141話 話(お茶会)をしよう?
全員の自己紹介を終えた後で、あまり大っぴらに言えない話をするために再び祭壇の上へと集まったボク達。
事情を知る者達以外に聞こえないようにするためにサレスさんから結界の作成を促されて、ボクは彼女の力を利用した防音結界を張り巡らせた。
「──ふむ。綺麗に作られていますね。強度も申し分無い……。流石はセイ様。お見事です」
展開したボクの結界をチェックして、サレスさんがコメントする。
「当然本職には敵いませんけどね」
「何を仰いますやら」
「……侵入防止の効果が働いていないぞ。我の力が抜けている」
「え? あ、ごめんなさいダークネスさん」
彼女の評価に、反射的に謝るボク。
「いや、我の事はダークちゃんと呼べと言っ……」
「ダークちゃん。その発言、まずは減点一つです」
「何ゆえ!?」
「それが分からないから、いつまで経ってもコミ症なんですよ。会う前に対人恐怖症を何とか治したいとか言ってたのは、どの口ですか?」
「うっ……ま、間に合わなかったんだもん……」
「ダーク、それは間に合うとかそういうものでは……」
「まあまあ、シャイン。ダークちゃんのコレは、ある意味仕方がない部分もありますが」
「全くです。セイ様、ダークの事を大目にみてあげて下さい。性根は優しい良い娘なんです」
「大丈夫ですよ。気にしていませんから」
サレスさんとシャインさんの発言に、大体察したボクはそう返す。
てか、最初の時と話し方が違うしね。無理している感が満載だ。
それに今も拗ねたようにそっぽを向いているけど、こちらの様子をチラチラと横目で確認しているのが丸分かりだし。
……どうも色々とややこしい事情を抱えてそうだね。触れるのも、むやみやたらに立ち入るのも、今は止めておこう。
キャラ作りではなく『虚勢』を張ることで『自分』を守ろうとしているのが分かるから。
直そうと努力しているなら、初対面のボクがからかうものでも指摘することでもない。
そっと息を吐いたボクは、壇上に集まっている面々を見回す。
今この場にいる面子は、ユイカとティリルにティアとカグヤ、ハクにテンライとリンのいつものメンバー。それに後から来たソルさんを始めとするシャインさん、サレスさん、ダークネスさ……ダークちゃん。
そして、神御子であるオルタヌスさんとクラティスさんだ。
ボクの正体にも起因するため、ファルナダルムさんを宿したフェーヤ達には、先ほど席を外してもらった。
そんな彼女は今、レントとアーサーさんがいる所で事情の説明と今後の話をしているようだ。
「しっかし、今目の前にしてても信じられんな。嬢ちゃんみたいな元男が……って、男にも自由に戻れるんだったか? 自分の性別をころころ変えられるとか、もうワケわからんな」
「……好きで女の子に変化してる訳じゃないです。
戦うためには精霊へと変化しないと駄目だから仕方なく女の子になっているだけで、れっきとした男です」
「いや、否定してるんじゃないぞ。
だいたいな、男が王女の御子に選ばれたのは、お前さんが初めてなんだよ。だからどうなるか誰も知らなかったし、今も単にびっくりしているだけだ。
ま、王女の御子は才能や適性がないとなれないからな。ユズハの奴も歴代最高レベルと言われてたが、お前さんは星にも選ばれているだけあって完全にそれ以上だな。底が全く見えねぇ」
ユズハ? またその名前か。
ボクの一つ前の御子の地位にいた人だっけ?
「ユ……ズハ? その人はどんな人ですか?」
不意にずきりと痛みを覚えた頭を無意識に押さえながら、オルタヌスさんに聞き返す。
何だろう? この感覚……。妙に頭に響いて、心に引っ掛かるんだけど?
