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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
137/190

137話 治療行為と決着?

 ユイカちゃんが頑張る回。




──ユイカ──



 うわぁ……最低。

 やっちゃったよ。どうしよう?


 真っ赤な顔で海の中の海草のようにゆらゆらと揺れていているセイ君の様子に、自責の念が沸き上がる。


 勝手に舌足らずな口調で叫んだ後、今度は何を考えたか、祭壇の方へとふらふら歩いて行こうとするセイ君を、ティリルとレトさんが必死に押し留めて介抱しようとしている。


 けど、今のティリルには酩酊めいてい系統のステータス異常は治せないらしいし、そもそも魔力マナ酔いは魔法で治すのは至難の業っぽい。


 ティリルが言うには、身体の魔力マナ調整機能を整えた上で、余剰魔力マナを排出させるという工程が必要みたいだからね。

 

 あの『魂の契約(アニムス・パクトゥム)』という名の、癒しの極致きょくちみたいな奥義技を持つティリルでも、魔力マナを与える事は簡単に出来ても、逆に吸い取る事は出来ないらしい。


 手っ取り早いのは、自分で魔法を使わせて余剰魔力マナを無理なく放出させてあげる事だけど、今の朦朧もうろうとし出しているセイ君に使わせようとするのは、魔法を制御コントロールさせるどころか、完全に手遅れ。


 これ、どうしろっていうのよ。


 ぐったりとしているセイ君の身体の上にいる、見てて可哀想になるくらいおろおろと狼狽うろたえまくっている樹精っぽい子に視線を移す。


 新たに得たこの〔仙眼〕という眼は、星気や魔力の流れを視ることが出来る。そのおかげで実体化する前の魔力生命体である精霊も視認する事も可能になった。


 既に完全実体化をしている小妖精フェアリーのような姿をしている彼女は、セイ君を助けようと必死に首筋にある大きな点穴を刺激して、そこからセイ君の魔力マナを引き出そうとしているみたい。


 そしてこの彼女が呼び掛けたのか、実体化していない多くの下級精霊がセイ君の身体に群がっていた。


 でも下級精霊である彼女達では、吸い取れるスピードも能力も、そしてその身に受け入れられる魔力マナの量にも限度がありすぎる。


 セイ君を助ける方法は……?

 他に何かない!?


 そこまで考えて、あたしの脳裏に名案がひらめく。


 そうだ! あたしが代わりにセイ君の余剰魔力マナを引き出して吸い取ればいいだけじゃない!

 

 魔力マナを自在に操れる仙弧だったの忘れてたよ。


 でも、他人の魔力マナを操れるかはやったことないから分からない。

 だけど、吸い取って外部に廃棄するくらいなら出来るはずだ。


 他人の魔力マナを吸い取って、それを自分の魔力モノにするのは変換効率が悪すぎて難しいけど、今は急いで魔力マナ補給をしないといけないとかじゃないし。


 裏技みたいな方法だけど、試してみる価値はある。


「ティリル、レトさん。ちょっとセイちゃんの魔力マナを強制的に吸い取れないか、試してみるよ」


「え?」


「ユイカちゃん、そんな事出来るの?」


「今のあたしは仙弧だからね。魔力マナ操作はお手の物だよ」


 まずは手始めにセイ君の首筋に手を当てる。

 もちろんこちらを期待の目で見上げていた精霊さん達に小さな頷きを返して、場所を退いてもらってからだ。


 当然首筋にある点穴よりも、更に大きな点穴がある場所も知っている。

 でもそこはその……恥ずかしい場所とかだし。


 例えばその、口の中にも大きな点穴が複数あるけど、流石によく知らない人達がたくさんいるこの場所で、その……口と口……()()()()()()をするのは恥ずかし過ぎるので、あえて選択肢から外した。


