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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
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精霊伝2 精霊の価値観(2)

 手早く彼女達二柱の過去を書こうとしていたら、まあ伸びること伸びること。しかも、これでも駆け足ではしょっていると言うね……。



──???──



 そして人族出身の精霊については、様々な人生経験や経歴の持ち主が入り乱れる事となる。


 まず大前提として人族出身の精霊は、精霊へと転生する前に必ず成人している。成人していないと〔精霊の器〕という称号スキルがそもそも発現しないし、また空席となった統括精霊の後継者としても選ばれない。


 適性を含めた優先順位はあるものの、精霊昇華の道標であるこの〔精霊の器〕という称号を持つ者が世界各地に複数いて、上級精霊へと昇華した者の中から最も適性の高い者が統括精霊へと選ばれるようになっている。


 先代の統括精霊が存命で後継者となれない場合でも、この称号スキルの持ち主が命果てる時、その人物の所業カルマによってその属性の上級精霊として転生を果たしたりもする。しかし、それらはごく少数。発現せずに死を迎える者が殆どだ。


 精霊と転生する為には、それ相応の善行がいる。実際に行動出来なかったとしても、それに準じる意思の強さがあればいいが、それは相当難しい。


 先代樹木の精霊(ドリアド)ぼつした時、全世界を合わせて数十人いた樹木属性を持つ〔精霊の器〕の所持者に、統括精霊へと昇華させられるだけの人族がいなかったくらいである。

 しかも彼女に準ずる力の持ち主だった樹木の上級精霊達も、ベスティアの落日で共に戦死。残された中級精霊達では統括精霊へと選ばれるだけの実力がまだなかったのだ。


 そのせいで樹木の精霊(ドリアド)の後継者をエストラルド内だけで選定する事が出来ず、地球で香雪蘭フリージアの花精霊として生を受けたルアルがエストラルドへと召喚される羽目になった。


 これは異例中の異例だ。しかし、彼女ほど適任がいなかったのもまた事実。


 確かに召喚された当時のルアルの階位は中級精霊だったとはいえ、生後すぐに契約者である理玖りくから上質なマナの供給を受け続けていた為に、実は上級精霊を遥かに凌駕りょうがする程の実力を持っていたせいでもあったからだ。


 ただ彼女も理玖りくから強引に引き離されたせいで、様々な所に悪影響が出てしまった。有り余る力を維持出来る精霊体を構築出来なかったからだ。


 それは今まで供給されていたマナの質の差と取り込みやすさ、更には世界を渡った際に発生した彼との()()()()の強制解除の影響をもろに受けてしまい、人族の幼少体相応まで成長した身体の調整がうまくいかずに病弱になってしまったのが事の真相である。


 それに再会を果たしたルアルが理玖セイとの深愛契約を強く望んでいるのも、最初はテンライ達と同じ侍従契約だったモノが、実は途中で深愛契約へと格上げしていたからである。


 当時のふたりの仲の良さは今更言うまでもなく、意味を知らずにとはいえ理玖りくも彼女に親愛の念をもってキスしていたから当然と言えば当然なのだが、そのせいでルアルの力がますます強化された事は間違いない。しかも順調に何事もなく過ごしていても、数年後には上級精霊化していたくらいの()()()であった。


 その観点から見ても、運命の男性ひとと早く繋がりたいという想いはルアルにとって当たり前の感情であり、さっさと元の契約に戻って前以上に親密になりたいからだった。


 更に特殊な例として、先代静寂の精霊(サレス)のように気に入った〔精霊の器(レンティーア)〕を探し出して未来の後継者とすべく精霊に昇華出来るようにと手助けをほどこすという、奇特な精霊もいたりする。



 そんなこんなで。


 精霊と成り得る優れた人材が多い豊作の年もあるが、基本的に遠く離れた次元の精霊を召喚しなければならないほど精霊材じんざいに困っているのが精霊の台所事情だ。それくらい精霊へと昇華する条件は厳しい。


 そしてこの〔精霊の器〕という称号スキルは、一種の〔呪い〕のようなモノだ。その人物の魂の所業カルマを判定すべく試練が降りかかる。


 ゆえにこの〔精霊の器〕の称号スキルを持つ者は、数奇な人生を辿る者が殆どである。神からの試練と言ってもよい。

 その苦しい人生の中で希望を見失わず、前へと歩んで行けた者だけが精霊への道を開くのだ。


 認められた者は必ずといって死の間際に不思議な〔声〕が脳裏に響き渡り、その者以外の時が停止。精霊へと昇華するかの選択肢を迫られる。


 そしてそれはその者が置かれている状況問わずに発動する。


 だが基本的にこの〔精霊の器〕が発動する時の状況として、危急に陥った所持者が死の危機に瀕した時が殆どである。その状態の思いに嘘偽りがほぼないからであるとも、返答次第でその後の展開が変わるとも言われていたりする。


