147話 真実と覚悟と決意(後編)
この章もあと少しかな……? そして、この章のシリアスもあと少しです。
2018.9.29 語り部が主人公以外の場合、サブタイトルに入れていた名前を本文の方へ移行しました。(スマホ版でタイトルが変な形になる為と、11話で途中で挟んだ三人称のように『──???──』の形に変える為)
──レント──
「──とまあ、ちょっと冗談っぽく最悪のパターンで未来を想像してみましたが、実際に奴らの地球進攻があるとすれば、このエストラルドが滅んでからでしょう。それまでは姫様がこちらの世界に来られている限り、地球に問題はないかと思いますよ」
「……おい」
沈痛な面持ちから一転、急に悪戯っぽく微笑みながらそう付け加えたクラティスさんに、俺は思わず乱暴な突っ込みを入れてしまった。
「クラティス殿。冗談でもソレは酷いのだ」
今まで話の展開を黙して静かに見守っていたソルが半眼になってボヤくが、その心情は俺達も同じである。
「いやぁ、ちょっと場を和ませようと思いまして」
「心臓に悪い冗談は止めて下さいよ……」
そう反論したが、確かにちょっとお通夜みたいな空気になってしまっていたな。
「まあそれが冗談で収まるようにする為に、これから互いの連携が必要なのですがね」
「そうですね」
「それと……ちょっといいですか? 私もソルさんにも訊きたい事があったのです」
自分の話は終わったとばかりに、今度はソルの方へ話を振るクラティスさん。
「訊きたい事? 何なのだ?」
「個人的に色々と動かれていたのでしょう? 何か掴んでおられたのですか?」
「んー?
昔からエレ姉様から伺った話の裏を取っていたのと、ソルの巫女と使徒の状況を確認していただけなのだ」
「確認? それはわざわざ貴女が本体で動かないといけない事だったのですか?」
「当然分体も使っていたのだよ。別大陸は分体で、精霊島があるこの大陸では本体といった具合で分けていたのだ。
あとは母様に報告しに行った際に追加の指示もあっ……いや、その全く何もなかったのだ……」
「ディスティアの? その指示で動いていたのですか? その理由と出かけていた場所は? なかったとはなんです?」
うっかり口を滑らせたようで、ソルは慌てて口を噤んだが……。
誤魔化し方が下手過ぎる。そりゃ突っ込まれるよな。
「うっ……それは、その、ビギンに……いや、その……調べ……あうぅ」
「──クラティスさん。それ以上は訊いちゃ駄目ですよ」
「え?」
案の定、歯切れが悪くなったソル。俯き加減に胸の前でもじもじと指を絡ませながら、恥ずかしそうに頬を染めた彼女をみて、ユイカが慌ててそのフォローに入った。
そんなふたりの様子に、クラティスさんが戸惑った声を上げる。
「男の人には話せない秘密がですね、女の子はいっぱいあるんです」
「──えっ……はい。
それは分かりますが。ビギンと言うと、あのビギンの街ですか?」
「その、あの……合流しようかと……。
でも、切っ掛けがなくて、その……踏ん切りも付かなくて……」
「あらま」
「あ、駄目だってば」
「ソルさんも言いたくなければ、無理に言わなくても良いんですよ」
「あぅ……うぅ……失敗しちゃったのだ」
まあフォローも何も、彼女達の言動から簡単に想像できてしまったのだが。
しかし、ホント分かりやすいな、この子。絶対に腹芸出来ないタイプだ。
まあ素直なのは、ある意味良い事ではあるが……。
はぁ……そうか、アイツか。アイツが原因か。
ビギンの街に見に来てたんだな。馬車を製作している頃か? 全く気付かなかった。
しかし、アイツと上級精霊との邂逅に関して未だに訳が分からないんだが、何で会いに来る精霊や出会う精霊全てが、いつも最初っから好感度マックスなんだろうか?
