精霊伝3 精霊の価値観(3)
長らくお待たせしました。
……更新再開したら、最初のプロットより何故か登場人物が倍加した件について。
約百年前に元帝国の皇女であったレクティアとは違い、シュリナが生きていたのは約四百年前、それも帝国の北に位置するヴォルガル王国の出身である。
この時代のエインへリア帝国はヴォルガル王国に対して国境へと部隊を派遣しては魔物をけしかけるなどして挑発行動を繰り返しており、何時何時小競り合いから大規模な戦線に発展してもおかしくなかった。
まあ皮肉にも第十五次邪霊戦役が勃発したおかげで、両国共に戦どころではなくなり、血で血を洗う全面衝突が回避されたのだが。
シュリナの父親であるガルグは帝国との国境における警備隊隊長としてその任を立派に果たしていたし、そんな父の教えを受けたシュリナもまた、未成年の頃から父と共に警備隊に所属し、仲間内で勝利の女神とまで言われていた。
本精霊はその称号を恥ずかしがり、何の家柄もない一般人の出で単なる国境を守っていた一兵士だったと周囲に主張するが、実のところそれ以上にシュリナ自身も知らされていなかった隠れた背景があった。
問題の一因は父親であるガルグの代にあったが、切っ掛けはシュリナが産まれた事による。
人族としてのシュリナは大地の精霊の巫女の直系として王都で生を受けながら、氏族が代々信仰している大地の精霊の加護ではなく、太陽の精霊の祝福と〔精霊の器〕を持って生まれてきてしまい、その事が原因で危険な国境沿いに移り住む事になったからだった。
シュリナの父ガルグは王族付きである主席精霊武官だった。しかも彼は王立学院時代に第一王子と同期、それも親友の仲である上、国王をはじめとして王家の皆に相当気に入られていた。特に仲の良かった王子の妹──第二王女と婚約の打診まで秘密裏にあった程だ。
そんなあまりに次期国王と近いガルグの立ち位置に、いずれ次期当主の座を奪おうとしているに違いないと戦々恐々としていた彼の実兄であるドルグと周囲の取り巻きは、どこかでガルグを蹴落とせる材料が無いかと常に考えていた程であった。
そんな風に見られていたガルグ。実際にはそういった地位や権力に彼は全く興味がなく、あくまでも王子の親友として、また王の人柄に惚れ込んで忠誠を誓い、実直に仕えていただけである。
それに彼は実家を継ぐ気などさらさら無かった。むしろ自己強化系の精霊魔法を使うのがやっとの彼にとって、祭事を司る実家の仕事を面倒くさがっていたくらいだ。
そんな彼が跡目を狙うなんて考える筈もない。逆に兄がさっさと継いでくれたら楽出来そうだと考えていた。
つまりガルグは知力や策略を張り巡らすタイプではなく、どちらかと言うと王の前に立ち塞がる国敵はブッ飛ばせばいいと考える所謂脳筋タイプだった。
もちろんガルグも兄に当主の座を辞退する事は言っていたが、権力思考にとらわれ疑心暗鬼になっているドルグは、自分の油断を誘う罠と考えて素直に聞けなかったようだ。
更にドルグの周囲に集る取り巻きどもも煽り続ける為に、その考えは日増しに強くなっていた。
それは学生時代に出会ってガルグと恋愛結婚したシャリラが市井の出身であり、何の後ろ楯も無かった事。更に拙かったのは、一族の血統に貴族以外の血を混ぜる事に反対したドルグ達の意見をガルグが押し切って結婚した事とも関係がある。
ガルグとしては気に食わない話だが、市井の血を入れた事で今後自分も一般市民と同様の扱いを望んだ側面もあった。
そんなガルグと結婚したシャリラ。
彼女は生まれつき身体が弱かった。医者からもあまり長く生きられないとまで言われていた程だ。
そんな彼女と結婚を前提に付き合い始めた当初から、何度も周囲からシャリラ以外にもう一人妻を迎えるべきと言われていた。
それを聞いた王が自分の娘の気持ちを聞いた上で婚約を打診したの事の真相であり、王は娘を降嫁とし、しかも何の権力もない一般人の第二夫人として迎えてくれてもいいとまで言っていたのだ。
ガルグとシャリラ、王女の関係。
これに王子を含めた四人は学院時代から顔見知りで先輩後輩の間柄。奇しくも御陵理玖達四人の関係と酷似していた。
シャリラも相手が彼女ならばと、問題にしていなかった。
だが、ガルグは王の打診を断った。王女との婚約は不要な諍いを呼ぶとの懸念を示し、やんわりと辞退したのである。
もちろんガルグも彼女に対して好意は持っていたし、彼女の真っ直ぐな求愛は嬉しかったのだが、自分は不器用で一人の女性を幸せにするのが精一杯だとして。
それに降嫁したといえども王家の血筋を入れたせいで、実家との間に問題が生じる可能性を怖れていたという理由もある。
王は当人達の気持ちをよく考慮した発言だったのだが、確かに周囲はそうとは取らない。例え当事者達はそうだったとしても、他者から見れば立派な王威の取り込みである。
ガルグの立ち位置を考えれば、間違いなく将来に禍根を残すのが目に見えていた。
