138話 憂鬱な後始末
シーンの切りどころが難しく、ちょっと少な目です。
「──という事なの。分かった?」
「……あぅ」
ユイカ達から一通り説明を受けて、ボクは頭を抱えることとなった。
説明は懇切丁寧に受けた。
むしろしつこいくらいに。
途中から全く記憶がないから、状況説明を今まで受けていたんだけど、相当変なことをボクはやらかしてしまったらしい。
やらかした恥態に顔が羞恥に染まる。
しかもキエルという名の元同級生に関して、これから気を付けるようかなり念押しされた。
ただ、そう言われても今一つ実感が湧かない。
男のボクに本気で懸想する元同級生男子?
何それ? 意味が分からない。
本気で気持ち悪くて、ボクの犬耳と尻尾の毛がゾゾゾッと逆立つ。
ユイカが説明するには、この姿を見られるより以前からその兆候はあったらしいんだけど、どうしてこんなことになったのか、本当に訳が分からない。
ずっと否定してきたし、学校で薄着の時もあったし、体育の時なんて嫌でも分かるだろうに。
頭がおかしいとしか言えない。
「言いたくないけど、そいつ頭おかしくなってない?」
「こっち来て完全に壊れたんじゃないかな? PKどころか、この世界の人達も害して回ってるみたいだし」
「そっか、あの時の話がこれに繋がっていたわけ……か。セイちゃんもほんと災難ね。私も協力するから」
「……お願いします」
両の腕に出来ている鳥肌を擦りながら、レトさんへと頭を下げる。
「じゃあ、ちょっと今後の事を神殿組やアーサーさん達と擦り合わせに行ってくるわね。ユイカちゃんとティリルちゃんはどうする?」
「うーん……下に待たせてるあの子に報告して、こっちに連れてきたいしなぁ。ええっと、ティリルはどうする?」
「セイさんの体調が心配だから、わたしは残るよ」
「防衛面は任せて下さい。しっかりと姫様をお守りしますから、気にせず行って下さい」
「……じゃお願い。ちょっと外に行って、みんなをここに連れて来るよ」
相当迷ったみたいだけど、ティリルとクラティスさんがボクの傍に残ると聞いて、ユイカは外に行くことにしたみたいだ。
レント達がこの神殿の長を救出しに行っているという話も、ユイカから聞いている。
その辺の進捗も気になるところだ。
「神殿長救出作戦うまくいっていると良いね」
「ほんとだよ。じゃ、クラティスさん。セイちゃんをお願いします」
「ええ。お気をつけて」
「ユイカ、気を付けてね」
「いってらっしゃい」
こちらに手を振って離れていった二人に対して、同じく手を振り返していると、
「ところで巫女姫よ。今の体調はどうだ?」
──セイ様。お加減は如何でしょうか?
フェーヤとその中にいるファルナダルムさんのふたりは、ボク達の話が一段落ついたのを見て話し掛けてきた。
「少しふわふわとした感じが残っていますが、だいぶん楽になりました。ありがとうございます。
けど〔精霊化〕がよく分からない状態になってしまって。
カグヤとリンクが解除されてるはずなのに何故か精霊化したままで……元に戻れなくなってしまってます」
広い祭壇の上でぺたんと座り込んでいるボクとティリルの傍らに立つと、心配そうにこちらを覗き込みながらそう訊いてくるので、そこは意地を張らず正直に答える。
精霊薬の副作用の治療のために祭壇へと運ばれたボクは、身体中に樹精樹の蔓があちこち突き刺さっている状態だ。
なぜか痛みは全くないけど、蔓の長さ的に動ける範囲が制限されてしまっている。
そしてボクの中にいた精霊組はというとね。
実は精霊薬の影響をバッチリ受けてしまっていた。
ボクに巻き込まれる形で精霊薬の酔いを強制体験した同化中のカグヤを筆頭に、依り代の中のティアとリンもその影響下から逃れることが出来ず、完全に閉じ込められてしまったそうだ。
まず最初に薬の副作用からボクを守ろうとして矢面に立っていたカグヤが一瞬で酔い潰れた。その影響でボクとのリンクが強制解除されたのち、次はボクへと薬効が襲いかかったんだ。
頭がぼぉーっとしてしまい、何が何だかよく分からない思考しか出て来ず、途中で祭壇に向かおうとしたことは何とかギリギリ覚えているんだけど、途中でボクも完全に意識を無くしてしまったみたい。
ボクがしっかりと周りを認識したのは、ついさっき──逃げたカルネージスをオルタヌスさんが一人で追いかけていった後だった。
そしてその、精霊薬の薬効成分は依り代の中にも流れ込んでいたらしい。
しかも、ボクの溢れてきた魔力にボクの感情や感覚を上乗せした状態で、必要以上にティア達の元へ押し寄せてきたとのことで。