 あたしの仙眼で視る限り、セイ君の魔力マナは身体から全く出てきていないように視える。


 いや、うっすらと陽炎のように皮膚の表面がかすんでいる事から、何かが出ているように見える。


 けどそれには()が全くついてないから、セイ君の魔力マナじゃなくて、逆に吸収中の星気が入りきらなくてこぼれ出しているようにも思える。


 自分の保有する魔力マナが減少しているなら、こんな風に全く出ていない状態であっても別に変じゃないけど、今のセイ君は魔力マナ酔いというステータス異常が出ている。


 つまり自然排出している量以上に星気から魔力マナを生成してしまい、それが増えすぎて身体の機能を阻害している状態だ。

 恐らく自分自身の器に溜めてコントロール出来る魔力マナの許容範囲を越えている筈。


 もちろんその余剰分を意識して全て排出出来るなら問題ないんだけど、それが出来ない状態でもある。


 これは風船でいうと、だんだんと膨らんでいく状態なんだよね。

 破裂する事はないとは思うんだけど、流石にこれは絶対まずい事くらいは分かる。


「始めるよ。暴れたら押さえてね」


 二人に声をかけると、あたしはセイ君の点穴に押し当てた掌から細く絞った魔力マナを放出する。


 作戦はこう。


 感覚だけが頼りなんだけど、セイ君の点穴にあたしの魔力マナを強引に突っ込んで奥深くまで潜り込ませ、原因を探すと同時にセイ君の身体のなかにある魔力マナ回路ラインの状態を確認し、異常があれば修復、魔力マナの通り道を確保した上で詰まっているようなら絡めとって引き抜くつもり。


 というか、突っ込んでみてすぐ分かったけど、魔力マナ回路ラインの殆どがふさがっている。


 これは奥へ行く前に魔力マナ回路ラインをしっかりと拡張する方が先かな?

 通り道が狭いと、その、あたしの魔力モノが入りにくいし。


 でもこれって、実際に物理的な通り道があるんじゃなくて、霊的な通り道だからね。

 ひとえに拡張といってもちょっと勝手が違うから、本当に手探り状態だ。


「ひぅっ……! あふぅ……ぁ」


 自分の意思とは無関係に、強引に身体のなか魔力マナ回路ラインを他人の魔力マナでいじくり回されているせいか、妙に荒い吐息でなまめかしくもだえるセイ君。


 考えてもみなかった予想外の反応に、ちょっぴり変な気分になる。顔が焼けるように熱い。恐らく真っ赤になっちゃってる。


 吐息が荒いのは酔っぱらいだから。これは仕方ない。仕方ない……。

 そしてこれは治療行為。他意はない。いいね?


 あたしは自分に何度もそう言い聞かせながら、意識がない癖に身をよじって逃げようとするセイ君を押さえ付ける。


 それは同じように押さえているティリルやレトさんも同様で、どういう事かと問うような視線をあたしに向けてくる。

 当然二人の顔も朱に染まっていた。


「──二人とも、これはちゃんとした治療行為なんだからね? くれぐれもよろしく」


 誤解の無いように念を押す。


「あの……あのあの、これって……あうあう……」


「ユイカちゃん……」


「──だからもう言わないで。集中力切れちゃう。これはれっきとした治療行為なの。これは治療行為。これは治療行為……」


 二人が言いたい意味は分かるから、突っ込まないで欲しい。


 精霊と化しているセイ君にとって、この霊的な治療行為は人族以上に影響が大きいようだ。


 多分身体の中に異物を無理やりに突っ込まれているみたいなモノなんだろう。手元が少しでもくるったら、マズいことになる予感がする。


 あえて「治療行為」と強調するように繰り返し呟きながらも、細く狭く収縮していたセイ君の魔力マナの通り道を出来るだけ慎重に、かつ傷付けないように気を付けながら、撫でるようにゆっくりと押しひろげていく。


 奥底からじんわりとにじむようにれてきたセイ君の魔力マナをしっかりと掴み、それを引き抜こうとしたんだけど、やっぱりどこかに引っ掛かったように抵抗感がある。


 んー? もっと奥の方に原因が?

