149話 紡がれし絆(前編)
……ええ、一度やっちゃうと、またやっちゃいますね(また前編……)
だってタイトル考えるのが楽できるもの……。
何はともあれ、ようやくセイに戻ります。
──これからどうなっちゃうんだろうか?
自問自答するが、当然答えは出ない。
ボク自身、未だにボクが今置かれている現状が全く把握出来ていないし、風の精霊さん達にお願いして周りの状況を聞き込みすればするほど、聞かなきゃよかったと思うことが多かった。
「にゅふふ……お母様ぁ~おんぶぅ」
神殿内にあるネライダ様の療養室からの帰り道。
その部屋をティリルと辞した後、『ルアル』もといルアは、廊下を歩くボクの首根っこに背後から抱き付くようにぶら下がっていた。
こんな風に事あるごとにボクに引っ付きたがるルアは、一応ボクに負担が掛からないように浮遊してくれている。だから、歩きにくくはない。
ただ、廊下を行き交う人達から微笑ましい視線が飛んできたりして、ちょっと恥ずかしいだけで。
それだけならまだ良いんだけどね。
どうやらだんだん物足りなくなってきたのか、それとも感極まってきたのか。
急に耳許で囁くこんな甘えた台詞や、ぐりぐりとボクに頭を押し付けるように擦り付けてくるこの行動など、追加の『好き好きアピール』が妙にくすぐったい。
本当にどうしてこうなった?
「ルアちゃん。本当セイさんが好きなんですね」
「はいっ! 世界に生まれおちたその時から、ずっとずぅーっとお母様が大好きなんです! もう離れたくないんです!」
ティリルの言葉を受けて、もう嬉しくて嬉しくて堪らないかのように、全身で表現してくるルア。
ボクの位置からは見えないけど、ルアの頭頂部に新しく生えた銀色のアホ毛が、彼女のご機嫌さを表現するかのようにぴょこぴょこと左右に揺れていることだろう。
……ってか、なんで髪の毛が勝手に動くんだよ。
思わずそうルアに突っ込んだところ、彼女自身も分からないという。
ただ、サレスさん──真名『レンティーア』よりティーネさんと呼ぶことにした──その彼女に言わせると、ルアの感極まった感情に合わせて余剰な精霊力が悪さ(?)しているらしい。
その時、「動くアホ毛のオプションをゲット出来るなんて、流石セイ様の精霊力を得ただけのことはありますね」とか、訳の分からないことを言い出した駄メイドがいたので、ルアに「あんな大人になっちゃいけませんよ」と言い聞かせておいた。
それを聞いてちょっぴり喜んだ表情をしたこの精霊は、普通に終わってると思う。
てかルアの情操教育に悪いから、そういうのほんと止めて欲しい。
もちろんルアがボクの依り代の中で新しく創り上げた身体は、そんなしょうもないアホ毛を生やしただけじゃない。
容姿に関しては、小学校の低学年から卒業出来るくらいにまで一気に成長した感じで大人びてきたし、彼女の中に内包する精霊力の総量に関しても、以前と比べ物にならないほど増加していた。
それに身体が弱く戦闘なんて無理だと言われていたんだけど、今は身体も丈夫になり、その有り余る精霊力を上手く使って戦えるようになった。
試しに模擬戦をしてみたんだけど、植物の瞬間成長や形状変化、果ては自分の身体の一部を植物化させて相手を絡めとったり硬質化して防御するなど、攻撃だけでなく支援も防御も任せられる中衛として活躍出来そうだ。
そのことを伝えると、もっと褒めて褒めてと言わんばかりに引っ付いて来て頭を押し付けてくるところは、小さな子供と何ら変わりない。
いや、前より甘えん坊になったと、以前のルアを知る精霊達は言っていたけど。
そのルアの出生と生い立ちには秘密がある。
ボク自身全く覚えていないんだけど、ボクの自宅の近所の森で生まれたばかりの『彼女』に、ボクが『ルアル』と名付けをしたらしい。
つまりボクが彼女の『親』なんだって。
しかもルアが言うには、百年以上『親』から引き離されていたらしい。
何で百年!? とびっくりしたんだけど、よく考えたら地球とこのエストラルドでは時間の流れが違うわけで……納得。
確かにそれはきついよね。大好きな親に会えなくなるのは。
今まで相当寂しかったんだろうな。
だからこそボクとようやく再会出来たルアが、必要以上に甘えん坊になってしまったのも理解出来る。
それにつけても……地球生まれの精霊がこのエストラルドにいることにもびっくりしたけど、それよりもまず地球にも精霊がいたことにびっくりだよ。
