184話 邂逅
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──???──
──某所。既に名も無き廃村。
何かを叩き付けるような音が辺りに響き渡り、古ぼけ崩れかけていた民家が完全に倒壊した。
舞い上がる埃を鬱陶しそうに払い退け風をおこして吹き飛ばしながら、瓦礫の山へと歩み寄っていく白銀の髪をたなびかせた凛とした佇まいの少女。
警戒心あらわに近付くその少女の片眉がピクリと動き、その足が止まる。
「──ちっ。やっぱり防いだのね」
「……当たり前じゃない。殴られて喜ぶ趣味はないわ」
ガラガラと瓦礫が崩れる音がしたと思うと、爆発的に旋風が逆巻き辺りの全てを吹き飛ばした。
破片や土砂が白銀の少女へ殺到するが、展開された六枚の光盾に阻まれて塵一つ彼女に通る事はない。
「ほんといきなりなご挨拶よね。私が一体何をしたというの?」
拳の形にへこんだ白銀の盾を片手に構えた大柄な体格をした男。その片腕の中にすっぽりと収まっていた黒髪の小柄な少女は、溜め息をつくと同時に金髪碧眼へと変化を遂げ、男の腕の中から地面へと降り立つ。
「しかもいきなりこんな所まで跳ばして……家に帰るのが面倒じゃないの。全くもう!」
某有名コンビニチェーンのビニール袋を片手にぷりぷりと怒る姿からは、周囲の惨状には似つかわしくないほどかわいらしさが感じられたが、背後に盾を持って立つ表情が抜け落ちた男の存在が、目の前に立つ少女に似つかわしくない異様さを醸し出していた。
「私をこんなところまで誘拐して何がしたいのよ」
「父様の意向を無視し続けているお前を、誰も見ていない所で殴りたかったからよ。愚妹」
「はあっ!?」
青筋を立てる少女、もとい美空。
自分の大切な夫と嫁が愛されているのを会議の場で再認識した彼女は気分を良くし、買った缶酎ハイの袋片手にルンルン気分で自宅へ戻ろうと歩いていた所だった。
それが何かを踏んだ瞬間この空間へと跳ばされ、いきなり横手から殴られたのである。
そして問い詰めたら先程の暴言。
誰であろうと普通キレる。
「じゃあ、お父様から隠れてゴキブリのようにこそこそし、あまつさえ命令違反をしてまで何をおっしゃりたいのかしら、そこの愚姉」
「ぐっ、がっ!」
売り言葉に買い言葉。
美空に愚姉と呼ばれたテラリティも青筋を立てながらも何とか耐えて、
「それまで力が回復しているのは何故よ!
しかも何故すぐにでもあの子達を助けに戻らない!?」
「今戻った所でどうしろと?
こういうのは時期があるし、各地に隠した力もまだ全部回収出来ていないのに、表立って動けと?」
溜め息混じりにぼやく美空。
邪神の残滓を完全に浄化出来ていない可能性を憂慮していた彼女は、いざ自身の身に何かあった時ようの為にと、精霊女王時代に余剰な力を少しずつ小分けにして各地に隠蔽して封印していた。
プレシニア王国分の回収は終わった。今エインヘリア帝国に向かっているのは、それの回収だったりする。
ちなみにユーネから逃げ延びた際にも使用しており、自身の準備の良さにやってて良かったと、ほっとした美空である。
何しろ神域に『死に戻り』してしまえば、最後に神核に触れた後からの『記憶』や『身体情報』が欠落しかねず、それだけは許容出来なかったからだ。
元々彼女は後方支援型の始祖精霊。
ただでさえ戦闘力も精霊力も全盛期から比べれば『月とスッポン』級レベルなのに、全面戦争状態を隠れてやり過ごし、数十年の歳月をかけてやっとの事で戻れた神域。
早く助けに行きたい気持ちを堪えて、父親と共に二柱で練った作戦を、ようやく形にして、かつ偶然にも助けられて今回の転生へと繋がった。
