177話 夢か現か
結依ちゃんが情緒不安定になっていた原因が……。
──高辻結依──
最近不思議な夢を見るの。
その夢に出てくる人たちは全く見覚えのない人……どころか普通の様々な種族であり、地球とも違う場所であり。
しかも毎回場所も場景も、更には時代さえ変わる。
幸せに過ごした夢もあった。
酷く心裂かれる夢もあった。
襲い掛かってくる魔獣を相手に、仲間たちと大立ち回りをしている夢もあった。
どこかの戦場で、敵と殺し合いをしている夢もあった。
現実感のない夢。
なのにいずれの夢も酷く郷愁を誘う。
そして夢の中のあたしはこれを夢だと認識出来る上、起きてもなお忘れる事なく全て覚えているのよね。
これって、所謂明晰夢と呼ばれるモノかな?
ただ自分の思い通りに変化させる事は出来ないし、ただ登場人物の一人として眺めているだけなんだけど。
しかもこの夢の場所は地球じゃなかった。
どう見てもエストラルドであり、しかも過去を疑似体験しているかのような夢だった。
いつからだろう?
こんな夢が始まったのは。
この不思議な夢に気付いてから、色々考えて……意外とすぐに答えが出た。
そう、あの時からだ。
あれが怪しい。
世界樹の分体『ファルナダルム』のお膝元である森精種族の里で、ソルちゃんに記憶の封印を解除して貰い、セイ君を助けに行ったその日の夜から。
マナ詰まりを起こしたセイ君から無理矢理マナを吸い上げ、我が身に取り込んだ後からかな?
その後も身体がまだ本調子でなく、気を抜けばまたマナ中毒の症状に襲われるセイ君を何とかして助けようと、彼とマナを触れ合わせて抱き着いて寝ていた。
世界樹の治療を受けてもなお溢れてくる彼のマナを一心不乱に取り込み、どうでも良い魔法へと変換しながら、そして最愛の人に抱き抱かれ、その優しく懐かしいマナに包み込まれながら一緒に眠ったその夜から、この不思議な夢は始まった気がする。
最初は気のせいかと思ったんだけど、考えられる原因がそれしかない。
りっ君のマナは、星の生命エネルギーである星気と全く同じだった。
ううん。むしろ生物が──特に精霊が取り込み吸収しやすいようにと調整された最高のマナだった。
──これはあの方の御力により、あたしの魂へと刻み込まれた記憶。
──あの方の星気──彼女の精霊力に触発されてそれらが復元される。
そんな言葉が唐突に脳裏に浮かぶ。
これってもしかして?
誰かがセイ君のマナを通じて、あたしへと何かを訴えているんじゃないかな?
最近ではそう思っている。
夢を見始めた当初はエストラルドでのあたし達の姿を反映しただけの、単なる支離滅裂な夢だと思っていた。
でもその夢があたしに見せてくるモノを一つ一つ吟味してみれば、そうも言ってられなくなった。
登場する人物はいずれもバラバラだし、何故だか顔も名前も分からない。
だけどもその相手が誰なのか、何となく理解出来る。
見知った精霊や見知らぬ精霊。
時代も背景も何もかもが違う、何処とも知れない場所。
なのに、それがエストラルドにおいてどこの大陸に在るどこの国なのか、何となく理解出来る。
ファルナダルムの里に居た時に、暇を飽かしてそれらの国を調べてみた。
結果を言えば、ほぼすべての国が既に存在していなかった。
ただ一つ、世界樹の各種分体だけが今もなお存在していただけだったの。
そこから考えると、これらの夢は全てエストラルドで現実に起こった過去の出来事のように思える。
そう確信出来るだけの説得力があった。
その夢の中のあたしは、必ず金色の尾を持つ霊狐族で。
そんなあたしの隣にいつも立つのは、夢の中のあたしが兄と呼ぶ、銀色の耳と尾を持つ霊狐族。
夢の中のあたし達二人はいつも星の巫女と呼ばれる女性を探し求め、見つかればその女性が命尽きるまで共にいた。
彼女の種族は毎回違ったけど、その姿はいずれも美しい銀髪の女性で。
りっ君にそっくりで。
あたし達二人は彼女と様々な時代を生き、ある人物の魂の匂いを探し求めながら、そして幾度となく倒れていった。
次の生まれる場所は……?
