144話 お父様と……
2018.9.8 過去の回想部分にちょっとだけ加筆修正しています。
──ルアル──
こちらをそっと抱きしめるかのような優しい精霊力の温もりに包まれたまま、私はぼんやりと今までの事を振り返っていました。
『──えへへ。ようやく……会えました』
ずっと、ずぅーっと……この時が来るのを待っていたんです。
ディスティア様に教えていただいた私の運命。
最愛の人に出会えると指示されたこの場所。
──そう、最高な形でお父様とルアルの運命が交わるこの樹精樹の樹皇の間で……。
この世界での再会の時を、今か今かと待ち構えていたんです。
八鬼衆のカルなんちゃらと名乗った妖怪くそジジイに好き放題やられちゃって腹立たしい気持ちはありますが、何とかお父様と無事合流出来ましたし、お父様達が相手をこてんぱんにした事で、多少なりとも溜飲を下げられました。
『理玖お父様……ルアルの愛しいお父様』
そっと呟くその言葉。愛しい名前。
繰り返す毎にドキドキが止まらず、とても幸せな気分になっていくんです。
私にとって遠い昔の事。
お父様が自宅近くの森で遊んでいる時、偶然にも出会った名も無き小さな精霊。
それが私。
産まれたばかりの草花の精霊。
そんな『私』を、お父様は『ルアル』と呼んで下さいました。
星の巫女様であるお父様に名付けをして戴いた事により、産まれたばかりなのにも関わらず、この『私』にしっかりとした自我が目覚めました。
そして親鳥が我が雛に餌を与えるように、濃密な魔力を分け与えてきて下さいました。
それをふんだんに取り込んだ私は樹木の下級精霊から中級精霊へ、そしてこのエストラルドに召喚されてからは上級精霊へと進化する事が出来ました。
もうあれから百年以上も経ったのですか……。月日が経つのは早いものです。
きっとお父様の感覚では、十年前くらいの感覚だと思います。
エストラルドと地球では時間の流れが違うと言われればそれまでですけど。
私にとっては『お父様』と言えば『理玖お父様』なのですが、エストラルドでは名前を変えておられましたね。
こちらの世界で名乗っておられる『セイ』というお名前よりも、正直地球での真名であられる『理玖』の方がしっくり来ます。
本来の身体を失い、そして力尽きかけて意識が朦朧としていた私に、大量の精霊力を分け与えてくれた方が理玖様だと気付いた時、嬉しさのあまり思わず『お父様』と言いそうになっちゃって困りました。
何とか『ミコ様』と呼んで誤魔化しましたけど。
というか、本当に奇跡ですよ、奇跡。もう駄目かと思っていましたもん。
ひたすら逃げて隠れて……最後には精霊力不足に陥って消滅しかけた時、ふと気付いたらお父様が目の前におられたんですよ!
あまりにも出来すぎな展開に、『あぁ、もうお迎えが来ちゃった。例え幻影でも、最期にお父様が看取ってくれてよかった』と諦めていたら、まさかの本物のお父様で!?
お父様の懐かしい栄養たっぷりな魔力。
今は精霊化しておられるから魔力ではなく、精霊力ですね。まあぶっちゃけどっちでもいいですが。
『雷鳴の精霊』お姉様の精霊力と混じり合ったソレを、私は上手く変換し選り分けながら徐々に吸収していきました。
生命維持と思考能力に深刻な異常が出るほどの精霊力欠乏症を引き起こしていた私は、いくらお父様の精霊力とはいえ、一気に大量摂取しちゃうと、今度はマナ中毒になっちゃいますからね。
ほら、限界までお腹が空いている人が一気に食べ物を食べ過ぎると、お腹を壊しちゃうあれですよ。
お父様にへばりつきながら、ゆっくりとじっくりと味わって戴きました。そして樹皇の間に到着する頃にはお腹いっぱいになり、完全に元の思考も完全に取り戻したんです。
これで元気百倍フルパワー全開ですよ。流石お父様の精霊力!
やっぱり私はお父様と運命の糸で固く結ばれているんです。
それにあの妖怪くそジジイに啖呵を切っていたお父様カッコよかったなぁ……うへへ。
でもでも。
不満もあったのです。
それは私が地球で一緒に過ごしていたあの『ルアル』だって事を、全く分かってくれなかった事!
それに大きな『私』はともかくとして、小さい方の『私』は地球にいた頃とそっくりだったのに、それでも私だと全く気付いておられなかったです。
これはちょっと……いえ、かなり寂しいです。
……むぅ。思い出したら、だんだん腹が立ってきましたよ? 私はこの百年間片時も忘れなかったのに、お父様ったら酷いです。どうしてくれましようか、この気持ち……。
──こうなったら他のお姉様方を押し退けて、人前で『お父様』とか『パパ』って呼んでべたべた甘えてみましょうか?
うん、それがいいです。
これからたっぷり甘えて、しっかりと昔を思い出して貰えればいいんですね。
あ、でもこちらの世界では、ほとんど精霊に変化して戦われているんでしたっけ?
