142話 巫女姫の帰還
クラティスの告白回です。
セイ君の秘密が……!?
──クラティス──
──さて、どこまで話して良いものですかね?
タルトケーキを美味しそうに頬張る精霊達の姿を微笑ましく見つめている姫様から、私はそっと視線を外します。
本人も男性と言い張っていますし、元の世界に残してきている本当の身体も男性体なのでしょうけど、今の貴女が見せているその表情は、母親が愛しい我が子に見せる表情そのもののように私には見えますよ。
セイ様の現状について、やはりフォルトゥナの見立て通りだと私も思います。
そもそも運命を司る始祖精霊であるフォルトゥナに、この手の事で間違いがある筈ないのですが。
その見立てとは、前世の魂がとある巫女姫のモノであり、しかも大きく傷付いたその魂の修復を優先するあまり魂の漂白が不十分になってしまい、魂の奥底に女性としての因子や前世の情報を残したまま別の惑星にて男性として転生させたというモノです。
ただし懸念材料──その者の運命を視る事が出来る彼女ですら、何故か見通せない情報があるとの事です。
つまりは……そういう事なのでしょう。
自分と同格または上位存在から隠蔽されている。もしくはそうと解らぬよう、大規模な『虚実』を混ぜられている。
この事実しかありません。
彼女はそれを自分の主様──父君であらせられる創造神様が何かしら関わっていると確信されているようです。
それは『地球』と呼ばれる別の惑星から来ている事からも察する事が出来るからです。
姉君であらせられる精霊女王様はあまり細かく考えない性格ですので、セイ様の出自を全く気になされていないようですし、その負担が彼女に全てのし掛かってしまっているのは遺憾ではありますが。
他にもセイ様の出自の推測について、判断出来る要因はあります。
当時のあの方のお姿は肖像画や精霊石に多数記録されている為、私も小さな頃から馴染みの深いもので当然知っているのですが、まるで生き写しかと思うくらい顔立ちから姿形まで何から何までそっくりという事実。
修復した際に見落としがあったのか、逆に修復したせいで漂白出来なくなったのかは、私には分かりかねますが、何れにせよそのおかげであの女ともそっくりな容姿になってしまいました。
そのせいで、こうも容易く奴ら八鬼衆にバレてしまうという事態になってしまったのですから。
そんな複雑な経歴を持つセイ様だからこそ、今までは女性のみのお役目であった『星の巫女』や『精霊王女の御子』の座に男性でも就ける事態になったと、彼女や私はみています。
必要な技能や力は肉体ではなく、その者の魂や精神に付随しているモノである、が判断材料ですし。
例えそうでも、今を生きているセイ様の肉体は男性体であり、成人の儀を迎える十五の頃には魂も完全に男性へと染まり直し、確固たる自我を形成していないといけない筈なんですよ。本来ならば。
創造神様が直接関与、管理なされているもう一つの世界の『地球』にいる間にセイ様の身に起こった出来事。
戻ってきた精霊王女様とセイ様の運命を視た時に少しだけ判明したのですが、セイ様が八歳の時に遭遇したあの女が関与した暴漢襲撃事件にて、魂が剥ぎ取られかけたさいに抵抗したせいでまた砕かれ、かつその一部分──荒御魂の一部が奪われたようです。
その為にエレメンティア様は自身の精霊核の力を使って砕かれた魂を修復、記憶の巻き戻しと精神保護、これ以上狙われない為にと魂の追尾探知が出来ないように封印をかけたようです。
ただその窮地を脱する際、慣れない世界での強引な力の解放に調整がうまく行かず、また取り返した一部の荒御魂の欠片を戻すことが出来ず、コントロールをミスして必要以上の封印をかけてしまったせいで、第二次成長期に向けて行われる筈の魂の男性化と固着がうまく機能しなくなったようですね。
今のセイ様には幸御魂と奇御魂、和御魂は機能しているようですが……奪われた荒御魂の欠片以外の残りの一部が見つからないそうですので、それが一体どこにあるのか?
フォルトゥナ曰く、「この状態で安定しているのは奇跡に近いことですわ」と。
普通の魂では既に崩壊していてもおかしくない、と。別の何らかの『護りの力』と別の『魂の力』が強く働いているとも言っていましたね。
この状態でも星の巫女としてのお役目はきっちり果たせるとの事ですが、そもそも何故創造神様はあのお方を男性として転生させたのでしょうかね?
