176話 御陵と星紋(5)
仕事と健康維持の睡眠に時間が取られています。(前みたく徹夜厳禁中)
仕事中に思い付いたあらすじを書いたメモ用紙ばかりが溜まって、清書している暇を作るのに四苦八苦……orz。
──高辻樹──
師匠が語った内容に衝撃を受けてから数分。いくつか考えがまとまっていない部分もあったが、気持ち的にはようやく落ち着いてきた。
前世とか、魂とか、女神とか。
馬鹿らしいと一笑に付すのは簡単だ。
だが、俺の中の何かが、師匠が語った内容は正しいと叫んでいる。俺がエストラルドで見聞きしてきた事、体験してきた事も、その直感を補完し肯定している。
「……事実は小説よりも奇なり、だな」
本当に嫌になる。
何故に俺達が巻き込まれなければならない?
俺達を取り巻く情勢が立ち止まる事を、逃げる事を許してくれない。
俺達の目の前に敷かれたレールを、ただただ進んでいるだけの状況に強いストレスを感じる。
「この状況は……神が決めた勝利と救済の道筋。それに沿って進んでいるのか?」
いや、違う……か?
これは何らかのイレギュラーが、神すら想定していなかった問題が発生し、場が混乱して混迷していると見るべきだな。
理玖の魂がエストラルドから来たユーネという神敵に引き裂かれた。
これを神が想定していたとは考えにくい。
この事を根拠にし、思い違いをしていないか、もう一度思考を組み立て始める。
そもそも『ユーネ』とは何者だ?
邪気に犯され堕ちた古代森精種というだけか?
そして御陵の当主となる理玖が神の『娘?』か『息子?』の母体になるというのなら、自分の子供にここまでの苦悩や苦痛を与えたり、試練と称して命を落とす可能性のある事件を引き起こす筈がない。
もし本気でそれを狙っていたとしたら、神とやらは相当な性格破綻者だ。
だから違う。
そう思いたい。
それにだ。
アイツの魂が引き裂かれた影響がただの記憶の喪失だけで済んでいるというのも考えにくい。他にも影響は出ているはずだ。
意識や言動、物事の考え方。
そういったモノまで影響は出ている可能性がある。
「つまり今の理玖の意識や言動は、補完した存在の影響を受けている?」
アイツの言動や発想がたまに女性じみているのは、加護を与えているという星の始祖精霊、もしくはエレメンティアの影響を受けている?
「うーん、仮定の話に仮定を重ねてもなぁ。今の段階で理玖の魂や前世の事を掘り下げるのは無駄か? 今は置いておいた方が無難か?」
星の巫女であり、星神御子でもあったステファニー=サイジア。
彼女の存在が理玖に何らかの影響がある事は、クラティスさんが見せてきた彼女の記録映像からも見て取れた。
容姿も声も雰囲気も。
あれほどエストラルドで森精種族に変化した理玖の姿にそっくりな人物はいない。
しかしながら、ステファニー=サイジアさえも理玖の前世の一人でしかなかったとするならば。
何度も転生を繰り返し、長き時を駆け抜けてきたとするならば。
師匠が理玖の前世を初代星神御子と呼ぶ事の説明はおかしくもなんともない。
何故ならステファニー=サイジアは理玖があの世界に行くまでは最後の星の巫女であると共に最後の星神御子とも呼ばれており、最後があるなら初代もまた別に存在していないとおかしいからだ。
「──そうだ。あの世界において、星の巫女や星神御子というのは、そもそもどういった存在なんだ?」
頭に『星』と付いている以上、星の始祖精霊ステルラの関係者なのだろう。それくらいは分かる。
じゃあ何故に、永遠の始祖精霊エターニアや運命の始祖精霊ディスティアに仕えているのが神御子だけで、それぞれの始祖精霊に仕える巫女が居ないんだ?
そこまで考えて気付く。
「そう言えばエレメンティアは、エストラルドには『調和』『永遠』『運命』の概念を持つ三姉妹がいたと言った。これが神の娘というなら、同じく神の娘である『星』はどこから来てどこへ行った?