 行けるところまで行ってみよう。


 更に奥の方まで自身の魔力マナを押し込んでいく。


 途中何度か、防衛と逆流を防ぐ為の弁のような働きをしている結界のような存在モノがあったけど、あたしの魔力マナに触れた途端、それらは許しを与えるようにスルスルとほつひらいていく。


 ──あたしを認めてくれているんだ。


 嬉しく思いながら、更に慎重に奥へと進んで行く。


 るように奥へ奥へと自身の魔力マナを侵入させていったあたしは、その最奥で脈動する宝玉のような存在モノがある小部屋へと到達した。


 その正体を感覚で認識する。

 

 これがセイ君の精霊としての精霊核……!


 すごく温かくて力強く、それでいて優しい波動を感じる。


 こうしてみると、今のセイ君って本当に身体の構造が人族じゃなくなってるなぁ。こんなモノ、普通の人族にはない筈だし。


「──っと、これが原因かな……?」


 セイ君の精霊核近辺に漂っている、妙に粘性の高い魔力マナの塊のようなモノにようやく気付いた。


 これらが魔力マナ回路ラインに流れ込んで、通り道を細くしたり詰まらせたりといった悪さをしているんじゃないかと予想する。


 あれだ。あれ。

 血管に血栓が詰まって起こる病気──梗塞こうそく系の血管疾患のイメージを、そのまま魔力マナ回路ラインに当てめたら分かりやすい。


「こ、のっ……早く出てこいって……っぅの!」


 それらを全てかき集めてしっかりと掴んだあたしは、最初はゆっくり引っ張っていたが、途中で引っ付くように引っ掛かりかけたのをみて、強引でも一思ひとおもいに引き抜いた方がいいと判断、勢いをつけて一気に体外まで引っこ抜いた。


「ふみゃああぁっ!!」


 絶叫し、びくんっと大きく跳ねるセイ君。

 全身から力が完全に抜け、くたりと寄りかかってきたセイ君の首筋の点穴からは、湧き水のように魔力マナあふれ出してくる。


「む、無色透明!?」


 初めてセイ君の魔力マナをしっかりと視認したあたしは、こんこんと湧き出る泉のんだ清水せいすいのような、かつ、綺麗な一定の波形をした魔力マナに驚く。


 普通どんな人でも精霊でも、保有する魔力マナに独特の色や波形がある。


 それはその人物の()()()

 個性であり、また特徴でもあり、また生きてきて体験や経験が反映された人生そのもののカタチだ。


 つまり、誰一人として同じパターンは存在ないと聞いている。

 同じような色に見えても波形が違ったりするから、慣れたら個人の特定に便利だと。


 この世界にくる前に狭間でソルちゃんからそう聞いたし、ここにくるまでに多くの人族や精霊の魔力マナを実際に視て、そして感じてきている。


 星気と同じ無色透明な魔力マナ持つ者がいるなんて……!

 けど、無色透明なんてあり得るの?


 しかもこれ……。


「美味しい……」


 その魔力マナを大量に取り込んだあたしの身体が、極上の魔力マナの味に震え、思わず喉が鳴ってしまう。


 何でセイ君から星の生命エネルギーである星気とそっくりの魔力マナが?


 あたしの中に溶け込むように、するりと抵抗なく入ってくるセイ君の魔力マナ


 全くロスが生じず、全てがあたしの魔力マナへと変換され、自分の力へと変わっていくのに気付いて、その正体を悟る。


 いや、これは……厳密に言えば、星気じゃない。

 セイ君というフィルターを通して万人受けするように調整、精製された、高品質高密度の濃縮魔力マナだ。


 むしろ大味で消化しにくい星気を丁寧に噛み砕き、誰でも楽に吸収しやすいように気配りされている。

 例えるなら、乳幼児にも与えられるように調整された栄養価の高い離乳食のようなモノ。


 だからかな? セイ君が多くの精霊達を引き付け、その力を容易く引き上げて強化出来るのは。

 むろんそれだけが理由じゃないんだろうけど。


 けど、あたしでもセイ君の魔力マナを簡単に吸収出来ると分かれば、もう話は早い。

 こっちから無理やり吸い出せばいい。


 初めは手の点穴から吸っていたけど、それでは物足りなくなったあたしは、スピードを上げる為にも、セイ君の首筋に直接口を押し付けた。


 その首筋に噛みつくような体勢になりながら、あたしの舌の点穴をセイ君の首筋の点穴とを一瞬触れ合わせて臨時の経路パスを形成すると、勢いよく吸い取り始める。


「ひぅっ! あ、あぁ……」


 力無ちからなげにでものがれようとするセイ君を押さえ込みながら強引に吸い取り、更に首以外の他の場所の点穴もあたしの魔力マナつつんで潜り込ませ、こちらも優しく撫でるように魔力マナ回路ラインを拡げてやる。


