165話 その裏側で……(4)
2022/9/16 あやふやだったフラグと彼の目的を加筆。
──???──
「──父様」
「ん? どうしたんだい守護の精霊」
神域へと戻ってくるやいなや、手塚トオルは十代後半くらいに見える小柄な少女にそう背後から呼び掛けられ、彼女の方へと振り向いた。
「──ここはもう神域です。それに身内しかいない時くらい名前の方で呼んで下さい」
「ゴメンゴメン。地球での生活が長くて、つい、ね。
で、どうしたのかな? テラリティ」
先程までいた春花の執務室での無表情さが嘘だったかのように、感情豊かな表情に変わった少女。
それもそのはず、あの部屋に存在していたのは彼女の分体であり、そのように彼女自身が望んで設定していたからである。
つまりこちらが本来の彼女だ。そんな不機嫌な童女のようにプクリと膨れっ面をした己の娘に、彼は苦笑しながら声をかけ直す。
「あのような者達をいつまで使うおつもりですか?」
「どこまでも、だね。あれはあれで遊び相……ごほんごほん、地球の内部環境の把握と維持に便利なんだよ」
「いえ、そちらではなくて妹達の救援を行っている方です」
遊び相手と言いかけた父にジト目を送りつつ、テラリティと呼ばれた娘はその間違いを訂正する。
「愚妹があの子の力の調整に失敗していた事に気付かなかった上、自身の精霊核まで奪われるという情けなさ全開の醜態を晒したこの問題解決に、どうしてあの無関係な地球の人類を絡めたのかとずっと疑問に思っていたのですが……。
いくらなんでも遊び過ぎでは? しかもエテルティナとフォルトゥナにまでわざわざ権能を使い、いつまで真実を隠し続けているのですか?」
「──あー、それね。私じゃないんだよ、あれ」
「は?」
どこか遠い目になって呟くティスカトール。
疑わしい眼──半眼になって父を見上げる彼女。
実を言うと、エストラルドはティスカトールが創った惑星ではない。彼の末の娘である星の精霊が父を真似て構築した惑星であった。
この事を知っているのは、ティスカトールとウェニティア、テラリティ。そして創った本人であるエスティリアだけだ。
そんなテラリティも、実は最近知ったばかりである。
自分でも惑星を作って命を育みたいと父にねだる愛娘に絆され、調和と調整を司る次女ウェニティアと一緒ならばと、つい許可を出してしまったティスカトールだったが、神として万能の力を持つ父とは違い、まだまだ生まれたてで若く地球の見習い管理をしていただけのエスティリアでは明らかに力不足だった。
惑星は何とか誕生したものの、彼女は星から離れられなくなり、ウェニティアの指導を必要とした。
そんな折、同じ創造神仲間であり友神から救難信号が入った。
彼の一番下の子息──幼神とその眷族郎党を避難させてくれないかというもので。
場所的に自身の管理領域のギリギリにあったその惑星が丁度いいとして、惑星の維持管理を手伝わせる条件として、許可を出したのが事の始まりだった。
それがまさか──二神が互いに引かれ合い、恋に落ちるとは思わなかったがな。
愛娘が嬉しそうに報告してきた当時の事を、彼は今でも微笑ましく思い出す。
しかし運命は残酷だ。
友が相討ちの形で戦死──神核ごと滅びたという情報を耳にした時には既に手遅れだった。
別次元からひっそりと侵攻してきた邪神の残滓──邪気毒に気付かず、気付いた時にはエスティリアは相方を失った挙げ句に、彼を助ける為に自己存在を維持出来るギリギリまで力を削り、その反動から完全休眠を余儀無くされていた。
慌てたウェニティアは父に事情を説明した上で妹である四女と五女の二柱をエストラルドへと呼び寄せた。
だがこの肝心な局面でウェニティアのうっかりで事前の伝え忘れが発生。
その時にちゃんと全てを説明していれば良かったのだが、焦って気が動転していたウェニティアはエスティリアが彼のボロボロの神核を抱えて休眠し、娘と自身の分体に彼の魂の欠片の収集を依頼しており、自身が星核に眠るエスティリアの補助に関与している事は説明したものの、彼女達が大規模な祝福を使ってこの星にいる間は神や精霊達からエスティリア関連の記憶を一時的に忘れさせる事で、エスティリア自身の権能と能力を底上げして対処している事を伝え忘れていたのである。
それは設定した当精霊達でさえ、設定した全ての条件が出揃うまで忘れさせる──強迫観念にも似た使命感は残る──程の、惑星全域に施された大規模なモノ。
何がこの星で起こったのか正確に伝わらないまま──この地に降り立った三柱の記憶からエスティリアと彼の名がこぼれ落ちた。
