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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
変わりゆく日常の風景
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174話 御陵と星紋(3)




──高辻樹──



 先導する清美さんに続いてゲートを潜り抜け、複数ある小部屋の一つ、その入口にある端末にIDカードをかざして入室する。


 最初の説明の通り、各部屋はこじんまりとした一人用となっているようだ。その内部にはモニターと各種センサーが並んでおり、リクライニングチェアが一つ置いてあった。


 おいおい……。

 これ、ネットカフェの個室のような部屋なんだが?


 その内装に何だか違和感のようなものを感じたが、清美さんが自分の選んだ小部屋に気にせず入って扉を閉めたのを見て、俺も意を決して入室する。


「──入室確認。扉を閉鎖します」


 入ると同時に自動音声が流れ、軽い空気音を立てて扉が閉まる。


「さて、と……。

 ──あ。これ、どうしたら良いんだ?」


 入った先の事を説明されていなかった事に今更ながら気付き、戸惑いながらも怪しげなモニターの方へと近付く。


 と、俺の接近を感知したのか、モニターが自動的に起動した。


「──入室者一名確認。接続IDより『高辻樹』様と推測。データバンクより当該バイタルデータを読み込みます……」


 ヴゥンッ!


 モニターに俺の顔写真と簡潔なプロフィールが映る。


「──当該者のバイオメトリクスデータが不足しております。只今よりバイオメトリック認証及び追加データの登録を開始します。席にお座り下さい」


「な、なるほど?」


 追加登録?

 何でそんなものがいるんだ?


 うん。必要かどうかよく分からないが、まあ音声ガイダンスの言う通り進めていったらいいのだろう。


「──まずは本人確認を行います。手元のタッチパネルのマークに合わせて両手を置いて下さい」


 言われた通り置く。


「──指紋認証クリア。静脈パターンクリア。当該者の年齢が規定の数値を突破、及び生体波形マナパターンの安定化を確認。

 よって、これより計測と登録に入ります。安静にしてしばらくお待ち下さい」


 ……は?

 マナパターン?


 思ってもない言葉を聞かされ、固まる俺。

 と同時にモニターが仄かに発光し、自分の身体から何かが少量抜けていく感覚を味わう。


 ちょっと待て!

 ここ地球……っ!?


 そこまで考えて、理玖がこの地球でもエストラルドと同じ精霊の姿に変化出来た事を思い出す。


 まさか……この地球でも魔力マナは存在するのか?


 確かにそう考えなければ理屈に合わない。


 いやそうでなければ、理玖の奴が自力で精霊にれるだけでなく、定期的に星気マナを摂取しなければ存在すら出来ないティアやカグヤが普通に暮らせている時点で気付くべき事だったか?


 溜め息をつく。


 少なくともこの研究所とシステムを構築した人物は、最先端技術だけでなくマナの事をきちんと把握しているという事になる。

 

 もちろん御陵家が指示したのだろうが、その人物がマナ自体に慣れ親しんでなければ設計する事など不可能に近い。


 少なくともこの研究所は俺達が生まれる前に作られたはずであり、今現在においても、これらの技術が市政に反映され始めたという情報すらない。


 つまりそれは、これだけの施設を作れる技術力を『御陵』はこの国に内緒で隠し持っているという事に他ならない。


 数十年前に突如発表され世間を驚かせたVR技術に関しても、恐らく御陵が『世間おもてに出せ』と指示したのだろうとも推測出来てしまう程に。


「……知れば知るほど嫌になるな」


 暗澹あんたんたる気になりながらも、次に指示された虹彩認証こうさいにんしょうを行う為、モニターに表示された枠線に視線を合わせる。


「──登録及び認証終了致しました。当自走車両トラムはこれより旗艦『方舟アーク』艦橋部へと移動を開始します」


 これで終わりか。


 しかし、自走車両トラムとか旗艦方舟アークねぇ。これはまたたかが研究所に御大層な名をつけたもんだ。


 全く次から次へと。もう勘弁してくれよ。

 質問しなきゃいけない事柄がもりもり増えていきやがる。


 軽い振動と共にこの小部屋自体が動き出したのを見て、俺は溜め息をつく。


「……絶対設計者にSF好きがいただろ、これ」


 よくSF映画とかで見られる名前が目白押しだ。


 しかもこの研究所、地中に埋まっているとはいえ、その形がマジで宇宙そらを飛びそうな形してやがるし……。

 ──マジで飛ばないよな?


 現在地と移動経路、方舟アークと呼ばれた研究所の形がモニターに映し出されたのを見て、その思いを強くする。


 と、そこまで考えたところで急に馬鹿馬鹿しくなった。

 

「ま、実際は空を飛んだりする事はないだろうが」


 地下施設だからな。

 全力でネタと趣味に走ったとみえる。


 妙に疲れてしまった俺は椅子に向かって倒れ込むように腰を下ろす。


「到着まであとニ十分……か?」


 結構時間が掛かるな。道理で椅子が用意されている訳だ。


 うーん、暇過ぎる。

 こうなると知ってたら、何か持ってきていたものを。


 再度モニターを覗き込み、何か暇潰しが出来きそうなものがないかと調べ始める。


 モニターに表示されている地図を見る限り、このトラムとやらは俺の家と理玖の屋敷、そして御陵学園がある山の方向──つまりは御神みかみ山の方へ向かっているようだ。


「──目的地までこのまましばらくお待ち下……さ……ガガッ」


「あっ」


 タッチパネル上の下の方に踊っていた矢印付きのメニューボタンに触った瞬間、音声がいきなりバグり、モニターが一瞬ちらついた。


 やべっ、バグったか!?


