32話 潜入
そろそろ『ほのぼの』タグがキー詐欺になりそう……orz
ち、ちゃうねん。なんでか気づいたらシリアス突入しててん(汗
坑道編が終わったら、のんびりさせるんだ……。
ちょうど着替え終わったところで、レントからボク達宛にメールが着信した。
そこに書かれていたのは、『無事クエストが発令された事』、『クエスト受注はしたが、非常招集が行われる全体クエストの為、他の街でも貼り出されている事』、更に『クエスト受注者は対象地域への世界間転送移動が無料になる事』が明記されていた。
つまり時間が経てば、他のプレイヤーやこの世界の住民の冒険者が多数坑道に押し掛けてくるわけで……。
町の出口で待っているから、すぐに急ぎ出発する、との連絡だった。
どこまで行ってもボクの状態に不安がある為、討伐者が多く集まれば集まるほど安全ではあるけれど、間に合わなくなるリスクも高まってしまう。
のんびり待っていて雷鳴の精霊に何かあっては本末転倒だからね。
そうしてボク達は再び廃村に出向く。
「……マジかよ。なんだここ」
源さんが冷や汗と共に呟く。
昨日来た時よりも、肌に感じるプレッシャーが強まっている……ような気がする。断定できないのは、昨日よりも少しは耐えられそうな状態にあったからだった。
もちろんそれは、源さん達が腕によりをかけて作ってくれたこの装備のお陰なのだろう。初心者装備から着替えただけで、こんなに変わるとは思わなかったよ。
『昨日よりも酷いわね。やはり急がないとマズいわ』
ボクという依り代の内に同化憑依しているエフィが声をあげる。
この〔依り代〕のスキル。
いつ会得したのか分からないスキルなんだけど、ボクの身体を一つの器と見立てて、身体の内に精霊を宿すことが出来るスキルだった。
消耗してしまった精霊を回復させる作用もあるらしく、今回の件で重宝しそう。現在は一柱しか宿せないが、レベルが上がったら複数可能になるんじゃないかと思う。
なおボクのかわりにエフィがこの身体を動かしたり、ボクの口を借りて発言したりもできることも分かっている。
今後エフィが精霊とバレて自由に外を歩けなくなった時にも重宝しそうで、是非ともレベルを上げておきたいスキルだった。
それに常にエフィがボクの中にいる。見守ってくれている。その事が精神的な余裕に繋がっているように思う。
何かあれば、即精霊化出来るしね。
先頭に立ってみんなを案内する。誰もが黙して歩き進む中、前回と同様周囲に何の気配もなく、ひっそりと静まり返っていた。
『そろそろ領域に入るわ。覚悟して』
ボクが死に戻った辺りで、エフィが声を掛けてくる。「精霊化」と呟いて、金色の燐光を纏い、ボク達は坑道の中に入っていった。
坑道内は意外と高くて広かった。どうやって作ったのかさっぱりわからないけど、一番背の高いレントがジャンプしようが天井に届かないし、幅も大の大人が3人並んで歩けるほど広く作ってあった。その上所々で待避所のように広い空間がある。
まあそこらかしこに廃棄されたのだろう、錆びて原型の留めない残骸が転がっていたが。
その中をレント、次にボクとユイカ、マツリさんときて、しんがりを源さんが固めるといった編成に並び替えて進んでいく。
正直戦闘職の前衛と後詰めが足りない。
ボクも〔元精の戦巫女〕状態なら前衛が出来るのだろうけど、今は消耗を抑える為に戦えない。レントと源さんに頑張ってもらうしかなかった。
その代わりという訳でもないんだけど、道中の索敵と道案内を担当している。
「ここは……左かな」
この姿だと色んな精霊の気配や邪気を敏感に察することが出来た。
周囲に満ちる禍々しい邪気の渦の中へ消えてしまいそうなほど小さいが、雷鳴の精霊の弱々しい気配も何とか感じ取れる。それを目印に道を進んでいく。
接敵は未だ無い。可能な限り避けるようにとレントから指示を受けている。
ここは相手に地の利がある上、無駄に戦ってる余裕はないからね。じきに地上が騒ぎになるはずなので、それまでは見つからないように慎重に進む作戦である。
「おやっさん、どうだ?」
「ああ、そろそろだ」
源さんの提案で、ミィンの町を出る前に公式掲示板に緊急クエストの情報を放り込んできたのよね。
そのおかげで今は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。どうやら久々の緊急クエスト発生らしく、結構な人数が我先にと参加を始めているらしい。
「今一番乗り宣言した奴らが廃村跡に辿り着いた所だな。『これよりゴブリンの巣に突っ込む』だとよ」
そろそろ始まりそうだね。
「緊急クエストのMVP報酬狙いのプレイヤー達に頑張ってもらうってのは、いい考えだな」
「放棄してるようなもんだからな。目的がちげぇしな」
「ゴブリン相手に無双するのも面白そうだけどね」
「ユイカ、見つかったら嫌でも出来るぞ?
