26話 装備の一部をお披露目です
9/7 加筆修正しました。
ビギンの街に戻ってきた。予定より少しだけ早い。
ユイカの目のハイライトが消えかけてきた所で、流石に可哀想になり見ていられなくなったので、途中で引き上げることにしたのだった。
「ううっ。今まで以上に、虫嫌いになりそうだよ」
森から離れてようやくほっとしたのか、いまだ半泣きで愚痴り始めたユイカの頭を撫でたりして慰めながら、北門の入門検査待ちの列に並ぶ。
昨日は北門の方の入場がほとんどなかった為、すぐに街に入れたんだけど。今日は北の森に来る人が増えたみたいで、並んでいる人が多かった。
門番達の検査を受けなければならないと言っても、門の横に設置されている蒼色をした水晶に手を触れるだけ。
何もなければそのまま入門OKである。
もし、犯罪歴や邪悪なる精霊に侵されてしまった人間は、水晶が紅く染まって、警告音を響かせるそうだ。
正直なところ、人の楽しみ方はそれぞれとは思う。
けれども、純粋な強さを競う勝負とは違って、ただPKを行う行為だけを楽しむような人とは、偶然でも知り合いたくない。
いつからそうなったか覚えていないけど、そういった系統の人は大嫌いである。
初めてこのシステムを知った時、PK職は街に入れないようになる事を聞いて、ほっとしたことを覚えている。
制限がきつければ、そういうのを実行する人も減るだろうし。
閑話休題。
無事入門を終え、冒険者ギルドの生産部屋まで来たボク達。
メール連絡を入れて、先にマツリさんの籠っている裁縫士専用部屋をノックしたんだけど、そこで扉が開くなり手を掴まれ、強引に引っ張り込まれた。
普段源さんの後ろでニコニコしているだけのことが多い彼女だけど、今日はなんだかテンションがかなり高い。
話を聞くと、どうやら装備の内着が出来たらしく、ちょっと衣装合わせをして欲しいとの事。
そう言って取り出してきたのは、差袴と呼ばれるスッキリした和装の神職用袴に近い形をしていた。
色はほとんど黒に近い紫。例の大狼の光沢に若干似ているかな?
「もろに和装なの?」
「だってセイちゃんは御子って職業でしょ?
やっぱりこっちの方がイメージしやすくてね。色はセイちゃんの銀髪に映える黒系がいいかなって思うの。ゲームなんだから、現実の官位指定色に合わせなくてもいいし。
……で、ユイカちゃんはこっち」
次に取り出したるは、もろに深緋の巫女袴。
「昔、巫女服を着た狐耳の女の子が活躍するアニメがあってね。子供の頃よく見てたから、懐かしくて思わず作っちゃった♪
上は二人とも白系の小袖にして、お揃いにしているからね」
「セイ君とお揃い……」
「一応戦闘の事を考えて二人とも馬乗袴にしてるけど、念の為、行灯袴タイプも作ってあるわ。状況に合わせて、使って欲しいわね」
「あの、詳しくないんで、よく分からないんだけど。馬乗とか行燈って、なに?」
聞けば、普通に股のあるタイプが馬乗袴──西洋で言うズボンタイプで、逆に股のないタイプが行灯袴らしい。
一瞬スカートかと、身構えてしまったけど、そうでもないらしい。
着流し姿の普及によって着用が簡便な袴として作られ、江戸後期には一般化した和袴である、との説明を受けた。
つまり普通に男も着る、と。
「セイちゃんなら、どっちにしろ気にしなくていいわ。それに、きっと黒がよく映えるはずよ」
「それって、インナーウェアとか見えちゃったりは?」
「インナーウェアとか可愛くないし、見えないように作ってるわよ?
最近のなんちゃって袴とかは、捲ったら見えちゃうけど」
セイちゃん達はコード外せないでしょ、と言ってくる。
「……セイ君と色違い」
「一応外着──外套扱いかな?
こっちは狼素材で作るわ。出来るだけ和装に合う形にするつもりだけど、別に似合ってたらそれでいいわよね?
