156話 完全現実化の代償
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
避けては通れない説明回です。
うん、限度というか、やり過ぎていないかの調整が難しい……。
「──成る程……これは……」
ソファーに座るボクの額に手を当てていたディスティア様は、その手をどけると、困った様相を見せて口を開く。
「──以前姉様が贈呈した衣装の影響で、一部壊れてしまって放置されていた神の加護ですけども、何とか壊れずに残っていた部分までもが跡形もなく、綺麗さっぱり消失してしまっていますわね」
「……」
ディスティア様のその言葉に、プイッと無言で視線を逸らすエターニア。
「あのですね、姉様。肉体や固定内着に紐付けられていたとはいえ、何をどう治療したら、主様が設定された魔法式の中でも、地球の慣習である未成年保護に類する特定部分だけを狙い撃ちして、ここまで綺麗に破壊出来るのですか?
まさかとは思いますが、わざと狙って壊したんじゃないですの?」
「わざとじゃないもん。そんな事して嫌われちゃったら、今後生きていけないもん」
「はぁ……もう。とは言え、生体活動の保護系統とが全滅ですわね。この保護機能がないと、普通に生理現象が発生するだけでなく、痛みなどの軽減も全く無くなりますのよ?
元々異邦人の現身は、この世界の人族よりも主様の手によって頑強に創られている事くらい、姉様も知っていますでしょう? ただそれも、神の加護が正常に稼働しているからこそです。姉様が神の加護を破壊したせいで、セイさんが病気とかかかられたらどうするおつもりですか?」
「うっ」
「本人が自分の意思で外すのならともかくとして、こちらの不手際で消してしまうとは。これ、どう落とし前つけるんですの? 嫌われたりし……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
──うぅ、嫌わないで見捨てないで」
「きら……見捨てるって。ボクがそんな酷いことするわけないでしょ」
床に正座したままのエターニアを、呆れた様子で見下ろして説教をしていたディスティア様。
責められる度に消沈して縮こまっていき、捨てられそうになっている子犬のような目でボクを見上げて震え、ディスティア様の『嫌われる』発言で堪えられなくなったのか、いきなりがばりとしがみついて懇願してきたエターニアがあまりにも可哀想で可哀想で。慌ててそう否定する。
「あの、ちょっといいですか?」
ボクが口を挟んだことにより、ディスティア様の追及が一段落したのを見て取って、ボクは気になっていたことを確認する。
「今回のコードが壊れた影響なんですが、もしかして地球とエストラルドの世界間移動に影響出そうです?」
「そちらは大丈夫ですわよ。魂の保護と世界間移動を可能にする神の加護は肉体ではなく、セイさんの魂に直接刻まれています。全て正常に稼働していますし、厳重に保護されていますから、並大抵の事では破損しないでしょう」
その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
「そう。ならこの件はもういいです」
さっきまで色々と悪い想像が浮かんでは消えていたからね。
このままこの世界から帰れなくなったら、地球にいる家族や大事な人達と離れ離れになっちゃうし。
あ、いや、レントやユイカ、ティリルだけでなく、姉と兄もこっちに来ているんだから、そういう事態になっても両親への伝言だけは頼めたかな。
でも父さんや母さんに会えなくなっちゃうのは嫌だしなぁ。
あ、いや違うな。
そんな話を聞いたら、むしろうちの親達は──特に母さんはボクに会うためだけに、あのゲーム端末買ってこの世界に押し掛けてきそうだし。
ただそうなった場合、魂が戻らなくなった地球のボクの身体はどうなっちゃうんだろう?
まあ、可能性の消えた未来のことはどうでもいいか。
「み、妙にあっさりしてますわね?」
「じっくりよく考えてみたら、困ることなんて何もなかったし」
ボクのこの回答に、エターニアとディスティア様はポカンと口を開けた。
「セイ……そんなあっさりしてていいの?」
「セイさん。もっとよく考えて下さいまし」
「ちゃんと考えました。その辺問題ないです。地球と同じ暮らし方をすればいいだけですから」
健康に気を使い、ごはんをちゃんと食べて、トイレにも行って、お風呂入って、寝る。
ほら、別に普通だよね?
