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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
変わりゆく日常の風景
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182話 これからの方針

連続更新二日目です。


──高辻樹──



「神城君、少しは落ち着いたか?」


「……はい。大声出してあんな事……すみませんでした」


「良いのよ。理玖ちゃんの為に怒ってくれたんでしょ」


「ああ」


 頬を少し赤らめ俯きつつ小さな声で謝罪を行った美琴に、紬姫さんと郡司さんは何でもないように受け入れた。


「そういうところ、ほんと優樹菜(あの子)にそっくりね。何だか懐かしいわ」


「あううぅ、本当にすみませんですぅ」


 懐かしそうに話す春花さんの言葉に真っ赤になりながら、どんどん小さくなっていく美琴。

 それを見て、更に彼女はころころと笑い、扇で口元を隠す。


 それからしばらくして少し場が落ち着いたのを見計らい、俺は次の話を繰り出す。


「紬姫さん。話は変わりますが、別の大切な質問があります」


「あら、何かしら?」


「堕ちた巫女姫ユーネ=サイジアについて」


 場が再び引き締まる。


 現在進行中の脅威。

 エストラルドに蔓延(はびこ)る【死方屍維(しほうしい)】──悪の枢軸(すうじく)の親玉。


「その女が何かしら?」


「ステファニー=サイジアの双子の片割れであり、堕ちた星の巫女、すなわち()()()()()()()()()()()()である。この認識で合っていますか?」


「そうね。合っているわ」


「ならば──まず六年前、わざわざ地球まできたあの女の本当の目的を、そして御陵家が掴んでいるあの事件の本当の詳細を教えて下さい」


「っ!?」


結依(ゆい)ちゃん!」


 目の前に座る結依の目に動揺が走る。

 自身を抱えるように身体を丸めて下を向いた結依に、美琴がその身体を抱き締めこちらに対し非難の目を向けてくる。

 

 すまん、結依。そして美琴。

 お前らとしては思い出したくもない出来事なのだろうが、それは俺とて同じだ。


 だが乗り越えなければ、先には進めない。

 俺とて好き好んでこんな話題を出したのではない。


「今後は奴等と対峙する事になります。俺は大切な姉と妹と親友を傷付けた奴を赦す事はないが、敵を目の当たりにした時、怒りに囚われて無作為に突撃してしまう愚は犯したくない。

 詳細を知り、対策をし、あくまでも冷たく冷静に……奴の存在を消し飛ばし浄化する」


「お、お兄ちゃん……」


 昔の呼び方をしてくる結依に一つ頷きを返すと、体を紬姫さんへと向ける。


「話せる範囲で構いません。あの事故の日から今まで俺達に内緒にしていた部分を教えて下さい。

 あの事件はもはや俺や結依、海人さんだけの問題ではないですし、関係者全員が辛い思いをしているのも分かっています。掘り返すようで申し訳なく思いますが、話して下さい。俺達への気遣いは不要です」


「母さん、俺からも頼む。あの時は異能に目覚めたばかりなのと『怒り』に支配されていた影響なのか、戦っていた時の前後の事をあまり覚えていないんだ」


 俺と海人さんの言葉を受け、その目を結依の方に向け──美琴に抱き締められながらも、結依の目が自身にしっかと向けられているのを見て、


「結依ちゃんも……本当に良いのね?」


 俺達──結依からも前に許可は得ている。こちらの覚悟はともかくとして、紬姫さん的にはあの日の結依の精神状態を見ている故に、出来ることなら話したくないのだろう。


 やっぱり後で俺と海人さんだけで聞いた方が良かったか?


 紬姫さんが嘆息したのを見てそう勘づいたが、こちらとしても一刻も早く知りたかった案件であり、あやふやなまま過ごしたくなかった。


「正直言って聞くのは怖いけど……逃げてばかりじゃ……駄目だと思うから。りっ君と一緒に歩きたいから……そう誓ったから。

 ──だから教えて欲しいです」


 結依の口から途切れ途切れに出たその言葉に、少しばかり目を丸くした彼女は微笑むと、


「結依ちゃん……分かったわ。落ち着いて聞いてね。

 まず最初に言っておくけど、杠葉ちゃんの症状はこれ以上悪化する要素がないし、理玖ちゃんに関しても細心の注意を払って対処するだけ。後はあの幽鬼(おんな)を倒して助けるだけと思いなさい。

 では、これから判明している事を説明するわ」


 


