162話 その裏側で……(1)
お待たせしました。
新章……というか、前話で第一部が終了し、ここから第二部としての扱いになります。
それに合わせて、キーワードタグを追加しました。
(前にあった『ドタドタ劇』とかの弱いワードは改変していますが、余ったスペースにネタを入れているのはご愛敬という事で)
その為に理玖君達の物語の裏方で何が起こっているのかを補完したストーリーを、プロローグとして三人称で書いていたのですが……すいません! 一万五千文字でも終わらないので、また分けています。
(理玖君達登場はプロローグ後)
急に人物名とかが増えるのですが、特定の人物以外多分名前だけで終わります。(多分)
──???──
「……ふぅ」
彼女にしては珍しく大きく息を吐き出き、ソファーに沈み込んだ。その老体を柔らかく受け止めたソファーは僅かに軋んだ音を立てる。
目の前には並んだティーカップが二つ。自分と、そして今の今まで目の前にいた彼の分だ。
事前連絡もなくいきなり部屋に出現した彼らとの臨時面会は、彼女にとって相当神経を使うものだったようである。
「──春花様、お疲れ様です。今替えを」
背後に影のように直立不動で控えていた老執事が、主の様子で一段落ついたと見て声をかける。
突然来た時と同じくにこやかに自分の主人へと手を振りながら、従者のように終始無表情のまま立っていた娘と共に消えていった彼の無作法に、僅かに吊り上がっていた眉と己の感情を隠しながら。
「そうね、三山木さん。それでは先程と同じアッサムを……いえ、気分転換がしたいわ。今度はアールグレイに変えて頂戴」
「はい」
呼び鈴を鳴らした三山木幸治は現れたメイドに使用済みのカップを取り下げさせると、傍にある棚から別のカップとティーポットを取り出し、言われた通りの銘柄を用意する。
いつも淹れたての紅茶を提供している彼としては、この辺はもう慣れたものだ。
「──どうぞ」
「ありがとう。そうそう、その書類は後で貴方から関連事業部に回して頂戴」
「ASの第四陣用の公表文書との事でしたな」
テーブルに残された書類一式を三山木は手に取る。
ASの報告。
実はそれは本題ではない。
彼──手塚トオルが本当に話したかった内容は……。
「──自分の娘達を助けたい、か。今更あのような殊勝な言葉が出るとは……」
「あら、三山木さん。神とて我々と一緒よ」
思わず漏らしてしまったのだろう。
長年自分に仕えてきた老執事の辛辣な彼への評価に反応した彼女は、口元に右手を当てつつコロコロと笑う。
「超越者と呼ばれる神も出来る事と出来ない事があり、そしてこの星に巣食う人間などいくらでも替えのきく駒だと考えている」
「他の人類より強化された我々でも、ですか?」
「もちろん。人間が動植物にするように、かの惑星でも戦えるよう品種改良している感覚しかないのでしょうね。
つまり神とて身内が一番可愛くて大切。父神にとって、助けを求めてきた女神の懇願は何としてでも叶えたい。ある意味とても分かりやすくて良いのではなくて?」
「……そうですな」
嘆息。
主に指摘されるまでもなく、本当は彼もとうの昔によく分かっている。あの男が『御陵』の血筋以外の──たとえ十二家であっても──人類の生死に関して、殆ど関心を持っていない事も。
三山木がその事を深く実感した切っ掛けは八年前だ。それも可愛がっていた孫娘の死の連絡を受けた時に、この男が発した余計な一言が原因。