これの何に弊害あるの?
二柱が心配してくる意味が分からず、キョトンとしたまま返事をする。
「魂の世界間移動系統には問題ないし、命には影響ないんでしょ。これから色々と気を付けたら良いだけなんだし、戦闘もみんなが協力してくれるお陰でなんとかなっているから」
感覚軽減というか、痛み軽減が無くなってしまったのは、ちょっと影響でかそうではあるけど。ボクは戦闘では後衛でみんなに護られる立場だから、基本的に問題ないよね?
だからそんな大事にしなくてもいいのに。
確かにまあ最初は目の前が暗くなるくらい焦ったし、ボクの身に起こったことは結構重大な出来事ではあるんだけど、肉体的な死がない状態なのは何ら変わっていないのは、今しっかりと聞いた。
そもそもこの世界に生きる普通の人達はそんな保護が最初からないんだから、これでもかなりの優遇処置なんだよね。
生活や病気においてはボクが気を付けたら良いだけだし、あまり誉められた事ではないけど、死んだら健康体に戻って復活するんだから、そこまで気にしないでいいのになぁ。
それに元々コードがあった時でも、食事とか睡眠とかはしっかり取らないといけなかったんだから、それにちょっとトイレが追加されただけじゃないか。
うん、専用の馬車もあるし、それくらい簡単に対処出来ると思う。
「ほらほら、エターニア。正座なんてもういいから。立って、ね」
「うん……でも、ごめんなさい。隠すつもりもなく、後で説明するつもりだったの。信じて欲しい」
「分かっているよ」
悪気があったわけじゃないのは、今までの言動から分かっている。
それでも頭を下げてくる彼女に、ボクはそれ以上なにも言わずにその謝罪を受け入れた。
あの後。
この部屋を覗いていたのか、それともエアちゃんから報告を受けたのか知らないけど、ディスティア様がこの部屋に転移してきた。
正座させられているエターニアと彼女の謝罪の言葉を聞いて、すぐに事態を把握。溜め息一つつくと、ボクに座るよう促し、額に手を当てて何やら調べ始めた。
ディスティア様にはボクの身体と魂の状態だけでなく、神の加護やら因果律など色々視えているらしいけど、それが何を意味するのかよく分からない。
ボクが『星の巫女』という大それたお役目を背負っていることについて、何かの間違いじゃないかなぁと限りなく薄い望みを持って訊いてみたけど、やっぱり彼女にまで断言されてしまった。
しかも、こちらも史上初の男性の巫女。
そう、男なのに、巫女……。
──いや、自分でもだんだん何を言っているのかよく分からないんだけど、何だか頭が混乱してきたし、これ以上この件を突っつくのは精神衛生上大変よろしくないので、変な抵抗はもう諦めた方が良さそうだ。
たくさんこちらに来ている同郷者から、単にボクが選ばれただけ。
迷走した白羽の矢が運悪く通りかかった男のボクに命中しただけ。
そういうものだと無理やり納得しておく。
で、神の加護についてなんだけど。
二柱の説明によると、この神の加護というモノは、ボクの色々な場所に絡み付いていたらしい。
ほら、あれだ。チョコレートで何層にもコーティングされたお菓子を想像したらいい。
この説明が一番分かりやすいんじゃないかな。
そんな風に展開していたこの神の加護なんだけど、今回壊れたのは表層の部分、つまり肉体に付随していたモノだけだそうだ。
設定で自力で弄れる部分の為か、神の力で編まれた保護なのに強度は弱いらしく、始祖精霊クラスなら容易に壊せるとの事。
