185話 吐露
連日更新ラスト。
──???──
美空の覚醒は神の想定より早かった。
むしろ早過ぎた。
本来であれば杠葉が実施する前に初期ASテスターとしてエストラルドへ赴き、記憶を保持したまま向こうで活動できるかのテストを行う予定だったのである。
それが何の因果か、
「まさか私も中等部入学の翌日に覚醒する事になる事案が発生するとは思わなかったけど」
中等部入学式の日に『御陵』を見付けた有栖川慎吾が徒党を組み、一人でいた美空を縛って拐い、山奥の廃屋──通称『ヤリ部屋』に連れ込んで襲いかかったのである。
美空が次期宗主であると判断し、今の内に精神的優位──ゲスい考えのもと行われた事ではあったが、それを切っ掛けとして彼女が目覚めた事で反攻され、そのまま殺り返されて彼の命日となったのであった。
ウェニティアが美空に、いや『御陵の器』を貰う条件として父親たる神に言われたのは二つ。
エストラルドに戻るまで『調和の精霊』としての力と記憶を封じ、メッセンジャーとしての役割を果たす事。
ただしこれは失敗しても良いとされた。
戦いに身を置き、必ず解決を果たす事。
当然こちらがメインである。
それに合わせ、ねだったのはただ二つ。
エストラルドに戻るまで『調和の精霊』としての記憶や力を封印する代わりに、彼と彼女へ対する自身の想いだけは封印しないで欲しい、と。
そしてもう一つ……。
「理玖ちゃん以外の男から──つまり私の貞操の危機が迫った時はいつ如何なる時でも覚醒し、その身を護れるようにして欲しい、とね」
にこにこと微笑みながら美空は伝える。
「今回はそれに該当したわけ。とっても不幸な事にね」
「人として行けていないなら、最初っから『メッセンジャー』になれてないじゃない!」
「ちょ、乙女の貞操を何だと思っているのよ愚姉」
「それとこれが……」
「分からないの? 自分で想像してみるといいわ。
周囲を粗野な男どもに囲まれ、好みでもない『御陵』を手に入れるだけの為に無理やり押し倒してきた男。
そんな吐き気がするレベルの野獣が、自分の貞操を奪おうとのし掛かってくるのよ?
その瞬間は全く力を持たなかったか弱い私が受けた恐怖が分かる? そもそも犯罪者にかける慈悲の心など元から存在しないわ!」
普段から周囲を威圧し、ろくでもない男達とつるみ暴力沙汰から脅迫、誘拐、麻薬。挙げ句の果てに親の権力を使って殺人すら隠蔽していた当時の有栖川慎吾が、ある日「恋をした」と突如言い出し、徐々に更正の道を辿って周囲を驚愕させたあの日あの時。
彼本来の魂は美空の手によって円環へと戻り、残されたその身体は彼女の人形と化した。
目覚めたばかりの始祖精霊のフルパワーを受け、あっけなく魂が消し飛んだ有栖川慎吾。その脱け殻を美空が有効活用しようと思い付いたのは当然の結果だ。
僅かに残っていた彼の魂の残滓を解析し、そこから加工した疑似魂を生成。周囲から疑われないよう徐々に性格を矯正しつつ人格者に仕立て上げ、今の地位へと持っていったのだ。
「魂や物質、事象の調和と調律は私の権能範囲。お手の物だしね」
「調教の間違いではないの」
「人を何だと思っているのよ。守るしか能のない馬鹿姉」
「~ッ!?」
「ほらほら、沸点が低いわね。これが守護の精霊とか聞いて呆れるわ」
「あ・ん・た・はぁ! どこまでヒトをおちょくっ……」
「そんなので本当に大事な神を護れるの?」
「……っ」
急に真顔で見つめてきた美空に、テラリティは言葉を思わず止める。
「護りの盾は冷静さが求められる。あの手この手でこちらの連携を崩そうとしてくるから、己の感情その他を制御しつつそれらを的確に判断し、背後の仲間を護る為に対応しなければならない。来るべき『決戦』時にそれは確実に要求される」
「……」
「確かに私は私は守れなかった。盾職じゃない、戦闘型じゃない、得意分野が違うと言うのは簡単よ。でももっと気を付けていれば、兆候を気付くことは出来た……筈なの。
しかし現実は浮かれていて……気付いた時はもう遅くて、エスティリアまでもが……」
「それは……」
それはあなたが弱いから。
思わず言い返しそうになった言葉を、彼女は口に出さぬよう咄嗟に飲み込む。
奇しくも美空が先程言った『逆の立場に立って』の言葉が頭を過ったから。
得意分野が全く違う。
ウィニティアの司る権能は調査や解析、指揮系統構築を含めた調整という『後方支援型』、もしくはアイテムや事象、システム構築の生成も担った『生産型』で。
自身の権能は誰かを護り、敵から仲間や拠点を護り勝利に貢献する『防衛戦闘型』で。
ウェニティアが言う『決戦』時。
自身の存在が彼女が描く最終決戦時に頭数に入っている事に気付く。
