181話 紛糾
きりの良いところまで更新開始します。
──高辻樹──
「なぜそんな不十分な説明、しかもここでの話を伝えてはいけないのです!?」
「それが神との契約だからだ」
最後に付け加えられた『理玖には話してはならない』の言葉に、いつになく感情的になって机を叩き立ち上がった美琴。
完全に怒りを顕にしたその姿と態度を咎める事もなく、デスクに両肘を置いて指を交差させる姿勢のまま淡々と返答する郡司さんの姿に、ますます美琴は激昂し、俺は逆にどんどん冷静になり、情報の深部を把握しようと思考を回し始めていく。
「また『契約』ですか!?」
「そうだ」
一言で切り捨てる郡司さんのその表情からは何の気概も動揺も感じ取れない。
「我々とて言える事と言えない事があり、それらは全てを『契約』という形で支配されている。
神城君、君の気持ちも分かるが、ここは納得して貰えないだろうか?」
「全っ然ッ! 納得出来ませんッ! 理玖君がどれだけ寿命の……ッ!」
「美琴ちゃん!」
結依が隣から机についたその腕を引っ張り、その言葉を強引に止める。
「結依ちゃん何で……!」
「郡司さん聞かせて下さい」
自分を糾弾しようとした美琴の腕を握ったまま、結依は真っ直ぐに郡司さんを見やる。
結依も納得してはいまい。その手が僅かに震えていることが、何よりの証拠だ。
それに気付いた美琴ははっとした表情を浮かべ、そして口をつぐむ。
「そうした方がりっ君の為になるんですか?」
「そうだ」
「何故です?」
「それが……」
「──伝える事で歪みが生じる」
先程の繰り返しにしかならない。そう思った俺は強引に口を挟む。
「俺達になるべく祝福が降り掛からないように言葉を選んでいる、または理玖に伝えたところで全く意味がない、または神に禁止されている。それともこれも『神の試練』とでも?」
「……」
押し黙る郡司さんに、俺が羅列した想定のどれかが当たっている事を確信する。
「少しまとめましょう。
まず……向こうで『クラティス』と名乗る神御子の話を聞きました。知っていますか?」
「ああ。報告は受けている」
「ステファニー=サイジア、彼女が没した永遠世五年を最後に星の巫女と呼ばれる存在は消えた。そして永遠世九六五二年、理玖が星の巫女と認定されたその日まで、です」
「……」
「時差もありますが、恐らく『星の巫女』の因子──彼女が産んだ双子の片割れが神の手で地球に運ばれ、『御陵』宗主として育てられた。そしてこちらで『器』として成熟するまで大事に育てられた。
紬姫さんと理玖の持つ星痕がその何よりの証拠。ここまでは良いですか?」
「ああ」
「で、『御陵』の宗主は『神の器』の試作品だと先程話されました。ということは、『星の巫女』も神の器だということ。この事は理玖に引き継ぎされてますか?」
「ええ、そうよ。一部だけどね。そして理玖ちゃんには昨日の時点で今後の宗主として必要な事は全て引き継いだわ」
「なら先程語った、紬姫さんが精霊核を持たない失敗作であり、理玖が自前の精霊核を持った星の始祖精霊の分体として完成品へ至った。なぜこれは今後必要な情報ではないと?」
「ずいぶんストレートに言うのね」
「すいません。こう見えても余裕ないんですよ」
苦笑する紬姫さんに、目礼も使って謝罪をいれる。
「会議前に理玖の延命について質問した時に『もう今となっては全く意味がなくなった』と言っていたのは、地球で人から精霊に至ったのを確認したからですか?」
「そうよ。神や精霊は『寿命』という概念がそもそも存在しないからね」
そこで一旦言葉を区切り、ふうと小さく息を吐いた。
「基本的に『御陵』の引き継ぎは、完成した星の巫女、すなわち『星の始祖精霊の分体』たる宗主をエストラルドへ十二家の護衛と共に送り出すこと。そしてエストラルドを救うこと。
私の母様のように何度かエストラルドへと飛ばして、エストラルドに致命的な事態が起こらぬよう、また最終的な調整の為に実験されていたみたいだけどね。