幼馴染みの修蔵と共にASのテスターの一人だった三山木葉月。
息子夫婦から葉月の死を初めて知らされた際、たまたま傍にいたこの男に「葉月? 誰それ? あぁ、テスターのあの子か。あーあ、交通事故とか運悪いなぁ。こんな事で手札の一つが消えちゃったか。ま、使えなくなっちゃったモノは仕方ないね」と、軽く言われたあの日から。
聞いた当時は相手が神とも知らず、このVRシステムが実は別世界『エストラルド』への魂転移装置だと知らなかった時だったが、あまりの暴言に腸が煮えくり返るほど怒りが沸いたし、知ったら知ったで孫娘を『手札』と言い切るなら何故介入して助けてくれなかったのかと思わず噛み付いてしまったりもしたが、今はもう十二分に理解している。
いや、理解させられている。
だからもうあの神に対して恨みの感情はない。
次世代の若者達を平気で私事に巻き込もうとする彼の所業に、一種の不快感だけが残っているだけだ。
そして神とて決して万能ではない事を、あの出来事が証明してしまった。
その出来事とは、あの宗家嫡子襲撃事件である。
神にとって何よりも大切な計画の要である次代の宗家の嫡子を危険に晒してしまった事で、この男が大きく動揺し狼狽えた様を見せたのは、三山木が知る限りそれが最初で最後である。
この出来事を受けて『介入』出来なかったのかと問い合わせたところ、本人の口から現世地上において干渉可能な事項に多くの制限が掛かっているから、突発的な事項に関する手助けが難しいらしい。
だから『御陵』の護衛とその血筋の維持要員に十二家を創設したとも。
そして神が地上に降りる際にはむやみに力を行使出来ぬよう殆どの権能を封じなければならず、転移のような簡単な力の行使でさえも自分の娘達に頼らなければならないのが現状である。
それがこの時空の秩序だからねと彼は言うが、そんな知る必要のない機密性の高い情報をこうも易々とペラペラ喋って良いものなのかと、当時の三山木は思ったものだ。
まあそれにもオチがあって、あの神の狙い通り世界の裏事情を強制的に知ってしまった三山木は神の祝福を受け、力のランクが跳ね上がった代わりに神の命に背く事が出来なくなった。
つまり世界の維持を建前にされて色々と命令される事について、本音がどうであれ必ず従わなければならないという契約を受けてしまったが、三山木としてやる事は、今まで通り光凰院グループとこの国の方向性を裏で取り仕切る春花の補佐と情報の集約、そして武力行使を前提とした警護である。
それに当主の座を息子に譲ったもう老い先短い自分にとっては、この先この身がどうなろうとどうでもいいだろう。
そう三山木は思っていた。
「しかしながら振り回されるこちらはたまったものではないのでは?」
「こちらにも十分に得になっている話です。彼が提唱したこの度のVR事業の売上、そして太古に交わされた契約とそれに伴う神の祝福。それに……」
目を閉じ、今までの取引を思い出す。
「我ら十二家の繁栄の歴史を思えば、この程度の苦労など大したことではありません。覚める異能はその程度に個人差はあれど、一般人より遥かに優れた力を持つ私達の存在価値は、あの方に指摘されるまでもなく、未来永劫我らが宗家を御守りしていく為のものですから」
彼女が話す十二家とは、
『深草』『有栖川』『神城』『高辻』『星宮』『椿』『三山木』『巫』『東雲』『飛鳥馬』『院瀬見』『光凰院』
の各家名と、それに連なる分家及び従家を指す。
この十二家が存在する意義とは何か?
