160話 決意と後始末(後編)
再告知です。
感想で指摘のあった通り、サレスさんの真名からのセイ君の名付けを、『レン』→『ティーネ』に変更しています。
そうそう。
あの方との出会いも説明しないとね。
あの式典の前日、今後の方針の打ち合わせをクラティスさんやアーサーさん達と一緒にしていた最中に事は起こった。
余程のことがない限り、住民の間ではめったに使われない『ポータル転移』を使用してきてまで、王都プレスから二人の供だけをつけてやって来た方がいたんだ。
物腰も柔らかなその貴公子然とした、金髪の若い普人種の青年は、恐らくこの王国でもかなりの地位にいる方だろうことは、見た瞬間ボクでも理解出来た。
予定に全くない彼らのいきなりの登場に、アルメリアさん達が驚き慌てて頭を垂れる中、ボクも同じようにお出迎えしようと前に出た。
するとそれを見た彼は先にその場で静かに片膝をついてしまい、逆に頭を垂れて畏まってき……えっ!?
「──星姫様。ご機嫌麗しゅうございます」
ボクのことを星姫と呼んだ彼は、自分のことをプレシニア国王の名代と名乗った。
たまたまこの場にいたアーサーさんが「どうしてアルフォート殿下が今ここに……?」と、そんな呟きを漏らしたのを聞き取ってしまい、そのせいでボクは激しく動揺する。
殿下……って、王子様!?
この王国の王族が何で急にここに!?
「この星に生きる民の心の安寧を取り戻す為にも、我が国へのお力添えの程、何卒前向きにご検討して戴けないでしょうか?」
何とかその驚きを抑え込んで言葉を返そうと口を開き……。
「か、顔を上げてくだしゃい」
うぐっ。噛んじゃった。
全然抑え込めてないじゃないか。
「ボ……今の私にそのような対応は不要ですから」
「御気遣い有り難うございます」
真っ赤になったまま何とか言い直すボクに対し、微笑みを湛えた表情でそう答礼しながら、彼は立ち上がってくれた。
あーもうっ! ほんと恥ずかしい。
こればっかりはいつまで経っても慣れないなぁ。
ボクの背後に秘書のように控えていたシャナルさんとティーネさんがさっと素早く場を整え、他の精霊達も依り代の中から念話でボクのバックアップしてくれる中、アルフォート殿下との会談が急遽始まった。
国王の名代としての挨拶、つまりあの堅苦しいやり取りを二言三言しただけであっさり終わらせた彼は、急に砕けた話し方に変わったんだよね。
言葉遣いも含めて自分の立ち位置が分からず、念話で聞きながら四苦八苦しているボクの心情を見て取ったのか、自分の事は呼び捨てでも構わないとまで言ってきた。
もともとこっちの勝手な都合で押し掛けた上、お忍びである訪問だから適当でいいよ、だそうだ。
しかも今回の急な訪問については、アルメリアさんやフェーヤの無事をこの目で確認したかったとか、報告にあった噂の御子様を父上より先に見たかったとか、あえて何も伝えずにやって来ることで皆の驚く顔が見たかったと言いながら笑っていたし。
うぅ、なんか酷いな。この人。
だけど行動力は高そうだし、妙に砕けた喋り方が板に付いている。
こっちが素なのかな。
「──本来であれば、単なる一国家のでしかない私が、精霊王女の御子様であり、かつ星姫様でもあらせられる貴女に対して、ぞんざいな口などきけないのだけどね。私が耳にした限りでは、貴女はそういったものを苦手としていると聞いたけど、間違っていないかな?」
「……どこでそれを?」
もしやアーサーさん達が?
旧知の仲っぽいアーサーさん達の方へとつい目が向いたけど、彼らは揃いも揃って首を横に振る。
違うの?
じゃクラティスさん達か?
「それは内緒」
「……むぅ」
「とはいえ、これでも一応この国の第一王位継承者だからね。それなりに自前の情報網は持っているんだよ」
エフィの御子であることはともかくとして、なぜ〔星の巫女〕のことまでバレているの?
どこから情報が漏れたんだろう?
