140話 合流
お待たせしました。
「ただいまぁ~!」
「わっ!?」
ティアとカグヤ、そしてリンを依り代の中から喚び出して実体化させ、ついでにみんなもまじえて今後のことを話し合っていると、いきなり背後からユイカが元気よく飛び付いてきてビックリする。
いつの間に背後に回ったのかと思って、思わず後ろを振り返ってみれば、祭壇の暗がりに黒っぽい渦が出来ていて、そこからハクがのそりと現れるところだった。
その背にはテンライが羽を休めるように止まっている。
何これ?
街にある転移門みたいなモノ?
『ご主人たま、ただまぁ!』
片羽をフリフリしながらテンライが元気よく挨拶をしてくるのを見て、ほっこりしながらこちらも手を振り返す。
「お帰り。『ハク、テンライ』お疲れ様。ユイカのこと、今までありがとうね」
『いえ。それよりも大変な時に傍に居れず、また護れず面目ありません』
『何言ってるのさ。これはボクが頼んだことなんだからね。そんなの気にしないで良いってば』
『しかし……』
「ほらほら、何恥ずかしがってるの。早くこっちにおいでよ」
途中で念話に切り替えてそうハクと会話していたら、ボクに抱きついたままのユイカがハクの方に手招きしたんだけど、いったい何が……?
そう思った時、ハクの陰からひょこっと顔を覗かせた小柄な女の子と目が合って……。
「あーー!! お姉~ちゃんだぁっ!!」
「ル、ルナ!? 落ち着……」
「おひさぁっ!!」
「わっ、わぁー!?」
ボクの横にくっついていたカグヤが大声で叫ぶと、慌てるその子へと壇上から飛び付いた。
体格差を全く考えていないカグヤの上からの体当たりに、彼女は支えきれず、そのまま倒れ込んで揉みくちゃになりながら転がっていく。
あー、きっと相当久し振りに会ったんだなぁ。
……でも、これ大丈夫かな?
怪我の心配半分、呆れ半分にその様子を眺める。
視た感じこの女の子も精霊のようだし、カグヤがお姉ちゃんと呼んだ相手だ。彼女の正体にも目星がついた。
ティアやカグヤから聞いていた特徴も一致する。この精霊が、太陽の精霊であるソルさんだな。
こんなところで会えるとか。
まだ詳しく聞いていないけど、ユイカが急激なパワーアップを果たしたのは、ソルさんの試練をクリアしたお陰だろう。
それにこれで、エターニア様やディスティア様のお願いの一つが達成されたことになるね。
よし、残るは後一つ。
ソルさんと一緒に生命の精霊であるアニマさんに会いに行けば、ようやくエフィの治療が本格的に始められる。
「二柱とも大丈……夫じゃないか……。ほらカグヤ、落ち着いて……」
「お姉ちゃん~お姉ちゃん~お姉ちゃん♪」
「ちょっ、ル、ルナっ!? 待っ!?」
尻尾をフリフリ、完全に馬乗りになってガバッと抱きつこうとしたのが見え。
思わず、
「カグヤ、待て!!」
「わん!」
「「「犬か(よ)!?」」」
咄嗟に命令口調で叫んだところ、カグヤは何とかその場で動作を止めてくれた。
ただ、周囲のの仲間達から同時に突っ込みが入った上、こちらを見る視線が痛いけど……。
うん、ボクは何も悪くない。悪くないんだ。
「ああ……カグヤ様。こんなにも従順になられて……。流石はセイ様。見事な調教ぶりですね」
「ちょっ!?」
「……えっ?」
いつの間にか転移門の側に立っていたサレスさんがこちらと視線が合うなり、いきなり毒を吐いた。
ったく、なんてこと言うんだよ。この駄メイド。
ほら、馬乗りにされたままのソルさんが固まっちゃってるじゃないか。
「調教なんてしてないからね!」
駄メイドモードとなったサレスさんに対し、ボクが荒い声で怒鳴り返したのを見て、カグヤに床に押し倒されたままのソルさんが不安満載な顔で訊いてくる。
「あ、あのセイ様? ソルの事もこれから調……調教するつもりなのか……?」
「しません。その、仲良くやっていけたらいいなとは思っているけど」
「そ、それは……その……。
──もちろんソルもセイ様と仲良く出来たらいいなとは思っているのだよ」
「うん。だからソルさんもボク達と一緒にこれから……」
「そうやって口説いて、数多の精霊達をたらしこんでいくこの手管は、ある意味で調……」
