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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
変わりゆく日常の風景
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167話 初対面な知り合い





「あーっ! 遂に理玖りく君を発見だぁっ!」


「──はい?」


 何処どこかで聞いたようなイントネーションと声色こわいろが、理事長室へ向かうボク達の耳朶じだを背後から打った。


 あ、なんかデジャブ。


 あの試練イベントの時もこんな感じで叫ばれたなぁと思いながら声の方へと振り向けば、やっぱり何処かで見た感じのある二人の女の子がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「……むぅ」


 叫び声を聞いた瞬間、不機嫌になりましたとばかりに唸り声を上げた結依の肩をポンポンと叩く諦め顔の美琴。


「ほ、ホントに男装の女の子みたいだにゃあ!」


「こちらで初めて顔を合わせて最初に言う言葉がそれかい」


 髪をポニーテール風に纏めた活動的な印象を放つ女の子が興奮してこちらを指差して叫んだことに、ボクの隣にいた樹がボソリと苦言を漏らす。


「あっ、こら! 瑠美るみまたそれ!?」


 そんなポニーテールの女の子に追い付いたゆるふわウェーブヘアの女の子が、駆け寄ったそのままの勢いでその後頭部をベシッと思いっきりはたく。


 が、思いの外その力が強かったのか、空中で()()()した彼女は絨毯がひかれた床に顔面からダイブ。器用に海老反りしながらのヘッドスライディングを決めつつ、こちらの方まで滑ってきた。


 狙ったかのようにちょうどボク達の目の前で停止した彼女の足がパタリと床に落ちるが、うつ伏せに倒れ込んだままの状態からピクリとも動かない。


 彼女のその惨状(どことは言わない)に、ボクと樹は出来るだけ自然を装ってそっと視線を外す。


 そんなボク達の間に気まずい空気が流れる中、叩いた方の彼女は意を決して、


「ええっと、その……。

 ──あのね、瑠美るみ。そんなところで寝ちゃったら風邪引くわよ」


「違うわっ!」


 その言葉に反応し、ガバッと身を起こす瑠美るみと呼ばれた女の子。


「天に召されるかと思ったよっ!? 弥生やよいはいい加減自分が人間めてる事に気付けぇ!」


 瑠美るみさんは真っ赤になった顔で、完全に捲り上がっていたスカートをバッと勢いよく押さえ、手直ししながら涙目で叫ぶ。


「その馬鹿力早く何とかしろぉ!」


「ご、ごめん。でも仕方ないでしょ。最近特に手加減が難しくなっちゃったのよ」


 流石にばつの悪そうな顔で謝る弥生やよいさん。


「ただ、それ言ったら瑠美も過剰反応し過ぎでしょうが。咄嗟に自分で前に跳ぼうとしたのは良いけど、蹴り足が強過ぎたせいで滑ってバランスを崩しただけでしょ」


「うっ」


「そこに私の手が当たって止め刺しちゃったのは、確かに事実だけども。あと場所柄、ここは静かにしないと」


「うー、うーっ」


「ま、まあ、お二人とも喧嘩は」


 ムスッとした表情のまま、うーうー唸ってペタリと座り込んでいる瑠美さんに、ボクは何とかフォローをいれようと思って前に出る。


「怪我は……どうやら軽く擦りむいただけですね。大した事なくて良かったです」


 床にぶつけたのと、絨毯の摩擦が原因かな?