「という訳でして。貴女さえよければ、今後の許可も貰いたいな」
「それは……」
構いませんとつい言いかけるものの、目の端にちらりと見えたレントの表情が一瞬僅かに険しくなったのを見て、咄嗟に口ごもらせる。
確かによく考えた方がいいか。
安請け合いして、もし後で何かあれば困るのはこっちだし。
『セイ様、この程度なら後でなんとでも言えますので構いませんよ』
『シャナルさん?』
『あの場では一時的に許可したに過ぎませんと言えば、それで躱せるかと』
「──失礼。殿下さえ良ければ、今は構いません」
「……ありがとう」
選んだボクの言葉に、一拍おいてそう微笑んだそのアルフォート殿下。
「さて手始めに……。今回の王国の立場を説明する前に、君達の口から今回の事件の説明を聞きたいんだけど、時間は構わないかな? 分からないところは質問させていただく」
と、切り出す。
そんなこんなで、アルメリアさんとアーサーさんがボク達を代表して殿下へと説明することになった。
その様子を黙って見守る。
やっぱり最初に感じた通り、アルフォート殿下はずいぶん気さくな感じで話しやすそうな方だった。
それに、言葉や態度の端々にこの里の貴族の一部に感じられた横柄さや傲慢さといったものが全く感じられないし、どっちかというと親しみやすい感じかな?
連れてきていた二人のメイドさんが行う給仕にも、部下相手なのに一つ一つ丁寧にお礼を言っているし。
第一王位継承者ということは、この方が次期国王となられるんだよね?
どうやらいい人っぽいし、この先この国は大丈夫そうかな?
それに王族というだけで、ちょっと偏見を持っていたみたいだ。変に緊張していたのが馬鹿みたい。
そう思ってからは、ボクも気が楽になってきた。
たまにとんで来るボクあての質問に、当たり障りのない部分だけを語る。
そうそう。
これ幸いと、あの運営公式……じゃなくて、神の試練の前に王城へと持ち込もうとした感応石をこの場で起動して見せた。
この感応石なんだけど、ボクが精霊島に行った際に新しく撮り直したモノだ。
ちなみにカメラマン役はボクである。
前の映像は関係ない会話も入っていたし、追加の情報もあって情報も古くなっていたからね。
見せる前にそう説明したから、全員が真剣な表情になり、映ったエターニアを見つめる。
ただ、ね……。
ボクが目の前にいるせいか、どこか浮わついたエターニアと、そんな姉を見て呆れが混じったディスティア様が映っていたのはご愛敬だ。
そして始祖精霊である彼女達が映った瞬間、アルメリアさんとフェーヤがいきなり床に叩頭してしまったのも。
だいたい今でもボクと一緒にいる精霊達へと、未だに畏まるのを止めない二人だ。必要ないと言われているのにもかかわらず、ね。
まあ映像を見せればこうなることは予測済みだったけど、思ったより反応が酷かった。
そんなことしなくても不敬にならないからと説得して、何とか椅子に座らせたけど、畏れ多いのか知らないけど震えが止まらない様子だった。
それとは対照的だったのが、アルフォート殿下。
語られる話の内容に一つ一つ頷きながら聞いていただけで、全く驚いた様子はなかった。
さっき自前の情報網とか言っていたから、報告は受けていたんだろうね。
情報のすり合わせと答え合わせをしていたように思える。
時と場合を考えて必要以上に畏まらない姿といい、さすが王国の将来を担う方だけあるな。
ボクにとって予想外だったのは、レントの対応だ。
最初に挨拶を交わした後は会話にも入らずに、終始口をつぐんでいた。
映像の間も、この里で起こっていたことをアルメリアさんやアーサーさんが殿下に報告している間も、ずっと黙ったまま静かに聞いていた。
ティーネさんが入れた紅茶に時折口を付けながら、落ち着き払って普通に聞いているように見える。
けどそのすました表情が、ボクにはどこか緊張しているように思えた。
まあ、幼馴染としての勘なんだけど。
流石のレントでも相手が王族だと普通に緊張するんだなとのんびり思いながら、時折壁際に下がって待機しているメイドさんの方へと視線を移す。
いくら世間知らずなボクでも、彼女達が単なる女給だとは思っていない。この二人の様子を見ていれば、この場にわざわざアルフォート殿下が連れてきた意味も分かる。
姿勢良く置物のように身動きひとつしない彼女達は、周囲と同化したかのように気配が乏しかった。
殿下の護衛も兼ねているらしく、どうやらかなりの腕前を持っているようだ。それにティーネさんから、この二人が自分の加護を持っていることも念話で伝えてくる。
この気配を希薄にさせている方法が、自身の静寂の魔法を利用しているとのこと。
ティーネさんと寵愛契約していて、更にボクの魔法力が相手を上回っているからこそ、静寂の精霊の力を利用した彼女達の隠形を見破って視認出来るだけで、普通の人には彼女達が見えていないという。
その理屈だとレントには彼女達が見えていないはずなんだけど、レントは時折壁の方を見ていた。
見えている……じゃないな。獣人としての勘か。
それとも突如ボク達の前に現れた王族を警戒しているのか?