ただ深層域──魂に直接刻まれているコードは、この世界へと魂を転移させている座標設定やこの世界の肉体死亡時の魂の破損保護という重要なコード。
こちらについてはかなり厳重に作られているし、本人にも干渉出来ない。弄るためには神に類する力が必要なためか、そう易々とは壊れたりしないみたい。
正直最悪地球に帰れなくなるんじゃないかとまで覚悟していただけに、その点についてはホッとした。
そして問題の破損した神の加護について。
壊れた部分は、地球と現地エストラルドの未成年に対する習慣や法令差による保護系統全て。身体保護や生体反応抑制系統──つまり異性に対する視覚保護や接触保護、そしてゲーム的には基本不要と判断されていた生理現象だ。
ようするに一言でいうと、完全にエストラルドの住人と同じ存在になったということ。
住人の仲間入りしたそれ自体は全く気にしていないんだけど、問題は異性関連。多数の女の子と共にいることが多いボクとしては、めっちゃくちゃ気を使うことになりそうだ。
これはついさっき、偶然にもエターニアの下着が見えてしまったことから、それが分かる。
今回のこの出来事はみんなにちゃんと伝えておかなくちゃね。
間違いなく驚かれるだろうけど、仕方がない。今まで以上に気を使わないといけなくなったから。
ユイカをはじめとしてレトさんやカグヤ、最近はティリルまでもが光化して見えてないからと言って、ボクの前で堂々と着替えとかしてくるからなぁ。
一度恥ずかしくないのかと訊いたことがあるんだけど、見せられるのはインナーまでだし、恋人同士になんだからこれくらい気にしないと言っていたけど、その理屈ってなんか破綻してない? 変でしょ、それ。
それにこっちが気にするんだよ。これからは絶対にしないように、特にユイカやカグヤにはきつく言っておかないと。
「──とまあ、こんなところですわね。ここからは特に注意が必要なのですけど……」
今までとの変更や注意する点を列挙していたディスティア様は、ここからが本番とばかりに真顔になる。
それを見てボクも佇まいを直した。
さて、どんな厳しい話が飛び出すのかと思ったら……。
「今まではコードで防げていましたモノも、今後は防げません。ですから、これからはセイさんの身体を性的に狙ってくる輩への対処が肝要になりますわ。言い寄られたからと言って、安易に関係を持たないで下さいましね。貴方を束縛する手段に使われかねませんし」
「へっ?」
いきなり性的と言い出して露骨な話をし出すディスティア様についていけず、ポカンと口を開けた。
待って待って待って!
ど、どういうこと!?
視覚とか接触とかトイレとかそれだけじゃないの!?
「その顔は分かってなかったようですわね」
世界が違うとはいえ、最近の若い子の性教育はどうなっているのかしら? と、あからさまに嘆息してみせる彼女に、ボクは何も言えず言葉を詰まらせる。
「セイさんはどうやら男女の自覚というモノがあまりにも薄いようですので、ちょっときつめに言わせて貰います。
こちらの世界での貴方は既に成人ですし、年頃的にも異性に興味を持たれていた筈です。それが無意識に暴走する事の無いようにお願いしますわ。
何故ならば、セイさんはこの世界の最重要人物であり、そんな貴方との子を得ようと画策する輩が今後増えてくる筈です。きちんと考えて双方の同意の上なら構いませんが、地上の民に易々と貴方の子種を渡してはなりませんよ」
「こっ!? こ、子種っ!?」
真剣な顔して、いきなりなんて事言うのさ!
