150話 紡がれし絆(中編)
中編……次の後編で最後まで行け……そうにない? 余計なエピがどんどん増えてorz
最悪タイトル再編します。
2018/10/15 語呂が悪いので、〔真なる愛〕を〔深愛〕に変更。115話~
あの激闘の後。
夜も遅いし積もる話は落ち着いてからと言うことで、まずは一晩ゆっくり休むことになった。
それから翌日、再び樹皇の間の──運び込まれた豪華なベッドやテーブルのおかげで、元の荘厳な空間がぶち壊されていたけど──祭壇横に集まった。
精霊側はシャインさんをはじめとして、ソルさん、サレスさんとその腕の中にいるフェルさん、ダークちゃんに、ボクと行動を共にしてきたティアにカグヤと、ハク、テンライ、リン。
人族側が、ボクにユイカ、ティリル、レトさんに、護衛役のオルタヌスさん。
ちなみに今回の結界担当も、またもやボクである。
ただ彼だけは防音結界の外だ。同席は遠慮すると言って、少し離れた位置で椅子にどかっと座り、大量に確保した煎餅を噛りながらお茶を啜っている。
あの煎餅、よっぽど気に入ったようだ。
それと、出来れば参加して欲しかったレントは、神殿側の交渉人と折衝するために、クラティスさんやアーサーさん達と朝から会議をしていてここにはいない。
参加している面々を見回し、「それでは始めますよ?」と、何故かサレスさんが音頭を取って皆に説明を開始する。
まあサレスさんはボク達とも面識があるし、今回の新加入組の精霊の事情や行動も知っている。
悪ふざけさえ始めなければ優秀な精霊なんだし、適任といえば適任だった。
カグヤの屋敷で別れてからの出来事を全て話すとなると、それこそ時間がかかるため要約された。
出来るだけかいつまみ、駆け足で話す彼女の説明によると、ボクの元同級生である、あの桐生の行方を追っていたらしい。人族の大量殺人者及び精霊殺しとして、エターニア様より極秘指名手配がかかっていたそうだ。
実際にナリスという村で奴が凶行に及んでいた姿を目撃していたという。
が、奴は自分ごと周囲を邪気の炎で爆発を起こし、死に戻った。周囲の証拠を集めている精霊ごと、だ。
サレスさんはフェルさんに庇われて無事だったのだけど、そのおかげでふたり(?)以外キエルの人相を知る者が存在せず、昨日相対するまで奴の手配書を作成することが出来なかったそうだ。
「──と言うわけでして、時間は掛かりましたが、エターニア様からのキエル探索任務は終了です。今回の状況を踏まえると、セイ様の元で待機するようにとの指示が出ています」
「じゃあ、これからはボクのところで指示待ち?」
「というよりは、セイ様へちょっかいを掛けてくると予想されるので、これからは護衛がメインになりますね」
「サレス様……もしやと思いますが、お兄様を囮になさる気ですか?」
「……いえいえ、そのつもりは全く、これっぽっちも御座いませんよ」
「「あやしい(です)」」
強張った表情でそう切り込んだティアに、目を逸らしながら否定するサレスさん。
そのわざとらしい態度に、ボクの隣にいるユイカとティリルをはじめとした全員から批判の言葉を投げつけられていた。
「別に囮に使ってくれても構わないから、わざとらしい否定しないでよ」
溜め息をつきながらも、一応そうフォローらしきモノを入れておく。
例え囮であろうと何だろうと、その元同級生は出会い次第ぶっ倒すだけだからね。
今後どうなろうと、彼とは絶対に相容れないの、分かっているから。
「そ、それでですね。セイ様のお傍に全員残るとの意思を確認しましたので、ここはきっちり契約しておくべきと思いまして。どの契約を行うのか、セイ様に決めて戴きたく……」
「……は?」
いきなり無茶振り来たっ!?
──ざわっ。
どよめきと共に、空気が重くなる。
全員が全員を牽制する動き。しかもボクの両脇に座っているユイカとティリルからの無言のプレッシャーが……。
──って、ちょっと?
二人ともボクの腕を手繰り寄せるのはいいけど、力強すぎない?