 その不思議な誘いに拒否も出来るが、その場合は〔精霊の器〕は消滅する代わりに一度だけ救済され、またその者の記憶から一連の出来事も消え失せる。そしてそのまま何事もなかったように時は動き出すのだ。


 これは〔精霊の器〕が精霊と成りうるだけの期を熟したと判断したからであり、その称号スキルによって引き起こされた一連の凶事からの救済の意味合いがあるようだ。


 また精霊となる事を了承した者は、精霊として身体を作り替えられた後、目覚めるまでに数日かかる事もある。これは精霊化した人族が保有していたマナが精霊に適したモノに変化する過程に時間を要する為だと思われる。


 精霊への適性が素晴らしく高い者──精霊として満点の適性を持っていたセイや、空席となった統括精霊へと直接選ばれるような人物はその齟齬そごが殆どないからか、一瞬で変化し、目覚め、すぐに戦う事も出来るようだ。



 更に特記する事項として、実はこの〔精霊の器〕の称号は人族には完全に秘匿ひとくされ知られていない。

 人族へとこの〔精霊の器〕の情報を伝える事は精霊の間で最大の禁忌とされ、また通常の人族では如何いかに優れた〔眼〕を持つ者でも発現する前には感知出来ない。


 最初から特定の精霊の〔祝福〕を持って産まれてくる赤子の一部に紛れているこの〔精霊の器〕の称号スキル。この称号スキルが発現して精霊へと昇華する事になれば、必ずその人族としての肉体の生命活動が停止し、その魂の情報と存在が完全に書き換えられる。


 つまり〔精霊の器〕をかいして精霊となった者は人としての生命活動が停止するだけでなく、基本的に周囲からの認識もまた()()()()()()()。つまり、その人物の生きた痕跡が消えるという事だ。


 まあ余程その人物と絆を結んでいた者であれば違和感を覚えるかもしれないが、程度に差はあれど()()()()()()()()()()()()()()()。人族からの精霊の真名は生前の名前であるし、契約にも深く絡む事なので当然の処置なのだ。


 もちろん真名を本人から再度聞くことが出来た者はその人物の事を完全に思い出せるようになり、また契約者として共にいる事が出来るが、互いにこれからの自分の生き様や世界にも強く影響を与えてくる事になるから、そこは慎重にならざるをえない。


 その事を精霊へと昇華した者は頭で理解するのではなく、精霊核たましいに刻まれ本能で理解する。完全に価値観が変わると言ってもよい。


 この事から、例え生前好意を持っていた親兄弟相手であっても、完全に離別する事が殆どだ。顔を見に行く事くらいあるかもしれないが、これからも共にいようとは思わない事が多い。


 従って精霊になるという事は、人族としての死であり存在の消失。人として死にたい者も出てくる為に、更に精霊へとなる者は少なくなる。


 そして最後の選定にて無事精霊の仲間入りを果たした者は、精霊女王へと拝謁し、そしてその役目に応じた任に就く事となる。



 統括精霊が様々な原因で後継者を選定しないまま急逝し、成人したばかりの器の持ち主が多くの余生を残したまま精霊へと昇華しないといけなくなった特異な例を除いて、大半の人族はそれなりの人生を過ごした後となっている。


 よって大なり小なり恋愛経験を、例え若年層であっても初恋くらい経験しているのが殆ど。その為それまでの人生で得た経験から、人族にとっては呪いにも似たこの本能的衝動をある程度抑制出来るようになる。


 まあミクシャナのように自ら進んでタガを外す者もいるが、普通の人族よりも多少情熱的になる程度で済む。


 だが、レクティアやシュリナはあまりにも特殊な状況下に置かれていた。二柱ふたりとも恋愛など出来る状況もなく、また成人したばかりなのに精霊へと昇華している。


 これはその役目を受け継げるだけの適格者が他にいなかっただけでなく、人族の時代から周囲を圧倒する程の能力と力を持ち、遵奉じゅんぽう精神もずば抜けて高かった為でもあるが、それ故に幼くして命を落とす出来事にも繋がってしまっていたからだった。




