168話 母さん現る!
色々とあり、更新遅くなってすいません。しかも短いときたもんだ……。
「──どちら様でしょうか?」
ノックの後、暫くしてから女性の声が向こう側から聞こえてくる。
この声は清美さんか。相変わらず凛とした綺麗な声しているなぁ。
「御陵理玖です。母さ……御陵理事長に例の件について問い合わせ事項があり参りました」
中に人の気配が三つ。
母さんと清美さん以外の人がいるのを途中で感じ取ったボクは、慌てて丁寧な言葉遣いに直す。
「理玖様ですね。少々お待……」
「り、理玖ちゃん!?」
清美さんもボクを『君』から『様』呼びに変えちゃったのかと諦めの表情になったところに、彼女の台詞を遮って母さんの叫び声とドンガラガッシャンッと何かを激しくひっくり返した音が!?
「な、なに!?」
激しい物音にボク達全員が思わず首を竦めた瞬間、大きな音と共に目の前の扉が内側に開き、
「理玖ちゃぁあん!」
一人の小柄な少女がボクに飛び付いてきた。
「か、母さん!? いったいなに!?」
「理玖ちゃん聞いてぇ! 春花さんと清美がさっきから母さんをすっごく苛めてくるのぉ!」
ちょっと甲高い、いわゆるアニメ声と呼ばれる声を発しながらボクに抱き着いた母さんは、ボクの頭をその胸にかき抱いた上、スンスンと鼻を鳴らして……えっ!?
「あぁー、癒されるぅ……」
「ちょっ!? 何やって……!
ってか、見てる、みんな見てるから止めて!」
半笑いになって生暖かな視線で見守る幼馴染組、そして家で母さんの正体をよく知ってしまったティアがそっと視線を外す中、あんぐりと大きく口を開けて固まってしまった弥生さんと瑠美さんの姿が目に入り、恥ずかしさが限界突破したボクは急ぎ母さんを引き離しにかかる。
「やだっ! もっと息子の匂いを補給させて!」
「意味が分からないよっ!」
力任せに引き離し、横にぺいっと転がした。
ボクに怪我しないように投げ転がされた母さんはしばらく絨毯に転がったまま動かないでいたけど、やがてムクリと起き上がり、
「息子に捨てられた息子に捨てられた息子に捨てられた息子に捨てられた息子に捨てられた息子に捨てられた息子に……」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
絶望を顔に張り付けながら、呪詛を吐き出すかのように絨毯にのの字を書き続ける母さんの所業に、ボクは困った顔になる。
一見年頃の、それも十代後半くらいにしか見えないこの女性がボクの母さんであり、こんなナリでも御年四十八である。
ロマンスグレーでビシッとしたスーツの似合う渋い容姿の父さんと一緒にいると、どう見ても夫婦どころか仲の良い父娘にしか見えない。御陵学園高等部の制服も違和感無く普通に着れてしまうし、仮に夜一人で出歩く事になれば、間違いなく補導されるだろう。
今のやり取りでも分かるように本人の言動までもが子供っぽいから、見た目に輪を掛けて子供扱いされるらしい。
明らかに年齢詐欺だと叫びたくもなるが、別に母さんや同じような容姿の美空姉さんだけが特別ではなく、歴代の御陵家当主となった女性達も同じくあり得ないくらい若作りなのである。
もちろん化粧で誤魔化しているとかではなく、うちの一族は単純に老化が遅いとの事。
ただ同じ御陵家の生まれでもその特性は女性だけで、男性はそんな事にはならないという。正直意味が分からない。
しかもそれでいて御陵家の、特に歴代当主女性は何故か平均寿命が六十に満たない。世間より明らかに短命なのだと他ならぬ当主の座に就いている母さんが断言するのだから、ある意味うちの家系の特殊性が垣間見える。
祖母であり前当主だった咲姫おばあちゃんなんて、五十も生きられなかったそうだし。
最近母さんからそんな説明を聞いてから──朝、樹に何も聞いていないとか、当主のことしか聞いてないと言ったのはこの事実のせいだ。こんなの二人に言える訳がない──というもの、父さん似の海人兄さんはともかくとして、明らかに母さん似のボクはどっちになるのかと、考え込むようになった。
