154話 笑撃的な出会い!?
色々ありまして遅れました。申し訳ないです。
(活動報告参照)
2019/2/15 すいません。感想で指摘のあった通り、サレスさんの真名からのセイ君の名付けを、『レン』→『ティーネ』に変更しています。
「セイ!」
ディスティア様の案内に従って奥まった迎賓室に入った瞬間、待ち構えていたエターニア様がソファーから立ち上がり、ボクの名前を叫びながら体当たりよろしく飛び込んできた。
咄嗟に手を差し出して彼女を正面から受け止めたものの、あまりに勢いよく突っ込んで来られたため、体勢を崩して押し倒されるような格好で倒れ……ずに、そのまま浮遊のスキルを発動。くるりと横回転して衝撃を逃がした。
あ、危なかった。何とかうまく抱き止められたよ。男としての面目も保てたかな?
うん。毎日精霊としての暮らしに慣れてきたおかげだな。あんまり意識せずに、思うがまま呼吸をするように精霊スキルを使えるようになってきたし。
まあ今までユイカをはじめとするみんなに飛びつかれて倒され慣れてきただけともいうし、カグヤと精霊化をしたまま固定化しちゃったせいで銀狼族としての能力を得ているおかげでもある。
そう、精霊のベース種族の能力も同時に得られている為、反射神経などの運動能力がエルフベースの時よりも飛躍的に増しているのだ。
しかも〔月精の寵授巫女〕と違って自力精霊化だから、全ての精霊魔法が使えるおまけ付き。
まあそのかわりにと言うのも変だけど、銀狼族の魔法能力はスッカスカだしね。肉体系能力が軒並み上がったかわりに、魔法系の能力が軒並みダウンしているっぽいし。
ユイカみたいな狐系種族以外の獣人種は、みんながみんな筋肉万歳みたいな種族だからなぁ。
まあ筋肉はいいんだけど、実はこの獣人種、独自のちょっと厄介な弊害もあってね。
それは感覚の鋭敏化だ。
良くも悪くも強化され過ぎて、ボクとしてはこの種族はキツい。
聴覚については、元々エルフの時から優れていたからいいんだけど、犬系ならではの嗅覚が随分強化されちゃっててね。こっちが大問題。
そのせいか、ボクの周囲に寄って来る人達や精霊達の匂いが気になって仕方がない。
しかも他人の善悪も匂いとして感じ取れているみたいで、いい匂いがこれまた快楽と直結してるんだよ。
仲間達と一緒にいるとものすごく気分が落ち着くだけでなく、無意識に甘えて求めちゃいそうになってしまう。
イベント前やその途中はこんなことなかったんだけど、あの日エターニア様と狭間の世界で会って別れてから過敏になってしまった。
どうしてこんなに馴染んできちゃったのか、以前は分からなかったんだけど、今ならよく分かる。
この世界はゲームじゃない。現実だ。
つまりは身体がこの世界に適応というか、ボクの魂が身体と世界に順応してきた証左なのだろうね。
その結果、地球に無いこの世界の種族の習性に引っ張られてしまう。
つまりだ。何が言いたいのかというと。
今みたいに表裏のない好意を剥き出しにした女の子に抱きつかれたりすると、犬系の獣人の習性というか何と言うか……その女性の、その……ね。
今もボクにしがみついてきたエターニア様から桃のような甘い匂いが鼻腔をくすぐってきて……。
思わず強く彼女を抱きしめてしまい、フラフラと吸い寄せられるように彼女の髪や首筋に顔を埋めたくなって……はたと我に返り、グイッと強引に彼女をボクから引き離した。
「ひゃん」
小さく可愛らしい悲鳴を上げるエターニア様。
あ、危なかった。さっきとは別の意味で。
そんなことしちゃったらあまりに不敬すぎるし、変態の誹りを受けかねない。
けどエターニア様って、何だか凄く惹き付けられてしまうというか、いい匂いがするんだよなぁ。正直こうもすり寄られて抱きつかれると、その、凄く困る。