二人は魔法使いだから、耐久と魔法系統が伸びるようなバフ付きで、今作っているわ」
早く着てと言わんばかりにボク達に押し付けて、奥にあった更衣室の方へ押しやる。
とりあえず着てみようとするが、和服なんて着たこと無いので、さっぱり着付けがわからない。
服だろうと鎧だろうと着用する時、インベントリーから取り出して、実際に着ないといけないので、結構面倒なんだよね。
こういうところも、現実的でリアル志向なのよね。
もちろん全身鎧とか装備している人用に、〔瞬間装着〕というスキルもあるらしい。流石に装備する度に、ガチャガチャ着替えるのはキツイからだ。
そのスキルも一度は普通に着替えてから、装備登録しなければならないそうだ。
仕方なくマツリさんに声を掛けて、教えて貰いながら着付けをする。
ユイカも着方がわからないらしく、後から着替えるそうです。
R15制限コードでは、インナーウェアを脱ぐことが出来ない。
インナーウェアは、上着が身体にピッチリとした形状の袖無しシャツ、下がホットパンツかハーフパンツのどちらかの組み合わせになっている。色は複数から選択式。
パッと見、学校の体操服に見えるといえば、分かると思う。
それはボクは脱げない為、その上に着る形になるけど、形状はある程度設定で小さくできるので、装備の間から見えたりはしないように、細かく調整出来る。
つまりヘソだしルックも可能になっている。
この機能により、装備の隙間からインナーが見えたりして、気分が引いてしまうようなことがないようにしているようだ。
それでも嫌な人向けや下着までおしゃれしたい人向けに、R18制限コード解除で、インナーウェアを脱ぐことが出来るようになり、下着から自由に着替えられるそうだ。ボク達は無理だけどね。
マツリさんがスパイダーシルクで作ったこの袴は、かなり肌触りもよく着心地がよかった。
バフはまだついていないけど、現在でも初期装備の次としては破格の性能になりそう。
ただ、ね……。
「マツリさん? ちょっと……いや、かなり大きめなんだけど?」
「わぁあ。わぁー」
「ぶかぶかな服に着られてるセイちゃん可愛い……じゃなくて」
ふと我に返ったのか、コホンッと咳払いをするマツリさん。
ばっちり聞こえてるんですけどっ?
それにさっきからユイカの顔が真っ赤に紅潮して、語彙が貧困になってるし。
「現実21時からアップデートのお知らせ動画あるの知ってる?」
「うん、知ってます」
あれ?
でもなんで急にその話が?
「発表までは内緒にされてるみたいだけど、間違いなく1つは防具関係のアップデートらしいのよね。前々から問い合わせが殺到していた事を、次のアップデートで直すと宣言してたのよ。
なんでも装備疲弊の矛盾点と使い勝手の悪い部分を修正するとか。それが防具破損と装備可変の実装」
今まで武器にしかなかった耐久値。それを防具にも実装するそうだ。
マツリさんが言うには、最初は技術的な問題で難しかったらしいが、ついにめどがついて、ようやく防具にも実装されるらしい。
過去の公式のお知らせに、三月実装予定と、その一文があったそうだ。
耐久値が残っている間は、装備しているプレイヤーの魔力を吸い取って徐々に自動修復を行うが、なくなると破損個所はそのままになるそうだ。
また生産職が防具の耐久値を回復させるスキルを覚えられるようにするらしい。もちろん修復不能まで壊れた場合は、そのままロストする。
そりゃそうだ。
盾とか鎧とかにまともに攻撃受けたら、普通へこむのが当たり前だ。
もう一つの装備可変は、今まで一番クレームの多かった、服や鎧といった装備の使いまわしが不可能な点をカバーする修正らしい。
今まではリアリティーを出しすぎて、それらを本人のサイズぴったりに作らなければならず、装備の使いまわしが不可能だった。
更に他人にサイズを測られるのが嫌な人も多くいた為、クレームの嵐になっていたらしい。
それを可変魔法という特殊魔法が開発されたという設定で、全防具に常時かかるようになる。
これにより、サイズが違っても装備する意思を見せれば、その人の体格に合わせてびったりになるよう、勝手に自動調整してくれる。
「──という訳で、装備を後からでも手直ししやすいように、ちょっと大きめに作ったのよ。
もし万が一実装が見送られて、サイズを手直しすることになったとしても、これくらいの調整は楽だから」
