139話 樹木の精霊
それぞれ理由は違えど、二人並んで何度も溜め息をついていると、塞がりつつあった壁の穴からひょいと乗り越えて、オルタヌスさんが戻ってきた。
彼がこちらの広間に入ると同時に、更に急成長を始めた世界樹が壁の穴を完全に塞く。
完全に壁が元通りになったことを一瞥して確認したオルタヌスさんは、ボク達がいる祭壇の方へと歩み寄ってきた。
「どうでした? どうせ無理だったでしょう?」
念のため聞きました、といった感じでクラティスさん。そんな彼の言葉に、オルタヌスさんはひょいと肩をすくめると、
「ああ、逃げられちまったよ、ちくしょーめ。ま、深追い出来ねぇし、仕方ねぇわ」
「この世界樹の結界内であれだけの力を発揮する実力者です。追うだけ無駄ですよ」
「まあな。しかし世界樹が正常稼働していれば、増援なんて絶対来ねえと思ってたんだが、邪霊陣営にここまで出来る異邦人がいるとはな。ものの見事にやられちまったなぁ」
「何感心しているのですか。あの瞬間、他にも別動隊がいて姫様に襲い掛かってきたら、あなたはどう対応するつもりだったんですか?」
「……あ。すまん。つい……な」
「──逃がしてしまうような原因を作ってしまい、すいません。本当にご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ。姫様が謝る必要は全くありませんよ。全ては奴ら悪鬼の眷属達と軽率なオルタヌスが悪いのです」
「おいおい。俺を奴らと同類みたいに言うんじゃねぇよ」
そうは言ってもね。
ボクがあんなことになっていなければ、さっさと討伐が終わっていたんだから。
クラティスさんが慰めの言葉をかけてきたけど、気分は最悪で落ち込んだままだ。
ボクが酔っ払ったせいで、全ての歯車が狂っちゃった気がしてならないよ。
「……で、だ。何で姫ちゃんが落ち込んでんだ? こんな結果でも、勝ちは勝ちだろ?」
「オルタヌス……。貴方は相変わらずですね。脳まで筋肉ですか?」
「やかましい。それよりもだ。とっととドリアドの治療を始めようぜ」
「あなたという人は……」
はぁ、と大袈裟に溜め息をついてみせたクラティスさんは、こちらに向き直ると、
「──確かにオルタヌスのいう事にも一理あります。この状態のままでは、ドリアドさんが不憫ですしね。姫様、彼女をよろしくお願いいたします」
「そうだな。では巫女姫よ。疲れている所申し訳ないが、よろしく頼む」
「あ、はい」
ファルナダルムさんの言葉を機に、ボクの目の前にあるドリアドちゃんが入っていた水晶体が、固まっていた樹液が溶け出すような感じで、みるみるうちにその体積を減らしていく。
ボクはまだ気だるい身体に鞭を打って立ち上がると、ボクと同じような蔓に貫かれたまま支えられているドリアドちゃんを受け止め、静かに床へと下ろした。
やっぱり幼い……。
綺麗なエメラルドグリーンの長い髪を持つこの精霊。身体の線も細く、華奢だ。
ボクでも軽々と抱き上げられるし、その低身長も相まって、どうサバを読んでも、小学校低学年くらいにしか見えない。
「お? そういや少し背が伸びてるな。この百年で他にどこが成長しているのか、俺も確かめてやろうか?」
ボクの腕の中で眠り続けているドリアドちゃんを、ファルナダルムさんが覗き込むようにそうコメントしたところ、ボクの肩にずっと座っているルアルからムッとした感情が、真名を知ったことで強く繋がり始めた魔力回線を介して強く流れ込んできた。
『ちょっと樹精樹様。そ……』
「まあお前も寵愛を授けるようなお相手がようやく出来たしな。当然気合を入れて、身体の成長を早めようと頑張り出す……あた、あたた」
一転慌てた感情を垂れ流した彼女は、すぐさまフェーヤの肩へと飛び移ると、その頭をポカポカと叩き出す。
「こら。この身体は借り物なんだ。分かったから止めなさい」
『うー! うぅーっ!!
