143話 戦役の結末
──クラティス──
「──その時、女王がおわす精霊殿で何が起こった事は誰にも分かりません。その日に限って、他の姉妹ですら別々の任務に就いていたせいでその傍にいませんでした。
空間の歪みと邪気の発生に気付いたエターニア様は、その発生源が女王の寝室だと分かり直ぐに駆け付けたのですが、その時には既に遅く、倒れたシンフォニア様を組み伏せているユーネの姿が発見されたのです。
結界を容易く貫いて侵入されるとは思わなかったのでしょう。
侵入された事に驚いて振り返ったユーネ。その手に脈動する姉の精霊核が握られているのを見たエターニア様は激昂し、ユーネをこの世から消し飛ばそうと攻撃を仕掛けました。
が、不発に終わります。
その攻撃を防ぎユーネを守ったのは、何と倒れていたシンフォニア様だったのです。
精霊核を抜き取られ虚ろな目をしたシンフォニア様の、その胸の内に新たに胎動する邪気の塊。
そんな彼女がユーネを護るように立ち塞がる中、ユーネは嗤いながら『女王の核と身体、この星の全てを滅ぼす為に使わせてもらう』と言い放ち、去っていったのです」
「まさか……邪悪なる精霊の正体って……!?」
「ええ、そのまさかですよ。
精霊核を抜き取られたシンフォニア様の御身体の構成体が霧散する前に、ユーネは自らが造り上げた邪魂核をその御身体に埋め込んで邪悪なる精霊へと変貌させたのです」
つい口を挟んでこられたセイ様へと、答えを返します。
抜き取ったシンフォニア様の精霊核をどう扱っているのかは分かりませんが、新しい調和の始祖精霊が転生されてこられない事から、女王の精霊核はまだ無事でこの世界に存在しているようです。
恐らくですが、ユーネはシンフォニア様の精霊核の力を枯渇しないよう上手く奪い取りながら、更には封印を施して別の個体へと転生しないようにしているのだと思われます。
「──そしてこの日をもってユーネが、いえ、『死方屍維』という邪霊軍団が戦いを挑んできました。
ユーネは手始めにと、自分の生まれ故郷である王国へと襲い掛かりました。情報もなく、戦の準備などまるで出来ていなかったその王国は、深夜に王都を急襲され、たった一夜で滅ぼされてしまいます。
その地に住まう者達を虐殺し尽くしその魂を喰らった奴らは、更に周辺諸国へと魔の手を伸ばし始めました。
それらは徐々に世界中の大陸あちらこちらへと飛び火し、こうして終わりの見えない世界戦争へと突入していったのです。
当然の事ながら、精霊殿も大混乱に陥りました。
衝撃的な報せを受けて心かき乱されながらも戻ってきたステファニーは、全上級精霊と自分に仕えてきた者達──十二使徒とその従者を精霊殿へと呼び寄せ、世界の敵となったユーネ討伐の陣頭指揮を取り始めます。
また空位となった女王の座には、当時女王補佐役であり、戦時下ともあって最強の戦闘精霊でもあられるエターニア様が就く事になりました。
本来なら女王となる為に、入念な引き継ぎと継承の儀が必要なのです。ただ、この日が起こる事をシンフォニア様は薄々察していたのか、必要最低限ではあったものの、下の妹達どちらかへと譲位する為の準備が整っていたのです。
『幽鬼となりしユーネ=サイジアを討伐せよ!』
ディスティア様とステファニーの尽力もあり速やかに体制を立て直した精霊陣営は、そう全世界へと発信したエターニア様の号令の下に全面戦争への道を歩み始めたのです。
新しい女王に就任したエターニア様は、まず世界樹の主格樹と各地に点在する分体樹を守ろうとしました。
手始めに精霊とその眷属や使徒を各地の分体樹へと派遣。
自身の膨大な精霊力を使って世界の中央に位置していた世界樹本体を周囲の大地ごと天へと持ち上げて空に避難させると、永遠の始祖精霊としての精霊力を最大出力で展開、世界樹を基点にして空間干渉能力と飛行能力を付与させたのです。
しかしながら永遠と空間を司る始祖精霊の力をもってしても、常にこの状態を維持するのはかなりの重荷。
大量に消費されていく精霊力を補充しつつも戦闘能力を維持する為に天を流れる星力の流れの中に居なくてはならず、それ故にエターニア様が浮き島から離れられなくなりました」
統治能力としてみれば、エターニア様よりも我が妻であるフォルトゥナの方が優秀でしょう。
しかしフォルトゥナはエターニア様と比べれば保有する精霊力はかなり低く、そこまでの出力はありません。
世界樹本体への干渉が出来るのは精霊女王と精霊王女、樹木の精霊のみ。緊急対応が迫られた当時の状況下では、エターニア様が女王になるしかなかったのです。
そして……女王の仕事はそれだけではないんです。本来精霊の女王として、世界樹を通して星や大地の維持管理の仕事もあるんですよ。
これが継承の儀が必要な所以です。
星の調律と調和を司っていたシンフォニア様が戻って来られなくなったせいで、星の環境浄化システムの働き自体が鈍くなってしまい、普段以上に女王へ掛かる負荷が大きくなっているのですよ。
更に死方屍維が活動を始めてからというもの、世界中から湧き起こる負の感情から変異した邪気の総量が増加していますし、特に前回の戦役で世界樹の分体樹を一本失ってしまったのが痛いです。
その際に奴らに分体樹を悪用されないようにと、その場にいたドリアド達三柱は、邪気に晒されながらも命を賭して強引に地脈の流れを塞き止めて枯らして封印を施しました。