 うん、だんだんコツが掴めてきたよ。

 魔力マナの引き抜きは首筋ここだけにして、全身の魔力回路ラインの拡張作業を優先しよう。


 働きの悪かった点穴を次々に見つけては拡張させていくと、ようやく本来の働きを取り戻したのか、更に魔力マナが大きく漏れ始める。


 全身から松明の炎のような感じで魔力マナを放出し始める中、多少顔色が良くなってきたセイ君だけど、それでもまだまだ放出が足りていないみたい。


 いやそれだけじゃなく、新たに大量の星気を吸い込んじゃってる。


 一体どれだけバランスが狂っちゃっているのよ、もう。

 これじゃ、いたちごっこじゃない。


 こうなったらセイ君が自力で制御出来るレベルになるまで、あたしが全部食べ続けるしかないか。


 正直、尻尾に貯蓄した魔力マナが残り半分になっていたから、どうせ補給するならセイ君の魔力だけであたしをお腹一杯にして……。


「──そこの仙狐。巫女姫の症状はどうだ?」


 セイ君の魔力マナを吸収するのに夢中になりかけていたその時、横合いからそんな声を掛けられ、びくりと身体を震わせる。


「ひゃっ!? フェ、フェーヤ?」


 一瞬混乱したあたしが声がした方向を見上げると、そこには宙に浮いたフェーヤがこちらを覗き込んでいた。


 あれ? 

 フェーヤってこんな喋り方してないよね?


「……誰? 何でフェーヤとそっくり?」


「ああ、なるほど。途中から来たから知らないか。俺はファルナダルムという。そうだな……。

 うむ、この地の世界樹の意識体だと思ってくれたらいいだろう。今、巫女姫の力を得て、この事態を終息させる為にフェーヤの身体を借りている」


「ファルナダルムぅ!?」


 ちょっと!?

 どうしてそんな過去の英雄の名前がこんな所で出てくるの!


 慌てふためいたあたしはすぐ傍まで来ていたアルメリアさんの方を思わず振り向くと、冷や汗を垂らしまくった彼女の姿があった。


「……ファルナダルム様。その……大変お久しぶりでございます」


「お前と直接会話するのは、新任の樹木の精霊(ドリアド)を紹介して預けて以来だから……約百年ぶりか?

 まあ、我ながら随分長い間寝ていたなと思ったが、起きたらこんな有様だ。おかげで目覚めの気分は最悪だが」


 不機嫌さを隠そうもしないで、フェーヤちゃん。いや、ファルナダルムさん。

 ……もう。ホントややこしいなぁ。


「そもそもアルメリア。こうなる前にもっと早く異常に気付け。

 あと……次世代の巫女に、俺の事を引き継ぎするのを忘れただろう? フェーヤは俺の存在を知らなかったぞ?」


「も、申し訳ございません。その……教えたつもりだったのですが、抜けていたようで」


「全く……。慌てたり落ち着きを無くすと、説明が抜け落ちる癖が未だに治ってないではないか」


 大きく溜め息をついたファルナダルムさんは、一瞬虚空を見つめ、


「──成る程……これは仕方ない……か?

