
今のこの状態で、よく4人でここまで来れたね。それとも巻き込まれたとか?」
あぁ、やっぱりわかるか。初心者装備に毛の生えた程度しかない、安めの街売り装備だったりするからな。
……今考えると、かなり無茶な事してるなぁ、俺達。
「別件でこちらまで来ましたが、クエストの事は知っていますよ。仲間が奥の祭壇で問題が発生しているからと、途中で一人で行ってしまって……慌てて追いかけていたんです」
「何だってっ?」
彼らの様子を見るに、どうやら最前線に近いプレイヤーなのは見て取れた。
見た目は質素だし派手さはないが、使われている素材がミスリル合板であるのをおやっさんが気付いていた。かなりの性能がありそうだ。
「私達も同行させていただきたい。君達の邪魔になるような事はしないので、安心して欲しい。
……マーリン、お前もそれでいいな?」
「いいぜ。もとよりそのつもりだ。だが、アーサー。急いだほうがいいんじゃねぇか?
彼らのお仲間さんが一人で先行してんだろ?」
最前線近いプレイヤーに協力してもらえるなら、是非もない。一時的にPTに編入しようとしたが、セイとのPTリンクが切れていなかった為、消すわけにいかず断念する。
恐らく緊急クエストで来ているだろうから、MVP狙いだろう。出てくる邪人はすべて彼らに進呈しようと思い……不意に、聞き覚えのある名前から彼らの正体に気付く。
出会った訳ではない。ただ、掲示板でしょっちゅう話題になり、名前も挙がっていた……。
「間違っていたら失礼ですけど、もしかして〔勇なる者〕と〔聖者〕、その人ですか?」
「そうだよ。ああ、これは身分証明用ね。詐称する奴らが増えてきたから、名刺代わりに見せるようにしてるんだ」
簡易ステータスタグを見せてくる。そこには名前と職業、現在のレベルの表示が入っていた。
やはり当人……って、種族レベル54!?
彼らの協力があれば、きっと全てうまくいくかもしれない。
移動しながら彼らにこちらの事情を説明する。
元素の精霊の事は流石にはぐらかしたが、依頼にてここに来た事、雷鳴の精霊が消滅の危機を迎えていた事、先行している仲間から、雷鳴の精霊を助け出したがレイド級ボスとソロ戦闘になっている事は隠さずに伝えた。
まだどことなくのんびりだった彼らの表情が、きつく引き締まった。こちらと先方の提案の一致により、道中の邪人は全て彼らに任せ、ひたすら道を急ぐ。
先を急ぎながらも、彼らから邪人についての話を聞くことが出来た。全ての緊急クエストにかかわったらしい彼らが言うには、このケースは今までにない一番ヤバい案件だった。
運営が自らの手で行う『世界クエスト』とは違い、緊急クエストや試練クエストはアナウンスもなく、時間経過やちょっとした出来事から突如始まる。
一応前兆はあるが、分かりやすいモノから全く分からないものまで様々。
共通して言えるのは、決して同じものがなく、しかも一度っきりで、そのクエスト次第で世界が一変するという事。
過去の試練クエストで失敗した挙句、山間の村が世界から消滅した事もあったというから、リアリティがありすぎる。
今回敵が雑魚だったのは救いだね。と、アーサーさんは言うが、ようやく2番目の町に来たレベルの俺達じゃ、到底無理なクエストだったみたいだ。
とはいえ、発見しなければ強制失敗になっていたから、セイが見つけたこの事象はファインプレーと言える。
今あいつは大丈夫だろうか?
自分の事には無頓着なくせに、人の事になると無茶をする親友。
あいつを助ける為、俺達は坑道を走り続けた。
妙な事になった。
祭壇で舞い続けるあいつを見て、どうしてこうなったか振り返る。
祭壇のある広場に入った俺達が見たのは、デカい巨人に追われて逃げようとしているあいつの姿だった。
ユイカに合図し、親友の元へ駆け出す。PTを組んだままにしているから、ペナルティーなしで途中参加出来るはずだ。
……っ!
何やってるっ!?