「大丈夫ですわ。ちゃんと代案は考えてあります。若い子をあまり締め付けるのは可哀想ですしね。
もしどうしても我慢出来なくなったのなら、うちの二柱の娘となら、いくらでもしてくださっても構いませんわよ。むしろ襲ってあげて下さい」
「ふぇええっ!?」
「もちろん娘達にはその旨をきちんと伝えてあります。と言うより、セレーネの方から私に相談してきましたよ。姉のシュリナについては後ろ向きな発言が目立ちましたが、元々あの子は男女関係についてはいつまで経ってもうぶのままですし、単に恥ずかしがっているだけですね。恐らくちょっと強引に迫れば、すぐに転ぶと思いますわよ。
キュリアも否定しませんでしたし、レクティアはともかく、ルアルまでもがやけに前向きですし、貴方って本当に愛されてますわね。
ああ、そうそう。あの子達はまだ全員処女ですし、最初は難しいかも知れませんが、なるべく手加減してあげてくださいね」
「ぶっ!? えっ、ちょ、待っ……何でそんなことっ!?」
「だって貴方と同じ地球出身の恋人達は、こちらの世界では全員神の加護で制限を受けているのでしょう? それでどう対処するんです?」
言外に、その状態では無理ですよね? と言われ、言葉に詰まる。
「だ、だからと言って……」
「それに旅をしている関係上、仲間を身重にしてしまうのを憂慮するのは当然ですからね。私の物言いに戸惑うのは当然です」
いや、違うよ! そもそも前提が違う!
そんなことを戸惑っているんじゃなくて!
そう叫びたかったけど、ボクの口からは「あー」とか「うー」という言葉にならない呻き声しか出てこなくなってしまった。
そんなボクをよそに、ディスティア様は幼い子に諭すように続けていく。
「もちろん私達精霊も女である以上、自然の摂理として、子を産み育むという機能が備わっています。
しかし通常星力から産まれる精霊には男性という概念がない上、前任者からの力の継承で別種族から精霊へと昇華する者もまた、波長が合う女性同士の引き継ぎでしかあり得ない為、結婚願望を満たしたり、自身の特徴と性質を受け継いだ子が欲しくなれば、必ず他種族の男性に頼る事になります」
自身の特徴と性質?
もしかして遺伝子のこと?
「だけども、ここで問題が二点ばかりありますの。
魔力生命体である精霊と地上の民との間では、一部を除いてなかなか妊娠しにくい点がまず一つ。
二つ目に、その精霊の前種族や個体差によってかなり変わりますが、基本的に月のモノの周期が長い為、妊娠する機会が少ない傾向にあります。
この結果、精霊側がいくら望んでも好いた男性との子を妊娠しにくいのです」
「へ、へぇ……」
一部を除いて、ねぇ……。
話の流れ的に凄く嫌な予感が。
「しかしながら、精霊に近い身体と性質を持つエルフの民との間なら話は別です。しかも古代森精種との間なら、かなりの高確率で問題なく出来ますわよ。
よって私達精霊にとって、あの時のセレーネやシュリナのように男性に口付けと共に寵愛を与える行為は熱烈な求愛行動だけでなく、生殖願望、つまり貴方の子供が欲しいという暗黙の要求なんです」
「げっ!?」
やっぱりぃ!
思わずエターニアの方に視線を移せば、彼女もボクを見ていて視線がかち合って……真っ赤になって俯く彼女。
そ、そういえば、エターニアもボクの口唇にキスしようとして、エアちゃんに怒鳴られていたような……。
や、やっぱりそういう事なの!?
「しかも時期さえきちんと合わせれば、かなりの高確率で命中しますわ」
「め、命中って、ちょっ!?」
語っている内容が生々しい上、更に男のボクが聞いていけないような話までぶっちゃけてきたディスティア様に、完全に頭が湯だってくる。
「セイさんは普通の古代森精種よりも精霊に近い身体をお持ちですから、より確率は高いでしょうね。つまり自分の子を産んでくれとあの子達に言えば、周期さえきちんと合わせればほぼ出来るという事ですわ。ですから今の私のように苦戦する事もな……。
──そういえば、クラティスも祖先にエルフの血が入っていましたわね。結構長いことしてますのに、どうして私はまだ出来ていないのかしら?