そして残りの三姉妹は何処にいる?」
もちろん『調和』はユーネに捕まっているから除外として、他の五柱と連絡がとれたら……。
「こそこそ嗅ぎ回るのは危険……か?」
ならば先ずはエターニアとディスティアだ。こちらについては、エストラルドに行った時に問い詰めた方が良さそうだ。
精霊女王であるエターニアとつうつうに近い理玖に伝えておけば、その内確認を取ってくれるだろう。
「後は星紋……いや師匠に倣って星の巫女の証『星痣』と呼んだ方が良いか。こちらの機能の確認だな」
当主として目覚めた理玖が他の誰よりもマナを周囲に垂れ流しているというが、まずはその確認が必要だな。
俺にはマナそのものを感じる事は出来ても視る事までは出来ないから、この作業は魔法使いとして【魔力視】のスキルを持つ結依に頼むしかあるまい。
地球及びエストラルドでの理玖の姿をちゃんとした瞳で視る事が出来れば、アイツの魔力の状態をはっきりと視認出来る筈。
魔法使い達のように魔力を自らの意思で操れる者は、空気中を漂う星気をきちんと認識出来ているのが当たり前だ。
全ての生命は生きる為に世界に満ちる星の生命エネルギーである星気を呼吸のようにその身に取り込み、己の活力として魔力と生命力に変換している。
それに戦士である俺も生命力を闘気と呼ばれるエネルギーへと変換し操るすべを持っているが、この二つのオドも根本は同じマナだ。
大気に満ちる星気を取り込み、自らの体内で生きて戦う為の必要なエネルギーとして変換したモノの総称がオド。
星気を魔力に変換し、魔法として扱うのが魔法使いであり、それを精霊力に変換しているのがティア達の精霊族である。
師匠の話によれば、これはエストラルドだけでなく地球の人類でも行われている営みだが、多くの地球人はこの事実を知らない。
地球上でその知識が失われた理由は師匠でも分からないそうだが、恐らく生活に関わる頻度や危険度の問題ではないかと言っていた。
精霊や祈り、魔法などの霊的文化が完全に廃れ、科学といった物質的文化が台頭してきたせいだと言う。
俺達十二家を擁する御陵家のような存在が他の国にもあるかどうかまでは俺には分からないが、今の俺達にそんな事はどうでもいい。
クラティスさんが言っていたような最悪の事態、つまりユーネがこの地球に攻め込もうとするようなあり得ない事態でも起こらない限り、放置していても構わないだろう。
「今以上に戦力の強化が必要か……」
樹皇の間で相対したカルネージスという名の敵幹部。その老人にアーサーさん率いる突入チームが全力のセイの援護を貰って互角な上、セイが離脱した途端に手も足も出ず遊ばれたと聞いている。
しかもそれが敵本人ではなく、遠隔操作で操られている単なる分体であるというから恐ろしい。
今のままじゃ確実に負ける。
だから今以上に強くなる必要がある。
そして俺達に協力してもらえる仲間も集める必要もある。
──賽は投げられた。
奴らに星の巫女という理玖の存在がばれてしまったから、確実に狙われるだろう。
ソルに出会った結依が大幅にその力を増したとはいえ、まだまだ足りないのだ。
「魔力の効率運用の方も結依から教えて貰うか? けどなぁ……」
あの日を境に激変した結依の戦闘力と戦い方を思い出し、俺はげんなりする。
護身術程度の体術と遠距離の元素魔法の連打に頼っていたその戦闘スタイルを一新した結依。
膨大な魔力をその身に内在し、属性を付けた魔力をその身に纏う事で身体能力を劇的に増幅した上、その属性に合わせた攻撃の多様性をもって接近戦までこなした上に、不意に至近距離から無詠唱で強大な魔法をぶちかましてくるその戦闘スタイルに、ここ最近の模擬戦では勝ちを拾えなくなっている。
本来後衛の、しかも魔力砲台である元素魔法使い相手に、近接専門職の俺が接近戦でボロ負けする。
というか、何でもありだと勝てない。元素魔法なしで手加減して貰っても明らかに負けの方が多い。
これはめちゃくちゃ格好悪い。同い年であるとはいえ、兄としても看過出来ない。
「てか、あれらの技や身のこなし……。
どう考えても一朝一夕に身に付けられる技術じゃないだろ。いつ開発訓練したんだ?」
結依自身があれはスキルじゃないと言っていたから、俺の闘気と魔力を混合させるアレと同じく、完全にスキル外技能なのだろう。
それ程の技能をいつどこで身につけたんだか。
正直いつも理玖と一緒にゴロゴロしている姿しか見ていなかったし、どこかで特訓していた気配すらなかったんだがなぁ。
てか、アレが結依の異能だったりするのか?