とはいえ、静寂樹が存在していた星命穴の場所を占領されてしまっていますし、奴らはこの大陸を攻める拠点をそこに設置しているようです。
出来ればすぐにでもその地に攻め入って奪還して新たな分体樹を育樹したいのですが、近年このファルムヒュムス大陸にばかり連続して戦役が発生していた上、前回の戦役が百年以上も長引いたせいで、どの国もその兵力を限界まで疲弊してしまっている。
その為、エインヘリア帝国をはじめこの大陸にある国々には、軍隊を他領土まで進軍させられる余裕など全くないんですよね。
またそれは我々精霊にも言えることで、王女の神御子が今まで不在だったばかりか、王女自身もろくに戦えぬ有り様です。
それにこういった管理や調整系の女王の仕事は、エターニア様には元々向いていませんからね。
何度も言いますが、あの方の真価は始祖精霊最強を誇るその強大な精霊力と戦闘能力にあります。
つまりエターニア様の本来の役目は、拠点防衛を含む敵性存在の殲滅を生業とした戦闘精霊なんですよ。
調整や調律に秀でたシンフォニア様不在の影響が本当に大きすぎます。
補佐役に就いたフォルトゥナが星の因果を読み取り、世界樹と分体樹に精神を複製していたあの方と十二使徒が星の調律作業を支援してくれているおかげで今は何とかなっていますが、やはりこの間の寂精樹の離脱が大きく響いて年々手に終えなくなっています。
最近は特にですね。
自分には女王としての仕事が向いていないとして、フォルトゥナに女王の立場を譲って奴らとの戦いに出ると言い出し、説得をろくに聞かないのもそんな思いから来ているようですが……。
どう考えても私には戦いに赴くセイ様の傍に居たくてごねているようにしか聞こえません。
フォルトゥナに女王を譲ったら最後、すぐにでもセイ様の元へと飛んで行きそうですね。
全く……恋は盲目とよく言ったモノです。
そういった事には全く興味がない方だと、昔は思っていたんですがね。
フォルトゥナもそれが分かっているからか、この前中間報告に戻った時、自分も調査をしに地上へ行きたいと言い出したエターニア様に向かって『色ボケしたポンコツ女王でも居て貰わないと困るのです』とか歯に衣着せぬ物言いをして、目の前で言い合いをされていましたし。
その時の光景を思い出してしまい、ついため息一つ吐き出すと、戦役の途中の経緯をバッサリと削ぎ落として省略し、纏めに入ります。
「──戦闘は激化の一歩を辿り、多くの戦死者が出ました。
まずはユーネの協力者や戦力を削ってからと考えていたそうですが、倒しても倒しても何故か戦場に甦ってくる八鬼衆とユーネに、こちらの被害が増えるばかりです。
このままでは埒が明かないと感じたステファニーは、その力の正体を探り突き止めます。
ユーネは奪ったシンフォニア様の力と邪精霊ネフィリムの力で精霊が行うような分体を作り出していたのです。
そうと知った彼女はこれ以上長引かせる事は出来ないとし、直接ユーネの本体を叩くべく大規模な連合軍を囮に使い、世界の竜族を束ねる『煌龍皇』様のお力を借り、十二使徒や従者達と共に本拠地へと強引に空から強襲、強行突入しました。
そして死闘の果てに、ユーネの本体と邪精霊ネフィリムを封印したのです」
ステファニー様と十二使徒は世界樹本体と分体樹に自分の精神と記憶を複写し、そしてまだ幼かった自分の息子に二人の娘の事を頼んで旅立ったと言われています。
この事からこの時の彼女と十二使徒達、そしてその従者達はもうここに戻れぬ事を……既に死を覚悟していたようです。
また煌龍皇ヴァルヴァレイオス様は友誼を結んでいた精霊王女の願いに応え、自身と年老いた者のみを連れて最後の戦いに参加したと云われています。それ以降かの煌龍皇のお姿を見た者は居らず、残された竜達は幾日も天を仰ぎ哭き叫び続けたと伝承には残っています。
これは私の想像でしかありませんが、ステファニー様は夫を亡くしたせいで自暴自棄になっていたというよりは、自分の可愛がっていた妹がこれ以上罪を重ねる姿を、世界を憎む姿を見たくなかったのかも知れません。
邪精霊化したシンフォニア様とその力を自在に操るユーネを前にして、自分達では倒し切れないと悟ったステファニー様は、星の巫女としての魂の力を全解放し、多くの精霊と自身の命を担保にして刺し違えるように封印するしかなかったようです。
この時生き残った者は僅かに数名。
人族である聖光の近衛騎士ルティスと黒闇の守護騎士オスクロフ、森精族の生命の結癒手ヴィオトプス。そして霊狐族『空狐』の青年の四名。精霊ではルナただ一柱のみ。
他の者は全員帰らぬ者となりました。
抵抗を続けるユーネと八鬼衆に対して自らの命を盾とし、ステファニー様を守りきった十二使徒とその従者達。
そしてステファニー様の命を核として、全十二精霊の精霊力を結集させて執り行われたエレメンティア様の大規模封印術。
その行使で全精霊力を使い果たされた初代エレメンティア様も他の精霊方も、その時ステファニー様と共に亡くなられています。
その時唯一生き残ったルナさんも精霊核を限界まで消耗してしまい、記憶障害を起こしてしまった程だったと聞きます。
それを聞くだけでも相当な死闘が繰り広げられたと想像にかたくありません。
当時の十二使徒の名は森精族達に引き継がれ、その高潔な教えと共に継承されることとなりましたが、今は……どうでしょうね?