どうやったら初対面の精霊達とこんなにもあっさり仲良くなれるんだよ。
一方的にアイツを知っていたらしい精霊の女王エターニアも、どうやらアイツに首っ丈だと聞いた。
しかも容易に上げないって宣言していた加護をあっさりと授けたというし、一体どうなってやがる。
あまりに凄すぎて、逆に怖いぞ。裏で何が起こってるのやら。
今日セイと初めて顔を合わせた精霊は、ドリアドとシャインさんとソルとダークネスの四柱。
ドリアドは幼い子供だったらしいが、ティリルが言うには、アイツの事を『お母様』と呼んで依り代の中に消えていったらしい。
シャインさんはセイと主従契約を交わす事でアイツに仕えたい旨を既に宣言しているし、ソルとダークネスに至ってはその態度を見ている限り、契約を交わすというよりは好意を通り越して完全に惚れこんでしまっているように見える。
そうだな……そんな彼女達の様子を見ていると、アイツに『寵愛』を与えるというよりは、むしろアイツの『寵愛』が欲しいという感じを受けるな。
キーワードは恐らく『星の巫女』か?
精霊魔法師の専用掲示板を見れば、アイツの異常さがよく分かる。
他の奴らは下級精霊になつかれるのすら難易度が高く、特定の精霊と同行して貰えるようになった奴は奇跡とか優秀とか言われているのに、それ以上にアイツはブッ飛んでる。
常に下級精霊が近くに控え、その動向を注目されていて。
ひとたび声を発すれば、直ちに顕現しその意思に付き従う。
これが異常でないと言い張るなら、何を異常というのか。
実際掲示板では、既にアイツは神格化し英雄となっている。
スレの住民はアイツの事を『精霊魔法の開祖』とか『史上最強の精霊魔法少女』とか『精霊に愛されし乙女』とか呼んでるしな。
そもそも精霊にとって契約という奴は、契約者の願いと魔力を対価にして恩恵を与える事であり、その力を使う精霊魔法は、契約者が願う事象の改変を少しばかり手助けするという魔法だと思っていたんだけどな。
それなのにここまで精霊側が、しかも下級だけでなく上級精霊までもが、ここまで特定の個人に入れ込んでしまうとはな。
アイツの願いを自分が持てる全ての力を使って、何としても叶えようとしている気がする。
……あ、だからか?
アイツが使う魔法がぶっ飛んだ威力や現象を引き起こすのは。
やっぱりあれか?
セイの奴が、この星の生命体にとって喉から手が出るほど求めている『星の巫女』だからか?
でもそれって『星の巫女』が誘蛾灯のような存在だという証明でもあるよな?
それにその効果は地球でも発揮されていた?
良いモノも悪いモノも、自分の意思と関係なく寄って来る。
この事がアイツにとって重荷になっていないだろうか?
もしもセイの魂にこの『星の巫女』としての特性が宿っていなかったら、今頃アイツはどうなっていたのだろうか?
ここまで多くの精霊や人々に囲まれるような事になっただろうか?
──いや、こんな『たられば』は無意味だよな。
魂が清らかであるがゆえに『星の巫女』となり得て、『星の巫女』じゃなかったらそれはもうアイツじゃない。
鶏が先か卵が先かと言っているようなもんだ。
そもそもアイツとてなりたくて『星の巫女』になった訳でもないだろうし、こんな仮定の話をしても仕方がない。
それにアイツが多くの精霊や人々に好かれているのは、『星の巫女』という訳の分からない力のおかげじゃないしな。
それは物心ついてから、ずっとアイツの傍で見てきた俺やユイカが一番よく知っている。
だから……目の前で。
ソルを可愛い可愛いと連呼しながら抱き締めているユイカとレトさんに、恥ずかしさから顔を真っ赤にして妹とレトさんのサンドイッチ状態から必死に逃げようとしているソル。
そして、そんなドタバタを微笑みながら見守っているクラティスさんと、ちょっと困った表情で愛想笑いを浮かべているティリルがいる。
そんな仲間達のどこか楽しそうな様子を数歩下がって眺めつつ、俺は先ほど説明された事を思い返しながら、更に深く思考の海に沈んでいく。
世界樹の樹皇の間で語られたエストラルドの昔話、そしてこの場で語られたセイの秘密が本当ならば、今まで俺達の周りで起こった不可解な出来事の説明がつく。ついてしまう。
このゲーム……いや、ゲームじゃなかったな。
そうだな。さしずめ『エストラルド転送装置』とでも呼ぼうか。
従来のVR機器とは違う、これ専用の装置を使う事だし。
この装置を開発、販売したのは、かの有名な巨大財閥『光凰院』グループのエンターテインメント部門の系列会社だ。
そしてこの会社のフルダイブ型VRゲーム全般を担当する部署に、俺の親父は勤めている。
あと自慢じゃないが、親父はこの会社の広報部のトップである。つまりこの会社の幹部の一人だ。
当然ながらこのASの宣伝も担当しており、そして事前テスターの募集と実働を指揮していたのも親父である。
それだけ深くASに関わっている親父ですら、分からない事や思い通りにならない事があった。
それはこのASの根幹システムや内部データ。
すなわち開発部からそういった情報やデータが一切回ってこない事。
かつて親父は杠葉姉さんを救おうとして調査を開発部に依頼したらしいのだが、開発部の奴等は機密や個人情報を盾にそれらの情報を秘匿し、公開を拒否した。
それどころか今は担当の上役に会う事すら難しいとされて、門前払いを食らっている。しかもそれを親父以外の他の人は、さも当たり前のように受け入れているらしい。
バイトすらした事がない若造の思い違いならいいが、これって企業の在り方として変じゃないか?