ただその結果、どうなったかはティアもカグヤも、そしてリンも口をつぐんで何も言おうとしないため、これ以上何があったかはボクにはわからなかった。
『うー。ほんと酷い目にあったよ』
依り代の中でぐったりとした思念を上げるカグヤ。
そう、カグヤとの精霊化が強制解除されてしまっているのにも関わらず、ボクはまだカグヤの姿を模した姿──犬耳尻尾付きのまんまだ。
つまり自力で月の精霊化と同じ姿を維持してしまっている。
『ごめんね、みんな』
『いえ。お兄様がご無事で何よりです』
この念話はボクの中へ向けて発信しているだけなので、外部には漏れない。
堂々と内緒話が出来るからか、ティアも外向けの『セイ様』ではなく、『お兄様』呼びに戻っている。
『どうやったら元に戻れるんだろ?』
どういうわけか、やたらと身体が軽い。
物は試しにと、ほんの少し意思と力を込めただけで、さらさらとした水のような魔力が湧き出し、ボクの手から零れ落ちていく。
周囲に揺蕩う下級精霊の子達がそれに殺到して、競うように美味しそうに取り込んでいき、ハブれた子達がこちらにせがんでくるのが視えて、何だか可愛いと思う反面、餌付けしているみたいなテンションになってしまう。
『そもそも何でこんな魔力の色に変わっちゃったの? カグヤと精霊化している時は白銀色だったよね?』
ちなみに雷鳴の精霊であるティアと執り行う精霊化の色は、輝くような明るいアメジスト色で、元素の精霊であるエフィとの精霊化では、見る角度によって虹のように様々な色に変化する煌めきを伴った薄い極彩色だった。
いずれも透明度が高いというか透き通るような綺麗な色で、必ずといって彼女達が普段纏う魔力の色に変化するんだけど、今ボクが出した魔力は完全に無色透明……。
そこまで考えて、そういや誰とも精霊化をしていないボク本来の魔力をこうもしっかり視たのは初めてだ。
『なに言っているのですか。お兄様ご自身の魔力は最初から色がなく透明です。それがカグヤ様の白銀色の魔力と混じりあって、あの美しい透き通った魔力に変化しているんです』
『うん、私とご主人様の魔力が綺麗に混ざりあってね。精霊化してると、心が凄くポカポカと温かいし、心地良いんだよ。ここ最近は離れたくないくらいに完全に同化しちゃってるし』
『今の私達二柱は精霊化を行うと、前以上にお兄様と同化していますからね。私達の精霊核もセイ様の核に触れ合っているだけでなく、どうやら一部同化までしているみたいです。だから色々、その……』
『い、色々って、何?』
そんな言い方されたら、気になるじゃないか。
『な、内緒です、内緒……』
『ええっとね、ご主人様の……』
『カグヤ様!』
『えー、気になるなぁ』
『も、黙秘権を行使します』
うーん。このことは諦めるしかないか。
『そ、それよりですね。お兄様の精霊化がいつ解けるかの話ですが……』
『うーん……薬の増幅効果が切れるまで無理?』
『そうですね。お兄様ご自身の精霊核が必要以上に活性化していますから、カグヤ様の言う通りしばらく無理でしょう。世界樹の調整をちゃんと受けているのにもかかわらず、湧き出す泉の水のように魔力を大量に生み続けてますから……』
『ご主人様と追加の精霊化出来ないかな? 精霊核をもう一度合わせれば、こちらで制御出来るとか? それとも今度はティアがやってみる?』
ん? あれ?
そう言えば、さっきから気になる単語が?
『今のお兄様の素体が獣人種の銀狼族ですから、私が混ざると拙い事になりません? 試してみるならカグヤ様だけにしておく方が……』
『そうだよねぇ。そもそもご主人様の精霊核はまだ……』
『ちょっ、ちょっと待って。一つ聞きたいんだけど、ボクの精霊核って何?』
二柱の会話に思わず思念を挟む。
文字通り精霊にとって大切なモノだと分かるんだけど、さっきから聞いていると、活性化しているとか、ボクのとくっつけるとか……何でエルフのボクにもあるの?
『精霊核というのは、文字通り精霊の本体であり、魂そのものです。精霊にとって自身を構成する情報の集合体であり、また魔力を生み出す力の源でもあります』
『もちろんご主人様にもあるよ。だってそれがないと、精霊に変化出来ないもん。まだ少し不安定みたいだけど』
『恐らくお姉様と初めて精霊化をなさった時に、核が生成されたのかと思いますが……その時期に生成されたにしてはかなり大きいです』
あ。あの時の選択肢?
でも大きいって?
『力を使えば使うほど成長するのも特徴かなぁ? 格が上がるというのかな? よく分かんないけど』
それって精霊化レベルのことかな?