それに付随する引き継ぎはあれど、完成した理玖ちゃんには過去の失敗作が死んだ原因を伝える必要がない。通常業務や歴代の宗主の在り方のみ引き継いだわ」
「なぜです?」
「あの子は聡明で優しすぎるから。後ろに囚われるよりも前を向いて、本当の自分を取り戻して欲しいから。
そして……この事ともう一柱が自分であると、理玖ちゃんが自分で考え気付いた上で、とある場所に到達しないと駄目だからよ。そして……」
「紬姫、ちょっと待て。言い過ぎて……」
「良いのよ、あなた」
口を挟んできた郡司さんを手で押し留め、
「どうせここで細かく説明しても、神や精霊に連なる者はエストラルドに到着した途端必ず忘却してしまう。そんな祝福よ。
唯一の対策は『事情を知る外野から何も聞かず、全ての条件を揃えた上で自分で気付くこと』これだけよ」
「それが神の指示ですか?」
「いいえ」
否定された事に驚く。
「神や始祖精霊も巻き込まれているの。エストラルドに張り巡らされた大規模な『祝福』にね」
「なっ!」
ざわめきが起きる。
「それを打破出来るのは、自らに祝福を掛けた星の始祖精霊と彼女の娘、そしてその場にいた当事者達のみ。だから詳しい話をしても無駄だし、理玖に言ったところで……」
「どうせエストラルドでは忘れて意味がない、もしくは、気付く前に地球で話したせいで歪んでしまえばどうなるか解らない、と」
「そういうことね。
で、春花さん。どうです?」
「──紬姫の言う通り、確かに問題ないわね。ちょっと信じられないけど」
「問題なかった、か」
ちょっとばかり困惑しつつもそう返答する春花さん。その傍に立つ三山木さんもどこかホッとしているのを見て、
「おじいちゃん、どう言うことなの?」
「この場の中でまず私に訊きますか。
これも減点一つです。この後で必ず顔を出しなさい」
「げっ、いつもの癖で。ごめんなさい」
可愛く手を合わせる孫の姿に大きく嘆息した老執事は、傍の主人を見やる。
祖父と孫のやり取りを愉しそうに眺めていた彼女は、手にしていた扇子をぱちりと綴じると、
「さて、ではそんな弥生さんに質問です。私達が神の祝福を受けているのはご存知?」
「はい」
「では、私が五十年前エストラルドで魔法使いをしていたというのは?」
「えっ……い、いえ、知りませんでした」
「では、別の質問。私の目は特別製という事は?」
「──もしかして魔力視、ですか?」
「惜しいわ、それの最上位版よ。
そういえば結依さんも特殊な目をこっちでも使えたわよね、確か……仙眼」
弥生さんの問いにそう答えた後で、不意に結依の方へ確認されてきた。
「えぁ? でもあれでは……」
突然話題を振られて、どう答えて良いものか結依の目が泳ぐ。
特別な目、か?
看破系がこちらでも使える?
結依の奴、やはり向こうの力全てをこちらでも使えるのか。美空さんが耳と尻尾とか言っていたし、もし名付けるのなら『霊狐変化』、それが結依の異能か。
「あら、貴女の仙眼をもってしても視えなかったの?
まあ私の目はね、普段見え過ぎる為に閉じてはいるのだけど、今回使わせて貰ったわ。
──そうね。これで視た感じだと。
例えると私達には普通に絡んできた鎖なのだけど、あなた方は最初から別の力が絡んでいて新たな鎖を弾いてたわ」
「「は?」」
「良かったじゃない。あなた方全員を祝福から護ってくれているみたいよ」
誰だ?
分体が抱えている理玖の事か?
護ってくれている?
主語が抜けている為に分からないが、俺達は神の祝福の影響は受けない、と言うことか?
いや、別の神から祝福を既に受けている?
それって同じ事じゃないのか?
「……そっか。みんなを護ってくれてるんだ」
困惑の表情を隠せない俺達に、結依が嬉しそうにボソリと呟く。そんな彼女を見て、柔らかく微笑みながらホッとした表情を見せる紬姫さん。
結依? やはりそれは理玖の事か?
何か他に知って……。
「結依。何を言って……?」
「ん、お兄? まだ思い出せないの?」
何を?
何をだ?
