34話 千日手
『ハク、仲間に状況伝えるから、しばらくお願いします』
『了解した。だが、早めに頼むぞ』
こちらに向かって来ようとするトロールを牽制する為、ハクはこの祭壇から飛び出して行った。
まずは状況把握と整理を行おうかな。急がないと。
この広場までの距離だけど、ボクがみんなを置いて走り出してから、約30分。あの後すぐにみんなが急ぎ足で進んだとしても、身軽に駆け抜けたボクと違って、最悪1時間はかかるとみていいかも。
となると、やはり回避前提の時間稼ぎが有効かな?
ただ戦闘機動でMPの減りがどこまで加速するかわからない。それにボクは強引にすり抜けてきたけど、ゴブリンどもと確実に遭遇戦になっているだろうレント達が、どの程度遅れてくるか全く想像がつかない。
先の見えない状態よりはマシだろうけど、出来る限りの事はしておかなくっちゃならない。
届いていたメールをサッと一読する。
案の定、ボクが残していった痕跡を辿りながらこちらに急いでると書かれていた。分岐点で風の刃で地面に矢印と、ボク達が昔から使っている符丁を記しておいたからね。消されていない限り、道に迷うことはないはず。
ただ最後に「後で説教な」と書かれている一文を見つけて愕然としたけど、まあ順調にこっちに向かってこれているようで何より。
こちらの状況もメールで送り返しておく。
書くことは……『雷鳴の精霊を無事救出できた事(ただしボクの中で意識不明)』、『現在トロール(レイド級ボス)と戦闘中』、『協力者の虎型精霊とレント達が来るまで持久戦を展開』の3本立てかな?
……客観的に見たら、ツッコミ所満載の文章になってしまったのは否めない……。
メールを送った後、ふと気付くと呪いの侵食率が減少しているのが目に入った。最初75%あったのに、今は70%……。
あれぇ?
『邪気の塊が祭壇にのしかかっていたから、負荷が掛かっていたんだと思うわ。今まで防衛機能に力を割かれて清浄作用が停止してたのが、正常に動き出したようね。
でも本来ここまで実感できるほど早くはないはずなんだけど、やっぱり私とこの子の二柱だけでなく御子がいるせいかしら?』
あー……雷鳴の精霊の症状があそこまで悪化していたのは、やっぱあの邪気のせいだったか。
このままここに居れば、呪いの解除は出来そうだけど、トロールに攻め込まれたら潰されちゃう。それは拙すぎる。
でもここで支援した方が色々と都合がよさげなのは確かなんだよね。
それを証拠に、ステータスを見続けていたら、MPが減ったり増えたりを繰り返しながらも少しずつ回復している。
『セイ。ここからハクを支援しましょう。ついでにやることも同時にこなすわよ』
……そうだね。
MPポーションにも限りがある。出来る限り節約しないと。
トロールがこっち向かって来たら、一時的にここから離れたらいいだけだし。
『やる事って事前説明されてたアレ?』
『ええ。この場を活性化させるために、あなたを媒体としてこの地に力を注ぐわ。大地の調整と共に、侵食率も下げて見せる』
『ボクはどうすればいいの?』
『私が身体の制御を行うわ。許可をお願い。私が身体を使っていても、魔法の行使は通常通りセイの意思で出来るから、ハクを頼んだわよ』
あと祭壇の障壁も消えちゃうから気を付けてね。と付け足した後、エフィは沈黙した。
身体の制御を借りるって、あの依り代の時みたいにエフィが動かすのかな?
と、身体が勝手に祭壇の中央に移動し、右手に物質生成の光が灯り、装飾された扇が一面現れる。
そして左手に狼牙を逆手に構えたままゆったりとした舞を踊り始め……ってこれ、巫女舞?
段々と祭壇の周囲に光が灯りだして、魔法陣が更に活性化を始めたのが感覚で分かった。身体に力が満ちてくるのを感じる。
よし、これならいけるかな?