やはりこれは人の血の方が濃くて邪魔を? 本当に厄介な問題ですこと……あっ!」
「あ、あの? ディスティア様?」
「──くっ、なんて事。このままじゃセレーネに先を越されてしまいますわ……なんて事!
もしシュリナまで先を越されてしまっては母親としての立場が……娘達が羨ましい」
いきなりあさっての方に脱線して、ブツブツと何やら呟き始めるディスティア様。
てか、なんでここでクラティスさん?
まさかディスティア様と恋人同士だったりする?
気になりはしたけど、彼女から何やら黒い感情が噴き出し始めたのを見て、その質問は飲み込んだ。
うん、これは触れちゃいけない。
触れたらヤバい。絶対に駄目だ。
俯いてブツブツ言っているディスティア様から、そろりそろりと距離を取り始める。
そもそもだ。
ボク自身そんないやらしい目で彼女達を見ていない。見ていない……はずだ。
だ、だってこんなこと、ボクにはまだ早いもの。
そういうのは、その、ほら。きちんと結婚して夫婦になってからするもので……。いや、あの、えぇっと……この世界の結婚って、どんなの? この場合どうしたら……。
混乱したままではあったけど、彼女の矛先がずれてほんの少しだけ冷静になれたボクは、とりあえずこの場を切り抜けて逃げ出そうと決めた。
周囲を見回す。
でも、正直逃げる場所なんて、廊下に出るあの扉しかないんだよね。
静かにそっと移動しようとしたボクの服を、ぎゅっと掴む者がいた。
「……えっ?」
振り返れば、そこには不安そうな顔をしたエターニアが。
このままここに彼女を置いていくのも忍びないし、黙って立ち去って勝手に地上に帰るのはあまりにも不義理だと思い直し、仕方なくディスティア様の呟きを止めるべく口を挟む。
延々と目の前でクラティスさんとの情事自慢を聞かされるよりマシだ。さっさと話を切って終わらせて、挨拶を済ませて地上に帰ろう。
色々あったし、もう休みたい。
「あ、あのあのあの……っ! ボクはまだそんなこと早いしする気はないんで、これで失礼しま……」
「──あの時なんてあの人は私に……あら、逃げては駄目ですわよ。説明がまだ半分も終わっていませんわ」
逃げ出すために一声かけ、すぐに背を向けたボクの襟首をむんずっと掴んだ彼女は、にこやかな表情を浮かべて話を元に戻す。
「どこまで語ったかしら?
……そうそう。精霊相手になら避妊を考える必要がない理由を説明している途中でしたわね」
しまったっ!
黙ったままエターニアを連れて、そのまま消えたらよかったぁああ!
「ご存じの通り、上級精霊には自身の分体を創り出せるという能力がありますわ。それを使えば妊娠期間の行動制限の問題を解決できますから、先程の旅の話は問題なしですのよ。
この能力を流用すれば、私達精霊は身重でも問題はありませんわ。力や効率は落ちてしまいますが、妊娠した本体を精霊島で保護しつつ、精神と力を分体に移して、貴方と共に旅や仕事をこなす事も可能ですのよ。分体での直接戦闘は母体のマナ波形に影響が出る為にあまり褒められたものではありませんが、精霊化の方でしたら影響がかなり少ないと視えてますわ」
妊娠期間中は精神的に不安定になりやすいですし、分体でも万が一深刻なダメージを負えば、精神的要因で母子に影響出かねませんしと、説明を続けるディスティア様の言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。
「そもそもセイさんは肉体的な交わりよりもっと凄い事をしているのだから、その程度のこと余裕な筈ですよ。精霊核同士を触れ合わせ、魂そのものを重ね一部を融合させているのですからね」
「うっ……」
いや、確かにカグヤやティアからは、しょっちゅう赤裸々な感情や想いが流れ込んでくるんだけどさ。
でもボクとしては、目に見えない魂の交わりよりも、見える肉体的な接触の方が恥ずかしいわけで。
「それに本題はこれからです」
「えー」
ただでさえ、いっぱいいっぱいなんだけど?