その問題の開発部の責任者の名前は『手塚トオル』という。ある時、上からの肝入りでやって来たらしく、困惑した様子で社長が紹介していたらしい。
そしてこの男がASのプロジェクトチームを先導して立ち上げた為、このプロジェクト自体の最高責任者でもあるらしかった。
あと、この男が開発チームの全メンバーを一人で外から集めてきて入社させたらしい。徹底した秘密主義はこの時から続いているんだと、俺の親父は散々愚痴を零していたな……。
──と、そこまで思い出した時点で、俺はしょうもない事に気付いた。
今の世の中、役職者は本名とは別にビジネスネームを名乗るのが主流だ。
当然彼のこの名前もビジネスネームだと思っていたんだが、そいつの名前『手塚トオル』をそのまま読むと『テヅカトオル』になり、今日クラティスさんが語った地球にいる創造神の名前が『ティスカトール』で……。
──おい、こら。
ほぼそのまんまで、単なる語呂合わせじゃないか。
本当に当神ならば、正体隠す気全くないだろ、この神様。
ただ神様なら突然現れて、とんでもない事を簡単に再現しても不思議ではないな。というか、神様なら俺の姉さんをさくっと助けてくれたらいいのに。
そうだ。
どうしてしてくれないんだ?
姉さんがエストラルドの精霊女王エレメンティアに変化している事と何か関わり合いがあるのか?
それに地球の、しかも日本に神様の一柱が顕在化しているという事実。
こんな馬鹿げた話、普通は誰も信じてくれないだろうし、一体どうやって説明すればいいんだろうか?
親父や海人さんにどうやって言おうか?
絶対頭がおかしくなったと言われそうだ。
いや、親父はともかくとして、この世界を俺より慣れ親しんでいる海人さんだけは、ちゃんと俺の話を聞いてくれそうな気がする。
それに【円卓】の団長であるアーサーさんにも、この話を伝えないといけない。
どこまで話そうかはまだ決めてはいないが、アイツに関する事で現実に通じる話は止めておくべきだと既に決めている。
もちろん俺もセイの奴も、現実のアイツの肉体は男なんだとバラしたいところではあるんだが、実際それを俺が暴露してしまうと、きっとユイカやティリルに酷く説教されそうな気がする。
アイツが絡むと豹変したみたいに態度が変わる時あるからな。わざわざ自分から虎の尾を踏みにいくような、間抜けな事はしたくないな。
あとは……御陵家当主である紬姫さんにも伝えた方がいいか?
アイツの母親だしな。すぐにでも協力を得られるだろうし。
それにあの馬鹿の対策も決めないといけないか。
不幸にもセイの奴が酔っ払ってしまうというアクシデントが発生し、そのせいで頭がプッツンしていたキエル相手に本人だと自ら暴露してしまい、しかもその時の容姿と服装から完全に女の子だと思い込まれてしまったらしいからな。
キエルのオツムは天然で馬鹿だが、その戦闘力は恐ろしいくらい高く危険だ。
奴からの襲撃にどこまで備えられるか。こちらもアーサーさん達と相談だな。
その際、キエルの奴が使った呼び掛けに「御陵」の名を使ったらしいから、念の為に気付いていないかちょっとチェックしておかなければならないな。
「──レントさん」
「……何ですか?」
いつの間にか隣に立っていたクラティスさんに声を掛けられ、俺は思考の海から戻ってくる。
離れた位置であーだこーだと今後の事について話し合っているユイカ達を一瞥してから、彼の方へと視線を向ける。
「ディスティア様からの言伝があります」
「それは……俺だけにですか?」
微かな違和感。
先刻と同じく何かが俺の周囲を包み込んだのを感じ取り、確認の意味も込めて聞き返す。
「ええ。だからこうして彼女達に声が届かないようにしています」
やはりこれはさっき世界樹内部で内緒話を可能にしたあの魔法か。
魔法の事はよく分からないが、セイが使う静寂の精霊魔法とはまた違った感じがする。
この男、運命を司る精霊ディスティアの使徒として、長年仕えてきただけの事はある。色々と芸達者のようだ。
「用件は二つ。一つ目は……精霊王女エレメンティア様と同化している元神御子ユズハの分断救出についてです」
「何……!?」
そう切り出されて、思わず身を固くする。
いや、ちょっと待て! 元神御子ってなんだ? しかも分断だと!?