 奇跡的に額がちょっぴり赤くなっている程度で済んでいるみたいだけど、あれだけ派手にやってこれだと奇跡に近い。


 あれで上手く受け身取れたんだ……。まあ酷くなくて良かったよ。


 彼女の額に手を当てながらそう発言したんだけど、


「うー、でも乙女の尊厳に、顔が傷物に……。下着もばっちり見られて……。

 ──あっ! ガン見されちゃったし、お詫びに瑠美をお嫁に貰っ……な、なんでもないにゃ!」


 名案を思い付いたかのように急にネタに走り出した瑠美さんだけど、ボクに抱き付こうと手を伸ばした瞬間ビクッと身体を震わせ、慌てて離れながら前言を撤回する。


「……にゃ? ねぇ、そこの猫さん。続きはどうしたの?」


「もう先輩。女の子が気軽にそういう事言っちゃ、駄目だと私思うんですよ……ね?」


 にこやかに語りかける結依と美琴だけど。


 あの、二人とも目が笑ってないよ。

 それ、普通に怖いから。


「ちょい待って。

 ──えと、瑠美さんが手を伸ばしたのは起き上がるのにボクを支えにしようとしただけだし、ガン見とお嫁発言は樹に言った台詞だから気にしないようにね」


「おい、こら待て。ここで俺に振るな」


 ちぇっ、そこは肯定して助けてくれてもいいのに。



 というか、ここまでの話の流れで分かる通り、この女の子達が三山木弥生レトさんと加藤瑠美ミアさんだ。


 地球リアルの名前はお互い名乗り合って聞いていたけど、どこに住んでるかとか顔まではまだ知らなかった。


 だから今日ここで、こうして出会ったことにかなりびっくりしたし、偶然にも初めての顔合わせになったんだけど、流石にこんな形での初顔合わせはちょっと予想していなかった。


 髪の長さや色、獣耳がないだけで、エストラルドでの姿とほぼ同一だからすぐに気付けた。


 というか、この御陵学園の高等部に通学してたんだ。彼女達の制服に付いているリボンの色が最上級生の色だし、本人達の申告通り高等部の三年生だろう。


 でも中等部と高等部は同じ敷地にあるんだけど、彼女達を今まで見たことない。


 たまたま?

 それとも気付いてなかっただけ?


 正直弥生さんや瑠美さんのようなこんなに可愛くて騒々(そうぞう)し……失礼、こんなに賑やかなタイプの女の子がいたら、たとえ彼女達が高等部からの入学だったとしても、流石に話題になってボク達中等部の方まで聞こえてくるはずなんだけどなぁ。



 とか考えている間にも、彼女達の話は進む。


「そもそもなんで()()()が今日いるんですか? それとも生徒会の方ですか? その割には先程の式で講堂の方にはいませんでしたが?」


 話している内容は普通なんだけど、結依の言葉尻と態度がかなり固い。さっきの瑠美さんの発言を引きずっているだけでなく、寝不足のイライラも加わっているかのように感じる。


「あら、結依ちゃん。こっちだとえらく他人行儀ね。知った仲じゃない。

 実を言うとね。私達今日転校の最終手続きに来たの」


「……転校。この階にはあるのは理事長室で、職員室は下の階ですが?」


「やぁね、職員室での用事はさっき終わったわよ。次は()()()の紬姫様に御挨拶をと考えてこっちに来たの。これから()()()()()()()()()()んだし」


 お帰りは下ですよと暗に言う結依と、あくまでにこやかに対応する弥生さん。だけど、二人の間とその背後に何やら不穏なオーラが出始める。


「……へぇ」


 あ、あれぇ?

 精霊眼が誤作動起こしちゃったのかな?


 フシャーッと威嚇する九尾狐とガルルッと唸り声を上げる犬のような幻覚モノまで視えた気がしてボクは思わず後退あとずさり、樹や瑠美さんも同じように顔を引きつらせながら二人の傍から離れていく。


 そんな時、ボクの左腕に軽い衝撃。


『ひうっ、ゆ、結依さんがなんか怖いです』


 視れば、それは実体化を解いてボクの傍にずっといたティアだ。最初のやり取りが始まってから以降、ポカンとしてずっと固まっていたんだけど、やっと再起動したようだ。


『ティア落ち着こうね』


 まあ言っているボクもだけど。


「まあまあ、落ち着いて結依ちゃん。あの……先輩方も親元離れて大変でしょうから」


 一見仲裁するかのようににこやかにそう言って、そんな二人に近付いて割って入っていく美琴だけど、


「先輩はあの『三山木本家』唯一の跡取り娘ですし、『次期当主』として一年後には家を継ぐ為に帰らないと行けないでしょう?