 継承の儀の際、奴らのせいでごたごたしていた事情を()()()()()。今回は不問にするが、ちゃんと後で詳しく継承しておくように」


「は、はい。承知しました」


 ぺたりと床に土下座をしたまま返事をするアルメリアさんに、腕を組んで宙に浮いたままのフェーヤが溜め息交じりに許しを与える。


「それよりもまずはそちらの巫女姫だ。先の衝撃で抜けてしまった樹精樹おれの端子を再接続しよう。これでそちらの仙狐が無理に吸い出すよりも、体外星気マナと体内魔力マナの調律も含め、回復を早められる筈だ」


「あっ……」


 あたしに抱きかかえられていた半ばぐったりとしているセイ君を、祭壇の方から伸ばしてきたつるで絡め捕ると、身体のあちこちの点穴に先端を潜り込ませていく。


「──これ、セイちゃんは安全なんでしょうね?」


 確かに見た目的にはつるに巻き付かれ、更には身体のあちこちに突き刺さっているように見える為に、パッと見、全く治療行為に見えない。


「犬族の少女よ。そこはしっかりと対処しよう。俺も姉御に怒鳴られたくはないからな。

 そもそもだ。事が終われば、精霊化を解除すれば良いのではないか? 元のエルフに戻れば、流石に魔力マナ酔いは治る筈だ」


「「あ!」」


 盲点だったよ! その手があっ……。


「──まあこの体調のままで、精霊化が解除可能になるかどうかは分からんが」


「「どっちなの!?」」


 再びあたし達の声がハモる。


「……ふぇ? なに……っんぁ?」


「セイちゃん!」


「大丈夫!? 私が判る!? どこか痛い所とかない!?」


「……んー? れとしゃん? ちぃりる? おはよーごじゃいます?」


「セイさん……。良かったです」


 あたし達の声に反応し、身動みじろぎしたセイ君。

 呂律ろれつが回っていないし、まだ寝惚ねぼけたみたいにボーッとしているけど、何とか意識を取り戻してくれたようだ。


「ほら、お姫様がお目覚めだぞ。後は……っと、それよりもだ」


 思案顔だったファルナダルムさんが急に視線を向け指差した先には、さっきまで魔法をぶちかましていたボス敵カルネージスがまだ生存していた。


 壁際まで追い詰められているようだけど、なんでまだ五体満足でいるのよ。


「オルタヌス、クラティス。お前らいつまで()()をここに残している? いい加減とっとと潰せ。色々落ち着かん」


 もう周囲に邪気は存在していないようだし、こうしている間にも世界樹の浄化作用によってどんどん弱っていっているみたい。


 だから、何かしようとしてもどうにもならないと思うんだけど、確かにいつまでもここに居座られたら迷惑だ。さっさと潰して貰わないと。


 あたしもそう思っていたら、


「あのな……。さっきから後ろが気になって、こっちに集中出来るわけないだろうが」


 少し離れた位置であたし達のやり取りをずっと見ていたらしいオルタヌスさんが文句をいう。

 そう、あたしの方を凝視しながら。


 見れば、アーサーさんやマーリンさんは我関せずと、微妙にこちらから視線を逸らしている。


 神官服を着た少女と共にいるエルフ男性もこちらに背を向けたままだし、ファルマンさんにいたっては、メディーナさんに耳栓と目隠しを付けられていた。


「……な、何の事かなぁ?」


 流石にやっちゃった感が強い。

 気まずくなって、あたしも視線をらす。


「──ユイカさん。巫女姫様と仲が宜しいのは結構ですが、緊急事態とはいえ、少し時と場所を選んで下さいね」


「ごめんなさい」


 微笑ほほえみをたたえたままのクラティスさんにまでチクリと言われ、素直に謝る。


 この世界樹の中に突入後、実は迷子になりかけていたあたしをここまで連れてきてくれた人達だ。


 それにこの二人、セイ君にとって重要な関係者になるのは確実。


 当然ながら、あたしも彼らとはいい仲間関係でいたい。変にごねて変な子扱いや、ギクシャクする原因を作りたくなかった。


「まあ俺らに謝れても困るけどよ……」


 頭をガリガリときむしりながらボヤくオルタヌスさん。


 こんなやり取りをしている間でも、何故か所在なさげに突っ立っているだけのカルネージスの方へと、オルタヌスさんは視線を戻した。