「それは昔あたしと……」
「ちょっと待ちなさい、結依ちゃん」
俺の言葉と表情を見て何かを確信したのか説明を始めようとした結依だったが、紬姫さんが慌てて割り込んできた。
「結依ちゃんは思い出し始めたのね?」
「ええっと……はい」
「それは言っちゃ駄目よ。意味は……解るわよね?」
「──はい」
いつになく強い口調の紬姫さんの言葉に、結依は気落ちしたかのようにしょんぼりと項垂れた。
その二人の様子に、俺は置いていかれた子供のように寂寥感に襲われた。
師匠の話と紬姫さんの話が似ていた為に恐らくこれは別口なのだろうが、これは「自分で思い出せ」と言うことか?
つまりこれは俺自身の話が?
あの事件で何かを思い違いをしていた?
それとも……。
結依が急に戦い方が変わって強くなった事と関係があるのか?
──該当する出来事が、思い当たる記憶がない。
どうにもならない事に──俺の中に焦りと結依に対する小さくない嫉妬が沸き上がるのを感じ、無理矢理押さえ込み、考え事をする振りをして手で顔を隠す。
「取り敢えず他の皆も何かを思い出したら、まず私に個別相談しに来てね」
場の空気を入れ替えようと、パンパンと手を叩き自身に注目を集め、
「それと祝福が掛からなかった事に安堵したのは事実だけど、あまり油断しないようにね。
初代星神御子と呼ばれる神が何の力を司っていたかも影響するし、流石に結構力の差があると思うから断言できないけど、こっちの神と直接相対したら多分掛かっちゃうと思うから」
紬姫さんが弛緩した雰囲気にカツをいれてくるが、それでも会議室に安堵の空気が流れていく。
そして俺は……ショックだったのと深く考え事をしていた為に、紬姫さんがさらりと口にしたワードの一部を何気なく聞き、疑問に思う間もなくスルーしてしまっていた。
何とも言えない気持ちになりはしたが、立ち止まっていても何もならない。今のうちに少し情報を整理しようと思う。
現在告げられた情報は以下の通り。
一つ目。
御陵家はわかる範囲で西暦五百年頃には存在しており、権力体制を構築出来たのはそれから三百年後であること。
つまりその頃から神の計画が始まったという事でもある。
二つ目。
言い方は悪いが、銀髪の女子──精霊化した理玖の事だ──が産まれるまで、エストラルドから連れてきたエルフの娘と神が調整した人類達のみ婚姻する決まりを作ったこと。
そうして出来た十二家は御陵家に星の巫女が産まれるまで護衛と夫役とし、将来は巫女に近し者達を尖兵としてエストラルドへ向かう事を命じた。
瑠美さんが「家畜みたいだにゃぁ」と呟いたが、皆ことさら無視した。(誰も突っ込まなかったせいか、寂しそうな顔をしたが)
三つ目……が先程揉めた件だ。
何をもって成功か失敗かの判断──理玖が精霊化する前から次の宗主と判断した理由に、精霊核の有無を上げた事だ。
全身の点穴から魔力回路を通った奥深くに精霊核が存在し(ここで結依が目を上に逸らしたのが見えた)、人としてあり得ない無色透明なマナを淀みなく生み出す事が出来る存在であること。
本来なら長命種の血も引いているのにも関わらずあまりにも短命なのは、神の力で無理やり調整して『星の巫女』を発現させようとしたが、精霊核のない中途半端な状態で産まれてきたから、と説明された。
つまり理玖には星気を人より多く吸収してマナを大量に生み出す精霊核が存在しており、それを持つ歴代の宗主は存在しないこと。
つまり自身のマナを完全に掌握しコントロールする役目を持つ精霊核を持つがゆえに人ではなくなり、また魔力の過剰放出からくるマナ欠乏症が起きず寿命は短命どころか、精霊種族のようにそもそも寿命が存在しない可能性が高いこと。
しかしその一連の推測も含めての情報を理玖には一切伝えていないと聞いた美琴がいきなり激昂し、冒頭の揉め事に繋がったという訳だ。
そして四つ目。
先程のやり取りの中で、星の巫女とは人として転生した星の始祖精霊の分体の事であり、理玖の魂を護る存在である事を紬姫さんが暗に明言した事だ。
男の身で宗主に選ばれた意味も、地球で精霊化を使える意味もこれで判明した。
そこまで紬姫さんが知っているならば、未だに俺達を縛るあの事件の事も訊かねばならない。
そして……先程の結依と紬姫さんのやり取りも気に掛かるな。こちらは訊いてはならないようだが……。