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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
145/190

145話 狂乱者の足跡

 



──キエル──



 ──夢かうつつか幻か。



 あの日あの時。

 俺は一人の天使に出会った。




 俺の兄さん──いや、考えなしの馬鹿な兄貴が暴行傷害事件を犯してしょっぴかれてから、はや六年あまり。

 当然の事ながら俺達家族間にも不協和音が生じ、ありとあらゆるモノが崩壊した。


 しかも相手が名家の子供だったからたまらない。


 その名家とは『御陵みささぎ』という。

 奴ら本家本元の当主とその妻は、表向き病院と学校をそれぞれ経営しているだけの単なる資産家である。


 だが、ネット上にまことしやかに言われている噂があった。


 それは『光凰院こうおういん』や『有栖川ありすがわ』『神城かみしろ』『椿つばき』『かんなぎ』『高辻たかつじ』など、『御陵』を主家とあおぐ『十二家』と呼ばれる一族が存在し、そんな連中の配下にまで目を向けてみると、政治家や資産家、果ては様々な分野の技術屋が多数いるという荒唐無稽こうとうむけいな噂だ。


 本当の事実背景について、俺みたいな一般市民なんかには分からないんだが、そこには『御陵』が日本や世界を牛耳ぎゅうじる為に政界や財界へと家従一族を深く食い込ませているに違いないと、公然の秘密のように語られている。


 しかもそれに関して、当事者の『御陵』や『十二家』は否定も肯定もせず放置しているから、ネットでは面白おかしく言いたい放題になっているのが現状だ。


 てかな、俺から言わせりゃ『主家』とか『十二家』とか……馬鹿かこいつら。お前らどんなけ時代遅れなんだよと言いたい。


 で、そんな『御陵』が相手だ。いくら平等をうたう日本とて、権力者に対する忖度そんたくは存在するからな。

 俺の目には、警察サツどもが御陵家にゴマをすろうと目の色変えて躍起になっていた……ように見えた。


 実際問題、かなり早かったからな。


 すぐに捜査本部が設置され、マスコミ連中も世紀の大事件扱い。

 しかも不思議な現象だらけで辻褄つじつまの合わない事が多いのにも関わらず、何度も繰り返し鑑識や鑑定、映像記録の解析が行われ、根掘り葉掘りと草の根も掻き分けるような聞き込みが行われた。


 警察によると、馬鹿兄貴は殆ど手を出していないらしいのだが、それでもその場にいたという事実だけで警察は執拗しつように兄貴を問い詰め、厳しく責め立てた……らしい。

 兄貴の奴は全く覚えていなかったから、答えようがなかったとか言ってたがな。


 刑事裁判、そして民事裁判が驚くほどのスピードであっさりと終わると、大量の賠償と隣人達のさげすんだ視線だけが俺達に残った。


 映像記録から主犯と断定された奴と犯行を実行した奴よりかは、俺の兄貴に課せられた額はかなり少なかったが、それでも桁が違った。


 当然俺の親が普通にポンと払える訳がないから、資産売却手続きだ。

 持ち家や車、祖先から細々と相続されていた土地など、お金に変えられるあらゆるモノを弁護士の指示によって売り払い、親戚どもに頭を下げて当面の生活費を何とか工面、いわゆる自己破産だけは免れたらしい。


 というか、おかしいよな?

 何で()()()()()()()()賠償請求が俺達家族の()()()()()()()()()()なんだよ。


 本当にどう考えてもおかしい。支払い能力があるとされて自己破産申告も却下されたと聞いているし、俺達に苦しめと言わんばかりの金額設定じゃないか。


 おかげで住み慣れた街を離れ、隣街のアパートへと引っ越しする羽目になっちまった。一時期切り詰めた生活の為に贅沢も出来なくなったしな。


 正直俺は全く関係ないんだよな。巻き込まれただけだ。

 馬鹿な兄貴のやらかした事件を俺にまで影響させやがってと、常々つねづね考えているせいか、この先兄貴や親がどうなろうとどうでも良かった。


 ただ全く相手をしないと、当時の事を今でもぶつくさ文句を言ってウザいので、適当に相槌あいづちを打ちながら聞き流していたんだよな。


 それにその日は俺も妙に記憶が途切れ途切れなんだ。どっかで人と……女の子に会ったような気もするんだよなぁ。ずっと家にいた筈なのにな。


 なんでこんな記憶が混迷しているんだろうかと、当時の俺はよく首をひねったものだ。


 それにもう一つ輪をかけて訳が分からないのは兄貴の行動だ。


 確か兄貴は『仲間と駅前のゲーセンに行く』と言ってた筈。それがどういう経緯で何がどうなったら、海辺で()()()()()()()()()()()()()()()()と一緒になって、見知らぬきずりの人間を襲ってるんだよ。頭の悪い馬鹿の考える事は、本当に理解出来ないな。