星の霊脈から読み取れた記憶……。
あの方の魂の欠片、次の在り処は……?
夢の中のあたしが話す言葉の断片が、あたしの夢の世界に響く。
その夢の中でのあたしはすごく戦い慣れてて。
あたしが使う技や動作をお兄ちゃんとの模擬戦でぶっつけ本番で試してみれば、何故だか簡単に再現出来たりする。
今や近接戦闘での勝率は八割近い。
魔法を絡めたり遠距離技での勝負を徹底すれば、それこそ必勝だ。
どう考えても、これってアレよね?
ゲームや小説などの創作物語によくある言葉の羅列。
──輪廻転生。
これはつまり……そういう事なんだろう。
りっ君とあたし。
そしてお兄ちゃんは、ずっとずーっと共にいたんだ。
いつの日も。
いかなる時も。
そして今も……。
お兄ちゃんと共に海人さんの車に乗り込んでりっ君のお父さんに会いに来たら、トラムと呼ばれる訳の分からない乗り物の部屋に押し込まれることになった。
その中にあった端末を何とか操作し、ようやく動かせたところで昨日の寝不足がたたったのか、いつの間にか端末を枕にして眠ってしまっていた。
そして……またあの夢を見ていた。
今回の夢は今までの夢と比べて特段酷かった。
どす黒く禍々しい光を纏う剣を掲げながら、ゲラゲラと下品に笑う男とその取り巻き。
震えながらもその男へと剣を向け、睨み付ける幼いお兄ちゃん。
そんな中、あたしはあたしを庇って剣に貫かれ、全身血まみれになって倒れ伏した一人の男性に縋りついて泣いている……そんな夢。
『今ここに神殺しは成った!!』
耳障りな笑い声が木霊する中、夢の中のあたしが彼の名を呼び慟哭する。
周囲がとめるのも聞かず、身寄りのない浮浪者のあたし達兄妹を引き取り、親のように家族同然に接してくれたあたしの大切な男性が傷付けられたことに。
何の力もない、仇すら取れない非力な自分自身に。
『さあ今のうちに神核を抉り出し我が身へ……』
そんな中、宙を走る光と共に銀髪の少女が現れる。
空間転移らしき魔法で現れたその少女を目にした男は、剣と下卑た嗤いを引っ込めた。
愛する夫の変わり果てた姿を見て呆然としたその少女に向かって言い訳を始め、あろうことかコイツの神核でようやく神に昇華出来るから貴女を幸せに出来る等と、歪んだ愛まで語り始めたふざけた最低な男の姿がそこにはあった。
その滑稽な様子を無表情で眺めた彼女は、そして憤怒の表情へと変化した。
すぐに場の状況を把握した彼女は、怒りに身を任せて大きく腕を振り下ろした。
──閃光。
そして爆発。
その一撃で結界で護られていたあたし達とあの男性以外の存在が消えた。
反乱を起こした神殿の兵士。
フードを被った怪しげな呪術師。
星の神殿とその裾野に広がる街並みと、そこに溢れかえる兵士が。
革命が成ったと叫び、元いた住民を虐殺して回る愚か者達が。
その一切合切が彼女の力の奔流に巻き込まれ、そして消えていった。
一面の荒野になったその場所に、泣き続けるあたしと項垂れるお兄ちゃん以外の生存者は当然いなかった。
あの男性の蘇生を試みた彼女が絶望の表情を浮かべる中、綺麗に透き通った彼女のマナに黒いモノが混じり始め……。
──瞬間。
光が彼女を拘束した。
いや、拘束じゃない。
彼女から溢れ始めたモノを浄化させ、押し留める術式。
そして翼を生やす一人の少女が天から舞い降りてくる。