この問題はエターニア様だけじゃない。最近他の皆もすぐに引っ付きたがるんだよ。
特にユイカは事あるごとに引っ付いてくるからね。しかもエルフの時には感じ取れなかった彼女の匂いが詳しく分かるようになってしまった。
そんなユイカからは、金木犀の香りのように甘く心安らぐような……言うなれば、お日様に暖められたお布団の中に潜り込んだ時のようにポカポカと身体と気持ちが温かくなるような、そんな感じの匂いを感じる。
でもだからって、ボクは彼女達を性的に見ているわけじゃなくてね。あくまでも種族的な性質が邪魔をして……。
「──ぶぅ。酷い」
「……ごめんなさい。でもこんな……不敬を働くわけには」
ちょっと不満そうに口を尖らせて文句を言うエターニア様の声に、言い訳じみた物思いから復帰したボクは、赤くなっていた顔を隠すように反らし、そう反論する。
「むうぅ。他の子達は良くて、どうして私だけ駄目なの?」
「いや、その、駄目というわけでは……」
ぷくーっとふくれるエターニア様に、しどろもどろになりながら必死に頭を働かせる。
助け舟はこない。
だってこの部屋にいるのは、エターニア様とボクだけだから。
ディスティア様が他の精霊に大事な話があるとかで、シュリやカグヤにキリア、そしてボクの中に居たルアまで、別室へと連行されていったからね。
どんな話だったのか、可能なら後で訊いてみようと思いながら、目の前の拗ねる彼女を落ち着かせることに集中する。
「いきなり飛びつかれては危ないですから」
「セイが受け止めてくれると信じていたし。だから安全」
「いや、まあ、ちゃんと受け止めますが。でも、もし転倒しちゃってたら怪我しちゃいますよ? 怪我したら痛いです」
「……巻き戻したらすぐ治せるもん」
いや、あの?
『もん』って何?
エストラルドに名高い精霊の女王様が、そんな駄々っ子みたいな言い方をしないで欲しい。
「それでもです」
頭痛に悩まされながらも、根気よく続ける。
「……じゃ、一つだけお願い聞いてくれたら考える」
お願い?
何だろう?
話の流れ的に何となく嫌な予感がしてくるけど、彼女に言葉の先を促す。
「呼び捨て」
「はい?」
「セイから様とか呼ばれたくない。距離を感じる。呼び捨てにして。敬語ももちろん不要」
はぃいっ!?
「そ、それもあまりに不敬では?」
「むぅ。気にしないでいいのに。そもそも女王自ら許可を出しているのだから、誰も文句は言わさない。それとも……嫌……なの?」
「うぐっ」
上目遣いでボクを見上げるエターニア様の瞳が涙に濡れ始めるのを見て、呻いて目を逸らす。
ちょっとこれ卑怯だってば。
ボクが断れないのを見越して、わざとやってない?
「せ、せめてエターニアさん、で」
「駄目。敬語なし」
つんっとそっぽを向き、『私不機嫌です』という態度を示すエターニア様。
そのくせ横目でチラチラとボクの様子を窺っているのだから、始末に負えない。
はぁ……。仕方ないか。
「分かった」
「セイ?」
「ああ、もうっ! 分かったよエターニア。ただし絶対にバレたくないから、周りに誰もいない時だけだからね!」
「ふたりっきりの時だけ?」
「そう。それが守れるなら……」
ボクのこの言い方もどうかと思うけど、お互いの立場上ボク達だけで会うことは殆どない筈だ。
間違いなく誰かがボクの傍にいるだろうし、依り代の中に常に誰かがいてくれさえいれば、上手く逃げら……。
「おーっ! 遂に告白の第一歩を踏み出したぁ! よし、エターニア様チャンスです! ここでセイ様を押し倒して既成事実を!」
いきなり少女の甲高い声が響いて、驚きのあまり、ふたり揃ってびくりと身体を震わせた。
「だ、誰!?」
声のした方を見るけど、誰もいない。
いや?