もちろんテラリティには内緒であった。
ウェニティアからは話すつもりはなかったし、ティスカトールとて彼女に話すのは時期尚早と考えたからである。
見た目や権能の役割に似ず、テラリティは激情家である。
話してしまえば勝手にエストラルドに押し掛けてしまいそうであるし、暴走して作戦の根本が揺らぎかねない。
そうした裏事情があったのだが、仲間外れにされた当のテラリティからしてみれば面白くない。
一柱逃げ出して来た妹が大好きな父を占有し、いつまで経っても二柱のもとへ助けに行かず、こそこそと悪巧みしているように見えて仕方がなかった。(もちろん嫉妬から来る苛立ちで目が曇りまくっていたのだが)
ウェニティアとしても助けに行きたいのは山々ではあるが、超難関作業が大量に待つ精霊殿へ戻ってしまえば、あのフォルティナによって長期間拘束が当確である。
必要な記憶の解放が未だになされぬまま、現時点でそのような愚は犯せなかった。
それが先日テラリティにバレた。
(愉快犯がばらす方向に誘導したとも言う)
そうしてこの状況。
想定と懸念通りの展開になってしまっている事に、もう笑うしかないウェニティアである。
「もう、やーね。そこの脳筋姉はそんな事も分からないでちゅか~?」
ビキキッ!
空間が震え、再び激突音。
「もう! やっぱりいつまで経っても煽り耐性の低い馬鹿姉ぇ」
ガードしきれず自分からわざと吹き飛ばされて離脱、純白の翼を展開し中空で制動をかける美空に、
「それはお互い様じゃない。愚妹」
「ワンパターンな返答ねぇ」
ちらりと周囲を見渡し、四方数十キロに渡って展開されている積層防壁結界に辟易としながら、
「ったく、面倒な結界。逃がしては……くれなさそうね」
「当たり前よ。早く向こうの状況を詳しく教えなさい」
「嫌よ、面倒臭い」
「何故よ!」
「焦り過ぎ、がっつき過ぎ。
やーね、これだから御年数億年の行き遅れ年増は」
「あんたも似たようなモノでしょうが!」
「えー私、まだ華の二十六歳だしぃ?」
「ふ・ざ・け・る・なぁああ!」
品を作って「うふっ」と笑う美空にキレた彼女の右手がぶれる。
再び空間が震える。
美空の前面に転移した男が差し出した盾に軌道を逸らされた衝撃波が地面をえぐり、辺り一面を吹き飛ばす。
「ちっ、厄介な人形が」
「ふふーっん、いいでしょ。特注品なのよ。頑張って作って育てたんだから」
「本物はどうしたのよ?」
「そんなモノとっくの昔に存在しないわ」
世間体を保つ為、そしてこれ以上要らぬ虫が寄ってこないように彼女自身が用意した人形──有栖川慎吾をポンポンと叩いてその肩に座り、朗らかな笑みを浮かべる。
「とっても優秀なのよ。地球では元のガワを残さなきゃならなかった事だけがとっても不満なのだけど、中身は完全に別物──理玖ちゃんと私の遺伝子製に全て取り替えて作り直したわ。元々の遺伝子のは一欠片すら残したくなかったし」
「悪趣味ね」
「なんとでも言いなさい。私だってあの日この『犯罪者』に襲われてなければ、わざわざこんな事せずに別の手立てを取っていたわよ」
記憶を思い返してしまったのか不機嫌に眉を寄せて吐き捨てると、エストラルドでの姿──白熊へと変更させる。
「まさか結婚までさせられるとは思わなかったけど。おかげで処分方法が面倒になったわ。
理玖ちゃんの手料理が毎日食べられなくなったのとベッドに潜り込めなくなったのも許しがたいけど、それ以外は些細な問題なのよね。実質、今はただの一人暮らしなのだし」
くすりと笑う。
「私の身も心も最初からあの子だけのモノなの。後は時が来たらこれを処分し、理玖ちゃんと結ばれるだけよ」
後一回あります。