翼を消したその少女を「姉様」と呼び、嗚咽を漏らしながら縋りつく彼女。
自身の身に起こった事すら些細な事としてあの男性の蘇生を依頼する彼女に、姉様と呼ばれた少女は力なく首を振る。
泣き崩れた彼女。
そんな妹の様子に何かを思い付いたのか金髪の少女は彼女に声を掛ける。
顔を上げた自分の妹に、逡巡の表情を見せる少女。
──そして『ある事』を提言する。
その提言を受けた彼女は、一切の迷いもなく受け入れ。
いつの間にか現れていた小さな女の子との三柱で何やら複雑な魔法式を構築し。
そして傍で聞いていたあたし達兄妹に向かって……。
──永遠にも等しいあの契約を……。
──あの方を救う為に……。
──魂へと深く深く刻む……。
──祝福を。
「──残り一分で到着致します」
「──っ!? わっ、わわっ! わきゅっ!?」
トラム内に流れたアナウンスに夢から強引に現実へと引き戻され、飛び起きた拍子にバランスを崩してしまい、椅子から転がり落ちて固く冷たい床へと倒れ込んでしまった。
「──転倒によるものと推測される振動を感知。速度を制限します」
転倒の振動って失礼な!
あたしそこまで重くないよ!
咄嗟にそう叫ぼうとしたものの、後頭部に走った鈍い痛みに転がったまま頭を抱える。
「……うー。うぐぐ……いたたぁ……」
思いの外強く打ち付けてしまった。
後頭部を労わるようにさすりながら、あっさり横倒しになった根性のない椅子を睨み付ける。
「うーっ……もう、恥ずかしいなぁ」
スカートとか捲り上がったりしている自分の惨状に気付き、頬が朱に染まる。
ほんと最悪。
まあここは個室状態だし、誰にも見られていないからいいんだけどさ。
ため息を吐き出し、目元の涙の後を擦りながら、あたしはゆっくりと起き上がる。
うん、分かってる。
この涙の後は痛みで出た涙じゃないと。
ポケットからコンパクトミラーとハンカチを取り出し、腫れていないか確認を始める。
……うん。ちょっと赤くなっている程度だし、まだ誤魔化しの効く範囲だ。
鋭いお兄ちゃんには気付かれる可能性が高いけど、最悪居眠りから転倒のコンボを受けて、痛みで涙が出た事にしておこう。
転けちゃったのは本当の事だしね。
「──出来たら思い出したくなかったかなぁ」
星を創った女神の幼体である始祖精霊と敵対している、滅びた邪神の残滓に感染された邪人と眷属ども。
──ようやく見えてきた真の敵に、前世から複雑に絡み付いた数々の因縁。
ソルちゃんの使徒としてだけじゃなく他の精霊の契約者でもあったらしいあたしは、今ようやく前世を思い出し始めた。
だけど中途半端過ぎてまだ数人しか仲間を特定出来てないし、お兄ちゃんをはじめとした、かつての仲間達が覚醒しているか分からない。
だから今は情報を共有したり相談をしたりする人もいない。
あたし一人じゃ抱えるモノが大き過ぎて……。
「……ほんとどうしたらいんだろう?」
何だかやるせない気持ちになってしまい、所在なく呟く。
この夢の事は誰にも言ってない。
美琴ちゃんにも、お兄ちゃんにも。
当然りっ君にも言える訳がない。
「前から調和の精霊様は度々出てきてたけど、他のは……?」
しかも今回の夢は初めてで……しかも今までにない登場人物達がいた。
反乱を起こしたらしい禍々しい剣を持っていた男。
その男と敵対したらしいあたし達兄妹と倒れていた男の人の関係は?
駆け付けてきた銀髪の少女は?
