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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
変わりゆく日常の風景
175/190

170話 悔恨と改悛(2)

 かなり中途半端な時間ですがアップします。


 今話は新年明けにするような話ではないのが理由ですが、この章でのセイ君の精神状態はこの話が一番底です。


 後は上がるだけですので、よろしくお願いいたします。


 だから……なのだろう。


「──お姉様?

 何かお辛い事でもあったのですか?」


「えっ!?」


 悟られた!?


 フェーヤの言葉が呼び水となって今日の一連の出来事や様々な後悔が頭によぎった瞬間、思わず表に出してしまった違和感を瞬時に悟られてしまった。


 ほんの一瞬崩れてしまった表情かお


 心に刺さったままのとげを何も気にしていない振りをして放置し、日増しに膨れ上がっていく悔恨を無理矢理押し殺していた心の防壁を突破され、ついにぼろぼろにされた。


 それを隠そうと逃げるように深夜のエストラルドに来たのに、つい普段通りにフェーヤと応対してしまった。


 ──迂闊うかつだった。


 フェーヤはこんなボクを姉と呼ぶくらい慕っている。仮面を必死で被るボクの違和感に、あっさりと気付くほどに。




 あの後。


 学園から帰宅した際、みんなから半ば逃げるように別れて家に入ったボクは、自室に戻るなりすぐにエストラルドへと跳んだ。


 もちろん昼食も取らず、だ。


 地球との時間の流れの差を利用して、少しでもみんなと顔を合わせる時間をずらす為に。

 そして出来るだけ一人の時間を作って、自分の気持ちを落ち着かせて考えたかったからだった。


 いや、これすら後出しの考えだ。


 本音で言えば、生きるのが厳しい世界なのに、どこか懐かしく心が落ち着くこの世界に逃げ込みたかっただけ。


 廊下を急ぎ足で自室のある二階へと向かうボクを、たまたま家に居た海人かいと兄さんが呼び止めてきたけど、聞こえなかった振りをして殊更無視した。


 正直これからの事をどうしたらいいか考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていくし、もし足を止めて兄さんと向かい合ってしまえば、思わず八つ当たりしてしまいそうな醜い自分が容易に想像出来てしまったから。


 それだけはどうしても避けたかった。


 義兄さんの呼び止め声に足を止めそうになったティアの手を強引に引き、精霊化をしてまで階段を飛び上がり、そのまま拒絶するかのように自室のドアを閉めたボクを見て、彼女は何か言いたそうな顔をしたが結局何も言わなかった。

 

 本当に。


 自分でも何故だか分からないけど、ここ最近のボクはどこか変だ。


 いつも知らない振りを。

 気付かなかった振りを。


 自分を誤魔化していた仮面が被れなくなってきていた。




 弥生さんと瑠美さん、そして美琴の三人とは帰る方向が違う為、校門前で別れた。


 帰り道は双子とボク、そしてティア。

 道中樹の奴は普通に喋っていたが当たり障りのない話ばかりで、今日の母さんの話には一切触れなかった。


 ボクの想定通りの樹なら流石に気付いた筈だ。

 今朝ボクが『知らない』とした回答の殆どが誤魔化しだったことを。


 一切母さんの話の内容に触れない事から、気付かれたのは確実だった。



 横を歩いていた結衣は何かを考え込んでいる様子で無言で俯いていた。

 

 結衣にとって今回の話は寝耳に水だろう。

 

 この話し合いの中では、ボクが『御陵』の次期当主として、そして十二家の宗主として確定した事が告げられた。


 ここまでは想定通り。


 更にはボクと結衣を昔から許嫁と考えていた事を母さんは強調していたけど、彼女にとってこの宣言は果たして幸福なことだったか疑問だった。


 何故ならそれを喜ぶ暇もなく、知りたくもない『御陵』の宿命を知ったから。

 それに引きずられるボクの未来を知ったから。

 

「御陵家の長き歴史でその宿命から逃れた宗主はいない」


 樹に問い詰められた母さんがポロっと言ってしまったこの余計な一言がなかったら、まだマシだったかもしれない。


 いや、先延ばしにしてもどうせバレる。

 後で問題になるのならば、前もって伝えておこう。


 そう思って母さんは確信的にバラしたのかもしれない。


 だけど。


 母さんがあんなにも正直に暴露しなければ、ボク達は今まで通り過ごせたはずだ。


 今まで通りに……無知と虚偽の『仮面』を被り続けて。


 その平穏は束の間でしかない事に目をつぶれば。


 そしてバレた時に。

 今まで通り知らない振りを、もしくは今知ったかのように振舞えばよかったんじゃないか?




