精霊伝1 精霊の価値観(1)
このサブタイの場合、おまけというか外伝にあたります。バックストーリー的な位置付けです。
一人称で語るのは難しい過去や設定が垂れ流される予定かな?
今回は基本的な精霊の格付けや階級、生態の一部が出ています。
長くなり細かな修正で思いの外時間を食ったので、完成していた前半部分を切り離し、先に投稿しています。
・2019/5/20 シュリナの精霊化時期の変更(約三百年→約四百年)
・2019/5/22 エレメンティアの初代の真名の間違いを訂正(エフェメラは二代目であり、初代と区別していたのを忘れていた為修正)
──???──
「うにゅにゅにゅぅ……」
「……何を面妖な顔で唸っているのだ?」
「あ、『シュリナ』姉……っとと。んにゃ、シュリ姉様」
ここはとある日のセイの依り代の中。
心地良い安らぎの空間にフヨフヨと身を任せて揺蕩いながらも、気難しい表情で唸っていたルアルは、いつの間にか自分の傍にいたシュリナを驚きを持って見上げる。
「ルア。困った事があるのなら、良ければ相談にのるのだよ?」
「んー……にゅっ!」
シュリナのその申し出に一瞬複雑そうな顔をしたルアルは、変な擬音と共に顔を上げた。
どうやら意を決して、話す事にしたらしい。
「お父様の深愛を勝ち取る条件って、他にはないのかなって。いくらチューしても、手に入らないのですよ」
「あー」
言われてシュリナの目が泳ぎ、その頬に朱が散る。
ルアルの言葉が引き金となり、契約の時の自分のぶっ飛び行動を思い出してしまったようだ。
と、そこでルアルの言葉に違和感。
「ん? いくら?」
「昨夜寝ているお父様にちょっと……何度か攻めてみました」
「何をやっているのだ」
テヘペロとルアル。
全く悪ぶれもなく宣う彼女に、シュリナは溜め息をつく。
「深愛を得られたカグヤやティアからの話を総合すると、どうも旦那様の方から気持ちのこもった口付……その、して貰わないと駄目らしいのだよ」
「うぅー、じゃあじゃあ! ルアも早く身体も大人になりたいです。そしてお父様を誘惑するのです。上級に辿り着いてからもう百年以上経つのに、まだちんちくりんでペチャパイなこの身体、早く何とかしないと」
「……ルア。それはシュリに喧嘩売ってるのかな?」
半眼になりつつ、ほぼ同身長で同体型に近いルアルに剣呑な声を返す。
「それは全くもって、シュリ姉様の気のせいという奴であります」
ビシッと敬礼してみせるルアルの様子に、シュリナは大袈裟に嘆息する。
ますます言い回しが悪戯馬鹿兎の奴に似てきたのだ……。
──いやあの馬鹿も、大元はユズハ姉様の言動を真似し出したのが始まりだったかな? ルアも元はと言えば地球出身だし……。
とか、とりとめのない事を考えながら、シュリナはそれ以上言うのを諦めてかぶりを振ると、ふと視点を下に落とす。
起伏の少ないぺたーんな体つき。
約四百年前の大戦中に精霊となった当時から、一度も変化の兆しがない。精霊になってしまったが最後、もう成長する事はないからと彼女は諦めている。
このエストラルドでは十五で大人の仲間入りとなる。当然十六の頃に精霊となったシュリナは成人していたし、自由に結婚も出来る。
が、シュリナは自分に自信が持てない。
自分の周りにいる女性、つまりセイに求愛している女性の中で自分が一番子供っぽいと考えてしまっているからだった。
その思考の大きな原因がシュリナの体型だ。彼女のこの体型は山精種としての種族的な呪いのようなもの。
確かにシュリナは一般的な山精種よりもほんの少しだけごく一部の発育が悪かったが、それでも結婚適齢期の乙女である。
世間一般的な目で見ても、セイと並んで手を繋ぎ寄り添っていたら、普通にお似合いのカップルに見える筈で。
十分釣り合いが取れている。
だが、深愛を既に得ている二柱──つまり自分よりも背も高く、また均整の取れた体つきをしている義妹や、年下でしかも草原妖精種族という種族ハンデがあるのにも関わらず、自分よりも背が高く自分よりも女性的な体つきをしているレクティア(身長だけは二柱とも大して変わらなかったりする)──この二柱相手とどうしても比べてしまい、見劣りしているんじゃないかと自己嫌悪をしてしまっている。
もう一柱の森精種族のチビッ子、闇の精霊であるキュリアも、ああ見えて最古参な精霊の一柱で、しかも家庭的な技能を数多く持っている。
料理上手だし、あのヒラヒラなドレスも全て彼女のお手製であり、エターニアに裁縫を根気よく教えたのも彼女である。