しかもその子がボクの『名付け』で絆が出来て『娘』となり、このエストラルドに喚ばれて樹木の上級精霊にまで上り詰めたということにも。
まあ地球でも古来から『八百万の神』とも『万物に魂は宿る』とも言われているし、多数の精霊がいたって不思議ではないけど、それがこんなにも大きくボクに関わってくるとは思わなかったなぁ。
──そして……。
ルアの存在により、このエストラルドが地球と異なるもう一つの世界だということが確定した。
だってさ。この世界が『ゲーム』だとしたら、ルアの存在がおかしいもの。やはり『現実』だと見るべきだ。
なぜなら、地球の一般的な出来事をこちらの世界の人が語るのはまだあり得るとしても、一般人であるボク個人の過去を語られるのはあり得ない。
でも、何でこんな別の世界に行けるような機械が開発出来たんだろう?
そう思ってしまうのは当然のことで。
まあその答えは意外なところで、あっさりと分かっちゃったけど。
ボクの記憶にある出来事もない出来事も、あーだこーだと楽しそうに話す彼女の頭を撫でながら、この世界の秘密をみんなに語るべきか迷っていた。
薄々は皆気付いているだろうね。
ボクの姉も兄も幼馴染達もみんな優秀だし、こちらで出会った良識ある人達も、そのことを念頭において動いていたように感じる。ただ、確信を持ってそうと動いているかまでは知らない。
そんな彼らに、この話をしていいものなのか?
そう、昨日エターニア様が……いや、エターニアが教えてくれたこの話をどうやってみんなに伝えるべきか?
──うん、決めた。
やっぱり黙ってるのは、みんなに失礼だよね。折を見て話すかな。
と、今後の方針を決めていたところで、大きな力を持った精霊の気配が近付いて来たのを感知したボクは、その場で足を止めた。
この気配はさっき別れ……いや、強引に置いてきた……。
「──シャナルさん」
「セイ様、ティリルさん、お迎えに上がりました」
弾ける光と共に、光の上級精霊であるシャナルさんがボクの目の前で顕現化して着地、両翼を折り畳んで深々とお辞儀をした。
彼女の『シャナル』という名は、シャインさんの真名『ミクシャナ』から取ったものだ。
実は……こういうの、もう付ける気なかったんだよ。
エフィやティア、カグヤの時にやっていたボクの『字付け』は、他の人にバレないようにと考えてやっていたんだけど、今となってはもうバレバレだ。
それにこれから加入する面々は、世間的に有名な精霊達ばかりということで、正直これ以上継続する意味はなかった。
そもそも真名を知らない人がそれを聞いても、その人達の耳にはなにも聞こえないんだし。
そのため、他の精霊に『字付け』を止めて、対外的には精霊名や真名で呼ぼうかと提案したんだけど、まだ付けて貰っていない精霊からは「不公平なのだ!」と騒がれ、カグヤ達からも「絶対いやだよ!」と猛反発にあい、結局これからも全員に名付ける羽目になった。
彼女達が言うには、なんでもボクに字を付けて貰うことに意味があるらしい。
ま、仕方ないよね。確かにその通りだし。
一度やっちゃったんだから最後までやり通そうかと思うけど、名付けの才能はないんだから、真名の一部だけとかで誤魔化しているくらい勘弁して欲しい。
全員の名付けの際の馬鹿騒ぎを思い返しながら、ボクが付けた名前を呼ばれてニコニコとしている彼女を見て、ボクは言葉をかける。
「ありがとう。でも、迎えなんて……別にそこまでしてくれなくても……」
「駄目です。こんな危険な場所を、側付きをつけずにウロウロされてはなりません。この里のネライダ殿は高潔な人物の為、許可致しましたが、この先の共用部分にはどんな悪鬼が潜んでいるか分かりません。
この神殿内においても、俗物どもに暴言を吐かれたと、他の者から聞きました。つまり、高貴なるセイ様の御威光を理解出来ない俗物どもがまだ数多くこの場所に巣くっているという事。もし、あなた様に何かあれば、正義と庇護を司る光の上級精霊として名折れ。ですから……」
この神殿の人達に対して、思いっきり暴言を羅列し始めるシャナルさん。
彼女のその発言に、溜め息が出る。
あーあ、また始まった。
だから置いてきたんだよ。
確かに色々言われたけど、それは操られていた時やごく一部の人達だけだからね?