「だからそこの駄メイド! 人聞きの悪いこと言わないで! その口を閉じてよ!」
「……はい。ああ、私もこうやってセイ様に調教を受けていくのですね」
ボクの言葉に、その身を抱いてゾクゾクと震わせる駄メイド。
無視だ、無視。
このモードのサレスさんを気にしたら負けだ。
「……ねぇユイカ。この精霊、なんか酷くない?」
「こんな精霊なんだよ。気にしちゃ負け」
「その……変なスイッチが入らなければ、まともな方なんですが……」
初めて駄メイドを見たティリルにフォローを入れようとしたティアだけど、それ何のフォローにもなっていないから。
未だに自分の妄想に陶酔したような様相を見せる駄メイドへの文句を飲み込み、ボクは身体中に突き刺さっている蔓を気にしながら立ち上がると、ソルさんに馬乗りになったまま律儀に動きを止めてこちらを見上げているカグヤの元へと向かう。
「ほら、カグヤ。こっちにおいで。早く退いてあげて」
「わふっ!」
完全に甘えワンコモードになって、今度はボクの腰にしがみついてくるカグヤの頭を撫でながら、ソルさんの手を引いて立ち上がらせる。
「あ、ありがとうなのだ」
「どういたしまして」
照れた様子でお礼を言うソルさんに、笑いかけながら返礼をした。
そして更に質問をしようと口を開きかけた時、
「──セイ。無事か?」
「……ひとまず今は問題ないよ。レント」
聞き慣れた親友の声にようやくホッとしたボクは、その姿を探して返答する。
正直に言うと、守るべき相手の多いこの状況下での戦闘と、その後の事後対応の多さに、精神的に疲弊し始めていたからね。本当に来てくれて助かった。
親友は折衝事とかの対応が抜群に上手いけど、ボクはかなり苦手なんだよ。
つい感性で動いちゃった挙げ句、とんちんかんなことしちゃって、結局フォローして貰うことになることも多いし、困ったら俺を呼べとまで言ってくれる親友に、ボクは感謝が絶えない。
頼りきりで申し訳ない気持ちも強いけど、こういう時本当に頼りになる親友だ。
そんな親友に、今も愚痴の一つでも聞いて欲しい気分なんだけど、さすがにそうとも言ってられない。
「ユイカから聞いたんだけど、神殿長の救出作戦どうだったの? うまくいった?」
「ああ。彼女達の助力を得られたお陰で、作戦自体は楽なもんだったよ。
ただ薬漬けにされていてな。かなり衰弱されていたから、ここに来る前に表の神殿関係者に預けてきた。椿玄斎さんやミアも、今はそちらに付いている」
「洗脳とかはされてなかった?」
ニファさんの父親である大神官ディクティルとその取り巻きの姿が、脳裏に浮かぶ。
可能性としてあり得るし。
「ああ。想定される可能性は、治療を任せた神官へと伝えたからな。しっかりと診て貰っている。一応ティリルも診てくれるか?」
「あ、はい。良いですよ」
「じゃ、後で俺と一緒に来てくれ」
それなら大丈夫だね。
ボクの魔力酔いが治ったら、お見舞いに行こうかな。
ただコレの治療が終わるのが、なんと八日後と言われてしまっているからね。どっちが先に治るかは、今は考えたくないけど。
「で、だ。少し聞きにくい事を訊いて良いか?」
「ん? なぁに?」
と、そこでソルさんの手を握りっぱなしなことに気付いた。内心慌てながらも、そっと手を離す。
真っ赤な顔を隠すように俯いてその手をかき抱いたソルさんから視線を外し、その表情に気付かない振りをしてレントの方に向き直る。
「いや、お前さ……カグヤがそこにいるのに何でその姿……」
「あぁ」
ようやくレントが口ごもった意味が判った。
精霊化をカグヤとしていないのに、月の加護衣を着た精霊化状態なのかと言いたいのだろう。
「色々あって……何故か精霊化が解除しても元に戻れなくなくなっちゃった」
「……大丈夫なのか、それ」
ボクの腰に抱き付いていたカグヤが再びソルさんの方に抱きつくのを見つつ、自分に刺さりまくっている蔓を軽く持ちながら、
「精霊薬飲み過ぎて魔力酔いに……えと、魔力酔いというのは、その、マナ過剰摂取とかで中毒に陥いることなんだけど、今これで治療中なんだけどね。なんか八日間はこのままで、自身の体調とかどうなってるかも良く分からないし、気を抜くとふわふわとしてくるし、今後戻れるかどうかは……どうなんだろう……?