そんな状態にも関わらず、三柱はお互いに協力しあって、ウェニティアが考案しつつも構築出来なかった部分の補修や維持管理体制を何とか構築し終わったというのが、エストラルドの裏事情であったりする。
ウェニティアがあんな状態になったせいでもあるが、この呪いにも似た祝福が解けないまま、エストラルドの真実をきちんと引き継げないまま、エテルティナが精霊女王をすることになったのが今の状況である。
またウェニティアはユーネに精霊核を抜き取られる寸前、ダミーの精霊核へ力の殆どを移しておいたモノ──と入れ替え、本体は小動物下級精霊としてその場を逃げ延び、命からがら(?)何とか神域まで逃げ込めた。
力の繊細なコントロールが出来るウェニティアならではの奇跡の脱出であったが、やはり力の総量が足りず、神域まで戻るのにかなりの時間を要した。
何とか星を脱出して神域に到達したおかげでようやく思い出し、説明を受けたティスカトールも現状をきちんと把握する事が出来たのだが、いかんせん事態把握までに現地時間で約二万年かかっているのが何とも言い難い。
彼女──テラリティからみれば、一番下の可愛がっていたエスティリアの惨状と、ユーネに精霊核を奪われたマヌケな愚妹のせいで中途半端な引き継ぎしかされていない状態にも関わらず、姉の抜けた穴を必死に埋めようと星の管理と維持を行っているエテルティナとフォルトゥナの二柱に心を痛め、同じ思いでいる筈の父までもが今も二柱に真実を伝えていない事に、ここ最近ようやく真実を知ったテラリティは憤慨していた。
更に言えば、エスティリアが父の真似をしたがって自分の惑星を作りたいと言い出した時に、しっかり言い聞かせて止めなかった事にもだ。
テラリティの持つ権能は誰かを護る事に特化しており、その他への融通が利かない。後は始祖精霊としての基本的な力しか持たない為、妹達の力になれない事への罪悪感が凄かった。
また他ならぬ父から許可なくエストラルドへの渡航や連絡を取るのを禁止されている──どうせ着いた瞬間忘れる──事もあり、その事が不満を溜め込む要因となっていたのである。
「そもそも力をほぼ完全に失ったウェニティアを地球の人間に転生させる必要があったのですか!? しかも記憶を一部封印してまで! おかげで役に立つどころか、連絡役にすらなれないじゃないですか!」
「い、いやぁ、それはだな。その……普通の女の子になっても、出来るだけ彼とエスティリアの分体の傍に居たいと言うからさぁ……」
「何であの異常性愛者の言う事だけを真に受ける必要があるんです!? 私にとってもエスティリアは可愛い妹なんです! あの子が苦しんでいる今、自分も助けに行って傍にいたいんですよ!!」
「うん、前から何度も言ってるんだけどさ。テラリティも鏡見ようよ」
「だから何故鏡!? いつも訳の分からない事言って誤魔化さないで下さい!」
完全に自分の事を棚に上げるテラリティ。
テラリティは身内にはとことん甘いのだが、特に父と同じくらい愛している最愛の妹を『この子は私の嫁』と言い放って自分から奪おうとする(ように見える)ウェニティアにだけはきつくあたる事が多く、そしてお互いに仲が非常に悪かった。それはある意味同族嫌悪に近い。
いつも取り合いになって喧嘩しあっていた彼女としては、ウェニティアだけ許可が与えられて自分には許可が下りないのは納得がいかないのである。
「父様はエスティリアが可愛くないんですか!?」
「もちろん可愛いに決まってるじゃないか。それにあの子が人間となればチャンスが、向こうに行けば祝福の対象外になる為に伝えられるかもと、現地に行けば封印が自動的に解除されて思い出せるようにしたんだけど、行った途端やっぱり祝福が、ね」
「あの馬鹿全く役に立たない……駄目じゃないですか」
「思いの外、あの子達の祝福は強固で頑丈だったわ、アハハ」
「じゃあ何でこんな面倒な手順を踏まれたのです!? こちらに残っている私達が真の力を発揮すれば、あんな害虫程度一瞬で消去してから……」
「それは流石に駄目だよ」
手を振りながら口を挟んで彼女の口を止めさせると、
「それにあの子達の今後の成長の為にも、この父は鬼とならなくてはならない。今回の失敗はウェニティアとエスティリアの見通しの甘さと、友の子息の油断から来たものだ。自分達のミスは自分達で拭わなきゃならないんだよ。
もちろん放置するつもりはない。でも父はその背中の荷物をそっと支えてあげる程度の手助けはしても、後は自分で持ち続けて貰うつもりだよ」