途中転倒した挙句、何もできない少女のように頭を抱えて蹲るあいつを見て、このままでは間に合わないと知り獣化を発動させる。
獣化と言っても4つ足になるわけではない。単純に2足歩行の獣になるだけだ。短時間だが、モチーフとなる獣の特性を最大限に発揮することが出来る。
俺の場合は虎人。AGIが増大し、敏捷値が跳ね上がる。
ぎりぎりのタイミングになってしまったが、何とか助け出すことに成功し、その瞬間獣化が切れる。レベルも低いしこんなもんか。
腕の中のあいつは半涙目で文句を言ってきた。ホントこうして近くで見ると、可愛い女の子にしか見えない。お姫様抱っこを継続したのも、あいつへのいたずらにすぎない。
苦労かけさせてくれた罰だ。甘んじてくれ。
別に完全に女の子となっている親友といちゃつきたかった訳じゃないぞ、断じてそんな趣味はない。
妙な事になったのはこの後だ。
傍に顕現化をした虎型精霊を侍らしているとか、邪気が見えると言い出したとかはまだいい。
レイド戦からの撤退や、邪人の一からやり直し討伐を考えていた俺達に、あいつはいきなり坑道内の邪気を払うと言い出した。
無理に決まってる。もし出来てもどれだけの時間がかかるのか?
そう言おうとしたが、あいつの目は本気だった。言葉を飲み込む。
出来ると確信しているのだろう、あいつの表情から読み取れた。
詳しい事情を知らないアーサーさん達は、セイの言葉を疑っていたかもしれない。だが、彼らは承諾した。
いざとなれば、みんなで脱出すればいいと軽く考えていたかもしれない。
そうして始まったトロール戦第2ラウンド。
さぁやるぞと気合を入れてトロールと相対した俺達に、笑撃──じゃなく衝撃が走る。
精霊魔法を上手く駆使したまさかの金的攻撃に、思わず前屈みになって竦み上がる俺達男性陣。
な、何をやってるんだあいつはっ!?
普段はおっとりした性格のあいつからは考えられないような暴挙に、唖然となってしまった。
しかも、地面に倒れて痙攣しているトロールに、ついつい同情してしまったじゃないか。
そう言えば、珍しく先制攻撃の権利を欲しいと主張してきたし、その後なんか暗い笑みでブツブツ言っていたな。
ヤバい。ちと、からかいすぎたかもしれん……。
──後で少しフォローしておこう。
邪気を大量に吸い込んだんだろう、咆哮と共に回復し、復活してきたトロール。
それを見たアーサーさんが号令をかけ直して、皆に気合を入れ直す。それでも若干変な空気が漂う中、みんな気を取り直しながらトロールを包囲していく。
この時だ。トロールの動きを制御しようとした俺達の目の前が一変したのは。
今度は何が起こったっ!?
慌てて周囲を見回す俺達の目に入ってきたのは……。
――にわかに信じがたい光景だった。
坑道内の広場に埋め込まれているかのように突き出していた水晶鉱が、突如何かに導かれるように発光と点滅を始めていた。
それはまるでリズムのついた旋律のようで。
同時に体を丸め苦しみだすトロール。
元々邪気を払うまでは行動を抑える程度の攻撃しかしないと決めていたので、動かなくなって自分を守るように縮こまっているトロールを囲んでいるだけというのは楽なのだが……。
一体何が起こっている?
「オイオイ……なんじゃありゃ」
咥えタバコをしたまま背後に陣取っていたマーリンさんが、祭壇の方を見て唖然としている。そのあんぐりと開いた口からタバコが転がり落ちていた。
その声に釣られるようにして、みんなも俺も振り返り、一様に絶句する。
光と共に舞う小さき女神がいた。
いや、言い過ぎか。だが目を閉じて微笑みを浮かべ、光輝くオーラを身に纏いてゆるりと中空を舞うその姿、いい得て妙だと思う。
セイの姿は神々しかった。奇しくもマツリさんが作った巫女装備をベースに物質生成を行ったのだろう、千早を纏い、静かに祭壇の魔法陣上に浮かび宙を歩行する。
扇を振る。
そこに光が舞い散り、ホタルのような精霊が産まれ息吹を上げる。
加速度的に祭壇の周囲に光が、精霊が満ちていく。
昔あいつの祖父に連れられて、3人で一緒に行った神社で行われていた神楽の巫女舞を思い出す。おぼろげな記憶だが、妙に懐かしい気持ちにさせられた。
「彼女は一体……」
呆然と祭壇の方を眺めながら、アーサーさんが呟く。
『いざという時、セイにしか出来ない事があるからよ。今はそれしか言えない』
不意に精霊の言葉が脳裏に蘇る。
これがあいつにさせたい事だったのか?
特異職『御子』。
精霊の申し子とされているこの職は一体何だ?
特異職ってのは、ただの戦闘職の1つじゃないのか?
