23話 イベントに向けて始動ですよ
4/15 イベント曜日のくだりで、もう少しわかりやすい形へ変更しました。
8/6 段落を読みやすく修正しました。
夢を見ていた。
きっと子供のころの夢。
暖かな日差しの中、誰かと手をつないでどこかに遊びに行く夢。
その中には小学生くらいの海人兄さんも美空姉さんも、そして同い年の樹も結衣もいた。
待ち遠しいのか、早く行きたいと元気に先頭を走る結衣と樹。苦笑しながらその様子を見やる兄さん。
……そしてボクは。
知らない女性に手を引かれ、そのあとを静かに追いかけていく。
これは夢だ。
昔はよく見ていた夢。
今だけ夢だと知覚できる不思議な夢。
いつも情景は違うが、ボク達の周りには常にその顔も知らない女性の存在があった。
会ったことがないとか、知らない人とかそういう意味ではなくて。
……霞がかかったように知覚できない。
いくつくらいの人とか、どこの誰だとか全くわからない。
ボクが何かを言う。
自分の事なのに、何を言ったのか全く分からない。
そんな僕の言葉にその女性は困ったかのような雰囲気を出す。
でもその次の瞬間には、優しく撫でられていた。ボクのココロが落ち着いていく。
ココロが癒され満ち足りていく。
その様子に結衣が舞い戻ってきて、早く行こうとばかりにボクの手を引っ張っていく。
その様子を微笑みながら、見守る兄さんと姉さん。
そして分からない誰か。誰もが笑顔。
そんな暖かな情景がそこにあった。
ホントに誰だろう?
この優しげな女性は?
夢幻の世界の中で幼いボクの手を優しく握りしめる感覚だけが、優しく撫でてくれるその手だけが、その女性の全てだった。
そうしてまたボクの意識は、安らぎの中に沈んでいく。
そして起きた時には、この事をすっぱり忘れるんだ。
そう、それは昔から繰り返されてきた。
予定調和な夢。
そして……この後……必ずと言って……ハジマル。
そうして。
また、いつもと変わらない朝が始まる。
雀のさえずる声に、ボクは身を起こした。
今朝は何だかちょっと目覚めが悪い。
昨日夜遅くまでASにログインしていたせいかな?
あの後レントがクランを立ち上げたお祝いにと、酒場になだれ込んだ挙句打ち上げ宴会になっちゃって、みんなログアウトが遅くなったのよね。
いやそれだけじゃない、かな……。
ふと眼尻に手をやると、濡れた後。
傍に置いてある鏡を覗き込むと、そこには涙の流れた後と少し腫れぼったい瞳が映し出されていた。
つまりいつもの怖い夢を見ていたらしい。
「ここ最近は全く見ていなかったはずなんだけどなぁ」
いつも不都合は生じないけど、起きたら泣いていたなんてあまり人に知られたくないんだよね。
恥ずかしくて家族にすら隠しているんだけど、寝言とかで何か言ってたらどうしよ?
少し赤くなった目と涙の跡を誤魔化す為、ベッドのわきに常備しているウエットティッシュで目じりや顔を拭く。
両親はまだ帰ってきていないはずだから、兄さんさえ誤魔化せられれば何とかなる。
兄さんが通う医大も長期休みに入ってるし、兄さんの就職先もどうせボク達の両親が経営している病院に入るのが決まってるので、就職活動とかも無縁。
悠々自適に寝坊しているはずだ。
会わないように、さっさと朝食作っちゃおう。
兄さんはボクとは違って父親に似たせいで長身に甘いマスクをした美青年であるが、なぜか昔から浮いた噂すら聞こえてこない。
多分もっとシャキッとしてればモテる筈なのに……どうしてあーなんだろうか?