この夢の中では姿形や髪色とかは分かるんだけど、顔とかあやふやでよく認識出来ない。
だけども、この人物達が誰なのかはすぐに分かった。意識を向けた途端、スーッと染み入るように記憶から蘇ってきたからなの。
確か……倒れていたのはりっ君の最も古い前世。銀耳の霊狐族はあたしのお兄ちゃん。
銀髪の少女については……星の始祖精霊ステルラ様だった筈だ。
つまりあたしは星の精霊様の使徒?
でもそんな感じがしたことないから、何らかの契約でも結んだ感じなのだろう。
それに敵対していたのは、確証はないけどきっとアイツの前世だ。あのぞんざいな物言いといい、無性に苛つく存在といい、精霊化したりっ君にそっくりなステルラ様に求婚したことといい、絶対そうだ。そうに違いない。
そう考えれば、今世のあの馬鹿の行動とか言動とかが色々と納得できるんだよねぇ。
そして……空から舞い降りてきた翼の少女は、エターニア様の前の精霊女王であるシンフォニア様かな?
本来のシンフォニア様は翼なんかないしれっきとした妙齢の女性の姿だけど、子供の姿が好きらしく体年齢をわざわざ下げた上、確か人受けが良いように純白の翼を力で創っていたはず。
ただ……ね。
「あの姿だと……やっぱり美空さんとそっくりなんだよねぇ」
確かにエストラルドでの美空さんの姿に似ているんだ。あのイベントの際に空で戦っていた時に着ていたドレスも物凄く似てるし。
それだけじゃなく、その……何と言うか、雰囲気までも似ているんだよね。
やっぱり美空さんはシンフォニア様の生まれ変わり?
身体は邪霊ネフィリムに奪われているから、人に転生したとかかな?
でも美空さんって今まで精霊として生きていた生まれ変わりとしてはやけに子供っぽいし、全然精霊女王っぽくないし……。
──あ、そうか。別に『年を取る』イコール『大人になる』じゃないか。
りっ君の話だとエターニア様もやけに子供っぽい性格らしいし、いくら数万年生きているからといって性格も『大人』とは限らないか。
確か……「身体の成熟度に『精神』が引っ張られる」とか、「転生を繰り返しても今の身体に合わせた精神体へと変化する」とか、どこかの時代で誰かが言っていたのを聞いた事を思い出したあたしは、そう無理矢理納得させる。
だって考えても仕方ないし。
とはいえ、本当にスッキリしない。
アナウンスに無理矢理起こされたせいで、夢が中途半端に終わっちゃったからね。
だって今回の夢はどう考えても『始まり』の記憶だ。
つまり今のあたしの原点である。
出来ることなら最後まで確認したかったなぁ。
あたしとお兄ちゃんは星の精霊様と契約を交わしていた。
あたしにとっても大好きな『神様』を蘇生する為。
そして砕けた『神様』の魂をかき集め、必ず完全な形で復活させようとするステルラ様を助ける為に。
砕けて輪廻の円環へと飛び散った『神様』の魂とその『縁と絆』の力、星神御子としての『繋ぐ』力を回収する為、記憶と力を封印して『人』となって転生を繰り返すステルラ様の分身体を護るという、長き転生の旅がここから始まった。
本体を星の核の中で眠りにつかせ、自身の分体を人へと変化させたステルラ様。
だけど星の始祖精霊として備わっていた彼女の『特性』だけは、人の身となった後でも失われていなかった。
ただそこに在るだけで周囲全ての生命と力を育む。
そんな力を持つ『彼女』は、やがて『星の巫女』と呼ばれる存在として多くの人々に認知された。
砕かれた己の星神御子の魂を集める為の、死と転生の旅。
途中まで上手くいっていた筈なんだよね。
何が原因か分からないけど巫女の力が分散してしまい、『彼女』が双子として産まれてしまうまで。
後はクラティスさんが語った通り。
焦ったシンフォニア様が『彼女達』を手元に呼び寄せてその原因を調べているうち、姉であるもう一人の『自分』と確執を起こしたユーネが精霊殿を出奔してしまった。