レントが妙に緊張を滲ませているのも、そのせいかも知れない。
そんなことを考えているうちに、アーサーさんとマーリンさんは今回の事件の顛末を語り終えたみたいだ。
アルフォート殿下がレントにも「補足事項はないかな?」と訊ねられていたけど、短く「いえ、私からはありません」と答えて、また貝のように口を閉ざした。
「うん、では王国が考えている処分の概要について話そうかな」
そう前置きしたアルフォート殿下は、時折冗談も交えつつ、国王が決下した処分の概要を伝えてきた。
それらの報告の中身に、少し驚く。
ボク達が官吏達へとお願いしたことが全面的に認められただけでなく、かつこちらの都合のいいようにと少し改変されていたからだ。
それにボクがお願いした『奴隷紋』の扱いに関しても二つ返事で了承してくれたようだ。
我が王家の守護精霊たる生命の精霊様の御名において、必ず履行しようとも宣言してくれた。
その力強い返答にホッとする。
エターニアからも聞いていたけど、プレシニア王家と生命の精霊であるアニマさんとの間には、相当強固な繋がりがあるんだね。アルフォート殿下自身もアニマさんの〔祝福〕持ちだと言っていたし。
そんなアルフォート殿下に、小難しい話が一段落したのを見計らってアニマさんのことを聞く。
実はアニマさんがどんな感じの精霊か、ボクは全く知らない。まだ会ってないし、精霊のみんなも教えてくれないしね。
それに何度も顔を合わせているはずのティリルに聞いても、「明るくて気さくな元気のいい方ですよ」としか返事してくれないし。
「そうだね……。うん、私にとっては『姉』のような方だと言っておこうかな」
「姉?」
「これ以上は内緒。楽しみにしていて欲しいね」
うーむ。
姉のような……とか言われちゃうと、うちの姉のイメージしか出てこないんだけど?
不安だなぁ。
「じゃ、異邦人たる貴女に、この世界の情勢をお伝えしようかな」
私の友であるアーサーとマーリンには既に伝えた事柄も混じっているけどねと前置きした上で、アルフォート殿下は所々はしょりながらも世界情勢を語っていく。
その話は一部クラティスさんが語ったことと重複していたが、この大陸の情勢が年々拙いことになっていることが分かった。
いや、理解させられたと言うべきか。
度重なる戦役と大地の荒廃による生産力の低下に、人的不足による防衛力の低下。
世界樹スィーナの倒壊とベスティア王国の落日による、邪気被害の増加。
それらの影に暗躍する犯罪組織【死方屍維】。
連携の切り崩しとも言える神出鬼没な奴らのテロ行為の数々に、今の精霊と人類側はあまり楽観出来ない状況だと言う。
かの組織に対抗するため、常在戦場を念頭において、このファルムヒュムス大陸に残る三国の同盟を強固にしているものの、他の大陸国家からの援護には期待出来ず、また精霊側とてその力を効率よく振るうための後継者がいなかったのだ。
「旧ベスティア領にある世界樹スィーナの跡地には、この星の地脈の噴出穴──星命穴の一つがある。今は精霊達の手によって地脈の流れを塞き止めて封印してはいるが、いつまで持つか分からないし、もし奴らに解かれてしまったが最後、どうなるか自明の理。
故に、我々の手に取り戻さないといけない。それも早急に、だね。
だが……我ら三国を合わせてもなお、攻めに転ずるだけの遠征戦力と資金が捻出出来ない」
「他大陸の国家はなんと?」
「自国を守るのに手が一杯で、別大陸への援軍は一兵たりとも出せない、だとさ」
「えっ?」
横から投げやりに口を挟んできたマーリンさんの言葉に、ボクは耳を疑う。
「セイさん。他の大陸とて死方屍維の攻勢はある。あるらしいが……話を聞く限り、牽制程度だ」
アーサーさんがその言葉の後を引き継ぐ。
「この世界の国家──特に大国は基本的に世界樹を中心に成り立っている。当然として小国も存在するが、必ずいずれかの大国の庇護下にある。つまり別大陸にある残りの大国は八つと言っていい。そしてその全ての大国から、不介入を宣言されてしまっている。
確かに奴らからの対応に苦戦しているのを国の恥として、隠しているのかも知れない。だがそれならば、かの精霊女王様が必ず問題視しているはずだ」