色々と怖かったし、戦い…は痛かったし、キツかったし……元同級生と面倒なことになっちゃうし……うぅ」
あ、言ってることがだんだん取り留めがなくなって愚痴が出てくる。
やっぱりまだボク自身まだ混乱してっぽい。それに身体の体調に引っ張られているのか、感情的になってきて何か涙が。
「色々突っ込みどころと詳しい話を聞きたくはあるんだが……あー、いや。やっぱりいい。今はいい。だから落ち着け。泣かなくていいから」
「……ぐすっ、別に泣いてなんか」
あー、駄目だ。
感情が乱れて止まらない。
「ま、まあ元に戻れるかどうかはそこまで深く考える必要は無いかと……思うぞ」
「……ホントに? ホントに元に戻ると思ってる?」
涙目になりつつも、レントを見上げる。
「……いや、その……まあ何とかなるさ。きっと」
「それ無責任なやつぅ!」
「門外の俺に分かるわけないだろうが!」
ポンッと肩を叩かれたのを皮切りに、思わず怒りが汲み上げて詰め寄ったら叫ばれた。
売り言葉に買い言葉と思わず宙に浮かんで襟首を掴み、組んず解れつにぎゃいぎゃい騒いでいると、
「……あー、二人とも仲良いのは判ったのだけど、あまりこっちを放置しないで欲しいのだ」
横でぼそりと呟かれ、思わずびたっと固まる。
ごくスレスレの至近距離でレントと視線が交わり……思わずばっと離れ、ずざざっと大きく距離をとった。
おそるおそるゆっくりと周りを見渡せば……アーサーさんやマーリンさん達円卓メンバー、フェーヤ(ファルナダルムさん付き)をはじめとする里のエルフ達、ユイカや精霊達──すなわちこの場にいる全員がそれぞれの会話を中断してこっちを注視していて、かつその目が何だか生暖かい目をしていることに気付き。
「──あ……う……」
絶賛大注目の中、顔から火が出たように真っ赤に染まり俯いてしまう。
「これはこれは。実に良いネタを拾えました。弄りがいがありますね」
「お兄もセイちゃんの事を言えないよねぇ。そういう事を平気でセイちゃんにするから『爆発しろ』って書かれるんだよ」
「喧しいわ!」
キュピーンと目を光らせた駄メイドと呆れたユイカの言葉に、レントの叫びが部屋に響いた。
「──あー、あー、ごほんごほん……。
実はな、セイにきちっと挨拶して契約したいという精霊がまだおられるんだが……」
ちょっと居たたまれない空気になりつつあったが、気を取り直したのかレントが強引に話を変える。
「えーと、その? まだ? ソルさんのことじゃないの?」
真っ赤に染まっていた顔の火照りをパタパタと扇ぎながら、ボクもその台詞に乗っかる。
「違う。実はあと二柱いる。ってか、これだけ時間たってもまだ踏ん切りついてないのか?」
ソルさん以外に後二柱?
踏ん切り?
レントの視線を追って未だに消える様子のない転移門を見る。
そういえばさっきからそこに開きっぱなしなのだけど、誰も出てこないから不思議に思っていたのよね。
「──るのですか? 往生際が悪いですよ。早く来なさい」
「し、しかしだな。我にもこ、ここ……心の準備というモノが……。やっぱり時期を見て……」
更に数分待っていると、ようやく誰かの身体の一部が見えてそんな会話が闇色の渦の中から聞こえ始めた。
何だか揉めているようだけど?
