152話 お呼び出しは突然に
お待たせしました。
2019/2/15 すいません。感想で指摘のあった通り、サレスさんの真名からのセイ君の名付けを、『レン』→『ティーネ』に変更しています。
「──ですから、私には使命があります。このままこの里で一生を過ごすつもりはありません」
半ばうんざりしながらも顔には出さないように気を付けつつ、ボクの正面に座っているこのファルナダルムの里の男性貴族達へと断りを入れる。
ひと括りに貴族達と呼んでいるんだけど、それはひとえに名前を覚えていないから。
いや、面会を申し込まれた際にそれぞれ名乗られたんだけど、彼らの話の内容が考慮するに値しないモノだったからだ。
その結果、彼らの名前と家名があっという間に忘却の彼方へと旅立っていったんだよ。
「そ、そうですか……」
さっきから先頭に立ってボクにしつこくこの里で暮らして欲しいと言い続けているこのでっぷりと太った中年貴族は、ボクのにべもない断りを受けてがくりと項垂れた。
「し、しかしですな。セイ様のその使命が終われば……」
ああ、もう!
しつこい!
エルフと言うよりは、どっちかというと豚と呼びたくなるこのデブ貴族、ほんとしつこい!
さっきから断ってるのに、揉み手しながら何回同じことを繰り返すのさ?
それに背後に並んでいるこのデブ貴族の取り巻きも、この男の言うことに追随して煽てたり、もしくはこちらを煽ることしかしてこないし。
しかもコイツら全員が全員とも、ボクの全身を舐め回すようにねちっこい視線を飛ばしてくるし、さっきから沸き上がってくる悪寒と嫌悪感を表に出さないよう抑えるのに必死だ。
いっそのこと全員まとめて風の精霊魔法でこの部屋からぶっ飛ばしてやろうかと、そんな物騒な考えが何度も頭によぎってしまっていた。
けどその度にこの会談を謝りながら懇願してきたアルメリアさんやフェーヤの憔悴しきった顔を思い出し、何とか堪え続けていた。
けどそれも、そろそろ限界に……。
「セイ様も年頃の……」
「──そろそろ時間です。これ以上はご遠慮下さいね」
ボクが座っている椅子の背後に控えていたティーネさんは、ボクの忍耐力が限界を迎えそうなのを察したのか、そう口を挟んできた。
にこやかな笑みを浮かべながら、彼らの背後にある樹皇の間の出入り口を指し示し、暗にとっとと出ていけとその男に通告する。
「サレス様、我々とて子供のお使いではないのですぞ。結論が出ないままでは、里の未来にも影響があるかと」
「それがセイ様にどのような影響があるのです? それに先程から黙って聞いていれば、成人したばかりのセイ様に対して、誰構わずこの里の者と早く結婚しろと、かなり失礼ではありませんか?」
「し、しかしサレス様、事は我々エルフの種族全体の問題なのです。長らく不在であったスティルオム様の血を引く者が遂に現れたのですぞ。全氏族を強固に取りまとめる為には、全世界に点在する世界樹を一手に管理運営している我がファルナダルムの民と結ばれ、そしてこの里に根を下ろすのが、セイ様にとっても一番幸せになれる筈なのです!」
興奮したのか立ち上がり、目の前のテーブルを叩きながら力説を始める。
そう、これだ。
さっきからこれの繰り返しなんだよ。
しかも里の者なら誰とでもと言いながら、彼らの目や態度が『儂と結婚するよな?』と如実に語ってきているからね。
そもそもボクは男だっちゅうの。
何で男と、しかもこんな脂ぎった中年親父と結婚しなきゃならないんだよ!
一万歩くらい譲って、この里の女性と結婚することがあったとしてもだ。
ボクだって相手を選ぶ権利くらいある。
「だからと言って嫌がるセイ様に……」
「そもそもサレス様。これはエルフ全体の種族の問題であり、かつ、我がドリアド様を奉じるファルナダルムの里の依頼であるのです。貴女様を奉ずるスィーナの民へならいざ知らず、私どもへとやかく言われる筋合いはないですぞ」
ボクの弁護をするティーネさんを遮って、そう切り返してきた豚貴族は、ぬたりと笑う。
ゾゾッと鳥肌が立ち、思わず顔をしかめそうになるのを俯くことで隠した。
あぁもう、ストレス溜まる!