──何をやってるの、私は……。
少しは回復したとはいえ、未だ力の大半を失っている妹相手に。
あの日の事を後悔し続け、自身の心に突き刺さった刺。思い出す度に泣きそうになる自分を叱咤激励して、明るい笑顔で隠している妹相手に。
自身の仕事を放棄してしまい、必死で対応している二柱の妹に詫びながらも、自身の力の回復を優先し、やるべき事をこなしている妹相手に。
「──何をやってるのだ。私は……」
元々ウェニティアは家族に甘い。
仲間と認めた存在への情に厚い。
喧嘩していれば仲裁に入り、誰かが困っていればすぐに手伝いに行く。
テラリティに対しては辛辣ではあるが、甘やかさないだけでアドバイス等の類いは数多く、思い返せば後々のフォローもぶつくさ言いながらも率先し、手伝ってくれていた。
そんな義理人情に厚いウェニティアが、現在進行形の妹達の苦難を放置している筈がない。
手伝えるだけの力が戻っていないか。
妨害をはね除けられるように隠れて準備をしているか。
自分の知らない所で父であるティスカトールと連携を取って動いているからこそ、父は何も言わないのだと、今はまだテラリティの出番はないのだと、この性格と気質のせいで何も言われていないのだと、ここに来てようやく彼女は気付いた。
そして──今回自分が取った行動を客観的に見てみれば……。
こんなのは……大好きな父親に構って貰えなくて癇癪を起こした子供の所業で、ただの八つ当たりだ。
「ったく、お父様ももう少し説明して、もっと構って上げればいいのに」
「……父様の事を悪く言うな」
展開していた光盾を消去して項垂れたテラリティを見て、やれやれとばかりに地面へと降り立った美空。
先程までの自分の行いに罪悪感を感じた彼女はちょっぴり悔しくて。常々思っていた内心のストレスを言い当てられた彼女は押し黙ろうとしたが失敗し、テラリティはつっけんどんに反論する。
「いい加減『父離れ』をしたら?」
「至福の時間を無くせと……!? 私を絶望させる気か!?」
「あー、ハイハイ、わかった分かったから。そんな泣きそうな顔をしないでよ」
「な、泣いてない!」
あー、もう。
どっちが姉で妹だか。
元の黒髪へと戻りつつ内心苦笑する。
「とっとと戻ってお父様にねだりなさいよ。これからもっと言うこと聞くからちゃんと教えて、って。
お父様も鬼ではないんだから、可愛い娘がそう甘えてきたら、ちゃんと教えてくれると思うわよ」
「そ、そう? うぇへ、えへへ」
髪の毛先を弄びながら真っ赤な顔をしてだらしない笑みを浮かべる姉を見て、言わなきゃ良かったと後悔する美空。
「こうしちゃいられない。急いで戻らないと……」
「待ちなさい。行く前に結界解除して。内部もちゃんと戻しなさいよ」
「う、うん。これで良いか? ではな」
「あ、こら、待……」
制止するも結界が解除されたと同時にその姿が消えるのを見て、美空は天を仰ぐ。
「あの馬鹿、雑過ぎ……」
結界は解除された。
破壊されたと思われる家々は直った。
が、地面の戦闘痕跡──田畑や道が抉れたままになっていて、何よりも……。
「さすが脳筋色ボケ姉の仕事ね。私に後始末ぶん投げて、更に自力で帰れと? ホントに何処よここ」
夜空に輝く満天の星を見上げながら、
「これは……ちょっとばかしバチが当たったのかなぁ」
再び嘆息。
あの日の夜、海人とユーネが戦闘状態に入ったのを感知した美空は、見つからないよう現場に急行した。
そこで見たものは今にも力尽きそうな杠葉と、溺れかけ寸前の理玖の姿。
発狂寸前になりながらも、ユーネにだけは感知されてはならないと何とか自制心が働き、最低限かつ杠葉の力に偽装した結界で二人を保護する事に成功。
人知れず離脱しようとした美空の目に、杠葉が抱え込んでいた魂の欠片が飛び込んできた。
もちろん理玖の魂の欠片だ。
それを本人に戻そうとしたものの何故か上手く融合出来ず。
欠片の正体は二つに分かたれた一番厄介な荒御魂の一部であり、不完全なままでは魂の均衡が取れない状態になると判断した美空は、仕方なしにその場から持ち出して……。
「取り敢えず緊急避難的に樹ちゃんに預けたのは失敗だったかなぁ。
変に結び付いて今の私じゃ取り出せなくってるし、どうも記憶の復元が阻害されてるぽい?
ホントどうしよ?」
今日の会議で理玖の魂の欠片が樹の正常な覚醒を阻害していると理解してしまった美空は、乾いた笑いを浮かべつつ涙目になって周りを見回す。
彼女もまた、浮かれる事で目を逸らしていた追加の難問に、頭を抱える羽目になってしまっていた。
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