「俺らの元同僚で、お前さんの前任者だよ。今は王女と完全に同……」
「オルタヌス。さっきから失礼ですよ。言い過ぎです」
「あ、わりぃ」
「全く。もとより王女の御子になる方へは、並大抵では勤まらない、かなりの適性が要求されるんです。正真正銘、貴女が次代の……いえ、そんな軽いものではありませんね。
言うなれば『悲願』。我が一族が長年待ち望み続けていた存在なんです」
口を挟んできたクラティスさん。
どこまで行ってもボクを立てようとしてくるせいか、その発言は相変わらず重い。
「あの……。ボクがエフィの御子なのはいいんですけど、長年待ち望み続けたって。それって人違いでは?」
「いえ、間違いありません。貴女のその魔力の波形が証明しています。よくぞお戻りになられて……」
「──はぁ。そう言われても……」
何だか大事になってきたな。いきなり「あなたを待ち望んでいました」と言われても困る。
今までの彼の発言から推測すると、『巫女姫』と呼ばれる存在を待ち望んでいたと思うんだけど、そもそもボクは男だってば。
実際隣に座るティリルも怪訝そうな表情を浮かべているし、ユイカなんてボクにしがみつくその腕に力が入るのを感じ……。
「もう説明……しちゃうんですか?」
ん?
ユイカがクラティスさんへ向けてかけた言葉に、大きな違和感を覚えた。
「ユイカ?」
ティリルも疑問を感じたようだ。
もしかしてユイカって、クラティスさんがしようとしている説明を知っている?
「私としては、きちんと説明しないのは不義理と思うのですが?」
「……でも、まだ時期尚早だと思うんです」
間違いない。知っている。
いったいどこで? ここに来る途中?
「──そうですね。確かにユイカさんが言う意味も判りますし、少しでも記憶が戻られていないと理解出来ないでしょう。
しかしスティルオム宗家直系であらせられ、星の巫女として……いや、適正を鑑みるにその最後の……そのお役目をこなしていかねばならないセイ様には、知らなければならない事はたくさんあります。奴等、悪鬼どもに目をつけられてしまった以上は、です」
また星の巫女?
しかもスティルオム宗家直系って、そんな大袈裟な。
たまたま狭間の世界でエフィと出会っただけなのに。
それだけで直系となれるなら、他にもそういう同郷者は今後たくさん出て来そうなのに、どうしてそういう言い方をするんだろうか?
「……そうですか」
「勿論今話せるのは、私が許されている範囲に限られますが」
「分かりました」
その言葉に引き下がったユイカはこちらに視線を移すと、
「セイ君。ちょっと大事な事になっているけど、落ち着いて聞いてね」
「……あ、うん。分かったよ」
ボクのその言葉にホッとするクラティスさん。
「まずは、どこから話しましょうか……ね」
これは……長くなりそうかな?
顎に手を当てて考え込む彼を見てそう考えたボクは、ユイカとティリルに目配せすると、床から立ち上がり虚空の穴からソファーや椅子を人数分取り出した。
さすがに床に座ったまま、こういう長話するのは大変だしね。
「ユイカ、レントを呼んできて。アイツにも聞いてもらわないと、多分駄目なやつだ」
自分自身のことながら、きっと荷が重すぎる気がする。
「うん」
「セイ様。そのレントさんという方は、先程の?