『お、お父様!? だ、大丈夫ですか!?
──ぐぬぬぬっ……この豚蛙、うちの民ながら、お父様に対してなんたる不敬千万! これは私の出番ですか? 出番ですよね? ここでヤっちゃいますか!?』
『こ、こらっ!? ルア待ちなさい!』
憤ってボクの中から抜け出ようとするのを、依り代の出口を封鎖するような感覚で力を込めて、ルアをボクの内に押し留める。
『ルアは出ちゃダメ。ややこしくなっちゃうし、それに精霊体のコントロールがちゃんと出来るようになってからね』
『くぅ、ルアちゃん一生の不覚ッ!』
そうルアが身悶えるように叫ぶけど、それなんか使い方違うような。
『どこでそんな言葉を?』
『昔過ぎてうろ覚えなんですが、地球で使われてたのですよ。確か『げーむ』とか『あにめ』だった気が?』
『そ、そう?』
こ、これ、ボクの責任かなぁ?
全く思い出せないけど。
ルアからお父様やらお母様やら言われるせいで、変な言い方だけど子育てしているみたいな感覚になってしまう。
子供を育てるって難しそうだなぁ。
親って大変だ。
ちょっと遠い目になりつつも、ティーネさんと豚貴族どものやり取りに耳を傾ける。
「ふむ……確かに筋違いではありますが、はてさて……」
反論してきた貴族達に、ティーネさんはあくまでも笑みを絶やさず一考する。
「──しかしながら、事が我らの盟主であらせられるセイ様に関する事でしたら、また話は別なのですよ。それに本件について、セイ様は嫌がっておいでですから、私達はその御意向を全力でサポートするのみです。これは精霊の女王エターニア様の御指示でもあります」
「し、しかしですな……」
「そもそもセイ様はこの里で生まれた方ではないのですよ。旅の途中で立ち寄っただけなのに、何故この里に縛られなくてはならないのです?」
「ぐっ……だが、それは他所の氏族に取られ……」
「その里が気に入られたのなら、それはそれで良いのです。何も問題はありませんが?
貴殿方の説明を聞いていると、それを大義名分として、セイ様への言い訳に使っていませんか?
──あぁ、言わなくても分かってますよ。睨みを利かせていたシャインが所用で精霊島へ戻った隙にと思ったのでしょうが、あまりにしつこいと……呼び戻してもいいんですよ?」
「うぐっ」
魂胆は分かってますよ? と言わんばかりに指摘するティーネさん。更に彼女が口にしたシャナルさんの名前を聞いて、不満そうだった彼らの顔が一瞬で蒼白になる。
一昨日に挨拶に来ただけのプレシニア王国の駐在大使を、泣いて謝るまでけちょんけちょんのずたぼろにしたのは記憶に新しい。
「あの大使はまだ清廉潔白だったので、シャインの想像豊かな精神攻撃だけで済みましたけど、貴殿方はどうなんでしょうかね?」
「サレス様! それはあまりにも我々を……」
「──光と風の精霊は常に世界を視て聴いているんですよ? 特にセイ様に関する事柄と、その居場所付近では殊更敏感です」
「な、何を?」
「そこのデブ……ディブレイン卿。色々と手を広げては、かなりの額の融資を受けていたようですね。特につい最近まで羽振りが良かったようで何よりです。それこそとっかえひっかえ、幼く可愛い娘達と毎日お楽しみになられていますもんね。
まさかとは思いますが……今度はその宴にセイ様をお誘いになるおつもりですか?」
「そんな滅相も……い、いえ、何の事やら……」
だらだらと流れ出す脂汗を拭う目の前の男。
「融資? それについ最近までって……」
「八日前までですね」
つい口を挟んでしまったけど、ボクの質問にティーネさんが律儀に答えてくれた。
でも八日前までって……。
それボクがこの里に来た日で、世界樹から邪気が溢れ出て里の人達に多くの犠牲者が出た日じゃなかった?
そんな時に宴会してたんだ?
この里を守ろうと必死で戦い、邪気に侵されながらも誘導を行った兵達もいたというのに、民を守るために先頭に立つ貴族が何やってるのさ?