これはどういうことかとレントの方を見れば、額を押さえて溜め息をついていた。
「……まあ、頑張ってくれ」
「意味が分からないんだけど? ……あ、ちょっと?」
謎の発言を残し、逃げるようにレトさんがいるアーサーさん達の方へと歩いて行ってしまった。
視線を戻せば、渦の中から徐々にだけど、純白の翼を持ち純白のドレスを着た一柱の精霊の背中がこちらに見えてくる。
身体の半分をこちらに出した天使のような姿の彼女は、ボク達の視線に気が付いてこちらを確認すると、柔らかな笑みを浮かべて小さく会釈をし、「もう少しお待ち下さい」と軽く断りを入れ、再び穴の中へと顔を突っ込んだ。
「貴女のその台詞、もう聞き飽きてます。一体何度目ですか。さっさと当たって砕けて下さい」
「やだぁ! 砕けるのやだぁ!」
「……言葉の綾ですから。ほら、早く……。もう、焦れったいですね……。えいっ!」
「うみぁああぁ!」
有翼人種の姿をした女性に手を捕まれ、強引に連行されて引きずられているといった体で、小柄な黒髪の少女が渦から転がり出てきた。
しかも相当勢いよく引っ張られた上に、あっさり手を離されたその少女はそのままの勢いでつんのめり、ボクに向かってよろけながら突っ込んできた。
「おっと」
「……はぷっ」
ボクの腕の中に飛び込む形で、彼女を何とか支えきる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「……ひゃい。らいじょーぶれふ」
恥ずかしい姿を見せてしまったせいか、長い耳まで朱に染まった顔でわたわたとボクから離れていき……。
「今度はダークちゃんだぁー!」
「ぴっ!?」
制止する間も無く、カグヤは横からタックルするように、ダークちゃんと呼んだ黒髪の少女を押し倒した。
転がっていく二柱……って、またか、これ。
「カグ……」
「百年もどこ行っての!?」
その悲しそうな声色に動きを止める。
「……寂しかったんだから。急に帰って来なくなったし、サレスに聞いてもはぐらかされるから、もう私の事嫌いになったのかと……」
「はわわ……ち、違います。ごめんなさいごめんなさい。これからは……その……ずっといますぅ。もうそんな想いはさせませんので……」
涙目でその場にぺたんと座り込んだカグヤを見たダークさんは、必死に慰めようと、身を起こしてその手を取る。
「……ホント? また勝手にどっか行かない?」
「は、はい」
「わぁーい!」
「うぎゅ!?」
勢いよく抱きつくカグヤに、再び倒されるダークさん。
「……うわぁ」
ゴンって聴こえたよ。ゴンって。
痛そうだなぁ……。
「感動の再会ですね。感無量です」
床に後頭部を強かに打ち付けて身悶える彼女を振り回しながら喜ぶカグヤの姿に、目頭を押さえて涙ぐむ駄メイドなサレスさん。
「そう……なのかなぁ?」
確かに会話だけみればそうなんだけどさぁ。
痛みに堪えるような引きつった顔で振り回されているダークさんの姿を見ていると、いまいち感動出来ない。
「……サレス。貴女アレを見て他に言う言葉は無いのですか?」
「有りませんね。アレが今回のダークちゃんの役どころですし」
「──やっぱり月の眷属って酷い」
ボクの隣にいつの間にか来ていたユイカがぼそりと呟き、それに反応したサレスさんがチッチッチッと指を振る。
「ユイカさん、それは心外ですよ。ちゃんと見て下さい。あの喜びに満ちた二柱の顔を」
「「そうは見えないんだけど!?」」
二人して、思わず突っ込む。
確かにカグヤは嬉しそうなんだけどさぁ。
あの子、大丈夫かな?
「まあ、約百年間カグヤ様のお世話を私一柱に押し付け、帰って来なかった罰も兼ねてますので」
「……それが本音か」
あ、頭痛い。
額に手をやっていると、ボクの服をちょいちょいと引っ張られる。その方を見ると、すまなそうな表情でこちらを見るソルさんと視線が合う。
「何だかうちの愚妹が迷惑かけているみたいで……。ごめんなのだ」
「え……? いや……」
ボクに向かって頭を下げてくるソルさんに、ボクは咄嗟に言葉が出ず、一瞬口ごもった。
「……そんなことないから。色々助けてもらったりしているから、大丈夫だよ」
「……うん」
あ、やっちゃったかな?
何で謝られないといけないのか一瞬分からずに口ごもったせいで、ボクの言葉を取り繕ったかのように受け止めちゃったみたいだ。
「……セイ様?」
あ……。しまった。
つい年下の子をあやすように。
頭一つ分小さいソルさんの頭に手を乗せてしまったボク。
ボクを驚きの目で見やる彼女に、少しだけ迷ったものの、そのまま軽く撫でる。
「──世辞とかじゃなくてね。本当に助かってるから。彼女がいなきゃ切り抜けられないこともあったんだから。それ以外にも……その……大切に思ってる」
あー、もう。こういうこと言葉にすると、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど?
多分ボクの顔、真っ赤になっているな。
「カグヤ……いや、ルナのことはどんなことであっても。全てのことを受け入れているから、迷惑なんて思っていない。だからソルさんが気に病むことはないよ」
早口ながら、そう言い切った。
「──セイ様。ありがとうなのだ」
珍しく茶化そうとしないサレスさんと微笑ましい表情を見せている有翼人種の女性から逃げるように、誰もいない方へと顔を背けたところで、ボクの前に回り込んで来たソルさんがはにかんだ笑顔を見せてくれた。