表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
165/190

精霊伝4 精霊の価値観(4)


 四千ほどで少なめです……。


 あれから十五年余りの時が過ぎ、シュリナは立派に成人していた。


 父ガルグの指導のもとで幼い時から武術を習っていた彼女は、同年代はおろかヴィス砦に詰めているどの兵すら勝てない程の実力を身に付けていた。


 国防の戦力の一人として立派に育った彼女だが、その可愛らしい容姿にも関わらず、恋人はおろか浮いた話すらなかった。


 昔からガルグの愛娘に対する猫可愛がりは、村や部隊では有名であった。病気がちで寝たきりになっていた愛する妻を十年前に亡くしてからは更に酷くなり、下手にシュリナに交際でも申し込んだ日には、ガルグが殺意の波動を纏い目をつり上げて飛んで来ると噂されていた程である。


 もちろん部隊に所属した当初は彼女の事を善く知らない若い兵士を筆頭に声を掛けられていたが、父親があのガルグと知るや否や、誰もが完全に及び腰になって離れてしまった。


 それにシュリナの実力も隔絶した強さを誇っていた為に、力自慢で誇っていた兵士おとこ達の矜持プライドをバキバキにへし折っていた側面もあった。


 元々シュリナ自身も気になる男の子とか全くおらず、村の少女達が誰々がカッコいいとかとか誰々がくっついたなどと恋話をしている中でも、そんな()()にうつつを抜かすくらいなら身体を鍛えた方が良いのにと、常日頃から考えていた。


 流石に口に出さない程度の分別はあったが。

 

 シュリナ自身としては、父ガルグの強さに憧れと尊敬を持っていた。そしてそんな父が基準になってしまったが為に、恋愛の観点では自分より弱い男達になど全く興味がなかったのである。


 これは小さい頃に母シャリラと死別してしまった上、周りが男だらけの、それも力こそ正義と言い切る辺境国防隊の中で育てられたせいでもあった。


 当然ながら村には多くの女性もいたし、彼女達も何度もシュリナにもう少し着飾って身綺麗にするように言っていたが、さっぱり興味が持てずにいた。

 それもこれも、生と死の狭間である戦場において恋愛感情など不要とばかりに、父から厳しく教育された弊害であった。


 ガルグとて昔はそこまでの考えはなかったが、王都で妻と愛娘シュリナが一度殺されかける事件が発生し、またシュリナが幼い頃村に襲ってきた魔獣の群れに襲われてからは、ことさら厳しく教育するようになってしまったのである。


 もちろんシュリナとてこうなりたいという憧れの女性ひとはいる。


 シュリナが物心ついた頃には既に母はいなかった。代わりにいたのは、父や自分の世話を甲斐甲斐しくしていたリティという女性。そして一度ひとたび戦闘になれば、父の背を守る従者として優れた精霊魔法の使い手でもある彼女に、シュリナは強く憧れた。


 事実ガルグが亡くなったシャリラへの想いを引き摺っていたせいで、リティの想いに応えられていないのが周囲にはバレバレであったし、シュリナも早く父がリティと結婚して『義母』となってくれたら良いのにと思っていた。


 とはいえシュリナはこの『リティ』という女性が、実はヴォルガル王国第二王女『フェリティア』という事は知らなかったが。


 まあ……察しろという方が無理であった。


 シュリナは生まれてこの方、王都など行ったこともなければ王族という者達を見たことがなかったし、リティも王族という地位を完全に捨て去る決意をしてガルグに同行していた。

 地位を捨て、言葉遣いを変え、炊事洗濯掃除と今まで必要としなかった行為にも積極的に手を出し、肩書きなど何もない一人の女性としてガルグに認められようと必死で努力していたからである。


 亡き妻に操を立てていたガルグもシャリラの遺言でフェリティアの事を頼まれており、また彼女からの好意と献身にすっかりほだされてしまっていたが、様々なしがらみや今更という想いが消極的な発想を生み、下手に自分から動いてこの関係を壊したくないと言い訳までして、それ以上の関係になる事へ踏み切れないでいた。


 が、それでも今や阿吽の呼吸で公私共にガルグを支えようとする後妻リティの如く、長年連れ添った夫婦のような雰囲気になっている二人である。シュリナから見てもそれは焦れったい状態であり、されどもそんな関係に憧れを持つ事になった。

 そう、二人のような関係になりたい、と。


 しかしそこは武術一辺倒で父と共に修行に明け暮れていたシュリナである。


 自分はガサツで女らしくないと思い込んでいる彼女は今更家事など出来ないと早々に諦め、自身がリティのようになりたいと思うのではなく、小さい頃から自分の前に立って守ってきた父の面影を相手へと求めてしまった。


 ガルグが村を襲う魔獣を倒してきたのはいい。しかし村や砦で声を掛けられる愛娘シュリナ害獣おとこから守るべく実力行使も辞さない彼の対応はやり過ぎであり、その溺愛っぷりからくる言い訳もまた最低だった。


 曰く。

 シュリナと付き合いたいならば、俺を倒してからにしろ、と。


 こうしたガルグの対応のせいで、村一番の美少女であったシュリナが恋愛難民になってしまう下地を作ってしまったのである。


 そんな訳で、シュリナが相手に求める強さの基準が父ガルグになっていくのはごく自然な流れだった。もちろん自分の父がかつて王国最強と言われていた事に彼女は気付いていない。