頑張ろう。
トロールとハクの方を見やる。
ボクや精霊にとって、邪悪なる精霊の眷属から攻撃を受けるという事は、ダメージを負う事よりもステータス減少に繋がるという事実の方が重要。従って防御するよりも回避する方向での戦闘になるのだけど、見た感じ鈍重なトロールと、恐らくAGI特化であるハクとの戦いは、どう考えてもハクが有利に傾く。
ボクのお願い通りに、ハクは回避優先の時間稼ぎ戦法で動いてくれている。
振り回される巨大な木製の棍棒は、ハクにかすりもしない。豪快な風切り音と共に振り下ろされてくる棍棒を、地面を砕いて飛び散る破片の事も考慮して大きく躱していく。
隙あらばその鋭い爪を力で伸ばして、トロールの外皮を切り裂いていく。同時にハクが纏っている紫電がトロールに流れ込み感電、動きが一瞬硬直する。直後その場所にトロールの拳が振るわれるが、その時にはすでに場を離脱している。
このままいけば、ダメージの蓄積で倒せるかと思ったのだけど、トロールには超回復というスキルがあった。限定とついていたけど、なにが限定なのかが全く分からない。
攻撃が当たらないせいか、トロールが苛立って吼える。呼応するかのように辺りに漂っている邪気がトロールに吸い込まれて、その傷を癒していっている。ハクが爪で抉っても、次の瞬間には肉が盛り上がって傷が消えていく。
膠着状態。
どうやら早くも千日手の様相を呈してきたっぽい。
とは言え。
本来ボクとハクだけで戦えるようなボスじゃない事くらいは、いくらなんでも理解している。膠着状態を維持出来てるだけ、よかったと言えるかも知れない。
舞い踊る身体を無視して、意識を魔法制御に切り替える。エフィが行う巫女舞のおかげで場に力が満ち溢れ、MPも急速に回復を始めている。
だけどやっぱり浸食の影響はあった。精霊魔法の集中にノイズが走る。意思に乗せた力が、時折勝手に霧散をしてしまう。それにこの状態でトロールに対して攻撃を行っても、何の有効打にもならないだろうね。
だけども、嫌がらせとハクへの援護にはなるはずだよ。
念入りに風の精霊にお願いをし、ハクへの援護とする。
ボクからの事前念話を受けても最初は戸惑った動きを見せたハクだけど、すぐにモノにする。中空を駆け上がり、3次元機動を開始する。トロールの地面を踏みしめる振動がハクの動きを阻害していたから、これでハクの立ち回りが楽になるはず。
『ハク。今はあまりダメージを与え過ぎないようにして。奴が持ってるスキル〔凶化〕と〔暴走〕が怖いです』
『了解だ。だが、ストレスの溜まる相手だ。こうもすぐ回復されたらたまらん』
『〔超回復〕というスキルも持っているからね。限定って書かれてるけど、ハクは心当たりないですか?』
『……ないな。見当もつかん。それに考えるのは苦手でな、すまぬ』
申し訳なさそうなハクの念話。前で戦ってくれているハクにそこまで押し付ける気はないからね。素直に感謝の意を伝えておく。
話しながらも、更に一時的に地面を泥沼に変化させる。相手の機動力を更に奪い、踏ん張りを効かなくさせるつもりで浅く広く展開する。ハクに風を纏わせたのも、この布石。
……なんだけど、トロールは一瞬よろけるもその重すぎる自重のせいか、思ったより効果が見られなかった。
ちぇっ。
現在の侵食率は20%を切るくらいまで回復してきた。
今は1分で2%の急速回復を見せている。つまり戦闘が開始され舞い踊り始めてから、25分が経過したことになる。
ハクの軽快な動きは、いまだ衰えを見せない。けど疲労は確実に蓄積しているはずで、本当は少し休ませてあげたいのだけど、現状じゃそれも不可能。
念話でやり取りを行いつつ支援を続けているのだけど、展開が全く変わらないからちょっとダレてきた。
……てか、レント遅いっ!
そろそろ来てもいい頃なんだけど。全力で今向かっているとかメールで書いておいて、まだ来ないって何やってるの?
思考制御コントロールを利用して、手を使わずステータスメニューの画面を開く。
どこかで何かあったんじゃないかと少し心配して見てみるも、PTメンバーの名前欄はログイン状態を維持していた。もし死に戻りしていたら強制ログアウトされるので、このリストを見る限りまだ無事と言える。
『エフィ、レント達が今いる場所って分かったりしない?』
『……ごめんなさい。加護を与えた相手の場所ならわかるんだけど、それ以外の人は……』
『あーうん。謝る必要は全くないよ。遅刻しているあいつが全部悪い』
レントに加護を与えている雷鳴の精霊ならわかるんだろうけど、彼女は未だボクの中で眠り続けている。極限まで消耗していたんだ。今は起こしたくない。
あーもう。どうしよう?
イライラして意識を外してしまったせいで、気付くのが遅れた。
『何してる! 避けろっ!』
ハクの切羽詰まった念話にハッとすると、人間大の大きさの水晶の塊がこちらに向かって水平に飛んでき……!?
「ひゃぁっ!」
悲鳴と共に緊急回避。エフィから身体の制御を取り戻すと、祭壇から転がり落ちながらも何とか避ける。
てかこっちに向かって来てるっ!?
相手から円を描くように大回りに離れようとするも、ひたすらこちらに向かってくる。しかもハクが攻撃してもお構いなし。
なんで!?
いったい何が起こったのかわからない。ボクの侵食率と洞窟中に満ちていた邪気が、エフィの巫女舞のおかげで順調に下がってたくらいで……。
あ。
まさか……邪気を減少させる存在を消そうとしてる!?
ターゲットが固定されちゃったの?
ボクの3倍以上の体格を持つトロールが迫ってくるプレッシャーに思わず顔が引き攣り、さらに悪いことに、振動で足がもつれたのか転倒してしまった。
ヤバいヤバいヤバい……。
何とか逃げようとするも、揺れる地面に邪魔をされてる上、腰が抜けたみたいにへたりこんでしまい、うまく立ち上がれない。自分でもパニックになってしまってるのがわかるけど、うまくコントロールできない。
棍棒を振り上げるトロールを見て、思わず頭を抱えて目を瞑ってしまい……。
誰かに強引に抱えられた感覚と共に。
轟音。
棍棒を地面に叩きつけたトロールの顔が火球に包まれ、煙を噴き上げながらのけぞってるのが見え。
「お前何やってんだよ。らしくないぞ」
聞き慣れたその声に、ホッとする。
「……遅いよ。どれだけヤキモキしたか……」
「すまん。色々あったんだよ」
ボクの八つ当たり気味の発言にも、レントは動じない。
そんなレントに、横にして抱き上げられていて、ボクは何とかピンチを脱していたのだった。
ピンチを迎えているヒロインを、タイミングよく颯爽と助けるのが主人公のお約束でしょう(あれ?