さっきまでボクに自分の功績やこれからの里の未来について、偉そうに講釈垂れていた数々の台詞が途端に薄っぺらくなったな。
「でもこれからどうするんです? あの方、ちゃんと正気に戻られましたよ?」
「──よ、用事が……この後にネライダ様とディクティル様のお見舞いも予定されていましたのを思い出しましたので、それでしたら退出させていただきます。
──おい、お前達も……」
更に増した不快感を隠すことが出来ず、思わず眉を潜めてしまったボクの表情やティーネさんの追撃に自分の立場が危うくなってきたのを見てとると、彼らは口々に退出を願い出てきて去っていった。
「はぁ~。ほんと最低」
ようやく気を抜くことができ、大きく背伸びをしながら祭壇上のソファーへと戻ると、倒れ込むようにボスンと埋もれる。
「セイ様、ちょっとはしたないですよ」
「うっ、アルメリアさんみたいなこと言わないでよ」
貴族達が散らかした場所の後片付けをしながら苦言を放つティーネさんに、ボクは乱れた服装を手直しつつ口を尖らせる。
「お疲れなのは分かりますが……。
──そうそう、このカップは処分したら良いだけですが、テーブルと椅子のコレはどうしましょうか?」
「完全消毒して」
『汚物は消毒ぅ! ですね!』
いやルア。
それはさすがに言い過ぎ。
……まあ、でも仕方ないか。
座っていた辺り、脂と汗でテカテカしてるし。次の人が迷惑被っちゃうし。
『──そのぅ』
『ん?』
『お父様、ごめんなさい! あんなの放置しちゃってたなんて』
『ま、まあ、こればかりは仕方ない部分があるからね』
猫被っていたんだろうしなぁ。
ルアの言葉に『気にしないで』と念話を飛ばしつつ、気になったことを訊く。
「ねえ、ティーネさん。あの男達、苦しんでる里の民ほったらかして何やってたのさ? まさか本当にパーティーでも開いてたの?」
片付けが終わってボクにお茶を入れ直し始めたティーネさんに、さっきの発言の真偽を訊いてみると、彼女は不思議そうな顔をして、
「パーティー? いえ、ちょっと違います。宴は宴でも、酒の席ではないですよ」
「ん? あれ? じゃあ娘とか言ってたし、祝い事? 舞踏会か何か?」
あれ?
自分で言ってて、なんか変だな?
そもそもこの里の守護精霊であるルアが倒れていた上、八鬼衆やPKどもが潜り込んでいるような非常事態が起きていたんだよ?
そんな時に、いくらなんでも舞踏会を開くような馬鹿は流石にいないだろうし。
いや、融資といえば……まさか賄賂?
悪代官と越後屋みたいな?
「もしかして裏切りと邪霊陣営への内通?」
「ふふっ。似たようなモノでしょうけど、それも厳密には違います。あんな三下が世界や精霊を敵に回そうなど、そんな気概がある訳ないでしょう? もっと俗物的なモノですよ。操られていたディクティル大神官の傘下で、弱い者苛めして粋がっていた小悪党です。
それに今度は……ね。成人したばかりのセイ様へ求婚するようなペド野郎の開く宴など、ろくでもないでしょうに」
「ぺ……? なにそれ?」
意味が分からず、首を捻る。
この世界における何かの符号か、それとも隠語なのかな?
まあ、悪口であるのはわかるけど。
「本当にセイ様は純情でいらっしゃいますね。まあこれは、知らない方がいい言葉です。それはともかくとして……」
ボクの質問をさらりと流したティーネさんは、着ているメイド服のスカートのポケットから一束の紙束をひょいと取り出して……って、ちょっと待って。
その紙束の枚数、辞書並みに分厚いんだけど!?
どう見てもポケットに入る量じゃないのに、どうやって入れてたの!?