ガサツで武術一辺倒だった自分とは大違いだった。精霊になる前のキリアと旦那様は同じ森精種族な訳だし、自分に勝てる要素が全く見当たらない。
そんなキリアは色々あってあまり進んでやりたがらないだけで、もし旦那様をおとす為になりふり構わず動き出したら自分は確実に負けると、シュリナは本気で思っている。
人族として、しかも同種族の中で生きていた時はこんな悩みなど全く無かったのにと、シュリナが嘆くのも無理はなかった。
しかし、だからと言って、もうどうしようもない。
人族出身の精霊ゆえに、精霊に変化してしまった後はもうこれ以上変わらない。変えられない。
例外はもちろんあるが、それは年若く精霊化したシュリナには当てはまらない。
人族からの精霊への転生は、すべからくその人族の生きてきた歴史の中で一番気力や精神力が充足していた年代まで若返るという特徴を持つ。
つまり、光や静寂の精霊として力を受け継いだミクシャナやレンティーアのように、その肉体が最大のパフォーマンスを発揮出来る肉体年齢まで若返る事はあっても、シュリナやレクティアのように自分でも分からない未来の身体へと成長する事はないからだった。
これだから自分の願う通りに成長していける下級精霊からの進化型の精霊は卑怯なのだ。
そんな嫉妬にも似た感情から憮然としつつ、改めて急成長を遂げたルアルの全身を見る。
シュリナにとってもルアルにとっても、遠くない未来に自分達の旦那様になる予定のセイ。そんな彼に似合うようにとルアルは自己進化を繰り返し、今やシュリナより少し低いくらいの背丈まで成長してきた。
それに比べて自分はどうだ?
旦那様の為に何か頑張っているのだ?
昼間は十分戦闘の役に立てる筈なのだけど、夜はあからさまに火力が落ちて戦えない。
戦力底上げ担当の義妹なら苦手な昼間もまだ役に立つのに、自分は夜になって直接戦闘を取り上げられたら、完全に無能で役立たずなのだ。
どうしよう?
このままじゃ旦那様に呆れられてしまう!
役に立たないと判断されたら、す、捨てられてしまうのだ!?
そんな事は完全にシュリナの思い違いなのだが、勝手な思い込みから焦りへと繋がって思考の袋小路に入り込んでしまった彼女は全く気付かない。
で、でも、夜間の戦闘自体はそんなにもない筈で……。
いや、奴等は不意打ちや闇討ちが主だった。
じ、自分が役立つには何か他の……夜の、夜の何か、何か……お世話?
あー。
よ、夜は添い寝を交互にしていると言っていたのだ。
つまり自分も、よ、よよ夜伽をっ!?
まさかカグヤもティアももう経験済みなのだ!?
思考が変な方向に暴走し出す。
あれ? でも自分はまだ一度も呼ばれていないのだ……ちんちくりんだから、魅力がないのだ?
いや、たまたまなのだ。
うんたまたま、たまたまなのだ!
そ、それにそもそも……旦那様から求められたら……ど、どう対応したらいいのだ?
や、やはりお義母様の言う通りに、せ、積極的に誘惑して……身体にリボンを巻くなりして「シュリを召し上がれ」とでも言ったら良いのか?
うぅー、駄目だ!
ハードルが高過ぎるのだ! 恥ずかし過ぎるのだ!
ど、どうしよう!?
も、もう流れに流されて、旦那様から手を出して貰った方が楽かも……?
でもでも、やっぱり一柱じゃ不安で勇気が出なくて怖いから、その時は義妹と一緒に「二柱一緒に食べて」とでも言えば……。
……。
……って、なに考えてるのだ自分!?
突如湧いてきたピンクな妄想群を慌てて首を振って振り払う。
──むぅ。
ルアがちんちくりんとかペチャパイがどうとかいらない事を言うから、昨日の義母の話を思い出してしまったなのだ。
軽く自己嫌悪に陥りつつも、気を逸らす為に完全に他精霊のせいにし出すシュリナ。
それに、こんな身体でもルアには胸の大きさではまだ勝ってるのだから、問題ない……。
でもでも……このままじゃ……負ける?
ここに第三者がいて彼女の心の声が漏れていれば、五十歩百歩、またはどっこいどっこいだと突っ込みが入るところだが、幸いながらルアル以外誰もおらず、また口に上る事はなかった。
「えぇっと? あの、シュリ姉様? ルアの身体、どうかしたのです?」
こてんと小首を傾げて問うルアル。
急に押し黙って百面相を始めたかと思うと、今度は自分の身体の一点を睨むようにマジマジと見詰め出したシュリナの態度の意味がよく分からなかったらしい。
「──あ、いや、その……」
「あ、なるほど! 一気に成長したルアの身体の事、心配されているのですね!