その全ては自分達の宗家である『御陵』を護る為。物理的な意味でも、血筋的な意味でもだ。
そして十二家に連なる者に発現する特異な能力。
単に『異能』とも呼ばれるその力は、十二家に連なる者に発現する力であり、その昔宗家を護る為にと神が与えた力である。
それらは少なくとも十六になるまでに大なり小なり発現するが、その『異能』の内容を見れば大したことのない者の方が圧倒的だ。単に少し知力が上がったり、認知能力や空間把握能力が高まったり、身体能力が上がったりする。
まあそれが単なる知力や体力自慢に留まるか、コンピューター並の演算能力を発揮したり片手で車を持ち上げられるレベルになるかは、大きく個人差があるようだ。
なぜここまで大きな差があるのかと言うと、それは宗家との絆の距離によって変わるらしい。
それは宗家との血筋的な意味も含まれているが、どうやら血の濃さだけではなく、宗家当主との物理的、又は精神的な距離感も影響しているらしく、しかも現在の状況だけじゃなく未来や過去から遡って発現するらしいとの観測結果が出ている。
よってそのレベルの異能を発揮する者は、宗家と接しやすい各家直系の者が多い。また宗家である『御陵』と接し続ける者ほど、発現した能力が高まっていくとも言われている。
もちろん『護衛者』という役目を背負っている者としては、これは至極当然な流れであった。
そしてこれらの異能は強い切っ掛けがあれば幼少時代でも目覚める可能性はあるが、精神が未熟な間はリミッターが働いて発現しないのが普通だ。それがだいたい十歳から十六歳の間となる。
そのリミッターが壊れてしまったり、命の危機に瀕したり、何者かに解除されていない限り。
そしてこれらは宗家である『御陵』にも当然のように当てはまる。異能を持つのは同じだが、実はもう一つ大きな特徴がある。
それは御陵家を継ぐ役目を負う女児には必ずといって『星紋』と呼ばれる痣が、次代の子を成す準備が整った事を示すサインとして身体のどこかに浮き出るのである。
更に星紋を発現した娘は、周囲と比べて隔絶した異能が目覚めやすいという特徴もある。
そしてその星紋を持つ女性が代々当主を勤め、そして必ず十二家の中から婿養子を取る。そうして御陵家は血脈を維持してきた。
その理由は明確。
星紋を持つ女性の夫となる人物が十二家の直系男性でなければ、次代の星紋を持つ跡継ぎが産まれないからだ。
より正確に言えば、星紋を持つ女児を産むまでは一般人男性の子を絶対に妊娠しない。
そして呪いは『御陵』ほど酷くはないが、十二家にも存在する。
少なくとも子自体は産まれるものの、十二家以外の血が混じっていけばいく程その能力の総合力は明らかに低下していき、やがて消え失せてしまう。
隔世遺伝としていきなり強大な力を発現する者も中にはいるが、それはかなり稀だ。多くは弱い力しか持たないから、監視付きとはいえ放置される。
だがその能力が自分達に牙を向けてきたり、世間に発覚しそうになったりするなどした場合は別だ。
十二家の一つである『飛鳥馬』が相手の情報を調べ上げ、その者が有害であると判断されれば、相手に合わせて『椿』や『三山木』『高辻』が出張り、そして速やかに処置される。
とはいえ問題がないと判断されれば『従家』もしくは『分家』として取り込んできた。
定期的に十二家と婚姻をしておけば、少なくともある程度の能力は維持されるようで、高い異能を発揮した分家出身者であれば十二家の婚約候補としても問題ない事も分かっている。
少数精鋭と言えば聞こえは良いが、今の世の中ではその発想は苦しい。あの神の言葉を借りれば、使える駒は増やしておくに越したことはないのだ。
日本だけではなく世界主要国家に根を張るには、諜報や工作を担当する飛鳥馬家だけでは到底足りない。故に最近従家の一つとなった『加藤家』のように、多くの協力者が存在しているのである。
この呪いにも似た営みは、分かっているだけでも千年以上前から続いていると、光凰院春花は認識している。
そしてその特異性と他を寄せ付けぬ能力に、歴代の権力者達は恐れおののいた。ある者は存在を無視し、またある者は上手く利用しようとして失敗し逆鱗に触れて滅ぼされ、もしくは上手く取り入る事が出来て繁栄を約束されたりした。
御陵を盟主と仰ぐ十二家という存在。
そんな彼らの歴史は、この地球上に日本という国が出来た当初から決して必要以上に表舞台に出ず、世の権力者達を陰から支配してきた歴史といっても過言ではなかったのである。
次は比較的早めに出せるかと思いますが、不定期になっている件、すいませんがよろしくお願いいたします。