そして人知れずどこかの場所で眠っていた邪神の力の残滓に囚われてしまったユーネは、完全に闇に染まって堕ちてしまい……。
元々あった狂おしいまでの夫を求める想いを狂気に囚われ、星を……全てを壊して集めようと画作した。
その最終決戦の道中で命を落としたからその後の展開がどうなったか分からないけど、最悪の事態だけは避けられているようだし。
今どういう状態なのか、早いことエターニア様やディスティア様へ確認を取らなきゃならない。
だけどあの方々があたしなんかの言う事に耳を貸すかどうか……いや、そもそも会ってくれるかどうか。
前に精霊島へセイ君と一緒に行こうとしたら断られちゃったし。
「……気が重いなぁ。やる事が山積みだし」
ここに来た本来の目的を思い出し、溜め息をつく。
今日のお昼の紬姫さんの話もそう。
最初はショックだったけど、今はもう完全に受け入れているんだ。諦めという形で。
だって過去の中では、りっ君と瓜二つな女の人を何度も看取って来たから。
いくら長命の霊狐族とはいえ、敵に殺されてしまって自分の方が先に逝く事も多かったけど、それだけ自分の目の前で生き死にを繰り返されてきたら、多少の事は動じなくなってくる。
でも、やっぱり駄目だった。
記憶が蘇り始めてからは「今世こそ」とも思い、また「どんな結果になろうとも受け入れよう」って覚悟はしていたんだけど、こうも面と向かってはっきり言われちゃうとね。
やっぱりショックが隠せなくて、思わず目の前から逃げちゃった。
そんなあたしを、取る者も取り敢えず精霊化をしてまで追いかけてきてくれたりっ君。
そんなりっ君を愛おしく思う反面、隠し事を続けている事に罪悪感を感じてしまい、どんな態度を取ったらいいのか本当に分からなくなっちゃった。
りっ君に余計な負担を掛けたくないからと黙っているんだけど、それはりっ君も同じだろうね。
りっ君もあたし達に言えない事を、隠し事をしているのは分かっていたもん。
お互いに隠し事を、内緒ごとを増やして勝手に罪悪感を感じて……。
──うん、このままじゃ拙いよね?
そんな中、海人さんとお兄ちゃんに連れられて行った病院で出会った清美さんから、りっ君を救う手があると教えられた。
きっとあたしが考えている事と、清美さんが考えている事は全く違うとは思うけど。
いずれにせよ。
この不幸な輪廻の円環からりっ君を助け出したいという、あたしのこの気持ちは全く変わらない。
エストラルドから離れたこの地球で生を受けたあたし達が、神の手で再びかの地へ赴くというあり得ない状況へと変化しているけど、今世で解決を導けられないなら、せめて今だけでもりっ君に幸せになって欲しい。
いやあたしが、あたし達が幸せにしてあげたい。
そして幸せに暮らしたい。
「……よし、決めた」
やっぱりお兄ちゃんに相談しよう。
もしかしたら自分のモノでない記憶が蘇り始めているかもしれない。
でも……。
「お兄ちゃんって、前世を思い出し始めてる気配がないんだよね」
つい口に出る。
「解らないなぁ。それに今世は何故か男同士になっ……あ、接触の頻度とか条件にあったっけ?」
やっぱりあれが原因かな?
りっ君との濃厚な接触の差のせいかな?
ステルラ様の魂と力を纏ったりっ君との接触が多いと、魂が刺激されて前世の記憶が目覚めやすいとか?
それとも本来のりっ君の『絆を紡ぐ力』がまだお兄ちゃんに作用していないとか?
もしそれが原因なら、お兄ちゃんもあたしと同じくらいりっ君とべたべたすれば……。
「……って、ダメダメッ! りっ君はあたしの! じゃなくて、消えろ消えろ!」
何故か脳裏に浮かんだ男のりっ君をお姫様抱っこし、顔を寄せていくお兄ちゃんの姿が脳裏に浮かんでしまい。
ハッと正気に返ったあたしは手を振り回しつつ叫ぶ。
「あー」
床に手をついて落ち込む。
何やってんだろ、あたし。
あぁ、自己嫌悪。
せめて女の子の方のりっ君を思い出せば良かっ……。
──って、違う違う!