「しかしながら、シャイ……いえ、シャナルの仕事は相変わらず素早いですね。この里の身辺調査をこんな短時間でここまで行えたものです。しかもエアリアルの調査結果まで添付してくれて助かりました。これ今後セイ様に関わりそうな相手については、恐ろしいくらい詳細に調べ上げられてますよ。流石我々の『目』と『耳』を担当するだけの事はあります」
その紙束を扇ぐように揺らし、朗らかに笑うティーネさん。
「セイ様もあんな奴らにわざわざ会う必要なかったのです。シャナルのこの調査結果には、小物とはいえ準危険分子と指定されていましたし」
「そういう訳にもいかないでしょ。相手はこの里における上位貴族でもあったし、会いもせず門前払いすると後が厄介そうだからね。ボクの我が儘でフェーヤを困らせる訳にいかないでしょ」
確かにボクだって、あんな脂ぎった蛙のようなデブエルフに会いたくなかったよ。
でも仕方ないじゃないか。
この会談を開く切っ掛けとなった、アルメリアさんとフェーヤの憔悴した表情を思い出し、溜め息をつく。
今回の一連の騒動でボクの正体を知ったこの里の有力者や貴族達は、以前アーサーさんが危惧した通り、こぞってボクを自分の陣営へと取り込もうと精力的に動き出した。
その手始めとして、ボクと親交の深いアルメリアさんやフェーヤに一目会わせろと殺到してきたらしい。
当然ながら、こうなることを読んでいたアーサーさんやレント、アルメリアさんが防波堤のように押し留めていたんだけど、どうにも諦めてくれなかったらしく。
実際にボクが体調を崩していたから、それも理由に断っても、それでも日に日に圧力が強くなってきてしまい、さすがにこれ以上抑えるのが難しくなったのを見て取ったボクが、会うだけならと仏心を出したのがつい昨日のこと。
あっという間に面会の時間割が作られると、今日の朝からずっと、こうして希望者に会い続ける羽目になってしまった。
まあそれでも純粋にボクに挨拶をしたいという人達はまだいい。
役職を新しく作るので、この里に残留して欲しいと願われるのもまだマシな方だ。
それが酷いのになると、何をとちったのか、さっきの男どものように結婚前提で押し掛けてくる若者までいる始末。
とはいえ、今ティーネさんが追い返した奴らで最後だったはずだ。
「アルメリアやフェーヤの顔を立てる為とは言え、セイ様も人が良すぎます。こうなる事も予測の上とは言え、そんなにお辛いなら、全員と会わずに選別を行えばよろしかったのでは?」
「それはそうなんだけどね」
「まあ私達としては助かりましたけどね。調査結果の裏付けも取れましたし、これでシャナルと本格的なゴミ掃除に取り掛かれます」
「ほどほどにね」
クスクスとそれはもう楽しそうに笑うティーネさんに、やり過ぎないようにと釘を刺しておく。
まあ無理だろうなぁ。
自重を知らない二柱だし。
どうせ彼女達にゴミと認定されちゃった人は、悪いことしてたんだろうし、目をつけられてしまったことを嘆いて、人生を諦めてもらおうか。
ボクの敵となり得る者達を嬉々として断罪し始めるシャナルさんの姿が容易に想像できてしまう。
というより、ここ数日頻繁に見てきた光景だし。
あの精霊ボクが関わったとみると、自分でブレーキ壊して全力で暴走を開始するからなぁ。
過保護って行き過ぎると、こんなにも怖いんだね。ボクもやらかさないように気を付けよう。
「しかしこれを読んでいる限り、この里のエルフ達、思いの外好き放題やらかしてくれてますね。
ルアちゃん、今まで自身を奉じる氏族にどんな教育してきたんですか?」
『うっ、ごめんなさい。
でもでも、これだけは言い訳させて下さい。私の前にいる時や視察の時なんかは、みんな勤勉でしおらしくしてたんです』
書類を読みながらボヤくティーネさんの言葉を受けて、昨日身体が完成して目覚めたばかりのルアがボクの依り代の中から反論の念話を上げる。
『それにやっと健康な精霊体で抜き打ち視察に行けると思えば、またお父様の中に逆戻りですし』
そう答える彼女の念話は、やっぱりどことなく不満そうに聞こえる。
まあちゃんと精霊体が出来上がったのに、また外に出られなくなったとあって、きっとストレスが溜まっているんだろう。
ボクから精霊力を吸収して頑丈な精霊体に生まれ変わったものの、今度は吸収し過ぎてしまったせいで有り余る力を持て余してしまい、力加減が上手く出来なくなってしまったからだ。
それが日常生活にまで支障をきたすレベルとあっては、さすがに放置出来ない。
せっかく外に出られたと思ったら、また依り代の中へと出戻りして再調整する羽目になったことにルアは散々不平不満を言っていたけど、これは必要な措置だ。
でなきゃ、こっちの身が持たないからね。