それは何故かというと、本来跡継ぎの女児だけが発現するという星紋(星痣とも言われる)がボクに発現してしまったからだ。普通に考えて、この星紋が『短命』に影響していそうだ。故にボクも間違いなくそうなるのだろう。
そのせいか、最近ふとした瞬間に自分の将来や寿命について考えてしまう事が多くなった。
特に……将来妻を娶ったとして、連れ添った相方を遺して旅立ってしまうより、何とかして見送る事は出来ないだろうかと思うようになった。
正直ボクの歳でこんな事を考えているのはおかしいと思うけど、どうしても考えてしまうのだから仕方がない。
恐らくエストラルドでの人の生死、生き様、特にファルナダルムの里での経験もあって、そうさせているのだろう。
母さんから正式に話を聞かされたのは最近なんだけど、昔からうちの家系は特殊で短命であるのは知っていた。
ボクがまだ小さい頃に、父さんと母さんは深夜に何度か子供達の将来について、こそこそ内緒話をしていたからだ。
寝静まった深夜を選んで話し合いをしていたみたいだけど、昔から妙に耳がよく物音に敏感だったボクは微かに聴こえる争い声で起きてしまい、ベッドの中から聞き耳立てていた事を覚えている。
まあ聴こえてくる会話は断片的であり、当時は意味がよく分からなかったけど、母さんに詳しく当主の特性について説明された今ならよく分かる。
だからじゃないんだけど。
寵愛を与えてくれた精霊が生存する限り、老いる事なく永遠に生き続ける『古代森精種』が狭間での選択肢に出現し、それを迷わず選んだのも無意識にそういった感情が出たのだろうか?
もちろん選んだ当時は『古代森精種』の特性なんて知らなかったけど。
ほら、あれだ。
エルフというのは、アニメやゲームとかでは長生き種族になっている事が多いからね。
エストラルドの森精種族も、通常種クラスで約二百年と長生きだし。
思いのほか、長生きに憧れていたのかな、ボクは……。
──っとと。
これ以上は湿っぽくなるな。この話はここまでにしておこう。
問題は目の前にいる完全に拗ねた母さんの対応だ。
今度は壁際に這い寄った後、膝を抱えて三角座りになるやいなや「外に女を作ってから息子が冷たい」とか「神は死んだ」とかブツブツ言いながら、それでいてこちらにチラッチラッと上目遣いな視線を送って来るので、本当に質が悪い。
確かに家族の前だとだらしない母さんだけど、今は弥生さんや瑠美さんといった面々もいるんだ。いつもなら「誰!?」と言いたくなるレベルでシャンとしているのに、なんでこんなに残念な状態のままなのだろうか?
そういえば、『苛められた』と言っていたな。どういうことかは置いといて、ストレスが溜まりに溜まって弥生さんがいるのにこういう言動が?
どうしようかと対応に迷っていると、ポンッと肩を叩かれた。振り返れば、何とも言えない表情を顔に張り付かせている樹が。
「何とかしろ、息子」
「……はぁ」
溜め息ひとつ。
慰めるべく母さんの元へと向かおうとしたその時だった。
「──紬姫」
小さな声量ながらその低い声ははっきりと周囲に響き渡り、三角座りをしていた母さんをビクッと震わせた。
そろーっと目だけで声の主を追えば、案の定キレて目が座った清美さんのお姿が。
「息子に恥をかかせてんじゃねぇよ」
「は、はいぃ」
静かに響く怒声に慌てて直立不動になる母さん。
あ、目に涙が。
それを見届けた彼女はこちらをゆるりと振り向いて、
「理玖様、いらっしゃいませ。御友人も中にどうぞ」
「「「あ、ハイ」」」
一瞬で普段の『清美さん』に戻ったのにも関わらず、ボク達までつい背筋が伸びてしまう。
「紬姫。貴女何やっているのよ」
その声に視線を向ければ、思った通りの人物が応接ソファーに座っていた。
額に手を当てそんな呆れた声を上げたのは母さんの叔母である春花さんで、あの光凰院グループを取り纏めている女傑だ。
親戚でもあるから昔からよく顔を合わせる事が多く、うちに泊まりに来たり、ボクの手料理を食べて貰った事もあったりする。
そして彼女の背後に佇んでいる初老の執事が……って、あれ?