 つまり、少しでも好意を持ってシュリナに接してきた男性に対して、彼女は父と比べてどうかとか、更には実力を試すような事をするようになってしまった。当然ながらガルグに匹敵するような年頃の若者は、辺境どころか王国中探してもどこにもいない。


 よってシュリナにナンパ目的で声をかける男は次第に減っていき、彼女が成人する頃には誰もいなくなったのであった。



 

 歪んでしまっていたシュリナの人族時代の恋愛観念はさておき、性格の方は素直で純真そのものだった。産まれた故郷を追われ辺境で暮らすようになった彼女の性格がこうも歪まず真っ直ぐに育ったのは、過去を過去として切り捨て、親の苦労と恨みを子の代に引き継いではならないと決めた両親の決意のおかげであった。


 自分達の過去を何も知らず、日々を暮らしていく中で心優しい女性へと育って欲しい。


 そんな両親とフェリティアの願いを受けて育っていったシュリナは、その表裏のない性格と持ち前の祝福の影響も相まって、多くの精霊達に囲まれる生活を送っていた。


 本人は全く意識していなかったが、精霊の声を聞き取って意志疎通し、お互いに助け合う形で上手く共生していた。


 そんな彼女の姿を王都でのさばっているドルグ一族が一目でも見たら、恐れおののき、自分達の権威を守ろうと取り込もうとするか、又は排除しようとするだろう。


 シュリナが無意識に行っているこの行為は、王国で主席巫女を名乗るドルグの娘にも不可能な奇跡であったからだ。


 そもそも大地の精霊(ガイア)はこの一連の騒動でドルグがやらかした事に納得していないどころか、嫌悪感すら抱いている。


 大地に根差す全ての存在モノを、まるで我が子を見る母のように愛するガイア。


 そんな彼女が人族時代から毛嫌いしてきたのが、魔獣や邪人、そして自身の享楽の為に平然と他人を害する存在である。彼女から見れば、後者にドルグが該当していた。


 それ故にガルグ一家へ過剰な程肩入れしたのであるが、その後も彼女は複雑な心境を抱いていた。


 それは代替わりした自身の王国主席巫女に対してである。

 己の巫女自身への恨みはないとはいえ、父ドルグに逆らえず、またその指示に言いなりになっているこの娘を何とか助けたいと思う反面、彼女の行為や願いがドルグの指示だと思うと、どうしてもあの事件の時の感情と怒りが脳裏をよぎってしまうのである。


 その結果、彼女の心情に忖度した大地の眷属精霊が非協力的になってしまい、自然や国として維持出来る必要最低限の援助しか精霊達は行っていない。


 その事が原因で祭事が失敗したり不作になったりする事は無いものの、豊作にもならずに当たり障りのない結果しか得られず、周囲から事ある毎に先代の巫女と比較され、彼女は肩身の狭い思いを味わっていた。


 また近年魔獣──所謂いわゆる邪気に侵された野獣──が王国に大量発生する事案が頻発していた。


 各地の魔獣を退治しなくてはならず、どうしても国内の兵士のやりくりに無理が生じ始めていたが、ヴィス砦に詰めているガルグを呼び戻せなかった。


 何故ならその魔獣発生に呼応するかのようにヴィス砦の周囲で帝国兵が演習を行ってくる等の挑発行為があり、国王から見ればこの魔獣騒動と帝国が裏で繋がっているとしか思えなかったからだ。


 確かにドルグや王都にいる精霊武官達に各地の魔獣討伐を依頼すれば魔獣被害を抑えられるが、彼がヴィス砦にいない事を帝国に気取られた時点で攻勢に出られるかも知れず、また王都ヴァルガの戦力が減少する事で都の中央に根ざしている地精樹(ティエノラ)の守りまでもが危うくなる。


 またドルグも立場上それらの対応に追われていた。

 幸か不幸か、その事で辺境に左遷されたまま帰ってこない弟の事など意識の外にあり、またその動向を気にしている暇すらなく、それ故にシュリナの存在に全く気が付いていなかったのである。


 もちろんガルグやフェリティアの願いを聞き入れた村人達や兵士達が口を固くつぐみ、外部に洩らさぬよう隠蔽していたからというのもある。


 噂というのは容易く広がるモノであるが、この件にいたっては天が味方していた。辺境にある村独特の閉鎖的気質、そして兵士も威張り散らすドルグ一族に対する毛嫌いが良い方に転がったのである。


 とはいえ、それは危うい均衡でしかない。

 何時いつ何時なんどき告げ口され、彼女の存在が王都にいるドルグにバレるか分からない。




 そんな内憂外患ないゆうがいかんなこの情勢の中、『ユズハ』『エメラ』と名乗るふたりの女性がヴィス砦を訪れた事で、シュリナの運命が大きく動き出す事となる。



 ──そう。



 帝国兵を率いていた『ダムド』と名乗る巨漢にシュリナが瀕死の重傷を負い、人である事を辞めて精霊として生まれ変わったその日から……。



 めちゃくちゃ気になる状態ではしょっていますが、シュリナが精霊化した時の詳しい話は次の機会になります。色々な事に絡んでくるので。


 早くセイちゃんの話に戻りたいというのもありますが、色々な事に絡んでくるのでまた後日にでも出てきます。




 ちなみにもう一つの気になる事案のネタバレですが……。


 ここまでの作中では薄幸過ぎる王女フェリティアさんですが、実はちゃんと報われています。彼と彼女の子孫が後に出てくる予定ですので。(これ以上は今は内緒)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