ボクだってルアに抱きつかれただけで、ポキッと全身骨折したくないし。
「色々あったのは分かりますが、もう少ししっかりと統治して欲しかったですね」
『むぅ。私だって裏で何かやってることくらい把握してたんです。何とか証拠掴んでやろうとしたけど、一人では満足に動けないし、仕方なくネライダのおじちゃんと動いてたんだけど、まさか知らない間におじちゃんが入れ替わってて、しかも毒薬まで盛られるとは思わなかったんだもん。
──うぅ、あのくそじじい、思い出したら腹が立ってきましたよ。次会ったらどうしてくれよう?』
「奴等を手引きしたこの里の犯人もようやく特定出来ましたし、今シュリ様とキリアが一網打尽にすべく準備しています。精霊島に戻っているシャナルが許可を取ってくる筈ですし、ルアちゃんが依り代から出られるようになったら粛清を始めましょう。
そ・れ・に♪ 奴らの主犯の一人は地球人なので、何度でも繰り返し殺れますよ」
『ホントですか!? 何度でも思いっきりぶち転がしても良いんですかっ!?』
「こらこら。楽しそうに物騒な会話をしない」
慌てて割り込む。
ルアに何てこと教え込もうとするんだよ、この駄メイドは。全くもう。
今ティーネさんが言った『シュリ』は太陽の精霊の、そして『キリア』は闇の精霊の字だ。二柱ともそのまんまだけど、変にいじるより分かりやすいかと思って、そう呼ぶことにした。
シュリナに対する字は、一応『リナ』やちょっと捻って『リオナ』も候補だったんだけど、本人たっての希望によりこうなっている。本人も昔まだ山精種だった時にそう呼ばれていてね。懐かしいなぁと嬉しそうに言っていたし。
そしてもう一柱のキュリアに関しては、一文字だけ抜いて『キリア』と呼ぶことにしている。こちらはシュリとは違って『キュリ』とか『リア』と呼ばれると、昔を思い出すから嫌だそうだ。
その発言に対しても、ボクは何も訊かずに彼女が納得する呼び名を選んでいた。
「ルアも急いで強くなろうとしない。こういうのはゆっくりと確実に強くなっていけばいいんだよ」
そう語りかけながら、ルアの精霊核の存在を感じる丹田辺りに手を当て、彼女の精霊核へと意識を集中。その治療と体質改善を働きかける。
今までとは違い、ボクの中にいる精霊達の居場所がしっかりと感じられるようになったからこそ出来る芸当だ。
依り代──つまりボクの魂の中に広がっているとされる精神世界で、エフィとユズハさんの二柱にあの日に出会ってから、ただでさえ鋭かった感知能力が更に鋭敏になったのよね。
ただルアがいる場所がこの位置なのは、本当にどうにかならないものかな。
どうしても女性のとある器官がある場所を連想してしまう。
もちろん依り代自体は霊的な存在であるから、場所なんてどうでも良いはずなんだけど、精霊体を作り直しているルアが丹田付近──つまり下腹部付近にいるってポロッとみんなの前で洩らしちゃったもんだから、周りの人達からすればアレを連想させるのには十分だったようで。
実際それを聞いたミアさんが悪乗りし、ボクとレントに「妊婦さんみたいにお腹膨れてくるのかにゃ?」とか言い出し、更には駄メイドまで「お父さんは誰でしゅかね~?」とか、レントの方を見ながらそら恐ろしい言い方でからかい出したんだよ。
それを聞いたレントは「そんなこと冗談でも口にするな!」とか「他のプレイヤーに聞かれたらどうする!?」とか、やけに焦って叫んでいたが、ボクだってお腹が膨れた妊婦さんみたいな姿をみんなの前で晒したくない。
で、興奮しまくったミアさんが「男の娘の妊婦姿を激写して宝物にしなければ!」と馬鹿なことを叫び出し。
そしてその発言にキレたレトさんが彼女にアイアンクローを仕掛けるという、いつもの攻防が始まり。
そんな彼女達を尻目に、ここ最近の流れや戦いに不安になっていたボクはティリルに詳しい精霊体の検査をしてもらっていた。
なんせこんなこと初めての経験だし、確かに真っ青になって本気で焦ったけどね。
よくよく考えれば、物理的な意味でボクのお腹の中でルアを育てているんじゃないから、身重な妊婦体型に変わってしまうような事態にならないはずなんだよ。
事実、ボクの精霊体の検査結果には何も異常はなく、そしてルアの精霊体が無事出来上がってきた時にも、ボクの体型は全く変化せずにそのままだった。
妊婦さんな姿を晒すことにならなくて、本当に良かったよ。ミアさん以外にも残念がっていたひと達もいたけど、冗談でもそういうこと言うの止めて欲しい。
そもそもルアはたまたまこの位置だっただけで、エフィの精霊核はボクの鳩尾……心臓と精霊核がある付近で感じ取れるし、他のみんなが依り代の中に入った際も下腹部じゃないんだから、精霊の状態や役割、それにボクのイメージに合わせて変化しているっぽい?
