163話 その裏側で……(2)
──???──
「では、そろそろ本日の報告を再開します」
「お願い」
中断していた定例報告を三山木は再開させる。
神ティスカトールが突然この執務室に転移して押し掛けてきたから急遽この場が会談場所に変化しただけで、本来は彼との面会はなかったのだから。
「先日、紬姫様から報告がありました。一番下のお子であられる理玖様に星紋の発現が認められたようです」
「ようやく、ね。紬姫様から美空様に生理が来ても星紋が発現しないと聞いた時はどうしようかと思ったのだけど。これで揉めに揉めたあの件はようやく落ち着くわね」
「あの件というと……美空様の婚約者の件ですか?
確か入婿から降嫁に変わった為に、次男坊どもが挙って名乗りを上げ出した後、子を産んだ後に星紋が発現する場合がある事を過去事例で知って、何人かの馬鹿男が「そんなの聞いてない」と喚いたあの騒動でしたね?」
「ええ。女性の結婚を……宗家の女性を自身のお家騒動に利用しようとした奴等……今思い出しても腹の立つ!」
当時を思い出したのだろう。
淑女らしかぬ舌打ちをしながら、春花は大きく息と毒を吐く。
「後から星紋が発現して入婿や産まれた子が御陵へとなっても構わないとの事で、有栖川家が直系の慎吾殿を差し出されて、事態の収拾を図られましたが……」
「それも計算の上だったのよ、あのくそ狸の。何が将来の禍根を炙り出した、よ。馬鹿どもを陰で煽動した挙げ句、美空様を権謀に巻き込んだ癖に、よくもまあいけしゃあしゃあと。本当に無駄に口が回る」
「当人達が同級生で元々仲が良かった事も影響が大きかったかと」
「それはそうだけど!
他家を怯ませておいて、抜け目なく自分の直系筋に御陵の血を取り込むとか。それとやはりあの病院の利権も狙っているかしら?」
「そう思われても仕方ない事をしておりますから。弁護士協会を統括している有栖川家ですが、直系の慎吾殿は何故か医師の道を志しましたからな。
もしや何か裏があるのではないかと、医事会を統括している院瀬見家が秘密裏に懸念を示してきております」
「ん? それは郡司さんからではなく?」
「はい。現当主の宗司殿からです。郡司殿からは何も。あのお二方は良好な関係を維持されていますし」
「慎吾さん本人は表裏のない好感の持てる青年ではあるのだけど、あの狸は……いえ、これ以上は不毛だしやめましょう。
……はぁ、いつの世も親の都合に振り回される子供は苦労するわね。仕方ないとはいえ、親と生まれを選べないって不幸」
「それはまあ……我々にも言える事ですので」
「言えてるわね。一般人として生を受けていればと、何度考えた事か」
春花に狸呼ばわりされている有栖川家現当主は野心家として有名であった。御陵の血を自家に取り込む事で十二家の序列を上げようと考えている事くらい、彼をよく知る人物ならすぐに想像がつく。
そんな有栖川家の愚かな行為に、彼女はため息をつく。
そもそも十二家は『円卓』だ。つまり女王である御陵を支える十二家に序列は一切存在しない。
長き時その時代の変化に合わせて様々な専門分野に特化していく事で、あらゆる事案から御陵を護り易くするのが目的であって、この日本国の権力を握る事それ自体が目的ではない。単なる手段だ。
光凰院家が十二家のまとめ役と政府との折衝をしているのも、過去に他の十二家が折衝役を面倒くさがってやりたがらない時期があり、それを見かねた御陵が光凰院家が担当するようにと指名したからである。
それを勘違いする馬鹿はいつの時代も一定量出てくるから困る。
「そう言えば現在の高辻家も野心丸出しだったかしら?」
「それが……少々おかしな方向に事態が動いておりまして」
報告書に目を落としながら、困惑した表情で続ける。
「昨日正式に当主へとなられた博隆殿ですが、紬姫様より十二家と御陵家に纏わる内情を初めて教わったとの事で」
「はぁっ!? 何よそれ!?」
あまりにも耳を疑う報告に、つい昔の地が出て、はしたなく聞き返してしまう。
「それが……どうやら前当主だった博次殿より改変された嘘八百な情報しか聞かされておらず、全てが初耳で青天の霹靂だったようで……」
「ちょっ、ちょっと待って! 跡継ぎに嘘を教えていた!? いくらなんでもそれはあり得ないのではなくて!?」
「本当らしいです。聞けば高辻の分家筋もそれを知っておられたそうですが、なにぶん相手は強権思考の博次殿ですから。彼が存命中に博隆殿へ下手に本当の事を教えたら、自分や彼の家族が何されるか分からないと思い、あえて黙っていたそうです。
結果、今になって父が分家に行っていた所業と真実を知った博隆殿は、あちこちに頭を下げて回っておられます。今夜入っている春花様との面会もその案件かと」
「紬姫様はなんと……!