 ──あの夏の日に起こった事。


 理玖が崖から海へと転落して大怪我を負い、海人さんが海へと潜り助けたものの記憶を紛失した。

 

 皆より親友(りく)にはそう説明されているが、本当は違う。


 あの場には理玖の他に俺達の姉である杠葉(ゆずりは)がいた。


 紬姫さんの説明によるとだ。

 事の顛末を纏めると次のようになる。



 ユーネに嗜虐(しぎゃく)心を操られたチンピラ達により襲撃された際、理玖が機転をきかせて逃げた。


 途中林の中のウロに結依を隠す。

 

 海沿いの崖に追い詰められた二人。前に出て姉さんを庇った理玖が捕まり、もう一人は何処だと暴行を受ける。


 その際に出来た傷痕が額に走るナイフの傷であり、その精神と肉体のショックを受けた際にユーネが現れ、防御が緩んだ理玖の魂を引き抜こうとした。


 そこを無理矢理力を解放して理玖を護ろうとした姉さんとの衝突で、理玖の魂の一部が砕けて飛び散った。


 その砕けた魂の一部はユーネに盗まれ、残りは姉さんが回収した。


 その場に駆け付けた海人さんは偶然その様子を目撃し、怒りで異能に目覚めた海人さんが犯人であるユーネに攻撃を仕掛け崖を半壊させた。


 その時の余波で理玖が崖から転落してしまい、彼を助ける為に海へと共に飛び込んだ姉さん。


 一方ユーネは海上へと逃げ出し、それを追った海人さんが更に追撃したが、最終的に逃げられてしまった。


 ふと我に返った海人さんは慌てて二人を探しに海の中へと潜行すると、光の玉の中に守られた二人を発見、陸へと引き上げて救出した……。



「──と、いうわけ。その後ユーネの足取りは不明。助け出した二人の状態を確認する為に、至急春花さんを呼び出して視て貰ったけど、傷付いた理玖ちゃんの魂の状態と杠葉ちゃんの状態は判ったまでは良いけど、治療方法は不明のままだった。


 現場の崖は人命救助と現地調査の名目のもと、国軍『星宮(ほしみや)』と『椿(つばき)』が介入して修復しがてら地震で崩れたように異能で偽装し、監視カメラの映像は『神城』が全て押さえた上で加工。


 マスコミには初手に『飛鳥馬(あすま)』が色々とかき回した上で、『光凰院(こうおういん)』と『深草(ふかくさ)』が『偽情報(カバーストーリー)』を作成して裏で流し、警察の見解として『神城』が補完して発表、真実を隠蔽した。


 海人のあの姿を目撃した人は犯人のチンピラのみで他にいなかったけど、夏祭り中ともあって、流石に響く音と目映(まばゆ)い炎と閃光を目撃した人の口を全て塞ぐことは不可能だったの。


 だから謎が謎を呼び、色々と騒がれたけど奇跡的に沈静化し何とかなった。

 これで良いかしら?」


「あの……隠れている時に響いてきた振動と唸り声みたいな音とか爆発音は……もしかしてその時の?」


「あの時は詳しく話せなくてごめんなさい。

 ウロの中に隠れていた結依ちゃんをトラウマレベルで怖がらせてしまっていた事に気付いたのは、理玖ちゃんの容態と世間が安定してからで……完全にこちらの落ち度よ。

 本当にごめんなさい」


「いえ、こちらこそ心配ばかりかけてすみません」


 現実を初めて知り理解した為か、少しばかりホッとした表情を浮かべた結依だが、俺は逆に心をかき乱された。


「いえ、あれは……そうね。海人ちゃんが元気にハッスルし過ぎた結果よ」


「母さん、その言い方はちょっと」


 爆発音?

 唸り声?


 結依の表情を見て冗談をかっ飛ばした母親(つむぎさん)に抗議する海人さんを見ながら、俺は愕然とする。


 ──記憶がない?


 俺は夏祭りを楽しんでいた筈だ。

 姉さんと理玖の惨状を知らずに。


 崖が崩壊する音?

 目映(まばゆ)い光だと?