ベッドから抜け出す際、ふと鏡に映る自分の姿を見た。
そこに映るは長めの前髪をかき上げた、見慣れたボクの顔。
そこに走る一筋の傷。この額の上から右目の眉の上にかけて走るこの傷、エフィに鍛錬中の傷とか誤魔化して言ったけど、実はどうやってできたモノなのか覚えていない。
一見刀傷のように見えてしまうこの傷は、治療に当たった両親の話によると、子供の頃とある海辺の夏祭りに参加した際、はぐれて迷子になった挙句に崖から転落して海に落ちた時にできた傷だと説明を受けている。
どうやら頭を打って、しかも溺れて死にかけたらしいが、その記憶が全くない。自己防衛本能としては、良かったことなのだろう。
それ以来海があまり好きではない。
我慢できないほどではないけど、波打つ海面を見ていると、なんだか気分が悪くなってしまう。
同じ水でも、波発生プールとかの水面は平気なんだけどね。
朝からなんだか凝ったものを作る気になれず、適当にトーストとスクランブルエッグを用意する。
兄さんは珍しく早起きしていたらしく、家にいなかった。「出かける」と一言だけ書かれた書置きを見ながらため息をつく。
いつもはあーだこーだと長文になっているのに、珍しいことが重なるものだね。
ホント明日急に雪でも降るかもしれない。
焼いたトーストを頬張りながら、昨日の初ログインについて思いをはせる。
ホントに……短いながらも色々内容の濃い一日だった。
ようやく楽しみにしていたASにログインできてその圧倒的な世界に感動し。
出かけた森ではまさかの精霊のエフィに出会い。
信じ合えるという仲間があっという間にできて。
……なぜか魔法少女呼ばわりされたなぁ。
しみじみと思う。
あの時は最初焦ったが、基本的に精霊化してる間だけだし、その状態でしてることと言ったら基本戦闘なんだから、全く焦ることはないのだ。
宴席で「可愛い服用意するわね」と言っていたマツリさん相手にも動揺してない。
してないったらしてない。うん。
さて、今日は何をしようか?
昨日も散々「きちんと情報を調べろ」とか「説明はきちんと読め」と樹に言われまくっていたので、行儀が多少悪いけど食事を続けながら、ASの公式ページを開いてみる。
そこのトップページに踊る『第3陣ご愛好ありがとうございます』の装飾と『第3陣感謝に伴うアップデートと初心者応援イベント開催』の文言がいきなり目に飛び込んできた。
え?
い、いきなりイベントってするもんなの?
まだほとんどの第3陣のプレイヤーが初心者装備なんだけど?
焦って、詳細を読みだす。
期日を見ればアップデートの方は今日の深夜だったが、イベントはスタートが8日後の日曜日の14時開催となっていた。
よかった。
ゲーム内時間で約1か月くらいの余裕がある。
まずはアップデート報告として、本日21時にゲーム内や公式ページで動画が配信されるとのこと。
気になる内容は『秘密です♪』のコメントと仮面の燕尾服の男性が口に人差し指を当てた絵が描かれていた。
不思議と妙な拘りを感じた。
前に樹からレクチャーを受けた時のことを思い出す。
確かASのイベントは、参加希望者が特別サーバーに転送されてそこの特殊加速時間空間の中で行われるタイプと、通常フィールドで長期開催の2タイプがあるらしい。
詳しくは動画で発表するんだろうか?
樹にどうするか電話したくなったが、まだ朝の7時である。
すでに学校は休みだし、まだ寝てる可能性は100%に近い確率だろう。
実際かなりの寝坊助だからなぁ、あの二人。
ほぼ毎朝のように寝坊している二人を起こしに、お隣の高辻家に行っていたから、この春休み中それをしないで済むとなると気が楽である。
そういや「甲斐甲斐しい幼馴染のいるラブコメ漫画の主人公みたい」とクラスメイトに樹がからかわれていたが、どういう意味だったのかよく分からなかった。
男同士で何もないはずなんだけどなぁ?
ボクが結衣相手で言われるなら、まだわかるんだけど。
あとで樹に聞いたら、「何も聞くな」とブスッとしていたけど何だったんだろうか?
イベントが始まる前にみんなのレベルや装備も強化したい。
まずはユイカのレベル上げと、レントの装備の鉱石掘りに行く源さんの護衛かな?
北の森を抜けた先にドワーフの坑道があるらしいから、まずはそこを目指すことになると思う。
立ち塞がる北の森の正規ボスも、ボクとユイカとエフィがいれば恐らく楽勝だろう。
それに出来たら、みんなと一緒に早く王都を見てみたい。
やることが盛りだくさんだね。
大変なのに、段取りを考えているだけで、だんだん楽しくなってきた。
よし。今日からバリバリ頑張っていくよっ!