「──さて、早く潰して排除しろと注文が入ったわけだが? とりあえず最後に訊いてやる。言い残したい事はあるか?」


「……あるに決まっておろう」


 やけに素直に返事を返し、会話を続けようとする敵の姿に、あたしは違和感を覚える。

 けどそれが何なのか、そこまでは分からない。


「この身体は分体じゃから、本体の儂に影響はほぼないとはいえ、このまま疑似核を討伐させてやるのも業腹での。出来れば逃がしてくれんか?」


「馬鹿か、クソジジイ。俺達がそれを許すとでも思うか?」


「思わんの」


「だったら、何でそんな事を……」


 オルタヌスさんの言葉の途中で、いきなりカルネージスがニィッとわらった瞬間、あたしの背筋に悪寒が走った。


「オルタヌス!」


「伏せろっ!」


 二人から警告が飛ぶ!



 そして──轟音!!



 あたしとティリルはセイ君へと飛び掛かり、二人で床へと強引に引き倒して伏せた次の瞬間、あたし達の頭上を爆風が通り過ぎていく。


 ファルナダルムさんがあたし達の周囲を急速に伸ばした枝葉でおおいつくしてくれ、様々な衝撃や降りかかる破片から守ってくれる。


 けど、音だけはどうしようもなかった。

 咄嗟に狐耳を塞いだものの、耳の奥がずんと重く、耳鳴りまでしている。


「うきゅぅ……目がチカチカするよぉ」


「セ、セイさん!? ごめんなさい、ごめんなさい!」


 全く備えの出来ていない状態で爆音を食らい、更に押し倒された際に床へと後頭部を打ち付けてしまったセイ君をティリルが慌てて介抱する中、あたしは問題の場所へと目を向ける。


 奴の──カルネージスの隣にぽっかりと空いた巨大な穴。

 その穴の先に見えるは、上弦の月。


 な、なんなの、この威力!?

 頑丈な筈の世界樹の外樹皮を貫いて、ここまで貫通したの!?


 ハッとする。


 みんなは?

 みんなは無事!?


 慌てて見渡す。


 アーサーさんはマーリンさんは壁際まで吹き飛ばされてはいるものの、周囲にマーリンさんが展開した結界が残っているところを見ると、二人とも無事みたい。


 レトさんはこちらの様子を気にしながらも、すぐ傍にいたアルメニアさんを庇ったようだ。


 少し離れた場所にいたエルフの男性は隣にいた少女をしっかりと護り、メディーナさんはファルマンさんを抱き抱えるように床へと押し倒していた。


 いち早く気付いて警告を発したクラティスさんはというと、あたし達の傍……いや、セイ君の前まで後退し、油断なく周囲を見回し、いつでも抜き放てるよう腰のサーベルに手を掛けている。


 そして大穴の正面には……。


 ──大剣を床へと突き刺し、片膝をつき、空間結界を張った体勢のまま動かないオルタヌスさんの姿が……。


「オルタヌスさん!?」


「……問題ねぇよ、ユイカの嬢ちゃん。それより気を付けろよ」


 顔を上げ、大穴の奥を睨み付ける。


 そしてそこから現れたのは……。


「──おーい、取り敢えずダムドのおっさんに言われて迎えに来たんだけど、カルネの爺さん生きてるかぁ?」


「遅いわ馬鹿もん! 儂が呼んだら、とっとと救援に来ぬか!」


「とは言われてもなぁ……っと?

 おぉ、勇者に精霊島の守護者、空飛ぶ巫女ちゃんに……。ふーん、凄いことになってるなぁ。いわゆる豪華メンバー勢揃いって奴?」


 へらへらとわらいながら、キエルが開いた巨大な穴から現れたのだった。





「──貴様……ッ!。一体何をした? こうも容易たやすを壊すとは……」


「おおっ!? すげぇ! ロリエルフちゃんが俺言葉とか、レアパターンだな!

 あ、でも全然似合っていないから、止めといた方がいいんじゃないかな?」 


「ふざけた事を……!」


 そう吐き捨て、ギリギリと歯軋はぎしりが聞こえそうなくらい歯を食いしばって睨み付けている。


 そんなファルナダルムさんの様子を一向に気にせず、あくまでもマイペースなキエルはカルネージスの方へと歩み寄り、


「でさ、爺さん。ユーネちゃんから頼まれていた()()は手に入ったのかな?」


 アレ? アレって何?