 では参考までにこの二人──レクティアとシュリナの人生を軽く見てみよう。




 聖獣と呼ばれる白虎、その長の娘ハクと共にいた幼少時代のレクティアは、自身が強く雷鳴の精霊(ヴォルティス)からの祝福を得ていた事もあって、成人する前からエインへリア帝国の皇帝の命により従軍巫女として各地を転々としていた。


 またエインヘリア帝国の第二十七皇女でもあった彼女は、帝都にいる時もよく城を抜け出しては孤児院へ慰問に出掛けて子供達と共にいる姿が見受けられたし、地方で発生していた野獣や魔獣被害の処理にも自ら望み進んで頻繁に出撃していた。


 そんな彼女は帝国民の間で『お転婆姫』や『姫巫女』として有名な人物であり、年端もいかぬ子供ながら皇帝によく仕え、そして帝国随一の聖獣使い(ビーストテイマー)としても名を馳せており、また皇帝の権威を高めるのに一役買っていた。


 民の誰もが皇帝からの寵愛を一身に浴び、これからも帝国の発展と彼女の輝かしい未来を信じて疑わなかった。


 だが、そんな世間から見た皇室及び皇女のイメージとは裏腹に、レクティアは王城の者とは距離を取っていた。彼女は特別な用事がある時や後宮にいる母や実弟の元へと向かう時以外は、王城へと一切近寄らなかったのである。


 彼女が王城へと足を向けない理由は簡単な事だ。

 レクティアは自分の母と弟、そして母が国元より連れてきた従者以外の親族類縁者を、つまり父である皇帝はもちろんのこと、腹違いの兄達や姉達も毛嫌いしていたし、更には王宮従事者さえ一切信用していなかったからである。


 彼女自身、皇帝が勝手に決めた成人後の進路を、つまり第一帝位後継者の皇太子の側室へと輿入れさせられる事に反感を持っていたし、傍目には皇帝のお気に入りに見えるレクティアへの嫉妬する姉達や、隙あらば長兄からレクティアを奪い取ろうと画策し接近してくる他の兄達に、命や貞操の危険を敏感に察していたからである。


 そんな訳で、彼女の低い立場では極力王城と接点を持たないようにするのが関の山だったのだが、婚約者という立場を利用した皇太子から事ある度に呼び出されていて、正直沸き起こる怒りと嫌悪感を抑えるのに必死だった。


 そのにやけただらしない顔を恐怖の色に変えてやろうと、何度ハクをけしかけようかと思ったことか。


 ただ、そのハクと共にいる自分が帝国に必要とされる事で価値が生まれ、その価値がある間は母と弟の命と生活の確保だけは出来る筈だと自己暗示をかけつつ、半ば人生を諦めてはいたのだった。



 レクティアの産みの母であるメルティナ=エルグ=フィリス=エルナードは、エインへリア帝国の手によって滅亡させられた草原妖精種(グラスランナー)族、その種族が治めていたエルナード王国の姫である。


 美しく聡明であり、自身も優れた風の精霊巫女であった彼女は、民の為にとその労力をいとわわず、また民からも慕われていた。


 そんな彼女に当時の皇帝はかなり熱を上げており、彼女を力ずくでも手に入れようと戦争を起こしたと陰口を言われる始末である。


 実際問題として、かの王国へと真っ直ぐに周辺諸国を併合していった皇帝はエルナード王国と国境を接するやいなや、小国であるエルナード王国をも帝国へと併合する為に無理難題を吹っ掛けていたし、その中の条件の一つにメルティナの側室入りを要求していたから、その陰口もあながち嘘ではない。


 当時の王はその皇帝の要求を突っぱね、彼女に理由を伝えぬまま戦う道を選んだ。


 大国相手に小国の国王としては愚策にも程があるが、彼は帝国へと下った国々が今どんな扱いを受けているかよく知っていたし、何より溺愛する娘をそんな暴君、しかも親子ほどに年が離れた男へとやれるものかと義憤ぎふんに駆られたせいであった。


 王家に力を貸す白虎達や、地形を利用したゲリラ戦法に近い戦い方をして何とか帝国の戦力を削っていこうとするエルナード王国軍であるが、名を馳せる強者が多く、また練度の高い大軍相手にそれは足止めや時間稼ぎ、そして嫌がらせ程度にしかなっていなかった。


 周辺同盟国へと応援要請を出すも、帝国が先手を打っていた為伝令すら戻って来ず、戦いの趨勢すうせいは火を見るより明らかであり、王都陥落は時間の問題と言えた。

 