それをバラそうとするなんて酷いですよぉ!』
「すまんすまん。でもどうせもうバレてるだろ?」
『自分の口から言いたいんです!』
──ええっと、えと? あれ、あれれ? 成長って? それにこの精霊は?
ルアルに今初めて気付いたらしいフェーヤが戸惑った声を上げる。
まあ下級精霊の子がこれほど感情豊かに話すのは、ボクも初めて見たからなぁ。フェーヤが戸惑う気持ちも分かる。
ただ彼女達が言う成長って何?
背が伸びた?
ドリアドちゃんって確かに子供の姿だけど、精霊って成長するの?
ティアだって子供の姿のままだし……。
『──セイ様、失礼です。私は元々精霊になる前に、しっかり成人しています。最初からちゃんと大人です』
『……あ、はい』
思わず脳裏に浮かんだ思考がティアへと伝わってしまった。
『むぅ……信じてませんね? 確かに精霊になる前の私は、十五歳で大人の仲間入りをしたばっかりでしたから、そう言われても仕方ありません。これが精霊として最適応した私の姿なんです』
『そ……そうなんだ?』
『そうなんです。それに百年以上生きているので、絶対大人なんです。
──まあ……確かに精霊として生まれ変わる前の私は草原妖精種という種族だった為、他の種族出身の方より小さいですよ……?
……ええ、どうせ他の方々よりチビで子供っぽくて……色気の欠片も全くなくて……でも少しくらいもっと……』
『ティア、ごめんね。絶対そんなことないから。その、ボクはね……』
変なスイッチが入ってしまったのか、拗ねたようにいじけ出すティアを必死に慰めていると、
──あの、あのあの。精霊様がおっしゃった『成長』ってなんなのでしょう?
『──それは、ですね。精霊は自身の精霊核の霊格を高める事を成長と呼ぶんです』
割り込んできたフェーヤの疑問に、愚痴をピタリと止めたティアは、少し考え込んだあと説明を始める。その様子にボクもホッとしながら、ティアの説明に耳を傾けた。
『霊格の上昇と共に、精霊はその姿を変化させていきます。己の身体を構成する魔力を最適化させ、それが一定以上の状態になれば、自身が持つ精霊としての力──つまり精霊力を最大限に発揮出来る姿へと変化する事も可能になるんです。
一番分かりやすい例が、先の使役雷獣の進化ですね。セイ様からあの子用に調整された精霊力を多分に分け与えられて精霊核の強化を施された時、戦いの役に立ちたいというその強い願いを叶える為、セイ様の思考を読み取って、それに合わせる形でその身体を大きく戦いやすく変化させたんです』
『それが朱雀化した理由かぁ。じゃあ、ボクがカグヤとの精霊化で、同じ種族ベースである銀狼族へと変化した事も?』
『そうですね。カグヤ様の外見とその力のイメージが、セイ様の中で強く作用したのが切っ掛けだと思います』
──ほえぇ……。そうなんですね。勉強になります。
『もしかして……うちの子達もいずれ人化したりとか?』
もし中級精霊のあの子達が可能なら、ボクにもワンチャンある?
ほら、今後自分一人で精霊化が出来るようになれば、自分の思う通りのイケメン姿に変化が出来るとか?
『それは……何とも。そもそも精霊核に記憶されている肉体構成情報以外の全く違う身体に変化しようとするのは、上級精霊でも至難の技ですからね。マナで満ち溢れている精霊島にいれば、また少し話は違ってくるのですけど、マナ濃度が薄い地上では無理かと。
まあ地上でも、水の精霊姉さんのように変化を得意とされている精霊も居ますが……』
『うーん? それならティアも大人の姿へと成長させていけばいいのに。それくらいなら出来そうなモノなんだけど?』
『うっ……。カグヤ様、無茶を言わないで下さい。それが出来たら、こんなに苦労しませんよ。この姿より成長した自分が想像出来ません。私には無理です。無理に行えば、自己否定から来る自壊に繋がりかねません。
そもそも継承精霊である私と違って、カグヤ様は昇華精霊でしょうに。だからそんな事が言えるんです。継承精霊の私には難しいです』
『……あ、そっか。そうだったよ。中級精霊だった私はディスティア様に引き上げて貰ったから……』
ええっと? あれ?