「幸か不幸か、セイさんが男性である事は、他の民に知られていませんし気付かれてもいません。よって貴方から暴露しなければ、今言った事態にはなりにくいでしょう」
「な、なら、何でそんなことを……」
「その様子だと、やはり気付いていませんね。セイさんが普段過ごしている状態は何ですか?」
「そりゃ誰かと精霊化……あ」
精霊化。つまりは女性化。
今まで考える必要性がなかったけど、これからはとっても拙いんじゃ……。
真っ青になったボクを見て嘆息するディスティア様。
「気付いたようですわね。何故精霊の妊娠経緯を話したのかが。そして今いる場所はどこなのか、を。
精霊化している時は特に気を付けなくてはなりません。甘い言葉で言い寄る男──特に里のエルフは皆野獣と思って行動して下さいまし。
ましてや旅の途中で油断し、強引に処女を奪われて妊娠とかになるのは嫌でしょう?」
「に、にんっ!? ちょ、ちょっと待って! そこまで!?」
何で……って、あ。まさか?
まさかまさかまさか!?
「姉様のせいで、貴方も妊娠出来るようになったのですよ」
「「うぐっ」」
ボクと……そして隣にいるエターニアまでもが、ディスティア様の台詞にダメージを受けて思わず呻く。
「もし精霊化中に妊娠してしまったら、恐らく出産するまで男に戻れなくなるでしょうね」
ひいっ!
聞きたくない聞きたくない!
「貴方の旅の仲間の男性にエルフの民はいませんが、仲の良い獣人がいますわね。いくら妊娠率が低いと言っても確率はそれなりにありますし、古今東西英雄級と呼ばれる強者、特に獣人種の強者は性欲や精力、そして何故か女性を妊娠させる力がとても強い事で有名なのです。
ですから彼から求められて応じたとしても、徹底的に避妊を……」
「そんなこと絶対しませんし、あり得ません!!」
真っ赤になって、つい叫ぶ。
だいたい親友がボクに対してそんな邪な感情持ってるわけないでしょ!
それにボクがレントを誘うみたいな変態みたいな真似するわけないし、絶対にあり得ない!
「お互い興味本意で、という事もあり得……」
「だから無いです!」
唸りながら、ピシャリと否定。
何でみんなして、ボク達をそっち方向で結び付けようとするのさ!
「そもそもあいつとボクは同い年ですよ! だから制限ありますし、男同士でなんか……」
「あら、地球の若者の間では『びーえる?』 か『男の娘?』とか『てぃーえす?』いうのが流行していると聞きましたが違うのですか?」
「だ、誰がそんなことを?」
「一年ほど前、狭間に来た異邦人の少女から熱く語られたと、エアリアルが言っていましたわ」
「あ、あの残念兎!」
後で絶対シメる!
どこの誰だか知らないけど、ほんと余計な情報を!
「それに誰かと精霊化中ということは、ボクだけの問題じゃなくなるんですよ!
皆を巻き込みたくないし、だから絶対にそんなこと……」
ありえない! と言い切ろうとしたら、
「単独で精霊化出来ますわよ」
「ありえません!
……は?」
「ですから、貴方は既に誰の手も借りずに精霊に成れると言っているのです」
ディスティア様の言葉が耳に突き刺さる。
「本当に貴方は規格外ですのね。まさかここまでとは思いませんでした」
「……え、え?」
「それに妊娠出来る身体だということは貴方にもそのうち月の……」
「だあー! とにかく問題ないですから! 普通にしていれば何も困りませんし、何かあればこちらから相談します。だからこの話はまた今度にでも」
ボクは男なんです。
そんな話もう聞きたくないです。
話はここまでとして、耳を押さえて強引に会話を打ち切ろうとした。
「──何故聞こうとしないのです? これからの自分に必要な事だと真摯に受け止められないのですか? これは貴方の為と思っての事ですわよ。真面目に聞かないと、失敗や損をしてしまいますわ」
「あの、そこまで気にしなくても。そういう事案が起これば、男に戻るなり透過して逃げるなり、例えば極力精霊化しなきゃ良いだけだし」
あ、そうだよ!