信用出来るのですか?」
「ボクの幼馴染で、そして世界一信頼している親友だよ」
「分かりました」
あ、そだ。
長話なら飲み物もいるな。
ついでにテーブルも取り出して、入れたてのまま保存しておいた紅茶のティーポットや緑茶の急須、更にはお茶うけのマフィンやスコーン、お煎餅やお饅頭も用意する。
和洋ごちゃ混ぜだけど、好きなモノを摘まむ感じで良いだろう。
「皆さんもお好きなのどうぞ」
「お気遣いありがとうございます」
シャインさんが腰を折って頭を下げたのを皮切りに、各々が思い思いの場所に座ってテーブルの上に手を伸ばす。
「おおっ。これ、意外とうめぇのな」
「い、意外っ!? オルタヌス! 貴方は今、姫様に何て暴言を……!」
「構わないよ。全く気にしてない」
「しかしっ!」
どかっと椅子に座り、左手でバリバリとお煎餅を噛りながら右手で緑茶の湯飲みを持って啜るオルタヌスさんに、目くじらを立てて注意をしようとしたクラティスさんの言葉に被せる。
反論しようとした彼から視線を外さず目で抑えるよう見つめていると、ボクの目の前で言い争うのは止めようと考え直したのか、
「──姫様の御心のままに」
お辞儀と共に、何とか引き下がってくれた。
……ただね。ちょっと修正したい。
「クラティスさん。何度も言うようだけど、ボクは男だってば。他の場はともかくとして、ボクの正体知っている知り合いしかいないこの場では、せめてその姫様呼びは止めて欲しいんだけど?」
「それは……その。なるべく配慮致します」
「うん。……あ。あとそれとね。作ったお菓子を美味しいって言われるのは、こちらとしても嬉しいくらいなんだから」
彼にそんな説得と補足説明していると、ユイカがレントとレトさんを連れて駆け戻ってきた。
「セイ君。お兄とレトさん連れてきたよ」
「緊急の話ということだが、何があった?」
「セイちゃん、どうしたの?」
「二人ともいらっしゃい。実はこれから大事な話を……っと。まずは彼らを紹介するのが先かな?」
この二人、アーサーさん達とは既に知り合いっぽいけど、レントやレトさんとは初めて会うはずだ。
「そうだな。
──初めまして。セイの幼馴染のレントといいます。でこっちが……」
「レトよ。セイちゃんの恋人の一人をやってます」
二人を代表して前に出たレントの手を、クラティスさんはがっしりと握り、
「こちらこそ。私がディスティア様の神御子であり、星の護り手一族の一員でもあるクラティスといいます。
で、こちらが……」
「エターニアの神御子をやってるオルタヌスだ。言いにくけりゃ、オルとでも呼んでくれや」
お饅頭の入った器を左手に持ったまま、空いてる右手をひらひらと振るオルタヌスさん。
その態度にまた怒るかと身構えたんだけど、溜め息を一つついただけでクラティスさんはスルーしたみたいだね。
どうもボクのことに関してのみ、過敏な反応をするようだ。
しかし、オルタヌスさんは洋菓子より和菓子や米菓好きか。
まあ、ゴリマッチョなオルタヌスさんが洋菓子を食べている姿が想像しにくいけど。
取られないように、ちゃっかり自分の分を確保しているくらいだし……あれっ?
ふと視線をテーブルにやれば、たくさん置いてあったはずのお茶うけが殆ど無くなっている。
どうやら食べまくっているオルタヌスさんだけでなく、カグヤを筆頭にソルさんやダークちゃんまでも、我先にと争うように口に詰め込み、頬張っているようで。
「──あ、あの? 別にお菓子は逃げたりしませんから、もう少しゆっくりと味わった方が……」
ティーカップを手にしたまま唖然として固まってしまっていたティアは、ようやく再起動したらしく三柱を落ち着かせようと声をかけたけど、彼女達の食べる勢いは止まらない。
「かぷっ……はむはむはむ……うまぁ。これうまぁ!」
「ぬあっ!? ちょっ、ルナにダーク! 精霊のまで取ろうとするなぁ! こ、これはソルの分なのだ!」
「はむむぅ……ご主人様、他にお菓子は無いの?」
「……貴女達。いい加減少しは自重しなさい」
「まあまあ、シャイン。これくらいはいいでしょう。それだけセイ様のお菓子が美味しいのですから。
あ、セイ様。すいませんが、食べ盛りなこの欠食児童達にお代わりを貰えますか? まだまだありますよね?」
額に手を当てて嘆くシャインさんに、みんなに紅茶のお代わりを注ぎながらサレスさんがボクに確認してくる。