 そんな同じ家にいるだけの他人と化した()()を冷めた目で見続けてきた俺は、やるならバレないようにもっと上手くやりゃ良かったのにと思うようになったのは、必然的だったかもしれない。


 ま、現在日本でバレずに何かを出来るとは到底思えなかったから、行動に移さなかっただけなんだが。




 そんな俺に転機が巡って来たのは、中学進学の時だ。


 その頃には年の離れた馬鹿兄貴が成人して家を飛び出し……いや、追い出されていたし、俺にとって幸運な事に事件当時兄貴は未成年だったから、俺達家族の事が公表されていなかったのが大きかったようだ。


 つまり何が言いたいのかというと、世間を騒がせたあの犯罪者の弟だという事に気付いていない先公どもが、あの名高い御陵学園への推薦状を俺に持ってきたのだ。


 あの学園に入る事さえ出来れば、大学まで一本。

 しかも推薦ともあれば学費も恐ろしく減額になるし、何より将来に展望が持てる。


 それに馬鹿兄貴のせいで人生設計が狂ってしまった俺にとっては、この申し出は大変ありがたかった。


 ただ懸念はあった。

 名前から分かるように、あの学園の経営者は当然『御陵』だ。


 正直あの男の弟だと分かる書類審査の時点で落とされると思ってたんだが、何故か無事に通った。


 あの学園の先公どもや理事どもも、俺の経歴に気付かなかったのか?

 それとも当人じゃないからと無視した?


 驚くほどあっさりと本番の入試も合格し、俺は御陵学園の進学を決めた。


 どちらにせよ、この展開はラッキーだった。元々勉強は得意分野だったからな。


 それにいつの日か妙に身体を動かす事も得意となり、同学年はおろか上級性でも易々やすやすと勝てるだけの運動能力を発揮出来るようになっていた。運動なんて殆どしたことないのにも関わらず、だ。


 あと自慢じゃないが、おまけに顔も良いとあれば、黙っていても女が寄ってくる。それこそ選り取り見取りにな。

 子供心ながら、日々女をとっかえひっかえして、遊びまくっていた頃もある。


 つまり彼女あそびには不自由していなかったんだが、次第にそれも無くなっていった。


 最初は覚えたての猿よろしく妙にがっついていたものの、徐々に楽しくないどころか面倒に思えてきて気乗りしなくなったからだ。 

 

 俺ってこんな性格だったかな? 以前はそうでもなかったように思うんだが、何故か全く思い出せなくなっている。

 昔ながらの知り合いからは「あの夏の夜から変わった」と口を揃えて言うが、自分では今一つピンとこない。

 

 それに事件前の事を考えていると妙に頭痛がするから、いつの頃からか、昔を思い出さないようにしている。


 あれだ、馬鹿兄貴に何かトラウマになるような事をされてたんだろう。で、思い出せないのは、その時の辛い思いを思い出すからか。

 そう思っているから、殊更無視するようにしている。


 話がずれたな。兄貴の話はどうでもいい。


 何が言いたいのかというとだな。

 毎日学校中の女の子がキャーキャーウザく騒ぐから、日々適当に相手してやっていただけだという事。


 俺がモテまくる毎にひがむ野郎もいたが、実力行使に訴えてきた奴はあっさりと返り討ちにして、陰で徹底的に潰してやった。

 

 そうしていると、更に女が寄ってきた。もう一種のハーレムだな。やはり俺みたいな有能な男には女が群がってくる。


 でもなんか違うんだよなぁ。モテてちやほやされるのは嬉しいんだが、何かが違う。全く真剣になれない。

 確かに可愛い子も、もろ好みの子もいたんだが、どこかこれじゃないと感じてしまう。


 まあでも、あれだ。

 据え膳食わぬは……とも言うだろ?


 寄って来る女の子の希望を充たしてやってれば、色々楽できたし、それなりには楽しかった。


 同学年の野郎どもより異様に早く性に目覚めていた俺は、結構色々やらかしていたな。飽きたらポイして、次々と別の女に切り替えていた。


 そりゃ俺の方からそいつらに告白や好きだなんて言った覚えがないんだから、相手もそれくらい覚悟の上だろ?