頭がこんがらがってきた。
少し整理してみよう。
精霊は精霊核を育てることで霊格を上げ、より上位の存在にクラスアップしていくんだよね?
その際に自分が強く思い描いたイメージの姿に変化する、と。
それに、二柱の話を聞く限りは、ティアは元々人族の草原妖精種から雷鳴の精霊へと生まれ変わった存在で、カグヤは元々精霊で、ディスティア様に月の精霊へと昇華された存在?
人から精霊に変わるって……。
前にエフィからティアを助けに行く際に聞いたアレは、この継承精霊の話?
『ねぇねぇ、ティア。今回のドリアドって、どっちだっけ?』
『確か特殊なケースで……って、そんな事よりもですね。この小妖精の出している魔力の波形……」
『どうしたの?』
『なーに、ティア? この精霊がどうかしたの?』
『ちょっとカグヤ様? 本気で言ってるのですか。この精霊は……』
『あ、あの、お姉様方。今は私の事よりもですね。早く治療を始めて下さい』
ティアとカグヤの念話が聞こえたらしいルアルが焦った様子で、ドリアドちゃんの胸の上へと降り立つ。
『ミコ様。精霊薬より等級の低い死薬の効果を打ち消すのは、恐らく一口分で大丈夫な筈です』
『いやいやいや。さすがに意識がない状態で液体を飲ませるのは……』
むせるし、危険なんじゃ?
『大丈夫です。ミコ様の魔力とよく混ぜ合わせてから、ゆっくり少しずつ口の中へと流し込んで下さい。そうすれば、口内の点穴から直接薬を吸収出来ます』
『えっ? 点……?』
何それ?
『そ、その……だから……。その、初めては、その……ミコ様に……。ミ、ミコ様になら何されても構いませんから、お願いします』
ちょっ、ちょっと!?
何されても構わないって、変なことするみたいに言わないで欲し……。
──あれ? 何でルアルがドリアドちゃんに対して、そんなことを言い出すんだろ……?
まさか……?
ドリアドちゃんとルアルの関係は……。
『は、早くして下さい。緊張し過ぎて、その、間が持ちません……』
『……あ、うん』
急かすルアルの言葉を受けて、この子の正体に何となく気付いたボクはその場に座り直すと、そのまま膝の上で抱き抱えるようにドリアドちゃんの上半身をそっと抱き起こした。
「ティリル」
「はい、セイさん」
名前を呼んだだけで、ボクが要求したモノを分かってくれたティリル。
彼女の手から小瓶に入れ直された精霊薬を受け取ると、ルアルが固唾を飲んで見つめる中、ちょっぴり逃げ道を考えたボクは、
『ルアル』
『ひゃ、ひゃい!』
呼び掛けたボクに、ビクッとした反応を見せるルアル。
『その、ボクの魔力を混ぜるのって、こんな感じで大丈夫?』
色々と気付かない振りをして、小瓶の指を当ててそこから瓶の中へと魔力を流し込むイメージを行った。薬とボクの魔力を混ぜ合わせてみせる。
『……ぅ。た、多分? ……でも大丈夫かなぁ?』
少しガッカリとした様相を見せるルアルから目を逸らしたボクは、瓶を軽く振ってから彼女のその小さな口にあてがい、まずはゆっくりと慎重に、ほんの僅かだけ口内に流し込もうとした。
だけど薬の大半は、口内で吸収出来ずに口許から零れていく。
また自分で飲み込もうとする力もないのか、それとも霧状になっていないせいか、少しだけ入った薬も咳き込むように全て吐き出されてしまう。
うーん、やっぱりこれじゃ駄目だな。
意識のない子に液体を飲ませようとするのは、本当に危険だからなぁ。
どうしよう?
他に手は……?
あの方法以外の対処の方法を必死で考える。
思い付く方法はアレしか出て来ず、実行していいものかもの凄く迷う。
や、やっぱアレしかないよね?