だから違うってば。
もう。
これじゃあの腐猫さんを笑えないよ。
……そうだ。
アレのせいだ。
前にティアちゃんを助ける為に侵入した洞窟で、お兄ちゃんがセイ君をお姫様抱っこした事があった。
その時は別にそんなに気にしてなかったんだけど、椿玄斎のお爺ちゃんが何故か当時の動画を持っていてね。
ファルナダルムの里を旅立つ前に行った宴会の時に、それをみんなのいる前で披露した挙げ句ネタにしちゃったんだ、これが。
キラキラな目でお兄ちゃんに詰め寄るミアさんに、セイ君に「おめでとうございます」と言い始めるフェーヤちゃん。
そんな中、無表情になったレトさんが木のコップを握り潰した音が妙に辺りに響いて……。
──実はその後の記憶があんまりない。
うん、お酒も結構入っちゃってたからなぁ。
これ以上思い出さない方が良さそうだね。あたしの精神衛生上。
思考があまりにも脱線した為、首を振って嫌な思い出を振り払いつつ、今度はちゃんと筋道立ててお兄ちゃんが覚醒しない原因を考え始める。
あたしは前世ではいつも魔法特化の金狐だったんだよね。
もちろん力をつけて天狐へと到れた時も、途中で死んじゃった事もある。
そんなあたしはやっぱりと言うか、その……キャラメイキングの種族に『霊狐族』を見た瞬間ビビッときて、絶対これしかありえないと即決したけど。
そういえば、お兄ちゃんのキャラメイキングってどうだったんだろ?
お兄ちゃんの前世の銀狐。属性は雷。
しかもあたしとは違い、マナを闘気に変換して自在に操る近接特化型、所謂『気狐』、又は最高位である『空狐』だった筈だ。
だからどうして霊狐族じゃなく、ただの虎族なんかを選んじゃったのか全く分からない。
そういえば、何で狐族を選んでなかったんだろうか?
虎の威を借る狐……で選んだとか?
「途中で種族変更出来たかなぁ? 『虎族』って強くなれたっけ? 最初からは避けたいし。
まさかこの『お兄ちゃん』は偽者だったり? ……なわけないか」
長い時を双子の兄妹として一緒に転生し続けただけの事はあって、その魂の波動や形は理解している。
いくらなんでも間違える筈はない。
「エストラルドじゃなくて地球人として転生したから、どこかおかしくなっちゃったのかなぁ?」
それとも前回の戦いであたしが先に死んでから何かあったのかな?
それとも何か心変わりでもした?
それとも何か余計な因子が混ざったりした?
本来星の巫女が亡くなられると、すぐに次世代の星の巫女が『神様』の魂や力が存在する場所の近くにある母となる女性の胎内に宿る筈なんだ。
それがもう一万年近く経ってから、しかもエストラルドじゃなくて地球で同時に生まれ変わるなんて、普通じゃあり得ない。
そもそも邪気獣とか邪人はいたものの、定期的に発生した邪霊戦役とかに邪魔された?
前回の星の巫女ステファニー様が亡くなられた際、何が起こったのか知らない事がここまで不安になるなんてね。
仕方ない……かな?
ここは慎重に行動しよう。
思い出してもいないのにいきなり前世や今後の事を相談しても、全く意味がないからね。
頭のおかしな子扱いされるのはもう沢山だし。
もちろん美空さんにも。
親友の美琴ちゃんにも。
様子を見つつ確認しないといけない。
美空さんにシンフォニア様としての記憶が蘇ってくれたら。
美琴ちゃんにヴィオトプス氏族の祖、生命の結癒手ルヴィア=ヴィオトプスとしての記憶と能力が少しでも蘇っていてくれたら。
きっと……りっ君やステルラ様にとって、大きな助けになってくれるはずだから……。