その、ちょっと痛い。
それにティアにカグヤ、その余裕綽々な表情止めた方が。煽りみたいになっちゃってるよ。
あーもう。小学校時分からそうだけど、この雰囲気やだ。
やっぱり女性達の中に男一人──いや今のボクも精霊体ではあるけど──ちょっと場違いな空気を感じて居たたまれない。
──上級精霊との加護契約。
それはボクのような精霊魔法を扱う者にとっては、とても大きな意味を持つ。
下級精霊の援護を得やすくなるばかりか、加護契約の繋がりを持ってして、その場に精霊が居なくてもその精霊の属性魔法を使うことが出来るようになる。
まあ邪気に密封された空間など、特定の条件下では不可能なものの、これはかなりのアドバンテージを誇るのだ。
ましてやボクは元々精霊との親和性が高い森精種、しかもその最上位の古代森精種であり、かつ特異職の御子。
その恩恵は計り知れないものがあった。
特に彼女達から寵愛を得られれば、〔精霊化〕による戦力の大幅な増強が可能なのは間違いない。
が、今まで何気なく条件を満たしてきたボクの〔寵愛〕には、普通の人達にはない特殊な条件が追加で存在した。
まず、その精霊の魂を指す『真名』を知ること。
これが絶対条件なんだけど、ルアルの時に知ったもう一つの追加条件の方が問題。
それは精霊とボク、お互いのマナと魂の情報の交換。
つまり、魂レベルまでお互いに触れ合い、そして繋がらないといけないわけで。
ボク相手でも〔祝福〕までなら、他の人と同じように接触せずに気軽に与えられるらしいんだけど、〔寵愛〕以上となると完全に別物。他の人とは一線を画する。
同じく寵愛を、しかも始祖精霊から神御子の力を得ているオルタヌスさんやクラティスさんはどうなのかと聞いたら、契約している彼女の力を身体と魂に取り込んで、その能力の一部を借りているだけだと聞いた。
そのことから考えるに、やっぱりボクだけ契約の意味がどこか違うようだ。
恐らくこれが精霊王女の御子としての力、〔精霊化〕の能力を支える根幹なのかと思う。
ボクと執り行われる精霊の契約。
彼女達との魂と心の繋がり。
例えばそれは信頼だったり、友情だったり、使命感であったり。
そして……愛情も。
先達の御子達。
繋がり方はみんなそれぞれ違ったと思うけど、今まで女性しかなれなかった王女の御子に男のボクが就いてしまったことで、どこかおかしな方向に進み始めてしまったような気がする。
使命感ゆえに、無理な契約をしていないだろうか?
嫌々やっていないだろうか?
いやこれは、心と心を繋げ、魂を触れ合わせる契約だ。特に精霊化を行い、戦巫女形態になれば、それは如実に現れてくる。
嫌々なんて出来ないし、そんな状態ならそもそも寵愛の契約が出来ない。心の機微も、垣根が存在しないようにすぐに伝わってくる。
契約の力を通してボクに伝わってくるティアとカグヤの無条件の信頼と愛情。
そして今。
ボクを見つめる精霊達の、何かに期待した視線に……。
「──どっ、どのレベルかと言われても……その、契約の種類をボクに決めろと言うの?」
無言になった彼女達から放たれるプレッシャーの中、ボクは焦りを隠せず、かろうじてそう返す。
ヘタレているのは百も承知だ。
というか、これだけ多くの女の子や女性に囲まれた上、一様に好意をぶつけられて平然としていられる方がおかしいとボクは思う。
物凄く落ち着かない。
「殿方はドンと構えて、自分に惚れてる女に『全てをさらけ出して、俺に付いてこいや』と言うくらいにならないと」
「無理です。てか、サレスさん? それどんな嫌がらせですか?」
ボクはそんな柄じゃないし、難易度高いです。無茶言わないで下さい。
「えー?」
えー? じゃありません。
てか、ソルさん? 何でそこで残念そうな顔してるのよ。
「あの、セイ様。私からも一ついいですか?
契約の限界を突破したと聞きました。寵愛の更に上、確か〔深愛〕とか」
げっ!?
「「「へぇー、深愛……ねぇ?」」」
口を挟んできたシャインさんの爆弾発言に、ぼそりと呟くユイカ達三人の声がハモる。
だから腕……いや、脇腹がが! 二人とも痛いって!
レトさんもそのジト目止めて。
確かに詳しい名称を言わなかったのは悪いんだけど、それは恥ずかしかっただけで……ボクは加護が上限突破したことは説明したでしょうに。
「カグヤさんとティアちゃんがその状態かしら?」
「うん、そうだよ」
「はい」
「上限越えたことは説明し……」
「で、セイくんはそれを隠していた、と」
「……セイ君、反省」
「……ふぁい。ふぉふぇんふぁふぁぃ」
妙に笑顔なティリルと涙目なユイカに両側から頬っぺたを引っ張られ、素直に謝る。
「恥ずかしかったんだろうけど、それくらいちゃんと説明してくれれば、素直に納得したのに。これからは隠しちゃ駄目よ」
「そうですね。ティアさんもカグヤさんも同じ仲間ですし、やっぱり隠し事されるのは寂しいです」
「うん」
「ごめん……。
──あの、シャインさん。そもそも何で知って……?」
「女王様が全精霊へと告知されました。セイ様限定で、私達を縛る全ての制約を解除すると。あるがまま心行くまま、あなた様にお仕えするようにと」
は? エターニア様?