そもそも創造神様のお力を持ってして、因果に干渉してセイ様が最初から女性として産まれるようしておけば良いだけの事なのですが……。
──もしや、転生に気付いた時には手遅れ……という事だったのでしょうか?
いや……?
それはあり得ないですね。
この星の運命の流れに違った形で楔を打ち込む事で、過去から続くこの固着した事変からくる世界の衰退を防ごうとなされたのでしょうか?
それともあの方とあの女の前に、何かしらの因縁があったとか?
解らないことがこれ程もどかしいとは、フォルトゥナと私も思ってもみませんでした。
この問題のそもそもの原因は、あの女──ユーネ=サイジアにあります。
いくらあの方の魂と血脈をユーネ率いる悪鬼どもから護る為だったとはいえ、魂の修復がすむまでその器となる血脈を保護し、このエストラルドから地球へと避難させてしまうなんて、創造神様も大胆な事をなさる。
過去に何度かこちらに血脈の者を戻したりと、世界間を行き来させて何やら調べておられたようですが、全てはセイ様を安全にこちらの世界に連れてくる方法を探して色々動かれていたようです。
セイ様が地球で成人の儀を迎えたのち、『VR』とかいう不思議な力を利用して、向こうの世界に居ながら安全にこちらの世界へと干渉出来るようにと、綿密な計画を立てておられたと推測出来ますが、どうもうまくいっているとは言いがたいですね。
地球在住の精霊達にも援護をして貰いつつ何とか救出が間に合ったとはいえ、幼少の頃に結局奴ら悪鬼どもの干渉を受けてしまっては元も子もないでしょうに。
この話は実行者の創造神様を除けば、まだフォルトゥナと私以外誰も知らない筈。
後はソルさんが一部何かを掴んで独自に動いているみたいですが、私達よりは詳しくない筈です。
何故ここまで分かったかというと、先の試練にて偶然が呼んだ結果なのです。
そう、あの創造神様の試練の後、精霊女王様の御召し物に偶然付着していたセイ様の髪の毛をフォルトゥナが偶然手に入れられたからこそ分かった事。
対象者の肉体の一部、それこそ髪の毛一本でもあれば、フォルトゥナはその人物の運命をある程度見通す事が可能ですからね。
しかしセイ様には変則的な要因が多過ぎます。
過去視ですらよく解らないのにその未来についてもどうなるのか、フォルトゥナさえも全く読めないみたいなのです。
まあもともと未来は不確定で移ろいやすいモノですからね。
こればかりは仕方ありません。
この事実をどうエターニア様に伝えるべきか、今フォルトゥナは頭を悩ませています。
今のエターニア様は不安定過ぎます。
事ある毎に仕事だと言い張ってセイ様の様子を覗き見しては、急に泣き出したりぽーっとしたり笑い出したり怒り出したりと、他の精霊に見せられないような姿で百面相しているそうです。
そんな風に他の仕事が手につかなくなるくらい、エターニア様はセイ様に惚の字です。
あえて酷い言い方をすれば色ボケ中です。
しかも女王としての立場上、他の者のようにセイ様の元へと気軽に出向く訳に行かない為、どうも鬱憤が溜まってしまっているみたいです。
そんな彼女に下手な事を言うと暴走しそうで怖いとか、もし隠していたと発覚してしまった時どうしましょうとか、『相談』と名の付いた『愚痴』を散々聞かされましたよ。
……これ、完全に情緒不安定になってきていますよね?
セイ様をこまめに精霊島に連れていくとか、拠点を精霊島に作って貰うとかして早めに対応しないと、そのうち問題が起こりそうな気がしますよ。
それでもエターニア様の対処は他の誰でもないフォルトゥナに任せるしかないのですが、今この場でのセイ様への対応も慎重にならなければ……。
間違いなくセイ様のお身体の状態と前世の事は話せませんね。
こちらの話については、少なくともエレメンティア様がお目覚めになってからでなくてはならないでしょう。
しかしその事を知らないのと知っているのとでは危機意識に差が出そうですし、その事を考えるとなると……。
──やはり護衛者には少なくとも教えておいた方がいいですね。
仙狐であるユイカさんに話すと、必ずソルさんにも伝わりますか。セイ様への口止めを約束した上でなら大丈夫でしょう。
彼女が独自に調べていた内容も気になりますし。
後は……こちらの雷虎族の男は信頼出来そうですかね?