大丈夫、問題ナッシングです! 前より丈夫になりましたし、栄養状態が改善されたからか、こないだ初めて女の子のアレ来ましたし、いずれボンッキュッボンッになって、お父様を誘惑するのです! そしてお父様のお子を産むのです!」
「そ、そう?」
「んー、と? シュリ姉様はルアがお父様と結ばれるの、嫌なのです?」
「そんな事はないのだ! 可愛い妹分が幸せにしている姿を見れてホッとしているのだよ」
「じゃあ何でです?」
「うっ。あ、いや、ほら……自分はチビで貧相な身体しているから……」
「お父様もちっこいですよ。だから釣り合っていると思います」
「ちっこ……それはいくらなんでも失礼で酷いのだ」
「ですか? でも、ほら。お父様が一番大切にしているユイカさんもちっこいですよ。
──あ、もしかしてお父様はちびっ子ロリタイプが好みな可能性が微レ存? ルアがボンッキュッボンッになってしまったら、まさか捨てられてしまうのです?」
「び、びれ? 何が何だか分からないけど、旦那様はそんな事をする人じゃないのだと思うのだよ」
「知ってます。言ってみただけです。でもどうせならお父様の好みな体型になりたいじゃないですか」
「……あ、うん」
これだから元からの精霊族生まれは。
こっちの苦労や悩みも知らないで。
同じ人族からの転生、それも草原妖精種族出身のレクティアも自分と同じ想いをしている筈だなと、シュリナが漠然と考えていた時、ルアルがとんでもない事を言い出した。
「で、シュリ姉様はいつお父様を押し倒すのです?」
「──は?」
脳が言葉の理解を拒否し、身体が硬直する。
「だってシュリ姉様にも当然来ていて、もちろん周期も把握しているのでしょ? でしょでしょ!?
最初の一発目は当然正妻のユイカさんに譲るとして、その後は私達の番です。だからシュリ姉様も発情期来たら、お父様を押し倒してすぐに既成事実を作りましょう!
あ、心配しなくても大丈夫ですよっ! 作る順番さえ守れば問題ない……」
「問題ありありなのだ!?」
ルアルのあんまりな発想に驚き、シュリナは恥ずかしさのあまりにゆでダコのようになってしまう。
「しかも言い方が生々し過ぎるのだ!」
「なに言っているんですか。お父様って意外と奥手ですし、絶対自分から手を出すのをいつも躊躇うタイプですよ。だけど、一度しっかりお父様に認知させちゃえば必ず大事にしてくれますし、どこまでも守って下さいます。だから行動あるのみ! 押せ押せが基本ですよ」
「そ、そうなのか?」
「ですよ! そもそもお父様は昔から……」
気持ちがノッてきたのか、マシンガンのように熱くセイの事を語り出すルアル。
元の世界にいた時からお父様大好きっ子だった彼女。なのに新しい樹木の精霊として地球からこのエストラルドに召喚されて引き離され、百年の時を経てようやく再会しただけでなく、命を失うその瀬戸際を救って貰ったのだから、長年の想いが暴走してしまうのも無理はなかった。
では自分が旦那様を好きになった時はどうだったか?
しばらくの間ユイカとの接触を避ける為もあって、別の大陸で山積みになっていた義妹の用事をこなしている時、レクティアからエレ姉様が目覚めなくなったとの報告を受けた。
その報告に慌てて戻って来れば、そこにはレクティアの他にユイカと旦那様の姿があって……。
一目見るなり一瞬で恋に落ちた。
人族時代から合わせても、初めての経験。
人族が精霊化すると価値観、特に恋愛観が大きく変化するとミクシャナから聞いていただけに、この感覚は衝撃的だったのだった。
少し精霊という種族の特性や、彼女達の過去についての説明をしよう。
精霊の恋愛や親愛感情は自我が確立する中級以上の特権であり、そして更に子を産む能力を持てるのは自身の保有するマナに余裕がある上級精霊だけである。
本来上級精霊とは、高い知能と自身が持つマナ保有量が一定以上となった者で、その有り余るマナを使って他種族の雄と自身の魂とマナに繋がる子供を産む事が出来るようになった者を指す。
あまり知られてはいないが、彼女達以外に数多くの上級精霊が存在する。人の営みを体験しようと人化した上で街に紛れている者もいるし、昔からの姿を好んで取り続ける上級精霊もまた存在している。
つまり上級精霊とは、精霊王女エレメンティアを頂点とした十二精霊を指しているのではないのだ。
では何と呼ばれるのが正しいのか?