 俺と付き合えているうちは、良い目みさせてやってんだから、何かあっても文句は一切受け付けてやらなかった。




 そうこうしているうちに、俺は小学校を卒業し御陵学園の中等部に進学した。そして一年目の秋に開催された学園祭で一人の少女と運命的な出会いをし……冒頭の魂の叫びに繋がるって訳だ。


 初めて彼女を目にした時の俺の気持ちが分かるまい。全身が雷に打たれた如く硬直し、小さくない衝撃と震えが走った。


 この学園の全ての女の顔をチェックして覚えていたはずの俺が、こんな天使のような少女を全く知らなかったなんて。

 

 そう魂が惹かれ合うとでも言うのか?

 彼女を一目見ただけで、自分の中に様々な感情が生まれた。



 この少女を何としてでも手に入れたい。


 思うままこの少女を無茶苦茶にしてやりたい。



 そんなふざけた獣欲まで生まれ、全く制御が利かなくなった。

 


 ──そうだ。



 あれは……蒸し暑い夏の夜。


 脳裏に当時の光景がフラッシュバックする。



 ふと誰かに呼ばれた気がして庭に出た時に、月を見上げて佇んでいた一人の少女の姿があった。


 こちらを振り返ったその少女は……この目の前の少女と瓜二つで……美しく広がった黒髪の和装の少女が……俺に近付いて……?


 俺に……何て言って?


 

 ──つ……に……。


 ──ついに姉様……ミツケ……。



 ここではない……よく分からない場所……お城?


 たおやかに微笑む一人の少女の姿が……俺の脳裏に浮かぶ。



 ──我……尖兵せんぺい……。


 ──我……渇望かつぼう……急ぎ……。


 ──ツレテコイ……。



 って、何だこれっ!?


 よく分からない記憶まで蘇って完全に頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった俺は、強迫観念にも似た衝動に突き動かされ、その少女へと交際を申し込んだ。


 絶対に手に入れなきゃならない。


 そんな想いに突き動かされ、初めて自分から発した愛の告白。

 だが、事もあろうにかその少女は、俺を拒絶するかのように背を向けて走り去った。


 いや……この時はまだイケメンな俺に告白されたせいで、その場にいるのが恥ずかしくなって逃げ出したとばかり思っていた。


 この瞬間まで忘れていた記憶。

 なんでこんな大事な記憶を忘れていたんだろうか?


 混乱する頭で、ついさっき甦った記憶を何度も思い返していた。


 さっき目の前にいた少女は、確か俺に会いに俺んちの庭にまで入って来ていたんだよな?


 ──そうか……!


 つまりあの子と俺は、()()()()()だったんだ。


 何でこんな大事な事忘れていたんだろうか?

 それならもう遠慮することないよな?


 次は絶対逃がさねぇ。


 そう思ってあの少女を探していると、すぐにミスコンの出場者の一人だという事が分かった。


 そりゃあれだけの美しい少女だ。ミスコン代表者に選ばれているのは当たり前だよな。

 しかしこのままじゃ他の野郎どもの目に晒されてしまう。寄ってたかって狙われてしまう。


 それだけは駄目だ。アレは俺の女だ。


 対策は……あった。簡単な事だ。

 あの少女は『俺のモノ』だと、全校生徒の前で宣言しちまえばいいんだ。


 焦る俺はそう咄嗟に判断し、善は急げとばかりに、花束を持ってミスコン中のステージへと乱入し……。


 その少女の護衛騎士ボディーガードとばかりに颯爽さっそうと現れた高辻の野郎にぶん投げられ、取り押さえられてしまったのだった。



 

 その後長時間拘束され、よってたかって先公どもに説教を受けた。

 その際に()()()()()()()()()()()あの少女の名前を聞いて、俺は更に驚く事になる。


 その名前は、御陵みささぎ理玖りくちゃん──御陵本家ご令嬢。つまりはこの学園の理事長の末娘・・

 輝かしい将来が約束されたお嬢様であり、護衛として戦闘訓練を積んでいるらしい高辻の野郎と常に一緒にいる男装・・の少女だった。


 本来俺みたいな馬の骨が近付くべきじゃない高嶺たかねの花。


 だがやはりというべきか。

 俺には彼女の間には接点が……それも酷い因縁めいたモノが存在していたのだ。

 

 彼女のかわいらしい顔に走る醜い傷痕。


 それは俺の馬鹿兄貴どもがつけた……一生モノの傷痕きずあと


 あのクソ兄貴め。彼女の綺麗で愛らしい顔に……俺の理玖ちゃんに何て事を……。


 本当に何て余計な事をしてくれたんだ。彼女が俺から離れ、二度と会いに来てくれなくなった原因はこれか!