揺らめく陽炎のようなモノが、ボク達のすぐ側で揺らめいている。
隠形?
首を捻った瞬間、ボクの隣でエターニアが真っ赤な顔でプルプルと震え出す。
「──何してるのっ!?」
「……あ。しまったぁ! つい声が出てっ!?」
「逃がさない!」
揺らめく陽炎がスッと逃げようとしたのを見て、エターニアが離れていくソレを掴み握り潰すように右手を突き出した。
「みぎゃぁあ!? ぶべぼっ!」
空間が歪み、派手な音を立てて破壊音が響く。
この割れた空間から、悲鳴を上げながら一柱の少女が転がり出てくる。
「えへっ、えへへっ。エターニア様、ご機嫌いかがですかぁ?」
べちゃっとみっともなく床に顔面から墜落した兎耳を持つ少女は、床に転がったままエターニアに片手をあげて挨拶を行う。
「言わなきゃ分からない?」
「あはは……エアちゃん困っちゃったなぁ」
エアちゃん?
「そこに正座」
「えぇっ!? エターニア様何でですかぁ!? エアちゃん何も悪いことしてないですよぉ!」
「いいから正座」
「……はい」
だんだんと能面になっていくエターニアに、エアリアルさんは蒼白になって床にちょこんと正座する。
「──エアリアル。セイ以外立ち入りも侵入も出来ないよう措置したのに、どうやってここに入ってきた?」
「えへっ。情報聴いて先回りしたんで、最初っから中にいましたぁ」
テヘペロしながら、エアリアルさん。
薄ピンク色をした兎耳を器用にみょんみょん動かしながら、真相を暴露する。
この精霊があのエアリアルさんか。
他の精霊の話にちょくちょく出てくる彼女。兎人族がベースだったとはなぁ。
桜色の髪をショートカットにし、ジャケットにショートパンツ姿の活動的な服装。
どう見てもエネルギッシュで元気花丸印な印象を与えてくるエアリアルさんは、その第一印象に恥じず、コロコロと目まぐるしくその表情を変えて騒ぎ出し始めた。
「でもでもっ! エアちゃんはですね、純粋にエターニア様を応援しようと思って!」
「ネタがないか、侵入したと?」
「そうそう! その通りで……あり? そんな認識? ち、違いますってばぁ! エアたんショ~ック!!」
……うん、色々と問題児のようだ。
けどこのしゃべり方、誰かと似ているような……?
「そもそも、エアちゃんはエターニア様のお背中を押すためにですね……」
「…別に要らない」
「そう言われても、このままじゃエターニア様言いくるめられちゃいそうですし、言いますけど!」
こちらをズビシッ! と指差すエアリアルさん。
「だいたい『ふたりっきりの時だけ』とか限定されても、セイ様の傍には、ほぼ誰かいるでしょうに!」
「あ」
うわっ。いきなりバレた。
不服そうなエターニアのジト目から逃れるように、思わず目を逸らす。
「別に呼ぶのが嫌とか嫌いとかじゃなくて、その、やっぱり目上の精霊を呼び捨てにするのは抵抗が……」
「大丈夫。呼んでたらその内慣れる」
「けど……」
「慣れて」
「……はい。善処します」
「うにゅ~? なんか政治家みたいな返答で、はっきりしませんねぇ。こう言うのは当たって砕けろですよ。まあエターニア様が本気で相手に当たれば、相手の方が砕けちゃうかもですが」
「「それ何か意味が違う」」
思わず口を揃えて突っ込む。
「それにですね。やっぱりヘタレなセイ様も悪いです!」
「へ?」
こっちにも飛び火してきたっ!?