「だな。恐らくだが、ちょっかいを出されないように、微妙なラインで嫌がらせしてんじゃないか?」
「そうだな。マーリンの言うとおりだと思う。死方屍維の奴ら、余程この大陸に介入されたくないと見える」
「それでも! それでも世界樹が持つ役割や星脈の存在意義を考えれば……」
「──そうだね。貴女の言う通り、出来る範囲で無理をしようとした国家元首もいた。しかし、それは少数派。国を傾ける事にも成りかねないとあって、踏み切れずにいるようだ。
このファルムヒュムス大陸が墜ちたら、星気の天秤は間違いなく邪に染まり、ますます奴らに太刀打ち出来なくなる。邪魔をする頭の硬い連中には、事の重大さが理解出来ないらしい」
当時のやり取りを思い出したのか、アルフォート殿下は吐き捨てるように愚痴をこぼす。
「──だけどね。ようやくだ。ようやく希望が生まれたんだ」
殿下の目が、アーサーさんとマーリンさんを、レントやボクの仲間達を、最後にボクに向く。
「──セイ様。貴女が持つ〔星の巫女〕と〔神御子〕の命運。その二つの力があれば、こちらに流れを引き寄せられる筈なんだよ」
いや、その……。
ボクはまだ〔御子〕のままなんですが。
「星の巫女、ね……。こないだクラティスからこの星に一人しか生まれない存在だと聞いたんだがな」
近くの壁に背を預けて目を閉じたまま身動き一つしないクラティスさんを、マーリンさんはちらりと横目で確認しつつ、
「何でセイちゃんが……この星の住人ではなく、俺達地球人の中から現れたんだ?」
「分からない」
マーリンさんのもっともな台詞に、しかし殿下は首を振る。
「分からないが、推測は出来る。奴らが崇める首領ユーネは、邪に染まった星の巫女だ。しかもまだ生きている。世界に一人しか生まれない制限があるゆえに、神が考え出した措置だろうと思う」
あ、そういう見方もあるのか。
「そもそも最後に星姫様の存在が確認されたのは、エターニア様の治世が始まる前だ。それは邪霊戦役の始まりまで……数千年以上前まで遡る。流石に森精種の民の間でも失伝していてね。故に分からない事が多すぎるのだよ。
──無論、精霊様方はご存知でしょうが……」
アルフォート殿下の言葉に、皆の視線がボクの背後に立つシャナルさんとティーネさんへと集まるが、彼女達は静かに首を振って見せる。
「──私は知りませんね」
「もし知っていたとしても、それは禁即事項になります」
「……セイちゃんは星の巫女について何か聞いているか?」
「ボクも知らないし、教えてもらってないです」
マーリンさんの問いかけに、ボクも首を振る。
「自分の力なのに、いまだによく分からないんですよ」
確かにエターニアやディスティア様なら、その力を詳しく知っているんだろうけど、ボクには教えてくれなかったからなぁ。
教えて貰えないのは信用と信頼がないのではなく、単に実力不足。しかも目覚めたばかりで全く使いこなせていない。
あの後精霊化したままで、何気なく身体ごと地球に戻ったら、あり得ないことが起こってパニックになっちゃったし。
うん、あれだ。
ベッドの上で目覚めたら、星の精霊の姿のままとか……。ほんと何の冗談かと。
挙げ句の果てに、たまたま家にいた母さんや兄さんに星の精霊の姿を……銀髪碧眼の女の子になったボクを見られちゃうし。
いや、ビックリして悲鳴を上げちゃったボクが悪いんだけどさ。間が悪いっちゃありゃしない。
質問攻めにしてくる母さんの背中を部屋から押し出し、更にしつこく詰め寄ってくる兄さんを完全に蹴り出したところで、ボクの内からカグヤのアクビが聞こえてきて……。
ボクの魂の器の中で寝ていたカグヤまで、地球についてきてしまったことにも驚いた。
すぐにエストラルドに取って返したボクは、精霊島に出向いてエターニアへと問い詰めた。
すると、すぐに耳を疑うような答えが返ってきたんだ。
ボクは初めてこのエストラルドに来た際、狭間で出会った精霊王女エレメンティアの力で古代森精種の身体を獲た。
そして北の森で彼女と再び出会い、寵愛と共に御子の力を得て、与えられたスキルを使って精霊へと変化出来るようになった。
そもそもこの〔スキル〕とは何なのか?