 ──本当にそれで良いの?


 糾弾が始まる。 

 まるで心の中の良心じぶんが、愚かな自分を糾弾するかのように。 



 ──後悔している癖に。

  もっと早く伝えておけば良かったって。


 うるさい。


 つい反抗する。



 ──親友や恋人を騙していた事に。

  君の心は痛くないのかな?


 痛いに決まってるじゃないか。



 ──じゃあ自分から言えば良かったんじゃない?


 言えていたら、そもそもこんなことになっていない。



 話せば必ず『御陵』の歴史にまで触れなければならない。


 そうなれば、御陵当主に選ばれた者だけが起こる寿命の短さに必ず気付かれる。それは御陵家の女性なら誰もが起こる現象である『老化抑制』の比ではないから。

 

 親友に。

 恋人に。


 星紋に選ばれた事で当主となり、自身の潜在的味方となる()()()()()()()()()()()があると伝えられている『星紋』に寿命を……命を食われて、必ず早死にするんだよと、どんな顔をして伝えればいいんだよ。




 ──母さんはそんな自分ボクに気付いていたよ。

   だから泥を被って代わりに伝えてくれた。



 ──これで今後楽になったじゃない。


 ……。



 ──苦しい想いを隠すこともない。

   幼馴染達を騙さなくてよくなった。


 ……やめて。



 ──でも、今度は……。


 やめてやめて!



 ──自分を慕ってくる可愛い妹分を……。


 それを言わないで!


 ──騙し始めるのかな?





「──あ……ぅ。そ、その……」


「あっ、そんな顔しないで下さい。言えない事など当たり前にあるのでしょう?

 お姉様が抱えている事情や情報には、精霊や世界の秘密が沢山あるのでしょう?」


 違う。

 そんなの関係ない。


「だから話さなくても大丈夫です。世界を救う為に旅をされているお姉様ですし、話すと拙い事もたくさんあるのでしょうから」


 違う。

 そんな殊勝なモノじゃないんだ。


 幼馴染達についてしまった多くの隠し事と嘘を後悔していただけで。


 そしてフェーヤにも多くの隠し事をし始めているから。


 いや。


 誰だって話したくない事はあるだろう。

 誰だって隠し事の一つや二つくらいはあるだろう。


 だから言わなかった。

 だから隠そうと嘘をついた。


 後悔をする必要はない。

 必要はないんだ。


 ……。


 だからまた隠す。

 話さない。


 自分を姉のように。

 また母親のように慕い甘えてくる妹分フェーヤにも。


 ……。


 本当にそれで良いのか?


 心の奥底から響いてきたあの声と同じように、再度自問する。


 後悔しないか?

 後悔していないのなら。


 ボクの胸に突き刺さったままのこのとげの痛みや、今感じているこの苦しみや罪悪感は何だ?


 じゃあどうすればいい?


 そんなの……決まっているじゃないか。





 はっきりと自覚している事がある。


 ボクの胸をえぐり続けるこの感情の正体と原因。


 その名は『不安』と『恐怖』だ。


 それに怯えて。

 見ないように蓋をしていただけ。

 


 本当のボクを知られてしまえば、自分の周りから人が離れて行ってしまうんじゃないかという不安。


 いつしか心の奥に巣くい始めた『自分を置いて皆何処かへ居なくなってしまうのではないか?』『自分独りを残して皆死んでしまうのではないか?』という、本来とは違う反転した強迫観念にも似た恐怖。



 流石に心の奥底では分かっているつもり。

 この感情が今のボクの現実にそくしていない事くらい。


 実はこの感情とは長い付き合いだ。

 自分が物心ついた頃には、既にボクの根底に根付いていたように感じている。


 それに昔は立ち向かえていた……と思う。


 何故あやふやかというと、よく覚えていないからだ。


 だってあの日あの時、大怪我をして記憶の一部とボクの心の一部を無くしてしまったから。


 月一で行われる慎吾先生(義兄さん)達とのカウンセラーで映像等に残る過去の『自分ボク』と向かい合っているんだけど、あまりに違い過ぎて今のボクと同じ人物とは到底思えない。