 そんな時自国へと攻め込んできた皇帝の狙いが自分である事を知ったメルティナは、自分の婚約者や周囲の反対を押しきって、彼女が個人的に友誼ゆうぎを結んで契約していた白虎の長シキと共に、単身帝国軍陣地へと乗り込んだ。


 白虎シキと共に軍を攻めた訳ではなく、交渉の席に、である。

 メルティナはそこで自らの身体と命を持ってエインへリア帝国へと下る事を条件に、これ以上自国の民を傷つけない事を約束させ、自分と共に軍を帝都に引き上げさせるよう宣言したのだった。


 彼女だけではなく、聖獣まで()()()()()になったと狂喜乱舞した皇帝を前にして、宣誓した彼女の言がある。



「民の生命と財産を守る為に貴方の元へと来ましたが、我が心やこの白虎まで貴方へと帰属した訳ではありません。私の身体は好きにして下さって結構。だがそんな貴方は私の肉体を自由に出来ても、心と想いは永遠に手に入れる事は出来ず、無力感を味わい続ける事でしょう。

 それに……我がエルナードの民を一人でも傷付けた事を〔風の調べ〕にて分かれば、私は即座に命を絶ちます。そしてこのエルナードの守り神であらせられる聖獣白虎と民の全てが敵に回ると知りなさい。その事を努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」



 帝都の謁見の間、近衛が立ち並ぶ孤立無援な状況下でその事を毅然と言い放ったメルティナ。屈強な皇帝ですらその小さき姫の言に気圧されて後退りし、冷や水を浴びせられたと、後世の書に記述されている。


 そう、命乞いする事もなく、逆に自らを捧げる事で民を守ろうとしたメルティナは、誠に気高き姫であった。



 皇帝はあの手この手で彼女を完全に篭絡ろうらくしようと試みたが、全て上手く行かなかった。


 彼女のおかげでエルナード王国の王族や主要官僚の命だけは助けられたものの、メルティナの自由を押さえる為の道具として軟禁状態となり、国家の枠組みは解体され、エルナード地方として帝国の監視下に置かれる事となった。


 皇帝は最初の宣言通りメルティナを側室へと迎え入れた。そしてすぐに第一子であるレクティアを、そして翌年にはアルティガを彼女に産ませた。


 皇帝なりに彼女を愛していたようだが、それよりも自分の意のままにならないメルティナをどうにか屈服させようとしたようだ。

 それに彼女に自分との子を産ませ、その子をうまく使って将来の憂いを消し、またエルナード王族だけが友誼ゆうぎを結んでいる白虎一族を帝国へと取り込む事が出来ないかと考えたのである。


 皇帝の狙いはある意味で成功し、ある意味で失敗に終わる。


 レクティアは物心がつく頃にはもうシキの娘であるハクと契約を取り交わせる程の才覚を見せた。


 そこまではいい。問題は皇帝が思っていたよりも白虎の一族が頑固で一途な性格をしていた事だった。


 家族である事をアピールしてハクへと話し掛けた皇帝に、レクティアと契約したハクは『我はレクティア様個人にのみお仕えしている』と一言だけ言い放ち、以降口を開かず、また皇帝の言葉には一切耳を貸さなかったのである。


 次に考えたのは二人の子供にうまく()()を施し、自分達の思い通りに操る事を考えた。が、そちらもあまりうまくいっているとは言いがたかった。


 表面的には皇帝の命に唯々諾々(いいだくだく)と従っているように見えるレクティアも、自分勝手に城を出て行動したりと裏では何を考えているのか分からず、しかもアルティガに至っては、常にぼーっとしたままで誰もいない場所にいきなり語り掛けるなどしており、皇帝はすぐに人質以上の価値を見出みいだせず興味を失う事となった。


 そもそも前提として、メルティナが敗戦国の分際で皇帝を威圧したとして、かの親子は正妻や他の側室からうとまれ睨まれていた。その為、後宮内でもその地位があまりにも低く、それなのに皇帝の寵愛を受けている……ように見えた為に、周囲からのやっかみや不満の声が酷かった。


 レクティア自身もその風当たりの強い空気を幼い時から敏感に感じ取っていたし、後宮の生活の中でも常に監視下に置かれている事を知覚していた。


 そんな監禁にも等しい窮屈な生活の中、メルティナはシキとハクの力を借りながら風の精霊魔法や念話を駆使して周りに分からぬよう会話を行い、共に生きる白虎達の力の使い方とその危険性、自制心を厳しく教育し続けた。