狭間で、そして北の森で、エフィはボクにスキルを与えた際に、肉体や魂に力を刻んだ。
つまりスキルとは、肉体や魂に刻印された能力のこと。
で、エストラルドでの種族はともかく、ボクの魂は地球にいてもエストラルドにいても共通だから……。
──なんてことはない。
ASにログインしたプレイヤーはみな、地球にいても魂由来のスキルは使おうと思えば使えるのだそうだ。
使えないのはその種族特有のスキル、つまり肉体由来のスキルだけ。
つまり、有翼人種の〔飛行〕とか、獣人種の獣化がこれにあたる。
ただしスキルが使えるといっても、それには厳しい条件がある。
下手に発現して地球に混乱を起こさぬようにと、神の手によって固く封印されているからだ。
そりゃそうだ。
自動車を走って追い越したり、ビルの屋上までジャンプ出来たり、魔法を使う人間がいきなり現れたら、世界が大混乱に陥ってしまう。
神の封印とは、言うなれば精神の枷。
エストラルドで与えられたスキルがあの世界だけの力だと、強く思い込めば思い込むほど封印は強固になる。
この封印は結構質が悪い。
このエストラルドの世界がゲームじゃないと気付いた人ですら、無意識に地球では使えないだろうと思い込んでいるからね。
ボクも地球では使えないと思っていた口だから、本来なら精霊化の力を使えるわけないんだよ。
それなのに何故、こうもあっさりと発現したのか。
エターニアの説明では、精霊核と変化していたボクの魂が契約を増やすごとにだんだんと力を増し、更に星の精霊の力にも目覚めたことで大きく進化、内側から封印を独力で食い破ったからという、単純明解でとんでもない答えが。
うん、エターニアが何を言っているのかさっぱり分かりません。ボクの頭では理解不能です。
というか、理解したくありません。
それに母さんから聞いたうちの家系と付き従う従者の系譜のこと、そして不思議な力を持つ者の引継ぎを得た今は、もう既に力を完全に受け入れてしまっている。
……はぁ。
こっちでも女性化に悩まされるとは。
何とか練習を繰り返し、地球でも多少はコントロール出来るようになったおかげで、人と精霊の間を自由に切り替えられるようになったとはいえ、この出来事のおかげで自分の未来がこれからどうなるのか、強く不安になっちゃったんだよなぁ。
「──そんな伝承の中で謳われるだけだった星姫様が今、私の目の前に居られる奇跡。そして善なる徳を積み、精霊の導きを得てエレメンティア様の御子様へとなられ、ユーネ率いる【死方屍維】に真に対抗出来るようになった事が大きい」
アルフォート殿下の演説じみた声が響く。
地球では意味不明な星の精霊の力も、エストラルドでは救世主と祭り上げられるほどの力なのは分かる。
でもさ。
こう言っちゃなんだけど、成り行きでこうなっただけだ。
ボクは言われているように、そんな高尚な人物じゃない。
自分の目と手の届く範囲で、大切な人を守り続けたいと思うだけの一般人で……。
「御子様への資格選定はかなり厳しいと聞いている。星の巫女だからというだけで選ばれる訳がない。生半可な人物が御子へと推挙される訳がない」
ボクの表情から否定的な意志を感じ取ってしまったのか、そう言い募ってくるアルフォート殿下。
「セイ様。ご無理を言って申し訳ない。地球人である貴女にとって、確かにこの世界は関係ないかもしれない。必要のない労力や負担を強いてしまうのも分かっている」
──それは違う。
静かに首を振る。
「……違います。そんなことは……ありません。関係ないなんて、微塵も思っていません」
この世界で知り合った人達。
仲良くなった人達。
真実を知った今、この現状を放置したくない。出来る限り手助けしたい。
そう。
世界が違うからといって、ボクの自分らしさを否定することはしたくない。
「ただ……」
ただ、ボクなんかが役に立てるのだろうか?