 記憶を無くしただけでここまで変わるものなのかと。

 本当に怖くなる。


 今の自分が一番信じられないから。

 今の自分が何者かよく分からないから。


 あの日を境に、ボクは一気に()()なったように思う。


 心の奥底から沸き上がってくるこの手ごわい『魔物(感情)』に、ボク一人では対応出来なくなっているのがその証拠だから。



 はたからボク達を見ている人は、結衣が一方的にボクに依存しているように見えるだろう。


 もちろん違う。


 正しくは『結衣とボクはお互いがお互いを必要とし、共に寄り添っていなければならない』が正解だ。


 結衣がよく言う『比翼ひよくの鳥』という言葉。

 この言葉ほど、正確に今の二人を表している言葉はない。


 そう。

 結衣とボクは片翼こころ片目きおくが欠けた鳥。


 そして結衣の兄でボクの親友の樹。

 ボク達が頼りにしている存在。


 彼の『樹』という名が示す通り、言うなればボク達にとって『連理れんりの枝』であると同時に、『比翼の鳥(結依とボク)』の心安らぐ帰る場所(止まり木)なのだろう。

 少なくともボクは密かにそう思っている。



 そんな二人に嫌われるのが嫌で。

 見捨てられるのが嫌で。


 つい咄嗟に隠し事をしてしまったが為に些細な事でもなかなか言い出せなくなり、嘘や知らない振りをして隠し事をするようになってしまっていた。



 唯一の姉である美空姉さんが『星』に選ばれなかった時から、母さんからボクが次期当主に選ばれる可能性が高い事を示唆しさされ続けていた。


 女性しか継げないはずの当主のお役目。

 それがボクに引き継がれることを母さんが確信したのが、あの六年前の事故の時。


 御陵家直系の女性にしか現れない症状である成長率の悪さ、その前兆が顕著にボクに現れ始めたことも理由の一つではあるけれど、母さんが持つ『夢見』と『未来視』の異能があの事故後に教えてくれたらしい。


 未来は常に揺れ動き、そうそう確定しない。

 対策を取ればそれを嘲笑あざわらうかのようにすり抜けて正夢となる場合もあるし、夢と同じことをしてもその通りにいかない場合もある。


 自分で狙って力を使えない上に見たい『未来ゆめ』も設定出来ず、また実際に起こる事案が大きいほど再現性も不安視される不完全な異能ではあるけど、流石に毎日同じ『未来ゆめ』が繰り返し出てくるとなれば、流石に考慮せざるを得なかったようだ。


 ()()()()より()()()()の方こそ夢に出て来ていたらちゃんと守れたのにと母さんはいつも涙ながらにボクを抱きしめ悔やんでいたけど、それについて母さんが責任を感じる必要なんて全くない。崖から滑り落ちたボクが間抜けだっただけだ。



 そんなこんなで。


 御陵家と十二家の成り立ちについてのレクチャーを、美空姉さんや海人兄さん、更には父さんにさえも内緒で五年前からこっそりと受け続けていたボクは、本当は今日の時点で知識面での引継ぎはほぼ終わっている。


 だけど母さんに口止めされていた事もあって、最初から『高辻』や『神城』が持つ名の意味を二人に黙っていた。


 それからだ。

 言葉に言い表す事の出来ないほどの引け目を感じ始めたのは。


 それは初めてエストラルドへ降り立った日……というより、恐らくエフィと初めて精霊化スピリチュアルした日だろうけど、左胸付近──ちょうど心臓の上辺り──に浮かび上がった星紋をバレないように隠した時、()()はますます強くなった。