──いえ、気付いていて黙っていたか、それとも自分から言い出したか……?
あの子ならやりかねないわね」
叔母としての見解で呟く春花。
その昔紬姫がまだ学生だった頃、自分の護衛の仕方が過剰過ぎるとして勝手に抜け出したりまた失踪したりと、聖や咲姫、護衛に付いていた高辻家に心配や気苦労をかけ続けていた事を思い出し、幻視痛を覚えた春花は思わず額に手を当てる。
「……宗家に不利益が絡まない限り、他家の内情については基本相互不干渉の約定があるとはいえ、思ったより酷い事になっていたわね……何やっていたのよ、あのお転婆娘と糞ジジイ」
自分も子持ちの親になって、ようやくこちらの苦労が分かって落ち着いたと思っていたのに!
昔と何も変わらない姪の発想に、春花はそう嘆かざるをえない。
先代の当主だった父博次の言う事を真に受けていた高辻博隆は、高辻家が持つ『近衛』という役割を知らされておらず、しかも父が言う通りに自分の娘や息子達を必要以上に御陵家に接近させていた。
なぜ博次は自分の息子に正確な情報を教えなかったかと言うと、博隆が真面目過ぎるからだ。しかもこうと決めたらテコでも動かない。
もし自分の家系が『近衛』の役目を持つ事を知れば、他家よりも傍にいる事が将来の婚姻に有利過ぎてフェアじゃないと考え、距離をおくかもしれないと危惧したからである。
もちろんそんな事をされては、今以上に御陵との関係を進展させ、完全に取り込みたいと考えていた博次にとっては足枷になってしまう。
その為に事実を上手く改変し、他の分家衆を当主権限で遠さげた上で、上手く辻褄を合わせた話をして誤魔化していたのが真相だった。
しかも博隆がまだ子供の時分からの遠大な計画である。
当然の事ながら紬姫もその事実にしっかり気付いていたが、教えた場合のリスクと後始末、教えない場合のリスクとフォローを天秤にかけた結果、自身の経験も加味して教えるのを保留にした。
いや、むしろそれを積極的に利用した。
周囲から畏まられる生活に飽きていた紬姫にとっては、高辻家の遠慮のない家族ぐるみな付き合いが新鮮であり、その事が彼女の判断に大きく影響していたのである。そんな楽しい生活に甘えていたせいで、結局高齢の博次がこの世を去るまで、博隆とその子供達にだけ真実を教えない状態が続いていたのであった。
そして博次が高辻家の本宅で倒れ急逝し、葬儀が行われた後、博隆が分家の満場一致で当主に選任されるやいなや、このまま何も知らせず黙っているのは流石に拙いと思ったのか、紬姫と郡司は仕方なく保留にしていた御陵と十二家の成り立ちを教え始めた。
もちろん初めは二人にからかわれていると思いなかなか信じようとしなかった博隆だが、異能や家系図、記録媒体に残るやりとりをも駆使して語る紬姫と郡司にようやくそれが真実と気付き始め、最後には父の死を悼む気持ちなど大きく吹き飛び、自分の今までの勘違いと周囲の気遣いに青ざめる羽目になったのである。
そんな彼の現在の心情を察するに余りある状況に、春花は憐愍を覚える。
まあこればかりは周囲も博隆を責められない。
もし責めてしまったら、子供達の仲の良さに見て見ぬ振りをしていた紬姫と郡司にも大きな責任問題が発生してしまうのだから、恐らくどこの家も高辻家を糾弾しない筈だ。
紬姫がそこまで考えて計画した節もある。
とはいえ、樹君は勘づいていたかもしれないわね。
何度か顔を合わせた時の彼の息子の様子と態度、そして監視させていた部下の報告書の内容から、春花はそう考える。