「四人……目?」
うそん。三人だと思ったのに。
思わずまじまじと見つめてしまう。
実際ボクの目の前にいるのにも関わらず、その執事の気配が殆ど感じられないからだ。
「──理玖様。実際にこうしてお会いするのは初めてですな。現在春花様の第一秘書兼護衛をしております三山木幸治と申します」
「初めまして。理玖です」
あれ? 第一秘書って、前は等々力って人だったはず。代替わりしたのかな?
ってか、三山木!?
思わず背後の弥生さんを見る。
「おじいちゃん。やっほー」
「弥生。この場に不適切な発言は控えなさい」
その執事ににこにこ顔で手を振った弥生さんに、彼は少し頬を弛めながらも注意を行う。
「弥生さんのおじいさん?」
「はい。孫がお世話になっております。何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそこれからよろしくお願いします」
スッと腰を折る彼の意味に気付き、きっちりと答礼を返す。
優しげな視線に、穏やかな物腰。彼の目線や口振り、その態度にこちらを利用してやろうとする雰囲気や、今は仕事だからと取って付けたような仕草も感じられない。
良かった。前任者と違って、この男性は大丈夫そうかな?
弥生さんの祖父でもある事だし、今後は普通に付き合っていけそうだ。
一礼した彼は自分の出番はここまでと言わんばかりに後ろに下がり、再び気配が希薄になる。
まるでエストラルドにいるティーネさんの力を持った人みたいで……。
──そうか。これが今朝樹が言っていた異能の力かな? 本当に人それぞれだ。
けど、目の前の彼からはまだ何かあるように思う。下手したらクラティスさんやオルタヌスさんレベルの力を感じるし、何だか少し懐かしい匂いがある。
あ、いや。実際に何か匂うんじゃなくて、どこかで慣れ親しんでいた力みたいなモノが彼にまとわりついているようで。
ボクの祖父や目の前の春花さんからも感じていたそれを、総じて『匂い』と呼んでいるんだ。そのせいで懐かしさを感じているんだろう。
地球でもこれだけの強者がいたことに何でいままで気付かなかったんだろうか? なんてと内心ビックリしていると、春花さんがポンポンと軽く手を叩いた。
「色々と説明を始める前に、まずは自己紹介といきましょうか。一部知らないお嬢さんが混じっていることですし」
主にティアの方を見ながら、彼女はそう宣言する。
ティアが少し困惑した目でこちらを見てくるが、一つ頷いて彼女をボクの前に出す。
『この人達は大丈夫。精霊である事を言っていいから』
『はい』
今日初めて会った三山木さんも含め、今後は全員に関わる話だろう。春花さんがわざわざこの場に連れてきた人だから、恐らく口も固い人だと思うし、きっと問題ないはずだ。
ティアの自己紹介に驚いた表情を見せるであろう春花さん達の姿を想像しながら、幼馴染達に話したくない事をどう躱して上手く取り繕うか、頭を悩まし始めた。
──まあ、前もって母さんに口止めしていなかったせいか、それとも春花さんと清美さんの笑顔の圧力が怖かったのか。
はたまた未来の当主の妻の座を狙う彼女達へ、母さんなりに現実を教え、その覚悟を問う為か。
止める間もなく、母さんは事前にボクへ話していた内容、すなわち御陵家の秘密の内容まで付け加えて、全てをみんなに暴露しちゃったんだ。
おかげで帰り道がお通夜みたいな空気になっちゃったし。
うーん、この後のフォローどうしたらいいんだろうか?
誤字を報告をしてくださっている皆様、いつもありがとうございます。
あの機能からはお礼の返事ができませんので、ここで感謝をば。