 コイツら泥棒までしてるの?


「その辺は抜かりないわ。しかしの……お主、もう少し我らが盟主ユーネ様に対する言葉遣いを何とかせい」


「えー。でも俺、敬語苦手なんだよなぁ。ユーネちゃんも構わないって言ってくれてるし、別にいいんじゃね?」


 あいも変わらずふざけた事を!


 へらへらと会話しながらそのカルネージスの傍に立つと、牽制の為か幅広の剣(ブロードソード)をこちらへ向けようとして……。

 そこに来て、ようやく剣呑けんのんな空気をまとうあたしに気付いたのか、目を見張った。


「あれ……? そこにいるのは神城かみしろさんに……そっちは高辻たかつじさん? 短時間にえらく姿が変わったね。やっとクラスアップしたの?」


「だから……ッ! いい加減にして!」


 それに大きなお世話だよ!

 本当にいらつく奴!


 桐生(キエル)とこの世界で初めて顔を合わせたティリルも、今のやり取りでコイツの正体に気付いたみたい。びくりと大きく身体を震わせて、隣にいたセイ君へと抱きついた。


 キエルが放っているプレッシャーと、今まで学校などで桐生から受けた嫌がらせ行為を混合させてしまったのか、セイ君にしがみついたまま、カタカタと震え出したティリル。


 まだどこかぽやっとしたままのセイ君だったけど、それに気付くや否や、そっとティリルを抱き締めると、落ち着かせるようとしたのか、その背中や後頭部をゆっくりと撫で始める。


 あたしはそんな大切な幼馴染達をまもるように、前へと出ながら、


「あたし散々言ったよね!? エストラルド(こっち)地球(あっち)の名前を出すなって!」


 言っても無駄と思いつつも、そう吠える。


 夕方にコイツと対峙した時よりも、あたしは強くなった筈だ。

 これで次こそは……とも思っていた。


 けど……。


 ソルちゃんが切っ掛けを与えてくれたおかげで、少しは強くなれたと思ったのに、コイツ相手にはまだまだ足りてない。

 一体どれだけこの男は前を行っているの……?


「でさ。そっちは……スレで大人気のエルフちゃんだね。いや、今は犬耳ちゃんモードか。

 あははは、お久し振り。バライスで会った時以来だね」


「んー? だれぇ? 知らなぁいよ」


 あたしの苦言をあっさりと無視し、今度はセイ君へと片手を上げて馴れ馴れしく語り出すキエルに対し、魔力マナ酔いからまだ完全に回復していないセイ君は、ぽわぽわした表情のまま小首をかしげる。


 まだしっかりとした意識が戻っていないのか、どこかうわの空のようなセイ君の返答に、上げていた手がわなわなと震え、キエルの目つきがきつくなっていく。


 へへん。いい気味だよ。そのままこっぴどく……って、あっ! 

 これ、ヤバっ!


「あ……あはは……もうやだなぁ。俺の事を覚えていないなんて、照れ隠し……だよね? ね、ねぇ? 御陵みささぎ()()も相変わらず冗談きついね」


「んー? 会ったことある? それにボクはこっちじゃセイだよぉ? そっちの名前で呼ばな……もががっ」


 下手に声を出したり行動を起こす訳にもいかず、どう対応しようかと迷っているうちにセイ君が正直に喋り出してしまい、結局セイ君の口を強引に塞ぐ事になってしまった。

 でも、セイ君が御陵みささぎ理玖りくだという事が、これで間違いなくキエルにバレた。


 普段のセイ君なら絶対にしないミス。

 桐生キエル相手に、今のセイ君の状態──どう見ても女の子と丸分かりの姿恰好で、同一人物だと言質げんちを取られてしまったらどうなるか、分からない筈ないのに……。

 こんな状態じゃなければ……。


「──やっぱりか……やっぱりかよ。あははは……やっぱり俺は間違ってなかったよなぁ? 本当に俺の事ここまで無視して、誤魔化して、そこまで高辻の野郎と一緒にいたいのかよ……?