恐らく紬姫様の方から何らかのヒントを発信していたのだろうけど、やはり彼は優秀ね。
ただ惜しむらくは二人が共に男性な事、か。彼に妹がいただけでも良しとしましょうか。
そう納得する。
「……まあ良いわ。続きを」
せめてどちらかが異性であったなら、次期盟主となられる理玖様の婚約者候補に光凰院家としても強く推すのにと考えながら、春花は三山木に報告の続きを促す。
「理玖様の次期盟主への当確と今後の事に関しては、紬姫様が近々公表されるとの事です。今後発生する理玖様と海人様の婚約者の選定を見越した発言もなされるかと」
「──そうね。その問題が付きまといますから」
「海人様のお相手である高辻家長女の杠葉さんはともかくとして、恐らく理玖様の方は同家次女結依さんを婚約者として公表されるかと思われます」
「まあそれは順当かしら。どこの馬の骨と分からない女性が間に入ってきたのならともかく、理玖様も海人様もお相手が高辻家直系の娘達だから問題はないわ。しばらく世代が噛み合わなかった影響で、高辻家は入婿や降嫁の対象からずっと外れていたし、その事が博次の暴走を生む切っ掛けになったのだもの。その事を全面に押し出しておけば次第に落ち着くでしょう」
恐らく『高辻結依』が『御陵結依』に、『御陵海人』が『高辻海人』になるのだろうと、春花は予測する。
光凰院家の未婚者は男しかいないし今回は楽ね、とも心の中で続ける。
宗家の婿の座の取り合いや、降嫁または入婿の相手にと十二家でいつも争いになる為、基本的に当人同士の意志に任せる形になっている。
よって親が出来る事といえば、出会いの場や切っ掛けを作るのが関の山。なぜなら親が本格的に婚姻への口を出し始めると、他の家も言い出し始めて途端に収拾がつかなくなるからである。
で、その『出会いの場』というのが、実はあの御陵学園だったりする。そしてそれが中高大の一貫校となっている理由でもあった。
かつての神城家のように、同い年であれば幼少時代から会わせようとする気の早い親もいる事にはいるが、本格的に思春期に突入する中学からの場合が多くなっている。
今回の御陵家には年頃の男女が三人いた訳だが、その内の二人を高辻家が独占したと取られかねない状況である為に、現在の盟主である紬姫が一旦預かるという形にしたいようだ。
と、そう春花は判断したのだが、三山木の話にはまだ続きがあった。
「ただ理玖様の婚約者候補も少しややこしい案件が発生しまして。ここ最近になって、神城家も負けずに一族総出で直系の美琴さんを推されているのです」
「神城家? 一族総出? まさかとは思うけど優樹菜までも?」
「はい。むしろ最初に言い出した当人です。しかも正妻の座がどうしても無理ならば、せめて妾にでもと」
「あらまあ……。そういう事が大嫌いなあの子がそこまで主張するなんて珍しいわね」
「自分の主義をねじ曲げてでも、可愛い孫娘の積年の想いを叶えてやりたい、だそうです」
「あー、まあいいんじゃない」
「良いのですか?」
投げやりに答える春花に、ついオオム返しに聞き返す三山木。
「盟主が女性じゃないんだし、正直どうでも良いわよ。それが二人から三人に増えたところでね。
それに……今回のように男性が盟主なんて皆初めての経験だし、誰もが戸惑うに決まっているし、その後の様子や結果の推移を見守ろうとすると思うわ。
だから丁度良かったじゃない。貴方の孫娘さんも一緒に発表して貰えば?」
「あ、いや……そういう腹積もりでは……」
最近暴走し出した孫娘の事を春花に指摘され、口ごもる三山木。