いったい何を考えて……!?
「セイ様と私達は、いわば運命共同体。形式的な契約より、もっと深く絆を持つべきと判断されたようです。心と心、魂と魂の繋がりが私達の間に生まれ、そしてその事により今までになかった新たな力を生み出したのならば、それはこれからの戦いにおいて、有利に働くのではないでしょうか?」
「新たな力って……戦巫女のこと? でもそれって、過去の御子も同じなんじゃ?」
「私達が真に持つ力の全てを明確に再現、または具現化する事が出来た者は、ほんの一握りです。大抵は一部の力を扱えるようになるだけです。それに自らの姿を自在に変化させられるのは、セイ様が初めてです」
「……え?」
「それにあなた様が持つ〔依り代〕の力もそうです。これを持つ者は、ステファニー様に次いであなた様が二人目と聞いています。
精霊にとって『揺りかご』と呼ぶべきその力。邪悪なるモノと相対した時、共に戦う精霊達を安全に保護し、また癒す事が出来るその力は、恐らく王女様の御子としての力ではなく、星の巫女姫様としての力かと思われます」
またここでも星の巫女か。
ここまであからさまに言われ続けると、やっぱりボクは……。
「契約を急ぐ理由はそれだけじゃないのです。奴ら八鬼衆とユーネにあなた様を奪われる訳にはいきませんし、過去のあの悲劇を繰り返したくもありません。死方屍維との全面戦争に向けて、そしてあなた様と共に在り続ける為に、万全を期するのが、私達が今取るべき行動なのではないでしょうか?」
「え、えと……つまり?」
「ぶっちゃけると、最終的には私達全員と〔寵愛〕を、そして希望者に〔深愛〕ですね」
ぶっちゃけ過ぎだ!?
「セイ様なら簡単ですよね。カグヤ様とティアちゃんにした事を私達にもすればいいんです。
そう、寵愛契約を結んでお互いの同意を得た後、セイ様の方からコイツは俺のモノだと言わんばかりに押し倒し、ねっとりと舌と舌を絡めながら熱いディープなキ……」
「わ、わぁー!?」
「「「へぇー、そうなんだ?」」」
あることないこと誇大吹聴するサレスさんの言葉を慌てて止めようとしたけど遅かった……。
押し倒す云々はサレスさんの質の悪い冗談だということを一生懸命説明するも、エターニア様に煽られたとはいえ、ボクの方から二柱に気持ちを込めてキスをしたという事実は変わりない。
そのことを問題視しまくった三人娘から、今夜から添い寝の当番者だけがしているお休みとおはようのキスを、全てボクの方から気持ちを込めて自分達へ行うようにと約束させられた。
もちろん不公平の無いようにと、ティアとカグヤの時にも、だ。
当事者同士だけならいざ知らず、どうして他の異性の前で暴露された上、こんな恥ずかしい約束事をみんなの前で宣誓しなきゃいけないんだよ。ほんと最悪だ。
「サレスさん酷いですよ。どうしてくれるんですか?」
「いえいえ。それほどでも」
「……褒めてないです」
「えへっ。こう見えても私、空気の読めない駄メイドですから」
嬉々として波風を立てまくったサレスさんにそう文句を言うも、馬耳東風とばかりに笑うのみ。挙句にそっぽを向いて、鳴りもしない口笛を吹こうとする。
「ふふっ。サレスはセイ様の事を気に入っていますからね。元々素直になれない照れ屋さんですし、構って欲しくてこうしてあなた様の気を引こうとしているのですよ」
「シャ、シャイン!? そんな適当な事言わないで下さい!」
真っ赤になって叫ぶサレスさん。
何だか新鮮だと思って彼女の方を見ていると、横手からボクの両頬にそっと手が添えられる。
「……えっ?」
その手の主を見れば、それはシャインさんで。
にこにこ顔の彼女は優しく自分の方へと振り向かせると、ボクの頤を上げ……。
「んっ」
「むぐぅっ!?」
「「「あーーっ!?」」」
『私はミクシャナと申します。以後、末永く良しなに』
彼女の念話と共に、温かな何かがボクの中へと流れ込んでくる。