で、でも……こんなこと勝手に……こんな幼い女の子に。
『や、やっぱり、あれかな? その、直接じゃないと駄目かな?』
うぅー、ボクもちょっと言葉遣いが変になってきたぞ……。
『は、はいぃ……ミコ様のお口でほぼ霧状にして……直接吹き込んで貰えるなら、きっと吐き出さない筈ですぅ』
恥ずかしそうに、でもアレをしろとはっきりと伝えてくるルアル。
『は、早くひと思いに……く、口移しで……。こ、これは治療行為なんです。その、変にこれ以上焦らさないでくださぁぃ……』
真っ赤になって顔を両手で覆いながらも、指の隙間からチラチラとこちらを窺っているルアル。
いや、だから。
逆にそんな態度を取ってきたら、こっちまで恥ずかしくなってきちゃうんですけども!?
その小振りな唇と小瓶の口とを、視線がさ迷ってしまう。
一瞬天啓のように、彼女の鼻をつまんで薬を流し込めという暴力的な幻聴が聞こえてきた気がしたけど、さすがにそれはかわいそ……。
『──そうそう、早く鼻つまんで瓶の口押し込んじゃっいもがっ、もがががっ』
……こら。
『はいはい、カグヤ様。さっきから小声で何言ってるのですか。少し黙りましょうね』
『むー。この雰囲気何かズルいんだもん。私もしたい~イチャイチャしたい~。ティアだってそうでしょ?』
『なっ、な、なななにぉおしゃいますことやら……』
『……はぁ。二柱とも落ち着きなよ。こんな小さな子に、何言ってるのさ』
依り代の中でドタバタと暴れているらしいこの二柱のせいで、照れとか恥ずかしさが完全に飛んじゃったボクはようやく踏ん切りがつく。
溜め息と共に意を決したボクは、ティアとカグヤ、二柱からの念話を一時的にシャットアウト。
そしてこの小瓶の精霊薬をほんの少量口に含み。
そのまま飲み込んでしまいたくなる誘惑に耐えながら、彼女の頤を軽く上げる。
「えっ……? セイさ……!?」
ボクの隣でクラティスさんと話をしていたティリルが、ボクの行動に思わず振り返って驚きの声を上げたけど、心を無にして気にせず顔を近付けていく。
これは精霊助けだ。
それにいくらなんでも相手は、こんな小さな子供だし。
うん、何も問題ない。
口に含んだ少量の精霊薬をたっぷりのボクの魔力と混ぜ合わせた後、そのまま口を合わせた。
「わ、わわっ……」
「まあ邪気に侵された身体を癒し、緊急避難していた精霊核を元に戻す為には、そうしないと駄目でしょうしね。これらは姫様しか出来ませんから」
ボクの行動に慌てふためくティリルの声と、ボク達の念話が聞こえていたらしいクラティスさんの解説を聞きながら、ドリアドちゃんの……いや、ルアルの元の身体にボクの魔力をゆっくりと流し込むように、相手の口の中へと注ぎ込んでいく。
少しずつだけど、ぐったりと脱力していた四肢にも力が戻って来ているようだ。
けど、樹木の精霊の精霊核をボクしか戻せないって……。
そう言えば、自我が消滅する寸前だと言っていたよね?
ボクが来なかったり、間に合わなかったり、下級精霊として神殿内をさ迷っていたルアルに出会えなかったりしたら、どうするつもりだったのさ?