王女はそれを聞くやいなや、ガルグの考えを察してあっさりと身を引いた。自分が割って入ることで愛する男性を困らせたくない一心で。
力ある男性に対して一夫多妻が半ば義務化されているこの世界で一人の女性との愛を貫くガルグは、周囲からは称賛される筈もなく、逆に奇特な者として見られていた。
そしてどんな対応をしてもそれにケチを付け、言い掛かりを吹っ掛けてくる輩はどんな世界にも存在する。
ドルグ達は自己都合だけで王女との婚約を断り、王に対して不敬を働いたとして断罪を求めていたが、そもそも彼らは王家との婚約を快く思っていなかった筈であり、どこまでいっても身勝手で都合よく考える彼の性格がよく表れていた。
この事態に慌てたのは当時の当主であった父親だ。
元々当主の頭の中では、ドルグを後継者として指名する事が決定しており、またガルグが王女を妻に迎えると当然のように考えていた。それにガルグは当主の座の権利を放棄する事を条件にしていたからこそ、どこの馬の骨か分からないシャリラとの結婚が許されていた。
しかもガルグは迷惑を掛けないよう本家とは距離を置き、一族の方針にも口を挟まないとまで、父である当主に明言していたのである。
それなのに当主はガルグにも内緒で、彼と王家との繋がりを政治利用し続けていた。ガルグと王女の仲の良さを利用し、この結婚騒動前から当主はライバル相手に対して、次期当主にガルグの名をちらつかせる事で政を優位に進めていた事実がある。そして身内までも事実を隠し、自分の後継者を指定しなかった。
あえてボカす事でドルグの成長を促そうとしたと当主は自己弁護していたのだが、その事が逆に仇になっていると彼は気付かなかった。どこまでも自分の権威と地位に拘る無能者でもあった。
そんな父の所業は当然のようにガルグの耳に入る。彼も父が自分を利用している事を人づてに聞き苦々しく思っていた。
それにドルグが当主の考えるような殊勝な人物に育っていれば何の問題もなかったのだが、周囲のイエスマンに煽てられて有頂天になっているだけの小物であったからタチが悪い。ドルグがガルグへの風当たりを強めてくるのも当然であった。
よって彼はそんな自分の血族に見切りを付け、勘当覚悟で縁を切って家を出ようとした。が、その準備を隠れてしていた矢先に妊娠していた妻が産気付いてしまい、彼は家を出るタイミングを逃してしまった。
そんな状況下で産まれてきたシュリナ。おかげで大地の精霊の巫女、精霊官の直系でありながら大地の精霊の加護を持たないという事が知れ渡ってしまった。古の仕来りを重視する彼らドルグ擁立派にとって、シュリナとシャリラは格好の攻撃材料であった。
ここで問題になったのは、嫁入りしてきたシュリナの母親シャリラも大地の精霊の加護持ちであるという事。両親が同一加護持ちの場合、必ず同じ精霊の加護を持って生まれてくると、当時の人達は信じていた。
その故にシャリラの不義の姦通疑惑まででっち上げられ、由緒ある家柄に不浄を持ち込ませた上その夫であるガルグは妻の手綱を握れていないとし、当家に混乱をもたらしたガルグを国軍から罷免し、一家を国外追放しろとまで言い出したのである。
ガルグを追放するなどと言い出したドルグとその取り巻きに、当主は頭を悩ませる事になった。
当主としては、王家との深いパイプ役になっているガルグを手放すなんてあり得ない。だがガルグを守ろうとすれば、他の親族や部下から突き上げを食らう。今まで甘い汁を吸い、そして後継者をきちんと指定していなかったツケがここにきて噴出した形だ。
そんな中、当主に問題の赤子が死産した事にすればいいと吹き込んだ者がいた。ドルグ擁立派の一人である。
それはいい案だと当主は一も二もなく賛同し、わざわざガルグが公務で不在の時を狙い、産後体調を崩していたシャリラに赤子を引き渡すよう迫った。
手荒な真似まではしたくなかった当主は何とか説得しようとするが、もちろんシャリラは抵抗する。仕方なく対外的には赤子が死亡した事で精神を病んだとし、辺境の自領へと母子共に幽閉しようと考えた。
しかもその場に居合わせていたドルグは説得も面倒だと思い、下手に生かしておけば将来に禍根を残すと考えた。そして当主に内緒で赤子を殺そうと、別邸で暮らすシャリラの元へと暗殺者を差し向けたのである。
それは間一髪のところで、任務から戻ってきたガルグによって防がれた。そしてシャリラから事情を聞くやいなや、当然の如くガルグは激昂した。
普通に考えて依頼者はドルグだろう。そうガルグは判断した。
捕らえた下手人は口を割る前に自害していたが、ガルグは確信を持っていた。
そして信頼の置ける従者達とその場を偽装し、闇夜に紛れるように着の身着のまま妻子を連れ出した。
行き先は親友の元だ。
証拠として暗殺者の遺骸を引き渡すと、自身が置かれている現状を説明し、妻子が何者かに襲われ行方不明となったと公表する事にしたのである。