エレメンティアの配下である各属性を体現した十二精霊は、正式には統括精霊と呼ばれる。これは上級精霊ながら始祖精霊としての側面も持っているからである。
そしてその上位に君臨する始祖精霊。
始祖精霊には『死』という概念が存在しない。精霊体や核が崩壊しても自身の概念を構成する情報体から新しい核を再構成、記憶と力を完全に引き継ぎ、永き時を経て、いずれ復活を遂げる。
これはいわば完全な転生。
確かに何らかの原因により情報や力が分断したり欠けたりする事はあるが、元々は一つの存在である。その力は互いに引き合い、惹かれ合い、最終的には統合しようとする性質も持ち合わせている。
また始祖精霊は強過ぎるその力を上手く逃がし、また安定させる為に、己の力を分け与えた御子を選定する。
これは始祖精霊だけの特権だ。つまり御子とは、始祖精霊の従者であり、護衛者であり、運命共同体となる。
話を元に戻そう。
彼女達十二精霊は、始祖精霊三柱共通の娘であり世界を構成する元素の概念を持つ始祖精霊エレメンティアの力を強く受けている。
その為、本来上級精霊には不可能な筈の力と精霊としての記憶の継承が行われている。
よって彼女達もまた、力の一部が始祖精霊化しているとも言えよう。
また始祖精霊の力を分け与えられたからといって、その精霊までも始祖精霊となるわけではない。太陽や月、生命はしっかりと統括精霊止まりである。
エレメンティアが色々特殊なのだ。
そもそも、運命の概念を持つ始祖精霊ディスティアの娘として見出だされた太陽と月、調和の概念を持つ始祖精霊シンフォニアの娘として見出だされた生命は、永遠の概念を持つエターニアが選出したとされる、とある娘を核として生み出された元素の初代始祖精霊エレメンティアの補佐役として生み出された経緯がある。
ユーフォリアについて云えば、彼女もまた想像以上の数奇な運命を持っているが、今は置いておこう。
つまりこの三柱はエレメンティアを補佐する関係上、他の統括精霊よりも能力の限界値は高くなっている。
それに人族を精霊化させられるのもエレメンティアの能力の一つであるし、統括精霊に人族出身の精霊を組み込むのも、人族の思想と発想を世界の維持と統括に役立ててもらう為であった。
そして。
そんな彼女達精霊の恋愛、もしくは精霊生のパートナー選びは、まず気に入った相手の魂から迸るマナを視て、そして自分と波長が合うかどうかから始まる。
もちろんそれは無意識で直感的な本能であり、自分ではコントロール出来ない部分だ。
基本的に容姿や嗜好、性格とかは二の次。
特に結婚衝動については、いくら好感が持てる相手であっても、魂の波長が合わなければその対象にはなりえない。
これは遺伝子だけではなく、お互いの魂とマナをも混ぜ合わせて作る精霊独自の子作りの仕方に起因する。
基本的に精霊族はこの惑星の星気が凝り固まって属性を得て、そして自然発生的に生まれてくる。
しかし上級精霊へと上り詰めれば、先にも伝えた通り、一生のパートナーに選んだ男性のマナを自身のマナと混ぜて子を成す事が出来るようになる。
そしてその相手にとことん尽くし、生死を共にしようとする。
もちろんこれは人族出身の精霊とて同じだ。
人族の時にはあり得ないこの感情の衝動が、精霊と変化した際に生じる事となる。
そんな彼女達だが、もしもパートナーに先立たれてしまえばどうなるか。
過去より上級精霊の死因の殆どが邪霊との戦いでの戦死ではあるが、パートナーを亡くした故の自殺もまた多い。
その絶望からの自死は人族出身の精霊には少なく、下級精霊から進化してきた進化型の上級精霊に多いのも特徴である。
従って統括精霊の後継者に〔精霊の器〕の称号を持つ人族が選ばれやすい理由も、ここから来ているのだ。
また悪人をパートナーに選び、惚れ込んで悪事に付き従う奇特な精霊もいるにはいるが、それはごく少数。中級や上級となれば、わざわざ自ら邪霊へと成りに行く変精霊はまずいない。
精霊は基本的に善なる者であり、また実際に対象の魂を見通す事が出来る為に、自身の一生を左右するパートナー選びにその判断を違える事はない。
そして無色透明な魂の波動を持つセイ。彼は精霊族にとって至高の存在でもあった。
何故なら彼のマナは、精霊にとっては母親と言っても過言でもないこの星の星気と同じなのだから。
ルアちゃんが絡むと書いてて楽しいですね。暴走して馬鹿みたいに長くなり、最終的な校正で消す事になるのが玉に瑕ですが。