姉さんはこの世界に来た最初から精霊王女と同化していて、この世界に組み込まれてしまっていたのじゃなかったのか!?
「かつての同僚? 一体どういう事ですか!?」
「そちらの経緯は、同じ戦場にいたソルさんが詳しく知っています。後で彼女に聞いて下さい。そして現在の彼女達の状態なのですが……」
クラティスさんの話を纏めるとこうだ。
精霊体を失い精霊核までも大きく傷付いたエレメンティアを助ける為に、姉さんは咄嗟に思い付いた方法を強引に実行した。
その方法とは、セイが普段やっているような完全な精霊化を行い、自身に存在した精霊核に接触させて、その傷付いた精霊核を治療しようとするモノ。
だが、それが想像したよりも完全に同化というか、融けて混じり合うように融合してしまったらしく、分離出来なくなってしまったそうだ。
よっぽどふたりの魂の相性が良かったらしい。それこそもう一人の自分のように、だ。
これは普通じゃ考えられない事だと、クラティスさんは語っていた。
だが怪我の功名というか、そのおかげでエレメンティアはあっさりと消滅の危機を乗り越えられたのだが、一度融合してしまったその魂は誰も手がつけられず、今までずっとこの状態を治療出来ずにいたそうだ。
それが何故かセイの依り代の中で眠った事が引き金となり、その治療が勝手に始まってしまい、目覚めなくなったのが真相のようだ。
ちなみにセイの持つ『依り代』だが、別名『精霊の揺り篭』と呼ばれており、『星の巫女』の力を持つ者しか所持していない能力だそうだ。
このスキルを持っている時点でアイツが今代の『星の巫女』であることが確定、その『揺り篭』の中で二つの魂の分離が順調に行われているのは俺達にとっても朗報だ。
「──という訳でして、彼女達の治療はもう少しかかりそうです。しかしながら、ただ時が来れば勝手に目覚めるというものでもなさそうなんです」
「どうやったら起こせるんです?」
「それについてですが、まずソルさんとルナさん、そしてアニマさんの契約の力が必要です」
「アニマ……生命の精霊? やっぱり彼女の力もいるのですか?」
セイからはソルとルナと一緒にアニマに会いに行けばいいとしか聞いていないが……。
しかも契約までいるとも聞いていない。
「もちろん必要なのはそれだけではないのですが……そうですね。簡単に説明します。
エレメンティア様はエターニア様の娘として生み出され、更に始祖精霊三柱の全ての力を受け継いだ精霊です。またエレメンティア様と同じように、他の始祖精霊が生み出した精霊もいるのですよ。それがソルさんとルナさん、そしてアニマさんなのです。
ソルさんとルナさんはディスティア様の双子の娘として、そしてアニマさんはシンフォニア様の娘として、それぞれ生み出された精霊なのですよ」
「それはまた……」
そういえば、以前掲示板で生命の精霊は別格だと言われて騒がれていたな。これの事か。
「大きく本来の力を失っているエレメンティア様を目覚めさせるには、まずはソルさんとルナさんの力を融合させて一つにし、アニマさんの力と共に王女の精霊力を活性化させる必要があります。セイ様が星の巫女様であるからこそ、可能となった治療方法ですね。
ただその為には、姫様の契約がどこまで進んでいるかが重要ですし、あの方と執り行われた契約のバランスも大切です」
「……つまりあれですか? セイの奴にルナと同じ事をソルやアニマにし……あー、その、彼女達を攻略し……いや、契約しろと?」
あまりに酷く下衆な考えが脳裏に浮かんでしまい、思わずジト目になってクラティスさんに突っ込んでしまう。
契約のバランスと言われてもな。
穏便な言い方に何とか言い換えたが、これソルとアニマを口説き落として惚れさせろと言ってるもんだぞ?