王子の元に妻子を一時的に預けたガルグだが、ずっと匿ってもらう積もりはなかった。既にアレらを肉親と思えなくなっていたガルグは、その自己顕示丸出しの思考に対してほとほと愛想がつきてついていけなくなっていたし、一時の感情で家の連中を破滅させる事も考えたのだが、それでも国家の政や祭事になくてはならない家系である。
自分は継ぐ気などさらさらない為に、そんな連中でも居てもらわなければならなかったのである。
よってガルグは王子と話し合い、今後の方針を決めた。
それはつまり、留守中に妻子を拐われた失意の夫として世間の同情を集めた上で、主席精霊武官の職を返上し、妻子の探す旅に出たいと王に具申するという作戦である。
もちろん王子はその先も設定していた。王家が責任を持って探索にあたるとした上で、シャリラとシュリナによく似た死体を選定。その数日後郊外で二人の惨殺死体が見つかったとし、その下手人は帝国方面へと逃げたと精霊が証言したとされた。
なお、ここまで話を盛ったのは王子である。その背後には、夫婦の仲を引き裂こうとした当主とドルグに憤慨したガイアの入れ知恵があったのだが、世間は預かり知れない事である。
王子は長年ガルグと付き合っているだけに、彼の性格をよく知っていた。こうなったガルグを止めるだけ無駄な事がよく分かり切っていたし、王子自身もかの家がガルグにした事も許せなかったからだ。
それに王都を離れるガルグを積極的に支援するのは友人として当然の事であるが、自分の手の者を彼に同行させる事で自分達王家との繋がりを継続させようとしたのである。
もちろん王子から話を聞いた王もガルグの支援に回った。
ただ王と言えども、表立ってはガルグの支援が出来ない。それに、仮にも国防を担いその中枢にいた人間が、自己都合で勝手に退官して所在不明になっては他の者に示しが付かない。
色々と機密を知りうる立場にあった彼は、通常ならそれは許されないが、丁度タイミング良く、王都から一家総出で脱出するのに良い案件があった。
それは最近増兵を繰り返していたりと、怪しげな行動を繰り返している隣国エインへリア帝国の国境を警備している部隊からの増員要請である。
帝国との大部分は険しい山々に遮られているとはいえ、かの国と繋がる唯一の峠道の途中に、ヴォルガル王国が重要拠点として定めるヴィス砦があった。
当時帝国はヴォルガル王国から仮想敵国として見られていた。その国境警備隊が詰めるヴィス砦は最重要拠点であり、また有事の際は最前線となる。危険も計り知れない。
つまりそこの警備隊を増員しないといけなくなった案件。前任者が高齢を理由に一線を退く事になっているのもあって、荒くれな戦士達を統括出来る隊長の選定に頭を悩ませていた事も彼らを後押しした。それがガルグの王都脱出理由に使われたのである。王家としても、渡りに船だった。
表向きは国境の防備を強化する為とし、ガルグを国境警備隊隊長へと任命した。
この決定に、裏事情を知らない当主は当然の如く反目した。自身の息子が危険な地へと旅立つから……ではない。
ガルグは王族付きの主席精霊武官、つまり他国でいう近衛騎士団団長の地位に就いていた為、詳しい事情を知らない者からすれば、ガルグへのその任命は左遷に等しいからだ。
どこまでいっても家の体面が大事らしかった。
もちろんそれを読んでいた王は一計を講じた。
ガルグの任期を表向き三年とし、その後は後任者を見つければ帰還しても良いとされた。
問題はもう一つの条件である。なんと娘を、見聞を広めさせる為に王女を同行させると宣言したのだ。
これにはガルグもびっくりする。帰りたくなければ後任者を見つけなくて良いとは聞いていたが、自分の出奔に王女が付いてくるなんて聞いていなかったからだ。
王国最強格の精霊魔法の担い手である王女が国境警備隊の増援部隊に帯同する。
この決断は国境における国王の本気度を内外に知らしめ、当主も王族すら派遣される任務にこれ以上ケチを付ける事が出来なくなった。
これは当主を黙らせる為の詭弁だけでなく、娘を思いやる意図もあった。事実ガルグから身を引いた王女であったが、今でもガルグに会った後の夜など、ガルグへの想いが堪えきれないのか、押し殺すように一人で泣いているのを知っていた。
国王も娘を思いやる一人の親として、出来る限り何とかしてやりたかったのである。
こうしてガルグと王女は詳しい事情を何も知らない兵達と共に、国境を隔てるヴィス砦に向けて旅立った。彼らに同行する信頼出来る従者と、その荷馬車に隠れるシャリラとシュリナを連れて。
そしてガルグ達はヴィス砦に程近い名も無き村へと移り住むと、そこを拠点として生活を始めたのである。
──そして月日は流れ……。
時間が足りなくて分割にしました。すいません。二ヶ月更新なしの表示を早く消したかったので……。
少しずつ身辺が落ち着き出したので、再開していきます。
とはいえ、しばらく不定期になりますが、ご了承願います。