 あのくそ兄貴、いつか絶対に地獄に落として苦しめてやる。



 それに理玖ちゃんがあのステージ上で俺と初対面と言い放ち、そして自分の事を男だと言い訳していたが、聡明そうめいな俺にはその理由が分かった。


 あの事件のせいで顔に酷い怪我を負った彼女。女性として顔をあそこまで傷付けられたら、そりゃあショックだろう。


 男装をして自分が男だと思い込む事で、女性としての姿を捨てて自分を慰め、怪我というトラウマから目を逸らしているんだろうな。

 間違いなくこれが正解な筈だ。


 理玖ちゃんの言う通り本当に男だとしたら、おかしな点がいっぱいあるのだ。

 あの日以来、ずっと彼女を観察してきたからな。



 まず理玖ちゃんには女子の友達が非常に多い。中でも高辻の妹と神城と仲が良いようだ。


 そして年上の上級生から異様なまでに可愛がられている。

 確かに理玖ちゃんには小動物めいた可愛さがあるし、たまに信じられないような突発的な行動を起こす事も多かった。


 つまり放っておけなくなるくらい、彼女達の母性本能が刺激されるんだろう。


 その反面、高辻以外の男の影が全く無い。

 声を掛けられたら返事もするし、無難に受け答えしているのも分かるんだが、放課後とかに他の男連中と遊びに行くなんてことは全くない。


 そのせいか常に高辻の野郎と一緒にいるし、毎日奴に弁当を作ってきたりして中庭のベンチでいちゃついている姿を見れば、彼女が高辻の野郎に惚れている事くらいすぐに気付く。


 他にも男と思えないくらい声が高く綺麗な事とか、可愛い小物やぬいぐるみが好きな点、月一の頻度で欠席(生理が重いのか?)して病院に通っているらしいし、料理好きで入っている部活ももちろん料理クラブ等々、どう考えても野郎が取る行動や趣味じゃなかった。


 日を追う毎に、俺はだんだんと理玖ちゃんに近付くことすら出来なくなっていった。


 高辻の野郎は聞き込みや調査をしている俺を事あるごとに呼び出し、あることないことをほざいて脅しをかけて来やがったからだ。


 しかもだ。それでも諦めない俺を嘲笑あざわらうかのように、あの野郎は『男に告白した変態野郎』というレッテルを貼って全校生徒に広めやがった。

 そして自分は彼女と徹底的にいちゃついて、俺に見せつけてくる。


 理玖ちゃんはな……彼女は……()()は俺のモノだ。


 返せ。俺に返せ。

 そして、てめえはむごたらしく死ね。


 いちゃつく二人の様子を見る度に、そう黒い感情が沸き上がって仕方がない。


 絶対に許すまじ。いつかタイミングを見て上手く事故に見せ掛けて殺し、彼女を貴様の魔の手から救い出してみせる。


 そう。実際にそんなふうに殺して彼女を奪い取れれば、どんなに楽なモノか。


 しかし、今は無理だ。

 今れば、すぐに俺の仕業だとバレてしまう。


 俺は賢いんだ。

 あの馬鹿兄貴と同じてつを踏む気なんてさらさらない。


 とはいえ、どうしたらいいんだ?

 このままじゃ俺の理玖ちゃんがけがされてしまう。


 そんなふうに出口の見えない思考に迷いながら、どうにも出来ずにただ時だけが過ぎて中三となった。


 諦めきれない俺はこの状況を何とか打開すべく、今度は周りから切り崩そうと思い立って色々動いていたら、あの野郎は自分の手にえないと感じたのか、ある事ない事を理事長へと告げ口しやがって、この学園から俺を追放しようとしてきやがった。


 権力者に上手く取り込みやがって。てめえは虎の威を借りた狐か!