 母さんにすら内緒にしたのは、御陵家の当主に、十二家を取り纏める宗主になんてなりたくなかったから。


 いくら否定しても、既に決定している未来を変えられる訳がないのに、だ。


 宗主になる事でし掛かってくる責務や多くの人達の運命を背負わなければならない事も嫌だったけど、それよりも何よりも。



 ──結衣を独り置いて逝くことが確定してしまった事が、何よりも怖かった。



 これじゃいけないと思うも。


 エストラルドでのボクの存在意義が大きくなることで、更に言い出せなくなり。


 秘密が増えれば増えるほど、更に言い出せなくなった。




 美琴に対しても、だ。


 樹皇の間での戦いが終わった後、美琴ティリルと二人っきりになった時のことだ。


 彼女は周囲に誰もいない事を確認すると、何の脈略もなくいきなりボクに抱き着いてきた。


 突然の事に目を白黒させたボクは、次いで彼女の口から出た言葉に肝を冷やされることになった。


 美琴はずっと前から『全て』を知っていて、それでいてボクの意を汲んで親友ゆいにずっと黙っていてくれていたのが分かったから。


 何故だと思う間もなく、すぐに気付く。


 ボクと彼女は『繋がって』いる。

 あの時交わした『魂の契約(アムニス・パクトゥム)』で。


 その契約のせいでボクの身体に起こった変化だけでなく、『不安』や『恐怖』といったモノを強く胸に抱いた時の状況まで、いつの間にか全てが彼女に筒抜けになっていた事に。


「絶対に理玖君専属の看護師になって、最後の時まで一緒にいたいの」


 そう告白した美琴みことは、続けて宣言する。


「理玖君の為に使える異能を発現するよう頑張るから。出来る限り同じ時を生きる為に」


 その言葉に思わず身体が硬直し言葉が出ないボクを見た彼女は、「出来たら夫と妻達で寿命を繋げて共有化出来るような異能が発現したらいいよね」と笑いながら。


 何があっても私と結衣ちゃんは理玖君の味方だからと、そう言い残して離れて行った。


 美琴も神城家当主の長女であることから、両親からボクのことを詳しく聞いていたんだろう。


 そして結衣がボクの秘密を全く知らないという事も、あれだけ接していたらすぐに気付くと思う。


 でも美琴は結衣にこの事を一切話さなかった。

 あたかもその役目はボクでなくてはならないとでもいうように。



 ボクだってずっと黙っていた訳ではない。

 結衣に、そして樹に本当の事を話そうと何度も試みた。


 だけど無理だった。

 口を開こうとする度に、拒絶されるんじゃないかとか、怖がられるんじゃないかとか、呆れられるんじゃないかとか……。


 いや、それは後付けの言い訳だ。


 

 ボクが短命なのを知って、()()()()()()()姿()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()んだ。




 そうこうしているうちに事態は進み続け。

 ボクが正式に次期当主に選ばれてしまったことで二人に隠し通せなくなった。


 その後の展開はご覧の通り。


 母さんだけでなく『光凰院』当主である春花さんが同席したことで真実味を得たそれは、さぞかし二人の心を大きく揺さぶり抉ったことだろう。


 ずっと一緒にいた幼馴染に、とても大事な事を隠し続けられていたのだから。



 

 ──だからボクは……。




 ぱちんと両手で自分の頬を叩く。


「えっ?」


 痛い、な。

 でもこれで、踏ん切りがついた。


「……少し聞いてくれる?」


「──いいのですか?」


 突然のボクの行為に目を丸くしたフェーヤ。

 次いで出てきたボクの言葉に、彼女は更に目を見張った。


 その顔には、私なんかが聞いていい話ですか? という困惑がありありと出ている。


 普通は責務ある人間がみだりに情報を人に話したりしないんだろうけど。


 これから話すことはこの世界に暮らすフェーヤとは関係ない話であり、僕個人の秘密だ。


 もちろん話せない内容もあるけど、ね。

 言わない事で勝手に罪悪感を覚えるくらいなら、素直に今は言えないと言えばいいだけだ。


 そんな簡単な事に気が付かないなんてどうかしてる。


 ちょっとした愚痴みたいな形で。

 地球での自分の立場と隠していることのうち、話せそうな部分だけでも少し話そうと思った。


 いうなれば、リハビリだ。


 少しずつ。

 少しずつ慣れていこうと思う。


 真実を、少しずつでも。

 少しずつ自分の事を、自分から大切な仲間へと話すことで。


 騙し続けていた幼馴染への贖罪と共に。


 そしてこんな嘘付きで卑怯者で怖がりで……どうしようもない自分から脱却し、これからもみんなの傍にいてもいいんだと自信が持てる強さを身につけた自分へと成り変わる為に。



 フェーヤのような芯の強い人間に。



 なろうとする努力を続けて行こうと思う。




 というわけで、次話に続きます。

 来年になりますが、なるべく早く仕上げようと思っています。



 あとこの話に出てきた星紋の効能ですが、あくまでも地球の研究者が推測したモノであるとだけ追記しておきます。


 本年も今日で終わりになり、明日より新年が始まります。残り少ない時間ですが、皆様にとってよいお年でありますように、これを本年の最後の挨拶とさせていただきます。



  神楽 久遠


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