そう宥めるように語りかける。
「しか……っ!?」
「──そもそも」
それでもなお、詰め寄ってくる娘の頭にポンッと手を乗せ、
「お前の案──看守の精霊と告知の精霊の権能を元に戻して、『斬律』と『言霊』の精霊として連れていくって正気かい? 多分二柱が真実を知ったら、本当の神核を神域に保管している自分達はどうせ死ぬ事なくいずれここで復活するからと言って、エスティリアを星核や彼の神核ごと真っ二つにするよ?」
「うっ」
そうなれば、エスティリアは解放されるが彼は助からない。彼の神核はエスティリアと共に在るのだから。
「イシュティリカはちょっと面倒になったら手加減や配慮ってモノを全くしなくなるし、アマルティはすぐ口車に乗せられて考えなしに行動しちゃうんだからさ」
「……」
「今となっては、私の亡き友の最後の形見。その子を一生懸命救おうとしているあの子を今は見守ろうよ。エスティリアの頑張りを、ね」
「……父様。その言い方ズルい……です」
頭を撫でながら言い聞かせてくる父神の指摘に、彼女は頬を染めて俯き、言葉を詰まらせる。
この地球上で父の傍で仕事に従事している三女と六女の二柱。
実は少し前に別次元に創られた世界の問題解決を父に命じられた時、イシュティリカは一向に進捗が進まない事に段々面倒になってきたのか、アマルティに命じて手当たり次第に原因を叩き斬らせた実績がある。
物理的なモノだけでなく空間や理すら斬る事の出来るアマルティの手によって、世界を構築する根幹の理をズタズタにされたその次元の世界は、呆気なく時空震を引き起こして崩壊。慌てて斬られた理をイシュティリカが復元しようとするも全く追い付かず、完全に消失してしまった。
その事案についてティスカトールは、『こちらが想定した解決の道筋に気付いた点は問題ないが、もう少し慎重に判断し行動すべき』との評価を下している。
そして世界崩壊の罰の一環として、現在は権能を大きく制限された上でASのナビゲーターや掲示板の監視役にしているのである。
二柱のストッパー役が板についているテラリティがその場にいなかった事も大きく影響していたのだが、仕事を手っ取り早く終わらせて早くのんびりしたかったぐうたらなイシュティリカもイシュティリカだし、そもそもアマルティの方が姉なのに口の上手いイシュティリカを止められず、いつも言いくるめられて流されてしまう彼女の意志や押しの弱さも大問題である。
確かに父の言う通り、二柱をエストラルドへ連れていってしまえば、あの世界の命運は尽きてしまう可能性が高かった。
「それにあの子達は世界を維持したり救うのには向いていない。アマルティは何かを破壊する、イシュティリカは新しい概念や理を構築するのには向いているけどね」
「……それが分かっていながら、どうしてあの次元の問題解決を任せたのですか?」
「いずれはあの子達の結婚祝いに上げる予定で創ったのは良いけど、あの時空間は構想自体に問題があってね。生命が生きていられない空間になってしまっていたんだよ。色々と噴出した問題箇所を壊して再構築をしないといけなかったから、むしろあの二柱が適任なんだ。しかも放っていたらあと数百年くらいで確実に自壊していたから、あの二柱にスキルアップを促す試験教材として使うには丁度良かった。
もちろんエストラルドにかかりっきりの三柱を呼び戻す訳にもいかなかったし、ね。
とは言え、そろそろ二柱も落ち着いてきたかなと思ってたんだけどなぁ。腰を据えてじっくり手間暇かけてやらないといけないところを、一度に一気にやっちゃったからご覧の通り。おかげで試験結果は赤点落第だけどさ。あははははっ」
「父様、それ笑い事じゃありません」
いやぁ全然成長してなくて困ったねぇと、頬をかきながら乾いた笑みを見せる父に、テラリティは大きく嘆息する。
「そちらは分かりました。じゃあせめて、向こうで困っているエテルティナとフォルトゥナをこっちに呼び戻してきちんと説明して上げてくださいよ」
「しっかり者のフォルトゥナがいるからまあ大丈夫でしょ。エテルティナも最近丸くなっているそうだし」
「あの、いくらフォルトゥナがしっかり者でも……えっ? エテルティナが丸く? 全く想像が出来ないのですが……?」
反論中に父から耳を疑う単語が飛び出した事に気付いて、テラリティは思わず聞き返す。
「それがさぁ……最近好きな子が出来たみたいだね。いやぁ、青春っていいねぇ」
「ええーっ!?」
情熱的なフォルトゥナなら分かるのだが、あのエテルティナに……!?