「うーん。結依に頭下げる前に、まず理玖から教えてもらうか……?」
とは言え、結依も理玖の奴も感性と本能とその場の閃きだけで戦闘をこなしている部分があるからな。教師には全く向いてなさそうな……?
──まあいい。
まずは俺の事よりも理玖への対処だ。
紬姫さんが発見したという延命の話を聞き、それを理玖に実践するよう言い聞かせるだけだ。
「──残り一分で到着致します。減速開始」
「そろそろ着くか」
流れるアナウンスに、思考がいったん中断される。
このトラムが到着した先は東雲家先代当主である東雲三紀彦さんが作った『方舟』に繋がっているという。
その方舟がどのような構造になっているか分からないが、師匠との掛け合いで聞かされた話や彼の性格、このトラムの設計を鑑みるに、彼が相当なSFかぶれであったのは間違いないだろう。
「──変態技術集団『東雲家』の先代当主が生涯を費やして作った施設……か。ちょっと覚悟しておいた方が良さそうだ」
あの家系、ほんと頭おかしいらしいからなぁ。
源さんこと、東雲源五郎さんやその妻である茉理さんの二人が所属している家系である。あの源さんですら、「俺は他の親族よりマシだぞ」と言いたくなるレベルにあるんだ。これが。
自身の趣味を突き詰める事に人生を掛ける職人一族。
それが東雲家。
彼らは十二家の一員としての責務や気概は限りなく薄いそうだ。
御陵家当主の命令ですら気に入らなかったら断ろうとするレベル。
まあ実際には余程理不尽な命令以外は断らないらしいが、気持ちよく協力させる為にはよっぽど気にいられているか、何かしらのエサを目の前にぶら下げるしかないらしい。
ある意味、よく物語で語られるドワーフ族に似ているかもしれない。
まあエストラルドの山精種族も日本で溢れているラノベの設定と同じかどうかは知らないが、あの世界で情報収集をしている限りでは似たようなものだと思う。
つまり『職人』という人種は、どこの世界でも共通だという事なのだろう。
昔師匠の伝手で知り合った源五郎さんとの馴れ初めを思い出し、椅子に座り直しながらため息をつく。
表向きには宝飾店の細工師として生計を立てている源さんだが、裏の世界では言わずと知れた刀匠『東幻』を継いだ三代目頭領として名をはせている人だからな。
つまり軍部、厳密に言えば俺達十二家の依頼を受けて、実用に耐えうる刀剣類を作成しているわけだ。
東雲家の主流派鍛冶組の一つである『東幻』といえば、もともと椿家の特殊軍隊──所謂『抜刀部隊』や、飛鳥馬家と三山木家の合同隠密組織『御庭番』などが主な依頼先だそうだが、気に入った相手からの依頼か面白い武器の製造しか手掛けない事でも有名であり、源さんもその流れをしっかり受け継いでいた。
そんな源さん曰く、趣味で鍛冶やっていたら先代頭領が押しかけてきて勝手に俺を弟子扱いにした上、自分の後継者に勝手に任命しやがっただけ、と言っていたが、彼の刀鍛冶の実力で『趣味』とかと言われると、本職の人達の立つ瀬が無くなってしまうと思うんだがなぁ。
そして師匠の刀のメンテナンスを個人的に担当していた為、俺の模造刀の作成も関わっていただけた上、師匠が他界された後もずっと懇意にしてもらっている。
師匠から東雲家の実態だけでなく十二家の秘密に関しても、ある程度はこっそり教えて貰っていたとはいえ、あまり自分から聞きにいったりしなかった。
つまりほんの上辺だけの知識までしか聞いていなかったのだ。
もしこんな事態になるなら、師匠が生きている間にもっと色々教わっておけばよかったと、今になって後悔していたりする。
源さん自身もどこまで知っているか知らないが、次会った時確認してみるか? 理玖の事も最初っから知っていたみたいだしな。
で、彼の奥さんである茉理さんだけど……こちらは何している人か全く知らない。
リアルで会った事は全くないし、師匠に連れられて源さんと会っていた時は結婚すらしていなかった。
ホント何をしている人なんだか。
思考が脇道に逸れてそんなとりとめのない事を考えていたら、緩やかに速度を落としていたトラムが僅かな振動を最後に残して完全に停止したようだ。
「色々問題が山積みだ。一つずつ消していくか」
溜め息をついたのち、空気が抜けるような小さな音を立てて開いた扉をくぐり、俺はトラムを降りていった。
影の主人公のような存在になっている樹君の語りが続いていますが、次辺り別の視点に変えるかもです。