全く嘆かわしい事です。
「封印……ですか? その、倒したではなく?」
「ええ。でもこれは決して手心を加えた訳では無いのですよ。ユーネの力があまりにも強すぎて、封印を施すしかなかったのです」
セイ様の問いにそう答えると、大きく溜め息をつきました。
用意周到で待ち構えているユーネ陣営に、決死の特攻隊を編成し強襲したんですからね。人類側の被害と疲弊、損失が馬鹿にならない状態になりました。
追い詰められて最早人類と精霊が生き残る道がそれしかなかったとはいえ、もう少しうまくやって欲しかったと思うのは、当時を知らない私のエゴなのでしょうか。
実際今でもユーネとネフィリムだけは封印されたままなんですよ。その肉体は、ね。
封印が甘かったのかどうかは分かりませんが、その封じられた肉体を離れた魂が力を蓄え、自分の手足である八鬼衆を少しずつ再編成し直し、自らの完全復活を目指して余計な事をしているのは明白です。
事実、戦役を積み重ねる毎に戦いが激しくなっているように感じるのは、私の気のせいではないでしょう。
「あの……。その後、ステファニーさん達はどうなったんです?」
「──どうなったと思います?」
「えっ? ……ええっと?」
私に鸚鵡返しに質問を返され、困ったように口ごもるセイ様。
ちょっと意地悪でしたか。
私としても生まれ変わりの貴女にあまり話したい内容ではありませんからね。
「では、次までの宿題にしましょうか。続きはまた機会があればで」
にこやかな笑みを無理やり作って、話をそこで打ち切ります。
この時代に私は産まれていませんからね。
口ごもりながら言いにくそうに、辛そうに話すフォルトゥナから聞いた簡単な概要しか知りませんし、下手に話してセイ様の今後を歪めてしまうのも避けたい。
「あ、はい。その……ありがとうございました」
少し強引に打ち切り過ぎましたか。
そのちょっぴり聞き足りなそうな、それでいて不満そうなその表情を見ていると、つい頭を撫でたくなるような幼い少女特有の可愛らしさが見え隠れしています。
そもそも成人した男性へ対する感想ではないのですが、あまりにも似合い過ぎて困りますね。
それにあれだけの戦闘をこなし、毅然とした物言いで啖呵を切っていた同じ人物とは思えません。
「慣れぬ戦闘と強大な敵を相手取ってお疲れでしょう。今は気が張っているだけでしょうし、かなり疲弊している筈です。ごゆっくりお休みくださいませ。
私は下の神殿へと行き、必要な物の手配をしてまいります」
「あ……。それでしたら、ディクティル大神官や他の方々への対応もお願いしていいですか? 恐らくもう洗脳も解けているはずなんですが……」
「ディクティル大神官……洗脳? かしこまりました。確認いたします」
そう言えば確かにここに来た時、責任者クラスは全て不在でしたし、また蜂の巣をつついたような騒ぎになっていましたしね。
やはり命令系統の復旧や復興に時間がかかりそうです。
セイ様の口から飛び出した『洗脳』という物騒な言葉に、私はこの後の対応における優先順序を変更します。
私一人の手には余ります。
ここはアーサー殿やマーリン殿にも協力願いましょうか。
「オルタヌス。では、ここをお願いしていいですか?」
「おうよ。護衛ならまかしとけ」
「では、我が君。これで一旦失礼致します」
一礼し、私はこの祭壇を降ります。
願わくば。
これから激化するユーネとの戦いが無事に終わりますように。
セイ様とその周りで笑う彼女達が幸せでいられますようにと。
アーサー殿の方へと歩み寄りながら、私はそう祈らずにはいられませんでした。
十二使徒のジョブクラスに頭を悩ませること約一日(時間掛かりすぎw)
遅れた割には、少なくてすいません。