彼が息子から聞いた事によると、弥生は父の口からエストラルドで出会った彼が宗家である理玖だと知るやいなや、いきなり両親に彼の嫁となる宣言。
今の今まで顔を合わした事も写真も見た事もない、しかも格上な家柄の相手にいきなりそんな血迷ったかと思わんばかりの事を決意表明した娘の勢いに困惑し、もう既に高辻家の娘が婚約者として内定している筈だからと告げた上で、今回は縁がなかったと宥めようとする両親に、彼女は「もちろん正妻が結依ちゃんなの知ってるから。だから目指すは妾というか、内縁の妻ね。理玖ちゃんを高貴な方と言うなら、結依ちゃん以外に彼を支える側室が何人いてもいいじゃない」と言い出して、唖然として絶句してしまった両親を尻目に、勝手に転校と引っ越し準備を始めてしまったというのだ。
無駄に行動力があると言ったらいいのか、恋する女性は強いというか、少々の障害では立ち止まらないと言ったらいいのか。
思い込んだら一直線な彼女の性格が良く出ていると言えよう。
そんな出来事を端末越しにいきなり息子から相談された三山木は、目の前に春花がいたのにも関わらず、思わず頭を抱えたものである。
しかもその時弥生も息子の傍にいたらしく、このままでは埒が明かないと思ったらしい彼女は父親の手から強引に端末を奪い取って画面に映ると、「明後日にはお爺ちゃんの所に瑠美と一緒に行くから、私達の部屋と転校の手続きお願い。じゃ、また明後日ね~」と手を振りながら一方的に宣い、電話を切ってしまった。
あまりの出来事と急展開に、彼にしては珍しく携帯端末を持ったまま暫し呆けてしまった。
一時期塞ぎこんでいた可愛い孫娘が立ち直って元気な声を上げている事に嬉しく思うものの、立場上どうしたらいいか迷ってしまって、つい春花に相談してしまったのはこの場合仕方がないだろう。
そのやり取りにしっかり聞き耳を立てていた春花は、珍しい三山木の表情にニヤニヤと笑いが止まらずにいたが。
「それに真面目な話、宗家出身の男性の多妻に関しては誰も文句を言えないんじゃないかしら。
過去に宗家の婿を迎えた家がその家系列の未婚女性全てをあてがうという暴挙をやった事例もあるし、特に戦時は大なり小なりどこの家も秘密裏に子を産ませるとかやっていたようだし」
「……そうでしたな」
完全にモラルが崩壊していて突っ込みが入りそうなものだが、ある意味彼らの中では『神の指示』という御陵家に対しての『免罪符』があるのだから、本人達がそれで良ければと誰も指摘してこなかったのである。
ただ一人の男性と二人三脚で夫婦生活を送ってきた春花からすれば、それは色々と気に食わないようで。
「御陵家に関しては仕方ないと諦めていたわよ。だ、け、どっ! 現実は全く違うじゃない!
そもそも私達の世代だって、あの馬鹿兄が咲姫姉様が傍におられるにも関わらず、向こうの世界で拾った犬耳少女やらエルフの巫女様やら王女様やら三人も嫁を作っていたし、玄十郎の馬鹿なんて毎日取っ替え引っ替えで、あちこちの街に現地妻いたし……男連中ってちょっと可愛い女の子に言い寄られたらすぐ鼻の下を伸ばして……。
あーっ、今でも思い出したら腹の立つ! 本当に馬鹿ばっかり!」
「……お、同じ男として、耳が痛い話ですな」
再びヒートアップしてしまう春花の当時の愚痴は本当に酷い話で、そして今更な案件だった。
活動報告に書いた『百八十度ひっくり返した』と言うのは、親父さんが『知っていた』→『知らなかった』です。
物語の展開上と彼の性格設定上、無理があると思い変更です。
プロローグは次で終わるかな?
でももうちょっとかかるかも?