じゃあ『お父様』はおかしいですよね。
あの世界もこの世界にも男性体の精霊なんていません。つまり普段のお父様は女の子になっているって事ですもん。
女の人をお父様と呼ぶ私……。
変ですよね?
周りから変な子扱い受けちゃいますよね?
となると、お父様呼びは禁止ですか?
しょぼーんですよ……。
──うん、落ち込んでいても仕方ないですね。
そうと決まれば呼び名を変えなくっちゃ。これからは名前呼びで……『セイ様』と呼んでいきましょ……。
──やっぱりそれもやだ。絶対ヤです。
お父様と私の関係を考えると、その呼び方では何だか他精霊行儀みたいです。距離を感じちゃいます。
んー?
どうしたらいいんでしょう?
こちらの世界で見たお父様の容姿をもう一度しっかりと思い出そうとします。
長く美しい銀色の御髪。
両目の澄み切ったブルーサファイアの精霊眼。
慈愛に満ちた聖母のような微笑みに、柔らかな少女特有の丸みを帯びた体つきが……。
──あ! そう言えば!
お父様の御身体の中へと入り込む時に、自然に口に出ちゃったあの呼び方がありました。
そう、お母様です!
女性化しているんですから、単純にお母様で良かったんです!
うん、こちらならしっくりきますね。
次からは普段の念話や元のエルフに戻られている時は『お父様』で、周りに人がおられる時や精霊化している時は『お母様』でいいでしょう。
うん、うん。
すっきりした所で、私は今までの事を振り返ります。
……ええ、暇なんですもん。
だって精霊核しかない今の私は、こうしてお父様の精霊力に包まれてぼぉーっとしてるしかないんです。分かり切ってる事を皆まで言わせないで下さいよ……とか、独り言増えちゃってるなぁ、うん。
こほん。
思えば色々ありました。波乱万丈と言っても過言ではないですね。
地球にいた頃はお父様のお家に不意打ちで押し掛けたり、一緒に野山を駆け回ったりと、色んな遊びをしていたんです。
お父様のお爺様にイタズラするのも楽しかったなぁ。いきなり箸で摘ままれた時はびっくりしたけど。
見えてないはずなのに、本当に凄い。
お父様曰く、聖様は剣術の達人らしいから「怪しい気配じゃあ!」ってな感じでばれちゃったのかな?
それにビックリな人はまだいて。
なんとお父様以外に私が見える人がいたのです。
その名は杠葉さん。お父様のお隣さんのお姉さんらしくて、お父様のお兄さんの恋人さんなの。私にも凄く親切にしてくれたんだよ~。
しかもしかもだよ?
杠葉さんの中には精霊が宿っていて、なんとまあそれが別の世界から来たとっても偉い大精霊様だって言うから、何も知らなかった当時は凄く驚いたなぁ。
でも、そんな楽しいすぐに終わりを迎えたんです。
お父様の枕元で寝ていた私は不思議な声に叩き起こされ、いきなり宙に出来た穴に吸い込まれるようにお父様から引き離されちゃいました。
そう、このエストラルドに新たな樹木の精霊として喚び出されてしまったんです。
しかも右も左も全く分からない地球とは異なる世界。
精霊女王様であらせられるエターニア様に語りかけられているうち、もう二度とお父様に会えないと思ってしまったらもう駄目だった。涙が止まらなくなり思いっきりわんわん泣いちゃった。
それからもずっと……この身に起こった不幸を嘆き、毎日泣きじゃくったものです。
おかげで女王様や補佐役のディスティア様、他のお姉様方に多大な迷惑を掛けちゃいました。
けども考えようによっては、こちらの世界に来た事で良かった事もあります。
妖精のような小さい身体から、人間と同じような大きさの身体へと進化出来た事。
そして。
いずれこの世界で私が一番大切だと思える人と出会えると、ディスティア様が予言をなされた事。
名前等は告げられませんでしたが、それがお父様の事を言われているのだと直感したんです。
私にとって『一番大切な人』イコール『お父様』ですから。
お父様がいつの日かこの世界へ来訪され、また共に居られるようになると思ったら、小躍りしたくなるほど嬉しくなりました。
そして出会える日を楽しみに待つようになったんです。自分でも単純だなぁと思いますが。
地球に生まれ落ちてすぐ名付けをして戴いた上、日々少しずつ魔力を分け与えられて強くなっていったとはいえ、地球では一介の雑魚精霊だったこの私がこのエストラルドで上級精霊となり、数多の同族精霊を従える統括精霊という立場になるとは、本当に精霊生とは分からないものです。
しかもですよ!
幼かった結衣さんの真似をして、その意味も知らずにお父様と何度も繰り返ししていた……そ、その……く、口付けを……こっちでも何度も……。
あうぅぅっ……思い出しちゃったじゃないですか!