そう、テラリティが知るエテルティナと言えば、父の敵は無慈悲に容赦なく殲滅。そして父の動向すら基本的に無関心で、無頓着と無表情が服を着て歩いているような少女である。
そんな妹が丸くなったと聞かされたばかりか、好きなお相手が存在するなんて、全く想像が出来ないテラリティは驚きを隠せない。
「フォルトゥナ曰く、結構な恋患いを起こしててね。その子の事ばかり考えてしまって仕事が手につかないほど酷いらしい」
「いやいやいやいやいや!? それ本当にエテルティナ!? まさか偽物!? それとも変な物でも食べた!?」
混乱している愛娘を見やり、彼はくすりと笑う。
表層に現れた彼の精神を初めて見たティスカトールは、あれは仕方ないかなとも思う。
あの子は天性の人……いや、神たらし、しかも無自覚な天然モノだね。
いやはや、殆どの娘達取られちゃうかな、これは。
ま、亡き友の忘れ形見の妻になってくれるなら、娘達が幸せになってくれるなら、それでもいいかと彼は漠然と思う。
「──あ、いや、その……もし本当にそうだとしても、です。フォルトゥナは大丈夫なんですか? むしろあの子に負担が集中して、ストレスマッハで胃に穴が開きそうに思うのですが?」
「うーん。何とかやってるみたいだね。それにエテルティナは初恋らしいんだけど、フォルトゥナが持っている権能を考えれば、まだコントロールしやすいんじゃないかな。
……あ、そうだ。やっぱりここは伝統的な慣習に則って『娘が欲しければこの父を倒してからにしろ』と相手に白手袋を叩き付けに行った方がいい?」
「それ、どんな慣習ですか。聞いたこともありません。第一そんな事したらエテルティナに嫌われるどころか、神域まで乗り込んできて殴りかかってきますよ」
「それは流石に嫌だし困るねぇ」
たははと笑う父に、テラリティは「エテルティナ達とはもう三万年以上も顔を合わせてないし、もし本当に好きな相手が出来たとしたら、それくらい性格も変わったりするかな?」と漠然と考えた所で、ふと父に上手くはぐらかされている事に気付き、強引に話の軌道修正を図ろうとする。
「で、話は戻りますが、やはりちゃんと真実を説明しておいた方が……。いや、やっぱり私だけでもエストラルドに向かった方が良いのでは?」
「──んー。でもそうしたら多分テラリティも忘れてしまうよ。それに今度は誰がこの父の面倒を見てくれるんだい?」
「……父様。ボケるのはまだ早いですよ。それくらい自分でするか、アマルティ達にして貰って下さい」
「えー、やだよ。アマルティは言った事以外は大雑把でしかも脳筋だし、イシュティリカは面倒くさがり屋でさらりと毒吐くし。
それに地球では弱々な父が暴漢に襲われたとしたら、誰が護ってくれるのさ?」
「……そこは気合いで何とかしてください」
「うわぁ、テラリティまで酷いなぁ。でもテラリティはとても優しくて良い子だから、口ではそう言いつつもしっかりここにいてくれるでしょ? だから父はテラリティが大好きなんだし、一番頼りにしているんだよ」
「えへへっ……。
──ッ!? も、もう! いきなり何を言うんですか!?」
再び頭を撫でながらの誉め言葉に、彼女はふにゃっと蕩けた顔を見せるも、慌てて首を振ってその手を振り払うと、大きく息を一つ吐く。
「……はぁ。全くもう。仕方ないですね。残ります。ただ、本当に上手いこと連絡くらいはしてあげて下さいよ。このままではあの子達が可哀想です」
彼女は改めてそう念を押すが、
「……そのうちね。うん、そのうち。まあ今はウェニティアと同時期にまとめて転生させた英雄やあの龍をはじめ、その他諸々の反応を見ている方が面白くてね。その後で必ずするよ」
──あ、これ絶対連絡しない奴よね。
と、テラリティは内心そう思ったが、これ以上はどうにもならず。
こうして今日も神域での一日は無駄に過ぎていくのであった。
という訳で、ようやくプロローグ終了です。次回から理玖君達に戻ります。すごく久しぶりな気がする……。
この話もちょっと説明臭くなりましたが、神ティスカトールとその娘達七柱姉妹の名前はこの話で全員登場であり、下記の通りとなります。
……自分で設定しておいてなんですが、なかなか濃いメンバーになってます。
・神『ティスカトール』
・長女 守護の精霊『テラリティ』
・二女 調和の精霊『ウェニティア』
・三女 看守の精霊『アマルティ』
本来の権能と名は『斬律』
・四女 永遠の精霊『エテルティナ』
・五女 運命の精霊『フォルトゥナ』
・六女 告知の精霊『イシュティリカ』
本来の権能と名は『言霊』
・七女 星の精霊『エスティリア』
ちなみに元素の精霊の立ち位置はというと、神にとっては『孫』にあたるかな?
あと、斬律は当然造語です。律……理や摂理、つまり決められた基準すら斬る者という意味です。