ボクだって自分の身体がどうなってるか、自分でもよく分からないんだから、無責任に囃し立てるのも止めて欲しいよ。
あの日のドタバタを思い出しながら、再び元の下腹部付近に戻っているルアが無事健全な精霊体になれるようにと、意識的に願をかけ続ける。
『でもでもぉ。お父様、私悔しいんです。体調を崩しがちで里の皆に迷惑をかけ続けたばかりか、今も力を上手くコントロール出来ないでお父様のお手を煩わせてしまって』
『ボクのことは気にしないで。里の皆のことも大事なんだけど、ボクとしては、まずルアが元気でいてくれればそれで良いんだよ』
『お父様ぁ……好きです大好きです~!』
ルアから感極まった喜びの感情が流れてくる。
『私、もっともっと強くなって見せます!
これからお父様と一緒に旅に出て、そして色々な景色を一緒に見て……。
──そして、昔お父様が言ったあの言葉を守ります。手の届く範囲の人達を守れるように、そんなお父様の手助けが出来るように!』
『うん。そうだね。ボクもまだまだだし、一緒に頑張って行こうか』
『はいっ! だから、その、お父様!
私にもっと精霊力を下さい。そしてですね、最終的には『深愛』を……』
『だーめ。少なくとも今保有しているその精霊力と精霊体のコントロールがきちんと出来るようになってからね』
『むぅ、仕方ないです。ルアはやれば出来る子だって所を見せて、必ずお父様の深愛ゲットして見せますよぉ!』
「ルアちゃん燃えてますねぇ。しょげてたあの日からみて苦節百年余。ようやく元気になってくれて、お姉さんも嬉しいですよ。
ただあまりセイ様とイチャイチャするのを見せつけるのは、あまりよろしくないんですよ。何故なら最近だんだん我慢出来なくなってきて、もっと構って欲しくて暴走しちゃいそうなお方が……おや?」
訳の分からないことを言い出したティーネさんが急に言葉を止め、上を向いた。
釣られてボクも上を向く。そこには……。
「ご~主~人~様ぁ!」
「カグヤ!?」
なんで天井からカグヤが降ってくるんだよ!
シャナルさんやティアと共に精霊島へと里帰りしてた筈じゃ!?
高い天井付近で実体化したカグヤは、受け止めてと言わんばかりにボクに向かってそのまま落ちてくる。そんな彼女を風の精霊に働きかけて減速させ、ふんわりと受け止める。
いやそんなことしなくても、普通自力で着地出来るんだろうけど、どこか抜けているカグヤのことだ。ボクが受け止められなかったことを全く考えていない可能性もある。
そのまま床に激突しちゃったら目も当てられない。
「えへへっ。三日ぶりのご主人様の匂いだぁ」
「あ、ちょっ! こ、こら。止めてってば!」
ぐりぐりとボクの胸の間に顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らすカグヤに、顔を真っ赤にさせるボク。
あの日から自力精霊化したまんまなんだよ。
治療自体は昨日無事に終わったんだけど、その、未だに戻れなくて困っていて、その、つまり……。
──ああ、もう!
だから恥ずかしいってば! 早く離れて!
「カグヤ様。犬みたいですね」
「狼だよ!」
ガバッと起き上がってガルルッと唸るカグヤに、ボクはチャンスとばかりに身体を引き離す。
「カグヤ、里帰りしたみんなはどうしたの?」
「まだ精霊島だよ。そうそう、ご主人様を迎えに来たの」
「?」
一瞬カグヤの言うことが分からなかった。
「だから、えっと、んと……」
首を傾げたボクに自分の言葉が伝わらなかったと見て、カグヤが更に言葉を続ける。
「ダ……じゃなくて、キリアちゃんをとっととひっ捕まえて精霊島に転移だよ。お母様達がご主人様に来てくれって」
「へっ?」
来てくれって、精霊島に?
あの……そこにボクなんかが行って良いの?