……俺達の力量じゃ物量に押し潰されると思うが」
「おう。そのときゃみんなで死に戻りだな」
「それは嫌だぁ」
そうならないように、頑張って索敵して回避してるってば。もう。
『……セイ、警戒して。前方に邪気が収束し始めてるわ。とりあえず数5』
一瞬別の事に気を取られていた時、エフィの思念が届く。
エフィの補助、万能すぎるね。
「みんな、前方から何か出てくる。しばらく隠れてやり過ごそう」
精霊眼に映るは、タールというかヘドロというか……ドロッとした擬音が似合うような邪気が凝り固まったモノ。
しばらくすると、そこからぬるりと小さな手が飛び出し、ゴブリンが這い出てくる。
何やらギーギー言っていたけど、隠れているボク達に気付かずに目の前を通り過ぎ、出口の方へ向かって行った。
「……この世界のゴブリンってキショいな」
「あんな風に生まれるんだね」
「……見たくなかった」
背後からみんなのため息混じりの愚痴が聞こえる。
「エフィの話だと、下級邪人ほど本能で動いているそうだよ」
そして知能もない、と。
「セイ、MPは大丈夫か?」
小声で確認を行ってくるレントに、インベントリーのアイテム情報とステータスを確認する。
「さっきLv6になったから、だいたい8等級MPポーションで11分持つようになったかな?
現在5本使ったから、残り17本だよ」
回復量を計算して、常にMPは満タン近くあるように維持している。
名称:MPポーション(8等級)
状態:並
種別:アイテム
効果:MPを回復させる下級ポーション 回復量は最大MPの30% クールタイム3分
今ボク達がギルドで買える一番いいMPポーション。
この先何があるか分からないし、今精霊化のクールタイムのペナルティーを喰らうわけにはいかない。
「呪いはどうだ?」
「今は全く大丈夫。澱みの薄い道を選んでいるから。
あとエフィの話だと、祭壇のある地点まで残り半分ぐらいの行程だって」
この坑道のちょうど中間地点にある祭壇。ここにつながっている道は、途中までは複数あってどのように行ってもいいんだけど、最後は一本道。
そこまで行けば迷うことはない。
『澱みが薄れたわ。今なら大丈夫』
「行こう。あと半分だよ」
絶対に助けてみせる。
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──???──
どうしてここにいるのだろう?
……わからない。
いつからここにいるのだろう?
……わからない。
霞がかかった思考の中、ゆっくりと辺りを眺める。
足元には雷鳴の精霊を象った魔法陣が見え、僅かに発光している。
……そう、ここはドワーフ達が『私』を祀る為に作った儀礼所。
目の前には蠢く邪気の塊。粘性が高すぎてヘドロのような塊になったそれは、こちらを塗り潰そうと、圧し潰そうとこちらにのしかかってくる。
何とか逃げ込めた先にあった小さな祭壇。半円形に領域を展開して、守ってくれている。
相棒──雷虎のハクも守ってくれている。
暗澹とした表情を隠そうと、ハクのお腹辺りに顔を埋める。彼も首をこちらに向けて、慰めるかのように頭を擦り付けてくる。
そう、今はこの子のぬくもりだけが安らぎ。
どうしてここに来たんだっけ?
あーそうそう、お姉様の命を受けてここに来たんだっけ?
浄化に来たのに、今の私は守るので精いっぱい。
……ううん。違う。実際は守れなかった。
動かなくなった右足を見る。
どす黒い何かが絡み付き、変色している足。
避け損なって踵を掠めただけだったのに、今は太ももの辺りまで変色している。
這い上がる怖気と変質していく事への恐怖から逃れようと、意識を、視線を逸らす。
急に噴き出すように襲い掛かってきた邪気の塊に侵食されたのはいつだっけ?
……思い出せない。
過去の知らない『私』がどうなったのかまでは受け継いでいないけど、やっぱり今の私みたいな気持ちだったのかな?
昔の『私』みたいに、このまま消えるのかな?
……やだぁ。
消えたくないよ。誰か助けて……。
わからない。何もわからないけど……。
優しくそっと抱きしめられた感覚。
そして暖かい気配に包まれていく。
さっきまで感じていた恐怖や震えは、もう感じなくなっていた。
これが消滅しようとしている前兆なの?
でも。
これはポカポカと暖かいし。
それに何だか……ドキドキする。
……こんなお迎えなら怖くないよね……?