 いや、あの野郎が御陵()()()を自分のモノみたいに拘束してるんだ……そうだ、そうに違いない……」


 だんだんと能面のような表情に変わっていき、呪詛を吐き出し続けるキエルの様子に、あたし達はセイ君の口を塞いだ体勢のまま青褪あおざめていく。


 ごめん、お兄ちゃん。

 ホント最悪だよ、この展開。


 どうしてここまでセイ君に執着するのか分からないけど、誤解が誤解を呼んで、最悪な事態を生みつつある。


「──何だ、コイツは?」


「話を漏れ聞くに、巫女姫様の知り合い……いや、どちらかというと敵対しているようですが……?」


「……明確な敵です」


 完全にイッちゃった目で壊れたスピーカーのようにブツブツ呟いてはわらうキエルに武器を向けたまま、戸惑ったようにこちらに確認してくる二人に、あたしはきっぱりと答える。


「手加減も慈悲も全くいりません。犯罪者ですし、後腐あとくされのないようにむごたらしく討伐して下さい」


「むぅー、ふむむっ」


「酷いなぁ、高辻さん。まあそこまで俺のハーレムに混ざりたいというなら、御陵みささぎちゃんと一緒に可愛がって……」


「誰がいつそんな事言ったッ!」


「あー、何となく察したわ。苦労してんな」


「……成る程、ね。色々とよく解ったわ。コイツが……」


 口を押えられて苦しいのか、あたし達から逃れようとしてジタバタと力なく暴れるセイ君をしっかりと抱き抱えながら、ふざけた妄想を垂れ流すキエルにそう怒鳴り返したところで、オルタヌスさんにしみじみと言われてしまった。


 その横でやり取りでピンと来たらしいレトさん。戸惑いのその表情が完全に消え失せてその瞳が剣呑な光を灯し、インベントリーから新たなガントレットを取り出してその手に装着する。


「自分の都合のいいように解釈して、人の話を全く聞かないタイプですね。話し合いはまず不可能かと」


「そもそも悪鬼の使徒と話し合う事なんかねぇよ。気ぃ入れろよ。コイツおつむと言動はアレだが、世界樹の防御を貫通させた事といい、かなりつえぇぞ」


「護りながらでは……確かにきつそうですね」


「出来る限りこちらでバックアップします。護衛は私とマーリンが……」


「あのさぁ……お前らさぁ。やる気になってるとこ悪いんだけど、俺達もう帰るから」


 アーサーさんの台詞を遮って、隣にいたカルネージスの襟首をガシッと掴みながら、友達の家から帰るような気軽さで宣言する。


「……なに?」


「こりゃお主、一体どこを掴んでおる……」


「だってさ。このままのんびりしてたら、世界樹に壁穴塞がれちゃうし、この爺さん連れて帰れなくなっちゃうじゃん。

 という事でさ。今回は残念だけど、また今度別の機会に、落ち着いた場所でゆっくりと会おうね。ボクの可愛い天使ちゃん」


「ふぇ?」


「帰るならとっとと帰れ!」


「お、おい。仙狐よ。何を言って……」


 手を振られてキョトンとしているセイ君を背後に隠すようにして、あたしはひそかに展開していた大量の『ライトランス』の魔法陣を発動させ、壁の大穴の前にいるコイツらに向けて隙間なく並べると、一気にぶっ放す。


「もう二度とあたし達の前に顔を出すなッ!」


「ひぃっ!?」


「うおっ!? やべぇ!」


 力を殆ど失っているカルネージス。

 あたしの攻撃をみて、恐怖と絶望の色に染まったカルネージスの襟首を引っ張って、キエルは慌てて穴の先から外へと飛び出した。


 そこに殺到したライトランスも、世界樹の壁を傷付ける事なく、全て穴から抜けて外へと飛び出していく。


「べぇーだ!!」


 本当に最っ低な奴らッ!

 もっともっと強くなって、絶対にあたしがセイ君を守るんだから!





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