「──ガ……定められた条件をクリア。方舟アークより対象者が搭乗する自走車両トラムへと秘匿ファイルが入電されました。起動シーケンスに沿って再生を行います……。

 ──自走車両トラム内の盗聴電波反応及び精霊反応調査中……いずれも反応なし。対精霊遮断結界展開……正常に稼働。圧縮ファイル展開開始……」


 は? 秘匿ファイル?

 対精霊遮断結界?


 待て待て!

 一体何がどうなって!?


 焦る俺。


 やがて目の前の液晶パネルに映し出されたのは……!?


「なっ!?」


「──息災か? 我が弟子よ」


「師匠!?」


 映し出された初老の男性の姿に、俺は思わず立ち上がり叫んでいた。




 

「師匠! これは一体どうい……!?」


「樹よ。まず最初に言っておく。これは俺がこの世を去る前にお前にてた動画(メッセージ)である」


 俺の動揺に一切取り合わず、画面の中の師匠が言葉を続ける。


「……あ」


 そ、そりゃそうだよな。

 ただの記録だもんな。


 普通に考えればすぐ分かる事だった。

 何を焦っているんだ、俺。


 思わず立ち上がっていた俺は椅子に座り直しつつ、画面を注視する。


 動画の中の師匠は入院していた時のもののようで。

 共に修行した時分の引き締まった肉体は見る影もなく随分とやせ細っていたが、その眼にたたえた光は依然と変わらず鋭いままだ。


 道場で相対していた頃を懐かしく思い出し、自然と背筋が伸びる。


「この動画が再生されるにあたって、俺は三つの条件を付けた。

 ひとつ、俺がこの世にいない事。ふたつ、お前が十五を迎え方舟への入場資格を得る事。そして最後にこの移動式……むっ。

 おい、三紀彦みきひこ。あれは何という乗り物だった?」


「トラムですよ。聖さん」


 この動画の撮影者で、師匠の協力者なのだろう。

 画面の外から柔らかな感じの男性の声が聞こえる。


「そうそう、トラムだ。トラムに一人で乗る事、だ」


 三つの定められた条件。

 そして最初に師匠が言った俺宛ての動画という意味。


 やはりこれは『遺言』か。

 しかも『一人で』という制限が付いているところを見ると、孫の理玖にも話せない内容という事になる。何故俺だけなのか?


「──今、何故俺だけに? と、疑問を持ったな?」


 あまりにもドンピシャな指摘に、思わずぎくりとする。


「お前は小さな頃から妙にさとい子だったからな。そう考えるだろう事は容易たやすく読めるさ」


 目尻を細めると、からかうように言う。


「本当はお前だけでなく、孫達や結衣にも伝えたかった。あの事件が起こらなければ、な」


 再び厳しい顔つきになる。


「偶然か必然か、それは分からねぇが。奴らがこの世界に現れた時点で、こちらも慎重にならなければいけなくなった。


 俺達側に内通者がいるとはさすがに思わねぇが、邪霊化してしまった精霊が一柱でも紛れ込んで隠れられたら、余程感知能力の高い能力者じゃなければ誰も分からない。


 その結果、容易く盗聴されてしまうときたもんだ。しかも話せて聞かせられる状態にない者にまでこの説明をしていいのかどうかと、俺は頭を悩ませた。


 そこでだ。まずはお前だけに話そうと思う。そもそもこの方舟には正のマナを持つ精霊しか立ち入れねぇし、このトラム内の盗聴対策も万全にした。


 それに……お前なら俺の話を正確に理解し、正しい選択肢を選んでより良い未来を掴んでくれると信じている」


 ……師匠。それは買い被り過ぎです。


 聖師匠からの信頼に嬉しく思う一方、俺一人に仲間の未来に対しての判断力を求められている事に気が重くなる。


 そんな俺の感情を知ってか知らずか、


「ああ。そうそう。何も一人で抱え込めって言ってる訳じゃない。すぐに信頼出来る仲間と共有しても良い。聞かなかった事にして、ずっと黙っていても良い。


 ただ、な。この先の俺の話を聞けば、確実に祝福という名の呪いを受けるだろう。そして二度と日常に戻れなくなる」


 ごくりと思わず喉が鳴る。


 おいおい、マジかよ。

 師匠に似合わないこんな回りくどいやり方までして、俺に何をさせようとしているんだ?


「もちろん最初から話を聞かないという選択肢もある。ただ、時間はやれない。今、この場で即決めろ。続きを聞きたい場合はこのまま待て。聞きたくない場合は目の前のパネルに手を触れろ。


 ただし聞かない選択肢を選んだ場合、この動画はすぐに削除され、二度と復元出来ぬようにした。


 では、数えるぞ。十……」


「ちょ、ちょっと待て! 待って下さい!」


 あまりに性急過ぎないか!?

 心の準備が全く出来ていないぞ!


 思わず画面の中の師匠に向かって手を伸ばしかけ……。






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