神々しく光を放つ祭壇を基点として、あっという間に闇が、邪気が駆逐されていく。静謐で清廉な空間に成り代わっていく。世界が生まれ変わっていく。
「呆けてるんじゃねぇ!
セイの嬢ちゃんが作ってくれたこのチャンス、活かすぞっ!」
おやっさんの発破をかけるその言葉に、夢から醒めたようにみんながハッとする。
あいつは期待された以上の仕事をした。
今度は俺達の番だ!
何とかなった。
この一言に尽きる。
セイやアーサーさんから散々聞いていた狂化。思っていたよりも極悪だった。
アーサーさんを吹き飛ばし、マーリンさんの魔法を食らい血飛沫を上げながらも怯まず強引に前進を続け、ユイカをぶん殴ろうとしたところであの雷虎が参入してきた。
腰を抜かしていたユイカの襟首を強引に咥えると、その場を離脱。直後何処からともなく天を突くような雷撃がトロールに襲い掛かり、それに耐えきれなかったトロールはようやくその場に崩れ落ちたのだった。
その後、アーサーさんが首を切り落として、ようやくトロールの姿が霧散を始める。戦っていた時間は短いが、気の抜けない状態が続いていただけにようやくホッと気を抜き、
「セイちゃんっ!?」
マツリさんの悲鳴で慌てて振り返る。
祭壇上で前のめりで倒れ伏したセイに向かって、マツリさんが慌てて駆け寄ろうとしていた。
黄金色の髪が元の銀糸に戻っているところからして、MPを使い果たしたことによる意識喪失が起こったのだろう。
それ以外は問題はない事が見て取れて、取り敢えずはホッとする。
駆け付けようとした俺達の足が止まる。
その倒れているセイの横手に突如現れた少女に気付いたからだった。
雷鳴の精霊。
彼女にはチュートリアルで会っている。
その時は淡々としていて、どこか事務的に仕事をしている感情の乏しい少女だと思っていたが、その表情は明るく微笑みを浮かべていた。
こちらが本来の彼女なのだろうか?
顕現化した彼女は、倒れ伏すセイを念動力みたいなので抱き起こし、傍に座り込んだ白い虎にもたれかけさせ、そっと髪を撫でた。
そして立ち止まる俺達の方を見て、口を開いた。
「別世界から来た旅人殿。この度は助けていただき、ありがとうございました。
坑道の浄化も無事終わりを遂げ、こうして再び元の聖域の姿を取り戻せた事、感謝致します。
あなた方に雷鳴の精霊の名において、加護と祝福を与えんことを」
その言葉の後、彼女はセイの額に口づけを残し、薄れて消えていった。
――電子音と共にシステムアナウンスとワールドアナウンスが響く。
『雷鳴の精霊ヴォルティスの試練をクリアしました。称号〔??????〕が解放されます。称号〔雷鳴の精霊の加護〕の効果を得ました。
EX職〔雷鳴の剣士〕が選択肢に解放されます。
詳細はメニュー及びヘルプガイドをご確認ください』
『試練クエスト『雷鳴の精霊の救出』がクリアされました。貢献度により以下の褒賞が付与されます。
雷鳴の精霊ヴォルティスとの盟約が変化しました。称号〔雷鳴の精霊の加護〕が〔雷鳴の精霊の祝福〕に変化しました。
特異種族の道の一つが解放されました。
詳細はメール及びヘルプガイドをご確認ください』
《プレイヤーの皆様。緊急クエスト〔ドワーフの坑道の異変〕がSランク評価にてクリアされました。
『クエスト貢献度』及び『個体討伐数』の順位に基づき、メールにて褒賞が付与されます。
また各順位は冒険者ギルドにて閲覧可能となりますので、ご確認のほどよろしくお願いします。
詳細はメール及びヘルプガイドをご確認ください》
慌ただしくあいつに駆け寄っていく妹や、激闘を称え合いながらクエストの成功に笑うみんなを眺めながら思案する。あの後、俺だけに宛てたメッセージがあった。
恐らく念話なのだろう、他の仲間にも個別に送っているのかもしれないが。
「『今後もご厄介になります。お姉様共々よろしくお願いします』か……これは、また増えたという事か。
相変わらず無自覚に惹きつけまくってるな」
苦笑しつつ、流れ込んできたシステムアナウンスの熟読と褒賞メールの仕分けに入っていった。
次回は恒例のアレの後、後日談と運営イベントまでのちょっとした話。その後イベント開始という流れになりそうです。
また第1話と2話の加筆終了しましたので、置き換えています。