 だからそれまでの間よろしくです、三山木先輩」


「あら、美琴ちゃん。そこまで知っているのに、最近の事はまだ知らなかったのね。

 三山木家次期当主の座は放棄したわ。その代わり神菜(かんな)従姉ねぇが継ぐ事に変わっているから、もう私は自由なのよ。ただし『()()()()』が()()()()()()、神かんな従姉ねぇの次の『()()()()()()()()()と提示されたわ。だからこっちで()()()()()にいて()()()()()()()()()()し、大学進学も考えてるわ」


 一部の台詞だけやけに強調して言った弥生さんの言葉に、美琴の顔が一瞬ひきつったのを見てしまった。


「こ、子供……? ずっとずっと……?

 ──あぁ、でも大学キャンパスは別敷地ですよ。少なくとも二年は会えなくなりますね」


「確かにねぇ。でも大学って結構自由時間あるのよ。例えばデート時間も自由に設定出来るくらい」


「へぇー、そうなんですか? 色んな新しい出会いがあると良いですね」


 そんなにこやかな美琴のその背後にも、一見聖女のようだが次第に般若のように変わっていく女性が視え出した時点で、樹が溜め息混じりに言い出した。


「……理玖。頼む、あいつらを何とか止めてくれ」


「理玖ちゃん、ごーごー」


 えっ、何故ボクにふるの?

 しかもボクにけと?


「──ボクにどうしろと?」


 樹を盾にするかのようにその背中に隠れた半泣きの瑠美さんにまでそう言われて、思わず聞き返す。


 会話内容はいたって普通なのに、場の空気があまりにもギスギスとしている。そもそもこんな胃が痛くなりそうなやり取りの仲裁なんてどうすればいいか、全く思い付かない。

 

「──あの、あのあの! け、喧嘩はよくありません!」


 流石に尻込みしちゃったところで、ボクの左腕にしがみついていたティアが意を決したのか実体化を果たし、結依と美琴に背後から抱きついた。


「えっ!?」


「「ティアちゃん(さん)?」」


 彼女の存在に驚いて、弥生さんは固まる。


「同じくお兄様を愛する仲間じゃないですか。お兄様の為にならない喧嘩は御法度です。絶対に駄目です。お兄様が悲しみます」


「「「うっ」」」


 可愛がっているティアにそう諭され、思わず呻き声を上げる三人。


「ほらほら、みんな。ティアの言う通り、もう喧嘩しないで欲しいな」


 これ幸いと、勢いの落ちた三人の間に割って入る。


 ヘタレ? 何とでも言って。

 こんなのヘタレじゃなくても無理でしょ。


「はぁ、ティアがいてくれて助かった」


「そうだけど……。理玖ちゃんも樹ちゃんも思ったよりヘタレ?」


「いや、男にゃアレ無理。それと樹ちゃんは止めろ」


「じゃあ樹にゃん」

 

「にゃんも止めろと前から言ってるだろうが!」


 三人の間に入ったボクに抱き着いてきた結依の後ろ頭を落ち着かせるように撫でながら、背後で繰り広げられている樹と瑠美さんの漫才やりとりを聞く。


 だから声大きいって。

 一応防音の効果を付与した結界を張り巡らせているから、理事長室や階下まで響いてはいないだろうけど。


 まあこの二人、向こうの世界でも何かと一緒にいたり、模擬戦等のやり取りをしているんだよね。


 そうそう、二人だけで仲良くこそこそ出掛けていた時もあったかな。

 

 樹も瑠美さんもああ喧嘩してるように見えて、お互いに尊重しながら相手を受け入れているっぽいし、もしかしたら……だよね?


 そうだ。


 今後瑠美さん絡みで何かあったら、その対処は樹に全部押し付……任せよう。うん、そうしよう。


 そう勝手に結論付けて、ボクは近くにある理事長室の扉をノックした。




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