 レクティアはそんな母や自分の境遇をしっかりと理解し、野を駆ける白虎と共に生きるエルナード王家の血を受け継ぐ姫として常に気高くあれと、境遇に負けぬよう心に刻んできた。


 そんな想いを持ち続けたレクティアは母や産まれてきた弟の待遇を少しでも上げようと無理や無茶を重ねていたが、彼女は自分達が置かれている現状をかえりみてこの世の不条理を嘆く事も、また他人を恨み憎むという事は一切しなかった。


 そんな事をしても何も変わらないと思っていたし、それにどこまでいっても自分達が帝都ここにいる間は故郷の民達の生活を守れるという、自己犠牲から来る歪んだ自負だけがあったのだった。



 そうして月日が経ち、レクティアは成人の儀を迎えた。


 成人の儀が終わり次第、今度は親子ほども年の離れた次期皇帝である長兄と結婚し、『兄』とすら呼びたくないほど毛嫌いしている男を今度は『夫』と呼んで初夜を迎えなければならない事に、彼女は暗澹あんたんたる気持ちになっていたが、かといって時は待ってくれるはずもなく、その日取りは刻一刻と迫っていた。


 また、長年続いていたヴォルガル王国やプレシニア王国との国境の小競り合いについては、双方共にようやく停戦条約を締結した事で落ち着いてはいたが、エルナード王国を解体併合した事でベスティア連合王国と国境を接してしまい、今度はかの国と緊張状態に陥った。


 今後ベスティア連合王国との争いが激化する恐れもあり、また草原妖精種(グラスランナー)の民が戦争に巻き込まれないかと、元自国の民が戦いの先鋒にされないかとレクティアは不安な日々を送っていた。


 どうせ自分との結婚も自身のステータスとエルナードの民への命令材料にしか見ていないと彼女は予想していたが、もちろんそれは間違ってはいなかった。事実、エルナード地方への軍備が強化されていたし、幾人もの同胞が懲役されていたから。


 かといって、彼女にはどうにもならない。しかも輿入れの段取りに入ったせいで自由に動けなくなってしまっていた。


 そんな世界情勢の中で彼女の成人の儀を祝うパーティーが開かれていたが、それよりも婚約パーティーの方に重きが置かれている事にも気が付いていた。当然レクティアには拒否の権限などなく、嫌々ながらも黙したままそれに出席していた。



 そこで事件は起こった。


 とある女給が差し出した酒入りのグラスを受け取った皇太子は、それを何気なくレクティアへと差し出した。


 お前も飲めと言うことなのだろう。


 レクティアはそう思ったが、その直後、皇太子の背後で僅かに驚きと焦りの表情を浮かべる女給が目に入った。


 その様子をいぶかしく思いながらも、それを顔に出さないようグラスをにこやかに受け取った彼女は、衆目環視の中、意を決して口を付けて飲み……。


 ──喉を駆け上がる灼熱の感覚と共に喀血かっけつし、床へと崩れ落ちたのだ。


 上がる悲鳴。

 呆然ぼうぜんと彼女を見下ろす皇太子。


 直後、大音響と共に壁が砕け。


 会場に雪崩れ込む武装した兵達。

 飛び交う怒号。



 政変。

 または革命、クーデター。



 傍若無人な皇帝の系譜と取り巻きである『親帝派』を斬罪する為、一部の将校が反乱を起こしたのだ。


 現皇帝を討たれながらも帝都を辛うじて脱出した皇太子達は、何とかプレシニア王国方面の自身の直轄領へと逃げ出した。


 逃げ延びた領地で反撃の兵を集め出陣しようとしていたのだが、湧き出る魔物があまりにも多く苦戦を強いられた。

 しかも急造の寄せ集め兵では連携も練度も足りない。


 その事実は如何ともしがたく、次第に撤退と敗北を余儀なくされ、今度は慌てて王国へと伝令を出し、帝都奪還の兵の援護を求めるも、自国での魔物大量発生の対応を理由にすげなく断られ、そして……彼等は歴史の表舞台から消える事となる。


 しくもそのクーデターの日は『ベスティアの落日』の日であり、史上初、のちに『百年戦役』と呼ばれる程に長期化した第十六次邪霊戦役が勃発した日だ。


 もちろん偶然ではなく、帝国を混乱させるべく裏で【死方屍維しほうしい】が暗躍していたのだが、本来なら帝国の反乱を皮切りに各地で魔物を蜂起させ、帝国領にある雷精樹ケラヴィノスを倒壊させ、クーデター後の混乱した帝都を一気に攻め落とす予定だった。