今回この里を救えたのも多くの人達の努力の結果だし、むしろ先の戦闘ではボクが皆の足を引っ張ってしまった。
みんなのフォローがあったから、何とかなっただけだ。
こんな弱いボクなんかがこれからも役に立てるのかと、不安になって……。
『セイ様。悩む必要があるのですか?』
『ティーネさん?』
『期待されたからといって、全て叶える必要もありませんし、自分を押し殺して奉仕する必要もないのですよ』
『ティーネの言う通りです。全てを救えは流石に無理です。手が足りません。こんな事を告げるのは光の精霊として失格かも知れませんが、貴方様がなさりたい事だけをすれば良いのです』
『そりゃ出来る限り頑張りたいけどさ。世界を救えるほどボクは強くなんか……』
『セイ様は気弱になりすぎるのだ』
『ご主人様は自分の強さ、全然分かってないよね』
ボクの依り代の中からシュリとカグヤが会話に割り込んでくる。
『継承者様には私達がいます』
『お兄様。その為に私達がいるのですよ。もっと頼って下さい』
『キリア? ティア?』
『これから強くなれば良いのだ。セイ様なら大丈夫』
『それにお兄様。エフィお姉様が眠っておられるせいで、本来の力が全く使えない状態なのを忘れてません?』
『……あ』
そうだった。本来の精霊王女の力は、彼女が目覚めなくなったと同時に使えなくなったままで……。
『そうです。お父様は強いんです。ほんとは最強なんです! 次はみんなでけちょんけちょんにして、しっかり殺っちゃいましょう!』
『ルア、それ物騒過ぎだよ』
『えー。でも、あのカル……カル……。うー、もうクソジジイでいいです! 奴のタコ殴りの刑、楽しくないですか!?』
『こらこら』
「……セイ様?」
「いえ、何でもないですよ。精霊達の意見を聞いていただけですので」
思わず苦笑したのを見咎めたアルフォート殿下は、訝しげにそう訊ねて来られたけど、何とか誤魔化す。
そうだね。何でもかんでも、ボク一人ですることじゃない。
至極当たり前のこと。
精霊のみんなだけじゃない。
親友がいる。
恋人達──ユイカやティリル、レトさんを始めとして、素晴らしい多くの仲間達がボクの周りにいるんだから。
「この美しくも儚い世界の為に。私でよければ、出来る範囲で協力させていただきます」
「──我が国、そして世界を助ける手助けをよろしくお願いいたします」
それを聞いた殿下はおもむろに立ち上がると、腰を折って答礼する。
「セイ。いいのか? 何も結論を急ぐ事はないぞ?」
「大丈夫だよ、レント。さすがに放っておけないし、何より……ボクも出来る限り役に立ちたい」
心配そうにレントが聞いてきたけど、決心が鈍らないうちにとそう言い切る。
ボクの存在と立ち位置がこの世界の人達にとって待ち望んでいた事柄だと語られたことで、かなりの重圧がのし掛かって来ている。内容も内容だしね。
けどここまでお願いされて頼られているのに応えないのはあり得ない。それにこの世界でも一人の人間として生きていくと決めた以上、この状況を放置したくない。
他人任せにするのは簡単だ。レントやアーサーさん達に任せたらいい。
でもそれだとボクは自分が許せなくなる。
この世界に今後も深く関わっていくことを決めたのに、人任せにして手を抜くなんて格好悪すぎるでしょ。
それにボクの存在が世間に公表されるだけで、この世界の人達が気持ち的にも救われ前向きになれるならと、その願いを引き受けることにしたんだ。
ボクはこの世界の人達にとって、『希望』という名の『神輿』となることを。
そしてこんなボクに、人を守れる力を与えてくれたエフィに感謝をして。
そして決めた以上、もう迷うことはない!
先の章に出す予定だった殿下を顔見せとしてチラ見せしたら、いつの間にかちょい出しどころじゃなくなり、気にくわない部分を全部書き直しになったという……。
ただでさえ時間とれずに更新が遅れているというのに。
余計なことをするもんじゃないですね。