それはボクの中に浸透していくと同時に、ボクの力も彼女の方へと流れ広がっていくのが感覚として分かる。
「ぬあぁっ!? シャイン! い、いきなりセイ様に何をしているのだ!?」
「何と言われても〔寵愛〕の契約ですが? でもちょっと残念です。やっぱり〔深愛〕には変化しませんでした」
ペロッと舌を出してはにかみ、そして唇を舌で舐めて指で触れると、ちょんとボクの唇に指を当ててくる。
「でもいいですね、これ。他の人族に寵愛を与えた時と全く違います。お互いの繫がりが……私の身体と精霊核の隅々までセイ様の御力が広がって……あなた様に私の全てを把握され、その腕に抱かれたようなこの感覚。これはもう……私もあなた様に夢中になりそうです」
そして私もまだまだ精進して強くあらねばと、呟きながら、シャインさんは傍に来ていたソルさんをむんずと捕まえて、ボクの方へと押し出す。
「さあソル様。次は貴女の番ですよ」
「ふあぁああっ!?」
「いや、その……」
シャインさんの言葉に一瞬で完熟したトマトのように真っ赤に染まったソルさんに釣られて、ボクも挙動が更におかしくなり始める。
「ふ、普通に契約するのでいいんじゃないかな?」
「そ、そうなのだ。ふ、普通に……普通……普通……」
「そうそう。お姉ちゃんも普通にちゅっちゅしたらいいのに」
「ル、ルナ!? ソルは別に、そんな!
……そんな……こと……」
「ほらほら遠慮せずに。恥ずかしいなら一緒にする?」
「こ、こら! 何を言って……そっちの方が恥ずかしいのだっ!」
目の前でワキャワキャとじゃれあっている義姉妹の二柱に、目が点になっていると、
「じゃ、お先に私達からお願いします。ダークちゃんもやっと観念したようですし」
ぐったりとしたダークちゃんを腕の中に抱き抱えたサレスさんがボクの前に進み出てくる。
ダークちゃんの色違いの右目を隠すように、綺麗に巻かれていた包帯が完全にずれ落ちていた。
こっちもすったもんだあったようだ。全く何やってんだか。
「うぅ……確かに我だけ仲間外れは、その、嫌だ。だから……は、早くひとおもいにやってくれ……」
「おや、ダークちゃん。セイ様にしてくれと言う事は深愛希望ですか?」
「ち、違っ!
……わないけど……まだ早い……もん」
「と言う訳でして『私はレンティーアです』以後、宜しくお願いしますね」
『その……キュリア……です。あ、あとは……。
──あぅ……やっぱりキスもしなくちゃ駄目?』
彼女の吸い込まれるような綺麗な左目の紫の瞳と、普段は隠れている碧眼が、不安に揺れ動きながら、ボクを静かに見上げている。
『いや、その……じゃ、手を繋いでマナのやり取りをしよう』
彼女の不安を取り除くように、そっと右手を差し出す。
そもそもティアと初めて寵愛の契約を結んだ時、キスなんてしていない。
だから、マナと魂の接触だけでいけるはず……なんだけど?
そのことも伝えて、差し出されたダークちゃんの手を握るも、先ほどシャインさんとの間に感じた絆のようなモノが発生しない。
「あれ、駄目か?」
「ダークちゃん、セイ様の依り代の中に潜り込んでみてはどうですか?」
「……やってみる」
透明感のある綺麗な黒色の燐光を撒き散らし、その姿が弾けてボクの中に吸い込まれていく。
「では私も」
サレスさんもその姿を解れさせ、同じように輝く鈍色の燐光がボクの中へ入り込む。
『ふ……ふぁあぁ!? 何これ!』
『これは……なかなか』
──トクンッ。
……えっ?
何かが一瞬跳ねたような感覚。
その感覚の正体に気づく間もなく、ボクの前にソルさんがユイカとカグヤに連行されてきて……って?
「何やってるの?」
ユイカとカグヤに両脇を抱えられ、逃げられないように前に出てきたソルさんを見て、思わず額を押さえた。
「お姉ちゃんやっと観念」
「ソルちゃんヘタレ過ぎ」
「うぐっ。それ、ユイカやルナに言われたくないのだ」
あのね……。
そんなことされたら、契約を強要しているみたいで、気が引けるんだけど?