でも……えへへっ、うへへ。
今の私に身体があったのなら真っ赤に染まる頬を押さえて身をよじっているところですが、悲しいかな、何度も言うように身体がまだありません。
……そう言えば、私の身体どんな風に出来上がるんでしょうか?
うーん、ちょっと不安になってきましたね。
前までの身体だとお父様経由から戴く極上の魔力に慣れちゃっていたから、この世界では上手く自力で摂取出来なかったんです。
取り込む星力を上手く変換出来ないし、必要以上に吸収しちゃっていたようで、何かと体調を崩しがちでした。
おかげで私ってば、精霊殿とこの樹精樹以外知らないし、街の外に出たことないんですよ?
つまりこのエストラルドの世界を全く知らないんです。これじゃ私引きこもりのヒッキーじゃないですか。私百年間も何やってたんでしょうか?
──あ、何だか言ってて悲しくなってきましたね。
良いもん、良いもん。
これからはお父様と一緒に色んな所を旅行するんだもん。
……ま、まあそれはともかくとしてですね。
まあ私の巫女に余剰な精霊力を吸い取ってもらって、それでも駄目なら聖様の奥様の一人がお造りになられたという精霊薬を飲むことで体調を整え、何とかこの樹精樹で生活して来ました。
流石はお父様のお婆様──当時の御子様が開発した薬です。効果は凄く抜群です。
でも既に亡くなられていまして、地球ではお会いしたことなかったですけど、こちらの世界の精霊石に若い頃の映像がたくさん残っていました。
とても小柄で愛嬌のある、どことなくお父様にそっくりな方でしたね。多くの精霊に囲まれて笑っている姿が印象的でした。
ほぼ全てが戦いに行く前の一時の団欒や訓練とかの記録でしたね。
その当時も邪霊戦役で大変だったみたいですし、お父様のお爺様によく似た男の人も写っていました。
あと、ですね。その中には変なのもありまして……。
獣型の精霊さんに『もふもふ~! 癒し成分を寄越せぇ~!』と言って突撃していたり、『可愛いは至高! 幼女カモン!』とか叫んでいるのもあったのですが、あればいったい何だったのでしょうか?
正直ルアルにはよく分からなかったです。
と、っと……。
ちょっと脱線し過ぎました。ルアルの次の身体の話でしたね。
ええっと? んー?
そうそう、あれですよ、あれ。
ルアルとしては、身体を最初から全て作り直すなら、お父様と血の繋がりがあるような姿の方がいいのですよ。
お父様とそっくり瓜二つというよりは、「あれ? もしかして娘さん?」ぐらいの感じがいいです。
まあでも、お父様ってお人形さんみたいな可愛い系美少女ですから、どちらかというと「お母さんに似て可愛いね」と言われそうですよ。
そしてそしてですね。ルアルの身体が大人の女まで成長した時点で、お父様に猛烈アタックです!
そう、告白ですよ、こ・く・は・く!
もちろん最終目的は『お父様のお嫁さん』です。
昔は夢でしかなかったお嫁さんポジションが、現実味を帯びて来ましたよ!
チャンス到来! 頑張れルアル!
とまあ、そんな狙いがあるので、あんまり似せちゃうと知らない人からみれば、倫理観がやばく見えちゃいますが……。
あれ? お父様の精霊力が混じった私は、普通にお父様の娘になっちゃいます?
このままじゃやっぱり無理?
んー、私も地球の一般人の考え方に引っ張られちゃってるのかな?
エストラルドにそんなの禁止する文化ありましたっけ?
まあ大丈夫でしょう。
地球の御陵家や十二家とかもこっちの世界でも普通に多妻で兄妹結婚している人達もいましたし、お父様と私はそもそも血が繋がってないどころか、人族と精霊という種族そのものが全く違うですから、これは全く問題ありませんよね。
お父様が構築しようとされている私の身体がどんなふうになるのか、正直私には全く読めませんけど……。
これがもし元々の姿のまま再生されちゃったら、相変わらずの小学校入学レベルのチビ助になっちゃいます。
そ、それはまずいです。
お父様のお嫁さんになる夢が時間かかっちゃいます。
たとえ『月の精霊』お姉様や『水の精霊』お姉様のような見た目までは無理だとしても、せめて『雷鳴の精霊』お姉様や『闇の精霊』お姉様、『太陽の精霊』お姉様のような中高生くらいの見た目になりたいですよ。
それならまだ釣り合います。
難しいかなぁ?
どうかなぁ?
でもさっきから妙に力が湧いてくる感じもしているし、これは更に強く大きく成長出来るチャンス到来ですか!?
うんうん。
そうでありたいですよ。
そしてお父様の敵をばったばったと倒すのなんて面白そうですね。
地球のアニメみたいに、ただ頭や肩に座っているだけのマスコットみたいな扱いよりは、お父様との旅や戦闘面でしっかりとお役に立てるように、もっともっと精進しなきゃです。
そんなふうに気合いを入れ、自分の描く未来に向けて想いを馳せながら、お父様の精霊力をどんどん取り込んで力に変えていったのです。