そうすれば、この問題全部解決するじゃないか。
多少不便を感じてもいいから、普段は精霊化をしないでおけば!
我ながら名案とばかりに頷いて一人納得していると、その様子を見たディスティア様は肩を震わせながら俯き、片手で顔を覆った。
「──うふ、うふふふっ。照れ屋もここまで来ると……ほんと困った子ね。そういう言い訳を使って、とことん逃げますか。一昔前、私の義娘となったばかりのシュリナを彷彿とさせますわね……本当によく似てますわ」
こわっ!?
「よろしい。そこになおりなさい。魂と心を通わせる精霊化の奇跡と尊さ、その必要性、そしてこの世界の男女の常識をしっかりと理解するまで、この場で徹底的に叩き込んで差し上げますわ」
「ひっ!? ちょっと待っ……」
「問答無用」
貴方の為ですと言わんばかりに宣言したディスティア様。逃げ腰になったボクに手を翳すと、何やら押さえ付けられるような感覚と共に、指一本動けなくなってしまった。
「そこに『正座なさい』」
「ぐっ」
身体が勝手に絨毯の上で正座を始める。
「あの、ディスティア? ここまでしなくても。
セイには私から後でゆっくり説明するから……」
蒼白になっているボクの様子に、見かねたエターニアが口を出したけど、
「丁度良いです。姉様も一緒に座って聞きなさい」
「えっ、なんで? それくらい私知っているよ?」
「姉様も別の意味で危険です。感情が全く制御出来ていないではないですか。このまま放置すると、想いを暴走させていきなりこの場で襲い掛かるとか夜這いとか変な事をしでかす恐れがあります。初恋とはいえ、拗らせ過ぎですわ」
「ぅ!? 何でここでっ!?」
一瞬で真っ赤になって彼女に詰め寄るエターニア。
「あら? 誰がどう見てもバレバレですのに、今更隠しても仕方ないでしょう? セイさんも分かってますよね?」
「ま、まぁ……」
「……あぅ」
改めてそう言われると、こっちも恥ずかしいわけで。
お互いにそっぽを向きながら、頬を染める。
「だからこそ姉様も自分を見つめ直すいい機会なんですよ」
そんなエターニアに、ディスティア様は猫なで声で追い討ちをかける。
「それに少しでも一緒にいたいでしょう? セイさんがこの部屋を出て地上に戻れば、また離れ離れになりますわよ?」
「──隣に正座させていただきます」
ぴとっとボクに引っ付いて、隣に座るエターニア。こちらを見る彼女の頬は赤く染まったまま。
しばらくその状態で固まって考え込んでいたようで。
意を決したのか、彼女はおっかなびっくりボクの腕を取ると、ぎゅっと目を閉じ、胸にかき抱いた。
あの、エターニア?
仮にも貴女はディスティア様のお姉さんで、女王様。しかも創世の頃から生きてきた始祖精霊でしょ?
なんでこうもあっさり丸め込まれたり、免疫なかったり、意のままに操られているのさ?
「宜しい。では、その状態でもう一度最初からお復習ですわ。まず精霊とは……」
先行き不安なこの状況にこっそりと溜め息を吐きつつ、苦労して真面目な顔を作ると、早く終わって欲しいと願いながら彼女の話を聞き始めた。
隣で嬉しそうに引っ付くエターニアの温もりと柔らかさに耐えながら……。
──結局ディスティア様から解放されたのは、日付もすっかり変わった真夜中だった……。