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どういう事だ……?」


「樹君?」


「どうしたの?」


「実は……」


 黙っていても仕方がない。

 俺は自分が記憶している限りの夏祭り中の出来事を詳細に述べた。


 その話にフムフムと相槌を打っていた紬姫さんだったが、理玖が居なくなってからの以降の話を聞いて頭を抱えだした。


「あちゃあ……しまった。完全に裏目ったわ。

 樹君にも簡易ではなく詳しく聴取しておけば……」


「樹君……すまない。こちらの落ち度だ」


「そういえば俺もお前には確認しなかった、な」


 あぁ、そうか。

 事態鎮圧の為にそこまで気が回らなかったのは、上層部も一緒だったか。


 周りで大騒ぎになっているならば、渦中の俺も知っている筈だという思い込みが紬姫さん達の前提になっていた為に、俺自身が被害者家族でもあるともあって詳細な聴取を取りこぼしたという事か。


 あの夏祭りの日の事は糞ジジイから絶対に話すなと口止めされていたのもあって、こっちに来た警察官に「何が起こったかよく分かりません」「屋台で遊んでました」しか言わなかったからなぁ。

 これのせいか。


「いえ、すみません。紬姫さん、郡司さん、海人さん。理玖があのようになってしまっているのに、『屋台で遊んでいた記憶しかなく、気付いたら無人の境内で寝ていた』なんて自分から言い出しにくくて……」


 三人に納得の色が浮かぶ。


「──ふむ。あの時に樹君の身にも何かが起こっていたとなると、かなり問題はややこしくなるな」


 顔の前に指を組み直しながらそう述べた郡司さんは、しばらく考えた後で、


「当時の記録は残してある。こちらでも再確認しておこう。その前後の体調の変化や他に思い当たる(ふし)は?」


「特にありません。境内近くの屋台で遊んでいた記憶を最後に、いきなり境内の階段で目を覚ましたところまで飛んでいます」


「了解した」


「……ありがとうございます」


 お礼を言う。


「そしてこれは理玖ちゃんには絶対に話しては駄目よ。あの『ルーンヘイズ』の出来事()()で済めば良いけど、どんな現象を引き起こしてしまうか分からないから。

 他に質問はあるかしら?」


「飛び散って回収出来なかった理玖の魂の欠片は……やはりユーネが?」

 

「それもどうなったかは不明、飛び散った欠片を杠葉が全て押さえられたかも不明」 


「本当にすまない。俺が不甲斐なく……しかも暴走せずにしっかりと対応出来ていれば、まだ理玖も杠葉も……」


「海人さん……」


 悔恨(かいこん)(にじ)ませ、俺達に向かって頭を下げる海人さん。


 俺は何をやっているのだろう。

 そもそも『夢中になってはぐれる』という原因を作った俺に対し、海人さんが頭を下げる必要なんて……。


「──海人さんは頭を下げる必要なんてないです」


 結依が静かな口調で呟く。


「海人さんも被害者です。だから必要なんてないんです」


「でも結依ちゃ……」


「馬鹿海人。少しは結依ちゃんの気持ちも考えてあげなさい」


 この会議中口をずっと口を挟まず、事の推移を見守っていた美空さんが口を開く。


「この事件の加害者が、本当に悪い奴がここにはいないのに、被害者しかいない場であーだこーだと謝り騒いでも仕方ないでしょうに」


「姉貴……」


「あのユーネとかいう馬鹿女をぶん殴って理玖ちゃんの魂の欠片を取り戻し、本人に戻す。

 やることはこれだけじゃない。その為にすべき事をまず考えるべきでしょ?」


「そうね。後ろを向くよりも前を見る方が建設的よね」


 弥生さんがそう同意した上で、海人さんの方を向く。


「理玖君は家よね? 今どうしてるの?」


「断定は出来ないが、おそらくエストラルドへ行ったと思う」


 ということは、時差が四倍だから……今で半日以上経っているな。


「まずは寿命の話だけしてみて、誤解を解く感じで構わないかな? かな?」


「それがいいと思うわよ。私も参加したいけど、距離がねぇ」


「美空さん達は今帝国ですか?」


「そそ。ゴールデンウィークの武闘大会には王都に戻る予定だけど。告知イベント扱いしてるから、きっとポータルが用意されているだろうしね。海人は?」


「……道中の岩山だな。俺もその予定だが、所用がギリギリ間に合うかどうかだし、すぐには無理だ。すまんが理玖の事、よろしく頼む」


「任されました。わたし達で理玖くんを何とか元気にして見せますし、王都でも支えて見せます!」


 美琴がふんすと力を入れて宣言したところで、ようやく全員の顔に笑みが溢れたのだった。



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