それとこれね、と手渡してくるその布袋には、結構な量のお金が入っていた。占めて5万G。
「セイちゃんには、素材の提供とか色々してもらってるから。クランに入れた後の差額の分。夫も了承済みよ」
「ちょ、こんなに貰えませんよ?」
「じゃ、ユイカちゃんと二人で分けてね。それでも受け取りにくいなら、次の町への移動の支度金と思ってちょうだい」
「……そういう事なら」
うん。そういうことなら、ありがたく受け取っておこうかな。
装備は金銭的には無償で手に入るし、メンテもしてもらえる契約になっている。
それならば、旅の道中で作る料理を出来るだけバリエーション豊かになるように、そっち方面で使わせてもらおうかな。
おっと、さっき手に入れた裁縫系素材、渡すのを忘れないようにしないと。
その後ユイカの着付け指導にマツリさんが向かったので、一言声を掛けてから源さんの元へと向かう。
エフィはユイカと共にそのまま部屋に残ると言っていたので、ボクだけが移動する。
女性の着替えは長いっていうのは常識だから、先に源さんとの用事を済ませておこうとしたのだった。今源さんがいるのは三階の細工士専用の部屋だ。
あ、そのままこの服着て出てきちゃった。
まぁ同じ建物内だったけど、身体に合ってない服着て外に出ちゃうなんて、恥ずかしいなぁ。もう。
誰かに見付からないように、そくささと移動し、源さんのいる部屋をノックする。
「お? 似合ってるじゃねぇか」
部屋に入ると、椅子にもたれて休んでいた源さんがこちらを見て、ニヤッと笑みを浮かべる。
「今は大きいですけどね」
「ま、それはアップデート待ちだな。……それよりもこいつを見てくれ。どう思う?」
「すごく……大きいです。
って、なんでネタ振るんですかっ?」
「知ってたんかい」
「昔散々からかわれたからですよ。意味と由来については、最後まで教えてくれませんでしたけど」
「お前さんは一生知らん方がいいわな。
……で、どうだこの杖?
持ってみてくれ」
と言って、手渡してくる錫杖を受け取る。
本体は樫の木かな?
本来金属補強をされている杖の輪形は小さめの黒曜石で出来ており、遊環は水晶で出来ていた。
「マツリが和装にするってんでな。こっちは悩んだ末、錫杖タイプにした。金属が全く使えねぇから、遊環部分は小さめの黒曜石に穴をあけてリングは水晶の削りだしで作ってある。
だがこのままじゃ耐久力が全くねぇし、マツリの奴に〔固定〕と〔頑強〕を付与してもらう予定だ。それでも普通に比べて弱いから、杖の頭の部分で殴るんじゃねぇぞ」
「服が神道で武器が仏道って、ごった煮状態ですね」
「なんだ?
大幣とか神楽鈴の方がよかったんか?」
「大幣はともかく、鈴は嫌です♪」
ユイカ用なのだろう、後ろの台の陰から神楽鈴を出てくるのが見えて、ノータイムで拒否る。
いくら精霊を喚び給う職であっても、流石に巫女用は勘弁して下さい。
「てか、この鈴って杖扱いなんですか? 魔道具じゃなくて?」
持ち上げて振ってみると、シャランッと心地よい音色が部屋に響く。
ただ鈴は金属だからか、軽いはずなのに何故か段々重くなって手にしびれが広がってきた。ボクにとっては武器として使えそうにないのが感覚でわかる。
「ショートワンドと同じ分類だからな。思ったより自由自在に創れそうでたのしーわ。早くネタ装備とかネタアイテムとか創りたくてたまらん」
うわぁ。絶対にそのうち無茶ヤる気だよ、このひと。
「ひとまずそれだけだが、金属武器を外すとなると……さっき言った大幣とか、小さめの骨刀くらいか? 魔法祭礼用の媒体としてな。骨刀は大狼の牙で短刀に加工出来そうだ」
「やっぱり神道方面で固定ですか?」
「今は多少混ざってるが、基本コーディネートは一貫性があった方がええぞ。武器になるモノは、破損が付き物だしな。複数持ってた方が絶対いい」
「分かりました」
どうやらボクとユイカは、なんちゃって神道プレイになりそうである。
「あ、それと街で出会った人と物々交換した際にこういうのを貰いまして……」
と、キュジニさんから貰った鉱石やらモンスター素材を、インベントリーから直接机の上にドサッと取り出した。
「……そいつよくこいつをお前に渡したな。これなんて、ミスリル鉱石なんだが?」
「え?」
えー、そんな貴重なものだったのっ!?