セイ様からの信頼がかなり厚い──それも全く疑いすら持たないレベル──のようですが。
「──で、ユイカとソルをその場に連れてくればいいのですか?」
「ええ、お願いします。ただ、絶対に姫様や他の精霊方に気取られないように注意を。必ず内緒にして来て下さい」
「この話、アーサーさん達には?」
「彼らには内緒にしている事もあるのでしょう?
私の話を聞いた上で、貴方から話せる部分を決めて対応して下さい」
「……助かります」
密談の内容が聴こえぬよう、私が持つ特殊な魔法でレントと言う名の幼馴染の男と約束を交わした後、セイ様へと向き合います。
椅子に座れと何度も言われましたが、そんな事出来るわけないでしょうに。
私はね、前世の貴女と共に戦場を巡り歩き、そして死が二人を別ち合うまで護り仕え、そして良き夫でもあったスティルオム=アルバインが立ち上げた守護騎士の系譜、その一族の子孫ですよ。
幼少の頃より偉大なる祖先である貴女の伝説と復活を信じ、腕と知識を研鑽し続け、そしてフォルトゥナに見初められて神御子として精霊に寄り添う事でこの長き時を生きる事が出来たおかげでようやく巡り会えたのです。
このエストラルドへのご帰還を心より嬉しく思います。
魂が同じというだけで自分は完全に別人だと、他の人も貴女も言うかもしれません。
しかし当時と全く変わらぬ容姿であり、また思想や理念も何一つ変わらず同一である事。
そしてこれ程多くの人や精霊達に慕われ、慈愛の心で多くの人命を救おうと日々過ごされているのを見れば、この日を待ち望んでいた私にとって、そのような戯言は些細なモノです。
ただでさえ今の貴女に真実を全てお話出来ないという、このジレンマに苛まれているというのに。
いずれ語れる時が来ると信じて。
我がクラティス=アルバインの名に懸けて、誠心誠意、貴女に仕えさせていただきますよ。
「──昔話、そう一部伝承となって脚色されていますが、実際に起こった事でもあります」
そう前置きをして、私は語り出します。
「遥かなる昔、当時存在していた森精種の王家に双子の姉妹が産まれました。
その双子の魂の波動である魔力を調べた結果、無色透明であった事から、エルフの民達はこの双子を『星の巫女』と認定しました」
そう、運命の荒波に飲まれた一人の聖女と一人の悪鬼の物語を。
長きに渡りこの世界を苛んできた邪霊戦役の始まりの物語を。
「まずは最初に『星の巫女』の事を説明します。
この星が持つ星命力と似た特色を持ち、あらゆる者へとその魔力を分け与え、その能力を育て強化する事が出来る存在なのです。
この星が世界に暮らす生命の為に遣わせた使者とも言えます。
しかもこの『星の巫女』、必ず先代の巫女が亡くなってからでしか、次代の巫女が産まれないのです。
言い替えれば、同じ時代に一人しか存在しません。
それに生まれ落ちる場所も種族もバラバラで法則性もない為、自分達の種族に産まれた場合は、その純真な魂を汚すことのないようにと、成人の儀を迎えるまで高潔に、かつ、清廉潔白にと育てられる存在なのです。
何故ならば、その強化育成能力は善なる存在だけでなく、邪悪なる存在にも適応されるからです。
当然の事ながら、巫女が成人するまでは完全に秘匿され、巫女を護り続けている専任の護衛一族も存在します」
専任の護衛一族、つまり私達アルバイン家とその従者達です。
私達は特例で精霊島に村を構える事を許可されていますからね。
遥か太古より星の巫女が産まれる度に、専任の守護者が選ばれ、そのお傍でその御身をお守りし、そしてまた……悪用される事を防いできました。
「これは創世の頃よりずっと繰り返されてきた世界の営みであり、そして、二人同時に巫女が世界に誕生するのは初めての事で前例のない異常事態でもありました。
当時のエルフ達は、自分達の種族に『星の巫女』が産まれた事に喜びながらも、同時に二人産まれた事による世界の調和の乱れを恐れました。
当然すぐに精霊達の耳にも入り、当時の女王であった調和の精霊様の号令により、二人とも精霊島へと預けられる事になりました。
どちらか一人だけではなく、二人とも、です。
当時の人々は姉妹を引き離したくありませんでしたし、どちらかだけを優遇してしまうと諍いの種になると考えられたからです」
そこまで話して、小さく息をつく。
少し前まで気にせずもりもりと食べていたルナさんやダークネスさんも完全に手と口を止め、私の話に聞き入っていますね。