「可愛い女の子がここまで勇気出しているのに、逃げ逃げは良くないと思いますが、如何なもんでしょうか? ねえ、エターニア様も、そう思いますよね? ね?」
「あ、うん……」
詰め寄ってくるピンクな兎に思わず仰け反りながら頷いたエターニア様を見て、鬼の首をとったこのように胸を張る彼女。
「という訳で、ここはセイ様が悪いです。それはもう大悪人です。だから……罰としてエアちゃんにも愛の口付けが必要ですね!」
「意味が分からないんだけど!?」
同意が得られたとばかりに大袈裟に頷いたエアリアルさんは、次いでボクに口をタコのように尖らせてじりじりと迫ってきた。
「い、いや……」
思わず後退ったボクに、「いただきまーす!」と飛び付こうとした瞬間、
「──馬鹿兎。やっぱりそれが目的か?」
「へぶぼっ!?」
ボクの手前で何かにぶつかったようにべちゃっと張り付けになる彼女。そのままずりずりと滑り落ち、床に崩れ落ちた。
「あー」
何とも言えない空気が場を支配する。
「ほ、他の同僚はともかく、幼い弟子にこれ以上先を越されて、女として敗ける訳には……ぁ」
「ひっ!?」
必死の形相でこちらに手を伸ばし、ずりずりと床を這ってくるエアリアルさんに、思わずか細い悲鳴が漏れる。
「だ・ま・れ」
「げふんっ!?」
振り下ろした右手の動きに合わせて発生した衝撃波がエアリアルさんの後頭部を直撃し、ゴンッ! という派手な音を立てて顔が床にめり込んだ。
うわぁ……。これ大丈夫か?
顔を支点にして半ば直立しちゃってるんだけど?
「天誅」
あの? エターニア?
いくらなんでもこれ、やりすぎじゃ?
「……わ、我が生涯に一片の悔いありまくりぃ……ガクッ」
ポテッと倒れた後、よろよろと顔を上げ、片手を天に突き出してどこかで聞いたような台詞を吐くエアリアルさん。その後どことなく満足げな表情を浮かべると、力尽きたようにガクリと床に出来た穴に再び顔を埋め、ピクピクと痙攣を繰り返す。
「──セイ、ごめんなさい。このおつむが残念な兎が迷惑をかけた」
「あ、いや……その」
そんなエアリアルさんを指差しながら、少しぶすっとしたエターニアが謝ってくるけど、どう反応したらいいか迷う。
てか、前から疑問に思っているんだけど、ティーネさんとかこのエアリアルさんとかが使っている地球の迷台詞やギャグとか、どこから仕入れてきているんだよ。
まさかとは思うけど、この世界でもその言葉流行っているの?
「それはそうと……これ大丈夫なの?」
「大丈夫。こう見えてさっき風の繭を展開して防御していたし、そもそも獣人種や山精種ベースの精霊は、肉体的にも凄く頑丈」
エターニアはそう言うけど、さっきのあれ、どう見ても防御していたように見えないんだけど?
「それにエアリアルは他人に構って欲しくて、突っ込まれるのを待っているような子だし、痛みにも慣れて鍛えられているから全く問題ない」
いや、頑丈とか慣れとかツッコミ待ちとか気になる単語が山ほど出てきたけど、それよりもさっきの攻撃はじゃれ合ってるどころの次元じゃないんだけどなぁ。
「楽しみにしていたセイとの逢瀬を邪魔した罰」
「だからと言って……エターニア、仲間に折檻のやり過ぎは駄目だよ。暴力になっちゃうし。めっ!」
「うっ。
……ん、これから気を付ける」
「うん、何だか的外れなこと言ってる気がするけど、みんな仲良くね。あ、それとこの子回復させてあげて」
取り敢えずエアリアルさんが障壁に激突した拍子に、ごく至近距離で彼女がボクに見せたアレな顔は、精神衛生上大変よろしくないし彼女も不服だろうから、速やかに記憶から抹消しておこう。うん。
インフルが流行り始める季節でもありますし、皆様も病気や怪我には気を付けて下さいね。