「……またやらかしたんか?」
「や、やらかした事前提で言わないで下さ……ごめんなさい。
その、源さんに渡したらいいかと、全く鑑定もせず見もせず、インベントリーに放り込んでましたです……」
だって初めて見た素材は〔????〕って表示になってるんだもの。
取り出してきたのが鉱石だという事が分かった時点で、精霊眼で鑑定せずに、そのまま放り込んだんです。
「何を交換したんか知らんが、そいつはお前さんの事相当気に入ったみたいだな。現状最高金属のミスリル鉱石ポンと渡すとか普通はねぇぞ?」
「ええっと、最高品質のボス狼の霜降り肉をですね、味噌と醤油を手に入れるために交換……」
「やっぱりやらかしてんじゃねぇかっ!」
頭を抱えて叫ぶ源さんに、しどろもどろになるボク。
源さん曰く、特定の限定ボスの食材素材で作った料理には高ランクのバフがつくらしく、高額で取引されているそうだ。当然その食材を使った料理は、最前線のプレイヤー間で取り合いになる。
しかも攻略サイト情報では、ボス級素材の最高品質に至っては、種別を問わず、全く出回った事のないレベルだそうで。
キュジニさんが最初お肉を見た時、キョドっていた理由がやっとわかりました、ハイ。
「もうちっと落ち着いてやれな。情報を秘匿するなりして、きちんと対応した方がいいぞ。詐欺にあったらどうすんだ?」
……言い返せません。ごめんなさい。
「あー、話を戻すぞ」
しゅんっとなってるボクに、「騙されて奪われなくてよかったな。次回からガンバレ」と声を掛けて頭をぐりぐりと軽く撫でた後、源さんは話を元に戻した。
「一人分合金にする程度なら問題ねぇ量だな。これをレントの奴の武器にする。だがこれを加工するには、恐らく俺の鍛冶レベルが足りねぇ。きっと強制失敗しちまう。生かすも殺すも俺次第か」
「早めにミィンに行く必要がありそう?」
「そうだな……まずは色んな鉱石で慣れる事から始めんと。
どっちにしろレントが来てからになるし、明日だな。そこで対策練ろうや。装備的に考えりゃ、アップデートを待った方がいいんだが」
そうだった。アップデート後の方が、色々いいかもしれないんだね。
「この街じゃ鉱石手に入れるのも一苦労だ。移動だけはしといた方がいい。ただ、北の森を抜けてからも結構歩かにゃならん。ゲーム内時間で1日かかるんだよな、あそこ」
「この世界って……」
「かなり広いぞ。しかも他国の存在が噂されているが、行けるとこはまだこの王国内の一部だけだ」
うわ、広っ。
「最初はマップデカすぎ、とか言われてたみてぇだがな。実際仲間と旅しだしたら、そんな意見は掲示板から消えてたんだとよ。普段自然豊かな場所を旅するなんて経験出来ねぇから、みんな新鮮だったんじゃねぇか?
面倒に思う連中は、ポータルとかの交通手段使えばいいだけだしな」
「移動って徒歩だけ?」
「いや、陸路は住民経営の乗合馬車があるし、後は〔騎乗〕スキルがあれば、馬とか二足歩行のトカゲみたいな騎乗生物が借りられるな。
ただそれじゃ不便な連中……現在の王都の大手クランどもは、独自の馬車隊とか探索専門の騎兵職を集めた機動専門部隊を作ってるらしくてな。次のアップデートでマップがさらに広がりそうだってんで、交通手段を模索し始めてるって話だ。
この世界をキャラバンみたいに大移動とか、今から楽しみじゃねぇか」
「早く体験したいですね」
「と言っても俺たちゃレベル的にまだ行けねぇし、まだ出来ない事が多いんだがなぁ♪
あー早く強くなりてぇぜ」
楽しそうにからからと笑いながら語る源さんに、ボクももっと頑張ろうと決意を新たにするのであった。