「嫌なら別に無理にしなくても……」
「嫌々じゃないのだ! ただ……その、恥ずかしいだけ……なのだよ」
ボクの言葉にハッとして叫んだ後、やっぱり途中で尻窄みになって俯き、もじもじとし始める。
「煮え切らないお姉ちゃんの為に、ここは強引に奪っちゃって」
「あのね……ほら、手を」
サレスさんやダークちゃんに使った手をやればいいかと、右手を差し出す。
目の前に差し出されたボクの手と顔を交互に見たソルさんは、意を決したようにその手を掴むと、その手を支えに浮遊して……。
──えっ?
飛び付くように、ボクの口に自分の唇を重ねた。
『シュリナ』
名乗るだけの短い念話。
けど、そんな言葉とは裏腹に、ボクの首に腕を回して強く唇を押し付けてくるソルさん。
そんな彼女から流れ込んでくるマナと一緒に、様々な感情までもが流れ込んでくる。
──エレ姉様を助けたい想い。
──本気の初恋。
その全てがボクに繋がる。
姉様を助けてと、ずっと声をかけたくて。
陰から見続けて、ただ、ヘタレてボクの前に出れなかったこと。
義妹に先を越されてしまい、それでもなお、踏ん切りがなかなかつかなかったこと。
本当に様々な感情が入り乱れて。
──二つあった願いを。
今ボクに宣言して。
そんな彼女に……。
『──ボクでいいなら、いくらでも』
誤魔化さず、向き合う。
『シュリナが駄目と思うまで、もしくは飽きるまで。好きに居てくれたら良いよ』
『……その言い方ズルいのだ』
しがみつく力が強くなる。
『そうだね。ボクってズルいんだよね』
内心苦笑する。
人恋しいのに。
大切な人に一緒にいて欲しいのに。
そのくせ、笑って誤魔化して、はっきりしない。
はっきり言わない。
だから。
『シュリナ。そしてみんなも。ずっとボクの傍にいて。離れないでね』
精霊達から歓喜。
声無き声が爆発する。
「ありがとうなのだ」
泣き笑いの表情でお礼をいうシュリナに笑みを返……。
──ドクンッ!
「ふぐっ」
思わず声が漏れる。
「えっ?」
「セイくん!」
「セイ様!?」
「セイ君!?」
「セイちゃん!?」
ドクンッ、ドクンッと、大きく跳ねる心音。
思わず胸を押さえ、よろける。
飛び付くようにボクを支えたティリルがボクを抱え上げ、側のソファーに寝かせる。
違う。この鼓動は心臓じゃない。脈拍は正常に近い。
多分これはボクの精霊核が……!?
「セイくんのマナが……拍動がこんなに乱れて!? 何ですかこれ!」
「あっ! しまったのだ!」
『レンティーア! キュリア! 早くそこを出なさい!』
ボクの依り代から飛び出した二柱は、困惑するティリルを押し退け、慌ててボクの様態を調べ始める。
「これは……迂闊でした! 治療中でしたのに、先程まで平然とされていたから、つい忘れて……」
「それだけではないな。もう少し慎重にすべき案件だったか……」
「ダークちゃんどういう事なの!? セイちゃんの身体に何が……!?」
目が霞み始める。
拍動が不定期に、更に大きく聞こえてくるようだ。
「多数の異なる新規の精霊力が同時に主様の中に混じったせいで、主様の精霊核が混乱している。
普通こんなことは起こり得ない為に忘れていたが、ただの人族でも複数の精霊同時契約はキツい案件。なのに、主様は四柱と一度に、それも寵愛の契約をしてしまった。
しかも、今の主様は完全なる一個体の精霊体だ。これは非常に不味い……」
「四柱じゃないです」
「……なに?」
「昨日ドリアドが……治療時にお兄様と契約を」
「昨日……連日ね」
「治す方法は?」
「ない」
「そ、そんな……そうだ、一時的に精霊契約を解除すれば……」
「ユイカさん、むしろそれは悪手です。セイ様の精霊核に余計なダメージを与えてしまいます」
「ご、ご主人様、死んじゃ……いよね、ね?」
「カグヤさ……! そんな不吉……お兄様……!」
ボーッとしてきて、声が聞き取りにくくなってきて……。
「星の巫女……抑え切れる……思うが……ファルナダルム……」
ばたばたと言葉を交わす彼女達の途切れ途切れな声を聞きながら、ボクは静かに目を閉じる。
不安は何故か全くなかった。
確かに息苦しいけど、何故か優しい光がボクを守ってくれているように感じたから。
『大丈夫。これくらいで死にはしないから。少し眠るよ』
肉声を出せないくらい痛みが酷かった為に、念話でそう伝え、辛うじて保っていた意識を手放した。
──何やら遠くで女性の声らしきモノを聞きながら……。