 本当に女の腐った野郎だ。反吐が出る。


 しかしこのままでは拙いのは確かだ。大学部まで進学出来なければ、理玖ちゃんをめとる事はおろか、輝かしい未来までもが閉ざされてしまう。


 流石に看過かんか出来ないと両親を巻き込んで抵抗したが、俺もちょっとばかりやり過ぎてしまっていたらしく、ぐうの音も出ない状態にされちまった。


 売り言葉に買い言葉と、やってしまったのは反省材料だな。もう手遅れになってしまったが。


 しかも親どもは裏取引でいくばくかの金と対価を得たのか、あっさりと訴えを棄却して引き下がり、しかも俺をこの地から引き離す為か、引っ越しまで勝手に決めやがった。


 ホントにマジい。

 これからどうしてくれよう……。




 そんな失意のどん底にいた時に出会ったのが、今俺がハマってやっているVRゲーム『Along with the Spirits Online』通称AS(アス)だ。


 様々な鬱憤うっぷんが積もり積もっていた俺は、導かれるようにPKの道へと進み始めた。


 いや、そもそもキャラメイキングで出会った精霊が、最初っからネフィリムという名の邪精だったからな。


 他人プレイヤーの成果や幸せを壊していく──わくわくするじゃないか。

 そりゃあ一生懸命になって、自分の分身となるキャラクターを作り込んださ。

 

 そしてログインするなり街の外に飛ばされた俺は、待ち構えていたダムドという名のムキムキマッチョなおっさんにスカウトされ、あれよあれよという間に【死方屍維しほうしい】へと入団する事となった。


 しかも他のプレイヤーの話を聞けば、俺のような入団パターンは存在しなかった。その事は俺の自尊心を大いに満足させてくれた。


 流石俺だ。選ばれしエリートだ。恐らく未来の幹部候補と決まっているんだろう。


 気を良くした俺は、ダムドのおっさんの指示通りに『仕事』をこなし、そしてみるみるうちにのし上がっていった。


 ネフィリムの『祝福』スタートだった俺のランクとポイントが上がって『寵愛』へと変化した際、そこでようやくこの組織のボスに引き合わされることとなった。


 しかもだ。驚いた事に、ミスコン時に長髪のウィッグをつけた理玖ちゃんに何故かそっくりだった。

 それにどこかで会った事があるような感じがしてならない。


 混乱して訳が分からないまま、彼女『ユーネちゃん』に挨拶をした俺は、彼女の役に立ちたいと思いながら更に仕事に打ち込み……そして遂にこのゲームの中で理玖ちゃんと運命的な出会いを……。





「──エル、キエル!」


「……んあ? 爺さん何かあった?」


「何かあった? じゃないわ! この馬鹿たれ! しっかりと辺りを警戒せい!」


「あー、大丈夫大丈夫。この辺りのモンスに強そうなのいねえから」


「この雑魚どもと違うわい! 奴ら守護者どもが追ってくるかもしれないじゃろ!」


「そっちも大丈夫じゃね? だいぶ前に振り切ったから」


 何を神経質になってるんだか。血管切れるぞ。

 

 俺に護られてる癖にぶちぶちと文句を言うカルネの爺さん……の分体にひらひらと左手を振りながら、大きくため息をつく。


 こうして考え事をしている間にも四方八方から狼のような獣が飛び掛かってくるが、こんな獣如き俺の敵じゃない。野生のカンと言っても過言ではない直感めいた鋭敏な感覚で、視線すら向けず全て斬り捨てていく。


 足元に転がる真っ二つになった狼どもの死体が二桁を超えたところで、ボスらしき体格の大きな狼が一際大きく吠え、それを聞いた雑魚狼どもは脱兎の如く逃げ出していった。


 その様子を追わずに見送っていると、足元の死体が自動解体されて光となって消えていく。



 鬱蒼うっそうと茂る木々に遮られ、僅かな月明かりさえも届かぬこの森の中。


 ダムドのおっさんが指定したこの待ち合わせの場所に辿り着いた俺達は、闇の中で行われている狼の襲撃を軽々とあしらいながらも、こうしておっさんが現れるのを待っているのだ。


 出来ることならついでに理玖ちゃん……いや、こっちのゲームではセイちゃんか。彼女も一緒にここへ……強引にでもさらってきて俺のモノにしたかったんだが、流石にあの状況下で精霊の守護者どもを押し退けて手に入れるだけの余裕がなかった。


 何故かあの場に野郎の方の高辻がいなかったのが不思議で仕方ないが、せっかくのチャンスを無駄に潰してしまった。


 まあこのゲームでの実力は俺の方が早くから始めている関係上、奴より俺の方が上回っている筈だから、次はしっかりと半殺しにした上、目の前で犯しさらって心をへし折ってやろうと思う。