どう見てもルナはべた惚れを通り越して、セイの奴に完全服従しているからな。それは狼の獣人が彼女のベースとなっているからだと思うんだが、それを他の精霊に求めるのは酷じゃないか?
「あー、そうなりますね。どうしましょう?」
「俺にどうすると聞かれても困るんですが。他の方法は無いんですか?」
「別方法としては……。
エレメンティア様の系統配下である全員の精霊核とその全精霊力が必要となりますが……?」
「当然却下です」
「ですよね」
精霊にとって精霊力は、人でいう生命力と同じだろう? そんなもの考えるまでもなく、却下に決まっているだろうが。
エレメンティアと姉さんを助ける為に、他の精霊を殺せと言ってるようなモノだ。俺自身も良心の呵責に堪えられんし、きっと姉さん達も悲しむ。
そもそもこんな提案口に出した瞬間、絶対ノータイムでアイツにぶん殴られるに決まっている。
「やっぱり正攻法しかないのか……てかアイツ、どこの世界軸のギャルゲー主人公かよ」
しかもハーレム系だ。男の夢だと言う奴がいるが、現実はそんな良いもんじゃないらしいと聞いたことがある。
そうそう。それは聖師匠がしょっちゅう言っていたんだっけな。
師匠が言うには、あちこちに粉かけまくった挙げ句、ヤバいのに引っ掛かって刺されかけた友がいたらしいし。
まあアイツは既に三人プラス二柱の恋人がいるし、これからも増えてもなお上手くやりそうな気がするが、前途多難なこの状況に同情してしまう。
確かセイの話では、今のエレメンティアとルナの状態は『寵愛』だったな。つまりソルやアニマとの契約を同じように『寵愛』まで持っていけばいいわけだ。
確か『寵愛』を得るには、その精霊の口から『真名』を訊き出せばいいんだっけ?
けどそれはアイツ以外、まだ誰も達成出来ていないんだよな。それほどの高難易度な……。
……あー。
あのソルの様子だと、むしろあっさりとクリア出来そうだな。アニマは知らん。
親友として、同じ男として、色々と思うところはあるが、これ以上考えないようにしておこう。
「他に必要な物は?」
「儀式に必要な物があります。それは高純度で統一させた太陽の精霊結晶と月の精霊結晶、そして生命の精霊結晶の三つです」
「精霊結晶……あれか」
源さんと共に、雷の精霊結晶を大地の精霊神殿へ持って行った時の事を思い出す。
随分遠い記憶のように思えてくるが、約二か月前……いや、地球時間ではつい先々週の事なんだよなぁ。
「本来は元素の精霊結晶も必要なのですが、そちらは親であるエターニア様が代用されます。それを然るべき時に、アニマさんの手によって姫様の依り代の中におられるエレメンティア様へと融合させる必要がありますね」
「そのタイミングはいつです?」
「アニマさんが実際に見てみないと分からないようです。現時点で分かっている事と言えば、セイ様の生命力と魔力が最大限に活性化している時でないと無理だそうです。一般的に普人種の女性で、二つの周期が合わさるのが大体一か月ごとだと聞いていますから、それほど時間もかからないでしょう。確か森精種もたいして大きな違いは無かったはずです」
一ヶ月か。それなら……。
──ん? 女性? 一ヶ月?
ちょっと待て。それってアレだろ?
女性特有のアレ。
クラティスさん、アイツがこっちの世界でも男だってこと忘れてないか?
「ちょっと待って下さい。アイツは……」
「あ、すいません。セイ様は古代森精種でしたね。この場合はどうだったか……」
「いや、そうじゃなくてですね。アイツはこっちでもおと……」
「まあアニマさんに会えば、すぐにでも分かるでしょう。彼女は今は王都プレスにいますし、姫様や皆様の事も既に彼女へと伝えてあります」
「……分かりました。と言っても、アイツにどう伝えたら良いモノやら」
もう突っ込まず、その問題を聞かなかったことにして締めた。
男である点も問題だが、そもそも十五では外せないコードの類いだから『来ない』筈なんだが……。
まさかこっちも壊れているとか言わないよな?
ま、どっちにしろ門外漢の俺達二人が、ここであれこれ言い合っていても解決出来ないし、なるようになるしかない、か?