『お兄様が他の人族の方々より魔力の総量が抜きん出ているのは、この精霊核のおかげですね。変化していない元のエルフの姿の時でも、恐らく精霊核は常に動き続けて魔力を生み出し続けている筈です』
『それが古代森精種の特性?』
『いえ。普通の古代森精種は精霊核を持ってませんから。お兄様の精霊核は、お姉様に認められた証です。恐らく大きさも適性の良さも歴代最高だと思っています』
『ご主人様は何故か人族の時でもより精霊に近い分、他の人族が耐えられるモノでも耐えられなくなっちゃってるけどね。邪気とか金属とか』
『あー』
『お姉様の力は正直分からない事が多すぎます。エターニア様もあまりご存知ではなさそうな印象を受けていますし……私ごときに話せないだけかも知れませんが……』
普通はあそこまで酷くないのか。
精霊としての力で魔力を増産しているメリットがある反面、デメリットも同時に食らっているのね。
溜め息をつく。
この辺は二柱に訊いても、これ以上は分からないだろう。
エフィを何とか目覚めさせて、彼女に訊くしか無さそうだった。
「──巫女姫よ。やはり相当疲れが溜まっているようだな」
急に黙ったかと思うと溜め息を付き出したボクの様子を見て、相当疲労していると感じたのか、ファルナダルムさんが気遣いの言葉と共に頭をくしゃりと撫でてきた。
「何もないこの場所で申し訳ない。せめて寝床や必要な物をアルメニアに伝えて運ばせよう。暫くは行動を制限させて貰うが、まずは身体を休めることだな」
──まずはご自愛お願いします。私にも気軽に声をお掛け下さい。
「はい。お手数掛けます」
ペコリとお辞儀をした後、ボクは何となくステータスメニューを開いた。
そこに表示されている情報を確認すれば、ここが特殊セーフティエリアへと変化したことに気付く。
つまりこの広間の祭壇からも帰還が可能ということ……。
──あれ?
そういえば精霊化したまま身体を回収する形で帰還したことがないな。
なんだかんだで今まで身体残ししかしたことがないし、雷精の坑道で戦闘不能で強制帰還を食らったのが最初で最後だ。
そもそも完全帰還をしようとしたら、ティアやカグヤから悲しそうな思念が流れて来るし。
だから常に身体を残したままの帰還しかしてなかったんだけど、これを利用すれば元のエルフに戻れるんじゃ?
うん、後で試してみようかな?
もちろん二柱に納得してもらった上で。
まあ、その前にやらないといけないことが多いからね。順番にこなしていこう。
「それはそうと、あの穴はどうするんです? それにドリアドさんの治療に、訊きたいことも多くて」
「ああ、そうだな。まずは壁の修復から始めるか。そちらはすぐにでも取り掛かるとしよう」
「今オルタヌスさんは一人で追撃中でしたっけ?」
映像を早送りしているかのように、成長を早めて穴を塞ぎにかかる世界樹の様子を見ながらそうボクが訊くと、ファルナダルムさんから目配せを受けたクラティスさんが横から口を出してきた。
「そうです。制止する間もなく、勝手に飛び出して行きましたからね」
「一人で大丈夫なんですか? 罠とか反撃とかは?」
「あの男なら、その辺は抜かりないでしょうが……恐らく撒かれて逃げられるでしょう。あの様子だと、反撃よりも逃げに重きを置いているようです。それに邪霊の眷属どもは、昔から逃げ足だけは一級品でしたから」
「何かを奪ったみたいな事を言っていましたが、それでしょうか?」
「そうですね。分体を消される事をあそこまで危惧する理由はそれしか思い付きません」
「あ、あの……ファルナダルムさん。
その、何が取られたか分かりますか?」
「──分からん。調べてみないことには、な」
ティリルの問いかけに首をひねったファルナダルムさんは、しばらく考えたのち、やはり思い付かなかったのか首を横に振った。
「私も想像すら出来ませんね……。
──しかし気が重いです。精霊島への報告は、全てオルタヌスに押し付けましょうか……?」
にこやかな様子のクラティスさんもこの後のことを考えたのだろう、大きく溜め息を吐いた。
精霊島への報告……つまりエターニア様への顛末報告かな?
確かに嫌だろうなぁ。
特に失敗したことを説明するのは。
これは間違いなくボクのせいでもあるし、彼らばっかりが悪いんじゃない。
それに、むしろ来てくれて助かった部分が大きいし。
気分が伝染するように、ボクも憂鬱な気分になる。
今回の戦いは色んな要因があって、何とか乗り切れた。
色々失敗していることを思えば、目の前にいる仲間の誰も失わなかったのは大きい。
ボクの精神が更にガリガリ削られて、消えてなくなりそうになっている以外は。
そう、問題は彼らが使うボクの呼称だ。
クラティスさんやファルナダルムさんがボクに対して使う〔巫女姫〕って何だよ。
確かに今は精霊の女の子になっているけど、エフィが精霊の姫であって、ボクは姫と呼ばれる身分じゃないんだけどなぁ……。
奴ら邪人どもから〔星の巫女〕と呼ばれた件といい、本当にどうなってるの?
色々とおかしな異常気象の影響で、ヤバイことになってます。
台風で過労勤務だったところに、勤務中熱中症初期のような症状が一瞬出たため、急遽休みをとったせいで、仕事も更新もヤバイ……。
やっぱり身体が疲れていると、熱中症になるリスクが跳ね上がるので、皆様も十分にお気をつけ下さい。