 が、それは失敗に終わる。


 偶然にもそのケラヴィノスの里はエルナード王家の新たな軟禁場所として設定されていた。しかも前日に里へと移送されていた為、多くの兵達と白虎達が集っていた。


 また表立って何も行動せず、自分の身を守る為にあえてうつけ者の振りをし続けていたアルティガは、あっさりと城を捨てて逃げ出した王族の中で唯一逃げ出さず、偽装をかなぐり捨てて踏み留まると、類い稀なる才覚を発揮して将校達の混乱を一瞬で静めて見せた。そして姉の死を無駄にせんと、秘密裏に集めていた味方と母から継いだ白虎シキと共に前線へと赴いた。


 帝都へと押し寄せてくる魔物の大群。

 部隊を指揮し、その被害を食い止めようとするアルティガ。


 彼の指揮には迷いなどなく、駆け付けてきた白虎達の援護もあって、押し込まれていた戦況を次第にひっくり返し始める。


 多くの犠牲はともなったが、どこからともなく現れた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が援護に入った事もあり、帝都と雷精樹ケラヴィノス双方を何とか守りきったのである。


 クーデターを成功させ帝都を守りきった将校達としては、民の為にと身を粉にしていた()()()()()()()()は本来ならこれからの帝国に必要な人間であり、()()()()()()()()()()()()()()事は誰もが遺憾いかんに思っていたが、その遺骸を見ても()()()()()()()()()()()()()()()()()にいた。


 が、彼らの中でメルティナやアルティガだけは、彼女が精霊の一員へとなり得た事をしっかりと認識していた。


 アルティガが厳しい局面で危機に陥っていた時、その雷の上級精霊は昔の姉上と同じように民を守る為に自分が先頭に立って名乗りを上げ、兵を鼓舞し、多くの魔物をほふって戦闘に貢献していたのだ。


 アルティガは死してもなお駆け付けてくれた姉上に感謝を。そして上級精霊、しかも雷鳴の精霊(ヴォルティス)へと昇華するに至った姉上を誇りに思った。


 が、その事実を何故か口に出せない。()()()()のではなく、()()()()

 しかも姉上の名が全く思い出せなくなっている事にアルティガは愕然がくぜんとし、王城に保管されていた全記録を漁った。


 彼の行為は全て無駄に終わる。どの公式文献からも彼女の名前が消え失せていただけでなく、人々の記憶からも姉上の名前や外見の記憶が消失していたのである。


 皇太子を毒殺する時の身代わりとなってしまった()()。そんな彼女の死を新皇帝の姉君として公式発表する訳にもいかず、アルティガは彼女を手厚く密葬した後、名も無き救国の徒としてその墓標に刻む事で感謝の意を伝え、その贖罪しょくざいとしたのだった。

 



 これが約百年前にエインへリア帝国で発生した第十六次第邪霊戦役の発生日当日の様子であり、帝国の在り方が大きく改変した出来事として、人族の歴史に刻まれている。


 また十五の歳月を駆け足で生き、そしてこの世を去ったレクティアの名は全ての歴史書と人々の記憶から消え失せ、彼女の事は『争乱の渦中にて死亡した第二十七皇女』とのみ記載される事となったのである。




 ──そしてシュリナの場合は……。



 というわけで、レクティアの過去が割り込んできたので、シュリナの過去は次話に持ち越しです。


 後、現時点で顔見せしている人族出身の精霊の中で一番酷い人生を送ってきたのは、実はキュリアだったりします。


 下のまとめは参照までに。

(知らない子が混じってますねw)

 あと星の精霊(ステルラ)の扱いはどっちでしょうか……ね?


○元から精霊族

 ・エターニア

 ・ディスティア

 ・シンフォニア

 ・エレメンティア(※二代目)

 ・ルナ

 ・ドリアド


○人族?出身の精霊族

 ・エレメンティア(※初代)

 ・ソル

 ・シャイン

 ・サレス

 ・ダークネス

 ・ヴォルティス

 ・エアリアル


○現時点分類不明者

 ・アニマ

 ・イフリータ

 ・ウンディーネ

 ・ガイア

 

番外お・ま・け

 ・看守精霊ジュリアス/地球出身

 ・告知精霊ティティア/地球出身


 ※告知精霊ティティアはシステムアナウンス告知と称号を考えている精霊ひとだったりします。名前を153話に登場させました。


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