「ええ、良いですよ。まだまだ大量にありますから」
調子に乗って作りすぎちゃったからね。形が悪い自分用も含めたら、それこそお店を開けるくらいあるんだよ。
色んな種類をテーブル上に並べていく。
目を輝かせる三柱。
これは自分のモノだと言わんばかりに手元に確保しようと、すぐに手を伸ばしてくる。
あ、そうだ。
最近作り出したホールケーキも出そう。
フルーツたっぷりのタルトケーキを取り出した瞬間、目を丸くした後食い入るように視線を外さなくなった三柱……ともう一柱。
更に同じモノを三ホール取り出すと、小皿とフォークも人数分用意する。
「お兄様。これって確か……」
「前に色んなフルーツのシロップ漬けを一緒に作ったでしょ? アレを完成させてみたんだ」
タルト生地を焼いて、クレーム・ディプロマットとフルーツで飾り付けただけだけどね。
「サレスさん。全員に最低一つは行き渡るように、うまく切り分けてくれないかな」
「お任せ下さい」
「あ、あの? こ、こんな豪華な……これもセイ様のお手製で……? その、私までも戴けるのでしょうか?」
「シャインも素直に食べたいと言えば良いのだ」
「うぐっ」
「我慢は毒ですよ。シャイン。当然私も戴きます」
「そ、そうですね。私もありがたく戴かせて貰います」
「あはは……ま、ゆっくりしてよ」
しっかりとオチがついたなぁ。
そんな感じで美味しそうにケーキを頬張るみんなの様子を嬉しく思いながら眺めていると、立ったまま小声でこそこそと話を続けている二人に気付いた。
何故か二人の声が聞こえない。
耳はいいはずなんだけどなぁと思いつつ、彼らに声をかけた。
「二人も早く座って。長い話になると思うから」
「ああ」
レントが席に着くのを確認すると、ボクも自分用に用意したソファーに身体を沈める。とそこへユイカとティリルがボクの左右を固めるように両隣に移動し、精霊達の様子を微笑ましい表情で見ていたレトさんがボクの背後にスッと移動してきた。
「レトさんは食べたり座らないの?」
「……大丈夫よ。後でいただくから気にしないで。それに何かあったらすぐ動ける人がいるでしょ。だから今はここでいいわ」
背後からボクの首に抱きついて頬を軽く合わせた後、また離れて無言で立つ。
ここ最近のレトさんにしては珍しいなと考えていると、レントが口を開いた。
「──なあ。話は食べ終わってからの方が良くないか?」
「色々なこと知らないのは基本的にボク達だけなんだよ。精霊のみんなはきっと知っている話だと思うから、このまま始めちゃおうと思って」
「そりゃそうだが……」
「必要とあればボクから話すから、気にせず進めちゃって」
「私としては、どちらでも構いませんよ」
「じゃあ……まずはこちらから聞いても良いですか?」
まだ一人立ったままのクラティスさんに再度椅子を勧めながら、そう声をかける。
「ええ、どうぞ」
「まずは奴らが言った『星の巫女』について」
この際だ。全部は無理だったとしても、ありったけ訊いてやろうっと。
「それがボクみたいなのと、どのような関係があるのか。それに何でボクがスティルオム族の宗家直系になるの? 単にエフィに、精霊王女であるエレメンティアに選ばれただけだよ」
「……」
「それにクラティスさんやファルナダルムさんが言う『巫女姫』とどう影響してるの?」
「……やはりそこを訊きますか。まあ、当然ですね」
クラティスさんは椅子に座らずに横へとずらすと、胸に手を当ててボクの正面に跪い……ふえっ!?
「巫女姫様──いえ、我が君。よくぞ戻られました。僭越ながら、私がお伝え出来る限りではありますが語らせて戴きます」
臣下としての礼を行うクラティスさんに、ボクは戸惑いを隠せない。
「ちょっ、ちょっと待って。クラティスさんはボクの部下でも何でもない……。
──ああ、もうっ! このままでは、ボクが落ち着かないです。椅子に……いえ、せめて立って楽にして下さい」
「──はい」
ボクの懇願を受け入れてくれたようだ。
ただし、やはり椅子には座らなかったが。
「昔話……一部伝承となっていますが、実際に起こった事となります」
そう答えて語り始めた。
全員が全員とも次第に食べるのを止め、黙って彼の言葉に耳を傾けていく……。
姫様呼びを拒否された為、何とか拒否されない呼び名を見つけ、体裁を整えたクラティスであった。
(ただし、知らない人間がいる場合には、当然姫様呼びに戻る)