嫌な予感がするのは俺だけか?
頭痛いぞ、これ。問題だらけじゃないか。アイツにどう言おう?
ただ幸いと言ったら変だが、ユイカの奴がソルの事を完全に身内だと受け入れている点だけまだマシか。
アニマに対しても無事で済むといいが。
「もう一つは何です?」
「……」
「……クラティスさん?」
残りの案件を訊こうとしたら、急に難しい顔をして押し黙ってしまった。いやどちらかと言えば、口に出すのも躊躇われると言った感じか?
こちらも嫌な予感がする。
「言いにくい事なら、また後でも……」
「――いえ、必要な事ですから。その、もしも……もしもの話です」
言いにくそうに話し始めた彼と、さっきよりもろくでもない話だと予想して身構えた俺との間に妙な緊張が走る。
「もしも姫様が奴ら八鬼衆に捕まってしまい、そして奴らの軍門に下ってしまうような事態になれば、二度とこの世界へと来れないようにして下さい」
「アイツならまずそんな裏切りはしない……」
「そうじゃないんです!
いえ、あの方の思想や信念を疑っている訳ではないのです。
もしあの方が抵抗できない程の洗脳を受けてしまえば。私達精霊陣営と敵対するような事態になれば。
恐らく誰の手にも負えなくなり、この世界は滅びへとひた走ってしまいます」
「……」
洗脳とかそんな大げさな。
そう言おうとしたが、口の中が一瞬でカラカラに乾いてしまったかのように、上手く口が回ってくれない。
「もしも少しでもその兆候があれば、私は守護騎士として、姫様を斬らねばなりません。
太古より守護騎士の任に就く者は護衛としてだけでなく、万が一幽鬼と化してしまった星の巫女を討伐する役目も同時に負います。
あの方を手にかけなくてはならなくなる事自体、耐え難い苦痛なのですが、それよりも何よりも……姫様は異邦人なのです。
何度でも復活して舞い戻ってきてしまう……その度に私は世界を護る為、姫様を……」
「……それは……こちらとしても避けたいですね」
自らの右手を見つめながら苦悶の表情を浮かべるクラティスさんに、俺は同調する。
確かに……それはキツいな。
俺も洗脳されたアイツと敵対して攻撃し合うのは嫌だし、下手したらユイカ達まで……。
ちょっと待て?
これはゲームじゃない。現実だ。
その言葉がぐるぐると頭の中を回る。
地球にある肉体は無事で死ぬことがないが、こちらの世界に来ている魂と精神はどうなんだ?
もし精神が壊れれば?
魂が塗り潰されれば?
現実にいる俺達は……。
一体どうなるのだろう?
洗脳というと、当然精神がヤバイことになるんだよな?
じゃあ魂と精神がこちらに来ている俺達も他人事じゃないんだが……。
地球にも影響大じゃないか、これ。
製作者の神がその辺のフォローをしているとは思うが、万全じゃない筈だ。キエルの例がある。
それにこの世界が現実と気付いた者や、コードを取っ払った者は、その保護対象から外れてしまった可能性が高いんじゃないか?
しかも確認する手だてもない。
アイツや妹が、神城が、桐生のようになる?
考えただけで、ゾッとする。そんな恐ろしい事態は御免被りたい。
「肝に命じておきます。こちらの世界にも影響する事柄ですから」
「お願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
一礼する彼に対し、何とも言えない表情になりながらも答礼した。
当然みんなの事は信じてはいるが……。思ったより厄介な事になりやがったな。
嘆息する。
アイツの事だ。
どう説明しようとも、この世界に来訪を辞めない。例え真実を伝えて危険だと言ったところで、むしろ意固地になるだけだろう。
アイツとこの世界の間には、それだけの繋がりがもう出来てしまっている。
精霊達を放り出すという選択肢は絶対に選ばないだろう。
──まだまだ足りない。
もっと強くならないと。
肉体的にも精神的にもだ。
アイツの為にも。
いや、違う。俺の為にも。
あの時に感じた無力感を払拭するためにも、今度こそアイツや仲間を悪意から守りきってやる。
俺は側にあった世界樹の根っこに触れながら、そう新たな誓いを立てる。
自分達を静かに見下ろし続ける半月と世界樹を見上げながら、俺はこの先に待ち受けるだろう旅の無事を祈るのだった。