そういえばこの話の時代に実際生きていて体験してきている精霊は、基本的に後方支援のみで常にエレメンティア様の神御子といるルナさんだけでしたか。
他の方は戦役中戦いの矢面に立つ事が多かったせいで、精霊核を傷付けられ、戦いに倒れ、随分と入れ替わりしてきていますからね。
勿論前任の精霊から精霊としての記憶の引き継ぎはされてきているでしょうが、その精霊が見聞きしていない事は知らないでしょう。この話はついこの間まで禁忌とされてきましたから。
そう考えれば当時の話に興味を持たれるのも無理はないですね。
「──そして年月は経ち……。二人は美しい娘へと成長し、成人の儀を迎えました。
精霊島で過ごした経験と、そして多くの精霊と関わって来たせいか精霊の力に熟知し、寵愛を得て使徒となっていました。
双子の姉──ステファニー=サイジアは、始祖精霊三姉妹に力を分け与えられ王女としての地位に就いていた元素の精霊の神御子として。
双子の妹──ユーネ=サイジアは、たまたま空席となっていた精霊女王であらせられる調和の精霊の神御子として。
それぞれの地位に就く事になりました」
そこからは詳しい説明を省き出します。
本来ならこの件について、裏話があるのですよね。
優秀だったステファニー様は、前任の神御子から譲位という形でその地位を譲り受けたのですが、本来なら彼女がシンフォニア様の神御子となる筈だったのですよ。
それは二人の性格に言及すれば、理由も分かるかと思います。
姉のステファニーは誰にでも優しく、また特に妹のユーネを可愛がっていました。妹が望むのなら、自分が我慢してでも彼女を優先するほどに。
妹のユーネは、そんな姉を自分の半身のように慕っていました。が、あまりにも敬愛するあまり、姉の持つ物は自分の物にもしたがり、そして姉に近付く者……殊更自分から姉を奪おうとする者に対しては、酷く攻撃的だったと聞きます。
また、姉から何でも与えられて育ってしまったせいか、自分が我が儘を言えば、譲ってくれる、思いとどまってくれると思うようになっていました。
ここまで言えば分かりますね?
そんな妹ユーネの性格を見越してか、姉ステファニー様は争いにならないようにとシンフォニア様へとお願いをし、可能ならと神御子の座を妹に譲ったのです。
それではあんまりだと、当時の王女の神御子が自分より格上の力を持っていたステファニー様へ譲位したのが真相です。
だけど、ここまではまだ良かったのです。
「精霊島で仕事をこなすユーネと、頻繁に地上に降り邪気の処理作業を行うステファニー。
運命とは分からぬモノで、彼女は地上で一人の男性と出会います。
その男性とは、後にステファニーの夫となった普人種のスティルオム。
二人はすぐに意気投合し、共に旅をし、そして次第に引かれ合い恋に落ちました。
そこから歯車が狂い始めたのです。
恋人同士となった二人の仲を、ユーネはあの手この手で引き裂こうとしました。
けどうまくいきません。
ステファニーもこればかりは決して譲ろうとはしませんでした。何とか説得しようとしました。
ユーネとしても表立って動き過ぎて姉に嫌われてしまっては元も子もないと途中で気付いたのか、表では祝福するかのように振舞い、影で動き回るだけに留めていたようでした。
そしてステファニーは祝福を始めた妹の言葉を素直に受け取り、遂に分かってくれたのかとホッとしていました。
その後も色々とありましたが……ユーネの間違った努力は実る事なく、愛する二人は結ばれました。やがて二人の間には、男児が、そして双子の女児が産まれます。
ユーネとしては、それが面白くありませんでした。
自分の元を完全に離れていったと感じたユーネは、姉に裏切られたと思い込んだばかりか、自分の大好きな姉を完全に奪っていったスティルオムへの憎しみの心を募らせ、遂に精霊島を飛び出して行ってしまいました。
世界に絶望し、世界を恨み、姉を奪った全てを妬み、世界に湧く邪気の吹き溜まりへと足を運んでは吸収し、次第に自らの魂をも変質させていくユーネ。
ステファニーもユーネがそのような事になっているとはつゆ知らず、飛び出していった妹を心配し、精霊達を動員して探し回っていました。
そしてある日の夜。
ステファニーや多くの精霊達が不在の時、悲劇が起こったのです……」
ちょっと長くなりそうな上、時間がかかりそうのでわけました。