『ねぇ、どうしてこんな不確かで危険なことを?』
『あぅ……。ごめんなさいです。だってミコ様が……きっとミコ様が助けて下さると信じて……』
『そう言うな、巫女姫よ。あの死薬に侵されたまま分離させずにいたら、精霊核にまで邪気は回り、ドリアドの命は確実に潰えていた。生存確率の高い方に賭けるしか無かったのだ』
『それは……』
『それにこの方法をドリアドに提唱し、その身体から精霊核を抜いて本体を下級精霊へと偽装させたのはこの俺だ。責めるなら、俺を責めろ』
『……いえ、誰かを責める気持ちなんて、元々これっぽっちもありませんよ。他に方法がないのなら仕方ないですから』
何度も薬を口に含みながら、彼女の口へと運ぶ。
今のルアルの本体は精霊核がない状態──いわば魂がない器だけのようだ。
そりゃ自力で薬なんて飲めないよなぁ。
実際今もボクの行動に対して、体性反射行動があるだけ。
もっと魔力を得ようと身体が勝手に求めているのか、ぎこちなく舌を伸ばしてくるくらい。
『そうか……』
『それよりも、彼女を元の身体に戻す方法を教えて下さい』
『手っ取り早いのは、二柱に分裂しているドリアドを相手に、同時に精霊化する事だ。彼女の真名を知り、お互いの魔力や魂の情報も交換したのだろう? これで精霊化を行える下地は出来た筈だ』
『でも精霊化は……』
『分かっている。それとは別にもう一つの方法として、依り代の中で元の身体を魔力へと分解してゆっくりと精霊核に馴染ませるように再構築させる方法もある。こちらの方法は、お前の魔力を鎹にする必要があるが、時間を掛ければ今のままでもなんとかなるだろう。
それにどちらの場合でも、邪気に侵された魔力体をお前の中に取り込ませる訳にはいかない。これはその為の治療だな』
『魔力体?』
『ああ、そこも説明がいるか。
奴らの目を誤魔化す目的で俺が作った偽核を埋め込み、この魔力体を無理やり維持していたのだ。そうしてここで邪気の侵食に耐えているかのように奴らに見せる事で、逃がしたドリアドから目を逸らさせていた。
当然精霊核のないまま放置すれば、魔力が拡散してしまって消滅してしまうし、これも必要な処置ではある。
もし消滅させてしまえば、折角逃がしたドリアドをまた探し出そうとしてくるし、力を大きく減じたこの子が捕まってしまっては本末転倒になるからな』
そっか。誤魔化すために、元の身体を維持していただけ……。
あれ……? じゃあ精霊核が無事なんだから、ボクの中で身体を全て作り直せば、こんな恥ずかしい思いしなくて済んだんじゃ?
『じゃあ本体だけ取り込んで、新しく元の身体を構築し直すことは出来ないのですか?』
『それは止めた方がいい。ドリアドはまだ幼いとはいえ、仮にも上級精霊。その身体を構築している魔力総量は莫大だ。それにこの身体を魔力へと分解して、その魔力を構築に使用した方がいい。
そもそもお前のその身には精霊王女がいて、彼女を治療しているのだろう? その状態で更にドリアドまで抱え込むとどうなるのか、全く予測がつかん』
『うーん……』
『あの……ミコ様。自力でこの元の身体に戻れたら一番早かったのですけど、それが不可能なんです。何だかもう別々の身体と認識しちゃっているみたいで……。もうミコ様に頼るしかないんです』
『ボクで出来ることなら何でもするから、それは気に病まなくていいよ』
ええっと……。
これからのルアルの治療方針をまとめると。
まずは精霊核のないルアルの元の身体と、小妖精となったルアルの二柱をボクの依り代の中へと完全に吸収する。
そして小妖精となったルアルから精霊核だけを分離させて取り出し、元の身体を構築していた魔力を分解しながらボクの魔力と混ぜ合わせて、依り代の中で本来の身体を作り直す感じでいいのかな?
腕の中のルアルの身体を、精霊眼で詳しく検査する。
うん。大丈夫だな。
視た感じ、もう邪霊死薬の影響は無くなったみたい。
『じゃあ始めます』
『頼む』
初めてのことだ。
失敗があってはならないと、腕の中の彼女を慎重にボクの中へと取り込んでいく。
『あ、あの……少し眠らせていただきます。
その……ふ、不束者な娘ですが、よろしくお願いします。お父さ……いえ、お母様』
そう言い残すと、精霊核のルアルはボクの唇へと啄むようなキスを残し、後を追うようにボクの中へと薄れ消えていった。
『うん、こちらこそよろし……?
──えっ?』
お腹の……丹田辺りへと消えていった二柱の樹木の精霊に、思わずそこに手を当てながらそう念話で呟いたボクは、その言葉の途中で強い違和感を感じて、はたと考え込んだ。
あれ? ちょっと今何て?
聞き間違いじゃなければ、お母様って聞こえたんだけど!?
不束者の表現はともかくとして、これはいったいどういうことなんだよ?
もし敢えて言うなら、普通母じゃなくて父でしょ! ち・ち!
何で言い直したんだよ、もうっ!