その……悪い精霊じゃないんだけどなぁ。ボクのことを凄く心配してくれているのはよく分かるから。
ただ、何と言うか、その……過保護過ぎて、ちょっと面倒くさい。
「……そう、あの駐在大使と名乗った貴族が、更なる企みを企てているかも知れません。あの時は穏便にと仰られたので我慢しましたが、次にまた何かしてきたら、今度こそ我慢なりません」
「お、大袈裟な……」
いや、あの、シャナルさん?
あの時のアレ、あれで我慢してたの? 全く自重してなかったように見えたんだけど?
プレシニア王国の駐在大使を名乗ったあの貴族、ボクに挨拶に来ただけなのに、可哀想に半泣きになっていたじゃないか。
あの人、シャナルさんにあることないこと責められ、必死に首振って否定しながら土下座してたし。
しかもこれから王都に行って王宮で説明をしないといけないのに、なんてことしてくれたんだよ。
報告されたらどうするのさ。いきなり躓いた感が満載だ。
「大袈裟ではありませんよ。奴ら貴族どもは魑魅魍魎。心の奥底で何を考えているか分かりません。セイ様はそれを知らなさ過ぎます」
いや、まあ……確かに知らないよ?
そりゃ貴族や王族は『化かし合い』が常なんだろうけど。ただ、この国の政治に関わるつもりなんてこれっぽっちもないから、知らなくても問題ないんじゃ?
「──それにお気付きでしたか? セイ様のお身体をなめ回すかのような、あのいやらしい視線の数々を……穢らわしい」
「いやあの人のあれは、ボクの人となりを確認しようとしていたんじゃ?」
別の日のあの貴族と違って。
「絶対に違います。あれは……そう、星の巫女姫様であるセイ様を無理やり手込めにして自分のモノだけにしようと考え、その足りない頭の中でセイ様を強奪した後の事を夢想……その御召し物を剥ぎ取り、欲望の赴くまま、汚し辱しめていたに違いありません!」
「ひっ……!? 何てこと言うの!?」
その物言いに、一瞬で全身に鳥肌が立つ。
しかもなんでエロ方面!?
苦情を返すも、シャナルさんは陶酔した様子でこっちの苦言なんて聞いちゃいない。
あ、ヤバい?
完全にスイッチ入っちゃった?
「大丈夫です。心配なさらないで下さい。セイ様の貞操は、私や皆でしっかりとお守り致しますので。あなた様を悪鬼や下衆男なんぞにくれてやりません。いつまでも無垢で清らかな姫様のままでいて下さい」
「いや、その……待っ……」
「それにあの時の案件につきましては、未だに後悔しているのです。私の不手際で、高貴なるセイ様の御召し物を……神聖なお身体と下着をあんな下衆な男どもに見られてしまうとは。
看守精霊様に厳罰に処するよう進言しておきましたのに、その後の処罰が軽すぎます。せめて永久に光を見れないように、念入りに目潰しすればいいものを……」
──げっ!?