「そもそも爺さんが失敗しなきゃ、もっと楽に『種子』を持って帰れただろ」


やかましいわ! あそこまで綺麗にひっくり返されるなんぞ、儂とて予想外じゃったんじゃ。まさか樹精樹ファルナダルムを完全に目覚めさせられるだけの実力を既に持っておるとは思わなんだ」


「どう言い訳しようが、失敗は失敗だろ。きっとユーネちゃんに怒られるんじゃないかい?」


「うぐっ……それを言うでない」


「ま、『種子』が手に入れられただけまだましだ」


 俺としてはだ。この爺さんが失敗しようがどうしようがどうでもいいんだがな。


 むしろ【死方屍維しほうしい】で最高位幹部になろうと思ったら、八強に入らなきゃならないもんな。その為には目の前の爺さんが邪魔ではある。

 残り七人の誰かを蹴り落とすよりは、八鬼衆の中でも()()()()()()この爺さんを引きずり落とす方が手っ取り早いんだが……。


「しかし惜しい事をしたのぅ。もう少しで今代こんだいの星の巫女が手に入ったものを」


「星の巫女?」


 なんじゃそりゃ?


「異人のお主が知らぬのも無理ないの。星の巫女というのは、その魂からほとばし魔力マナが常人とは違い特殊での。その魔力マナを取り込み続ける事が出来たのなら、お手軽に能力を高められるのじゃ」


「ふーん」


 いるだけで能力を強化してくれる? つまり俗にいう『バッファー』?

 そりゃ俺も欲しいな。


「ちなみに我らの盟主ユーネ様もその星の巫女じゃぞ」


「……マジかよ」


「封印がまだ解けぬ為、その能力に制限がかかってしまっておるが……だからこそあの『セイ』とかいう小娘が必要なんじゃが」


「……なんだって?」


 今なんて言った?


「あの場におったじゃろ。あの小娘が今代の星の巫女じゃ。恐らく『スティルオム』の生まれ変わりじゃな。容姿があ奴にそっくりじゃ」


「ちょっと待て? みさ……セイちゃんが星の巫女……だと!?」


 つまり理玖ちゃんが高辻の野郎と一緒にいればいるほど……あの野郎が際限なく強くなっていくのかっ!? そんな馬鹿な!

 至急あの野郎から引き剥がさないと……そして、その恩恵を受けるのは俺だけでいいんだよ!


「まさかとは思うたが、()()()でお主と知り合いかの?」


「……まあそんなところだな」


「ふむ……」


 内心の動揺を隠しつつ俺が相槌を打つと、爺さんは考え込むように唸った。


「異人のお主の知り合いという事は、あの小娘が言った通り本当に異人じゃったか。スティルオムが死んで以来数千年ぶりの巫女であるのに、何故今代の巫女が異人から出るんじゃ?」


「そんなの知るかよ」


「……キエルよ。向こうの世界でたぶらかすなり、街に潜入してかどわかすなりして儂の元に連れてくる事は可能かの?」


「それが出来たら苦労しねえよ!」


 向こうって言ったって、ゲームだぞ? どうしようもないだろ。

 それにこっちであっても、問題は高辻の野郎より、あの精霊の守護者だ。あいつ等を同時に相手してしまうと、今の俺じゃあっさり負けそうだ。

 例え一人であっても時間稼ぎが精一杯だな。勝つなんて真似は到底無理だ。


 しかもあの場には勇者と聖者まで居やがったからな。あのワールドイベント後、どうも理玖ちゃんの周りのガードが固くなってしまったように感じる。


 ……。


 いや、ちょっと待て?

 この爺さん今何て言った?


 まさか理玖ちゃんを……俺の女を奪う気か?


「なぁ、爺さん。新たな星の巫女を手に入れたらどうする気だ?」


「むろん洗脳した上、儂の道具とするのよ。あの小娘がいれば、儂はさらに強くなれるし……ダムドを蹴落として八鬼衆筆頭に躍り出る事も可能での」


「……そうか」


 ……そうかよ。そう来たかよ。クソじじい。

 

 なるべく感情が表に出ないよう呟くと、うつむいて口元を手で抑える。


 ──やる事は決まったな。


 今すぐは無理だが、覚えておけよクソじじい。

 人の女に手を出そうとする奴は誰であろうと、必ず殺してやる。


 そして、俺が更に上へと向かう為に。

 必ず俺の女にしてやる。待っててくれよな、天使セイちゃん。


 音を立てずに昏い笑みを浮かべながら、俺はその方法と手段を模索しだすのだった。






 

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