「あ、あの件はもういいよ。それに、シャナルさんに罰なんて必要ないから」
忘れていたのに、また蒸し返さないで欲しいんですけど!?
「しかし……やっぱり駄目です。まだ腹の虫が収まりませんし、それに不手際を起こした私に対して、セイ様からの刑罰を受けていない事も……」
……いらっ。
「もう忘れさせて下さい! その件も蒸し返し禁止。シャナルさんもいいね? わかったら返事!」
「……はい」
少し語勢を強めて命令したら、ようやく止まってくれたようだ。
しゅんとなって小さく肩を落とした彼女を見て、やれやれとばかりに大きく息を吐き出す。
この精霊普段は聡明で優しげだけど、ボクが絡んでくると危うすぎる。
どうも潔癖なところがあるし、ボクに何かあれば、すぐ激昂して報復行動に出そうだし。
ただでさえ、この国の貴族を名乗る相手に色々暴走したの見ちゃったからなぁ。何とか止めたけど。
それにボクを上に見すぎだ。高貴な血とか神聖な身体とか、持ち上げすぎ。普通にしてくれたらいいのにね。
ボクなんか地球の一般家庭の出身だし、こっちの世界でもどこの馬の骨とも分からない奴なんだから、相手が普通の善良貴族ならば、むしろこっちが相手を立てるべきだと思うんだよね。
……まさかとは思うけど、この国の王族相手にも同じことしちゃわないだろうね?
考えれば考えるほど、何だかお腹痛くなってきたんだけど?
レントからは、光の精霊さんは知的で落ち着いた雰囲気を持つ大人の精霊で、暴走しがちな他の精霊の抑え役が出来る精霊だと聞いていたから期待していたのに、シャナルさん自身が暴走しちゃってるじゃないか。
あいつの言葉を信じたボクが馬鹿だった。責任とれ、責任!
今回ボク達がこのファルナダルムの里を救ったことに対し、得た力や称号のリザルトは膨大な量になった。
それに精霊との契約関係だけでも、一気に六柱分あるんだもの。それは当然のこと。
それに伴う褒賞も大変なことになった。
一気に増えた加護の数々と称号。それに伴うエターニアからの褒賞。
更には事態をようやく把握し、正常化を果たした神殿からの謝罪と感謝の品々……と、ボクを身内に取り込もうとする動き。
それらの整理や対応に、皆てんてこ舞いな状態になっていて、今日ようやく落ち着いたところだ。
ボクの方も一昨日ようやく治療が終了したんだけど、エターニアから呼び出しがかかった。
何でも今回の報告とボクの身体と体調を最終確認したいと言われて、オルタヌスさんとクラティスさんに精霊島に連れて行かれたんだ。
ゴタゴタしていた里からボクを避難させる名目もあったんだろうけど、他の人族の同行は許可が降りなかった為に、膨れっ面して機嫌が急降下したユイカ達を抑え慰めるのにどれだけ苦労したか……。
まあこのファルナダルムの真上に精霊島が来ていたし、行き来は転移。
だから、あっという間に到着したし、帰るのもあっという間だ。
で、そろそろ帰るかと思っていたところで、風の上級精霊であるエアリアルがネライダ神殿長が目覚めたことを教えてくれたから、帰りのその足でこうして挨拶に伺ったんだけど、どうやらまだ早かったようだ。
病み上がりの起き抜けで事態を把握していない状態なのに、あれこれ言われてもそりゃ分からないよね。
ちょっと先走り過ぎたなぁ。反省しないと。
前を歩くシャナルさんの背中を見つめながら、執り行った精霊達との契約と、昨日精霊島で言われたことを思い返していた……。
2019/2/15 すいません。感想で指摘のあった通り、サレスさんの真名からのセイ君の名付けを、『レン』→『ティーネ』に変更します。