135話 待ち人来たりて
「起動!!」
フェーヤと繋いでいた手を離すと、アルメリアさんがしていたみたいに端末瘤を完全に稼働させる。
光を放つその実──結晶を両手で労るように包み込み魔力を注ぎ込み続けていると、ソレは更に煌々と輝き始め、多数の蔓を伸ばし始めてボクの腕や身体にまで巻き付け、そしてあちこちに突き刺さり始める。
「セイさん!?」
「大丈夫だから!」
むしろ身体が楽になり始めた。
見れば視界に映る侵食率の表示が少しずつ減っていく。
どうやらボクの身体に滞留している邪気を吸い取ってくれているらしい。微増から微減に転じている。
こちらに駆け寄ってきたレトさんやラウシュさんにもそのことを伝えると、厳しかったその表情が若干和らいだ。
「焦らせないでよ、もう!」
「すいません」
レトさんはボクの前に出て、虚空の穴から盾を二つ取り出し、ラウシュさんへと渡す。
「動けなくなっちゃったわね。大丈夫なの?」
確かに肉体的にも樹精樹と繋がったボクは、これで完全に動けなくなった。
でもこれは……この結晶は、ドリアドさんを包んでいるのと同じ存在だ。
「何かあれば、樹精樹さんが守ってくれますよ」
「あんまり頼りにされても困るぞ」
やれやれといった感じで、フェーヤ。
だけどその表情は今までの彼女とは違い、かなり硬い。目の前で抵抗を続けているカルネージスをきつく睨み付けている。
「巫女姫の協力者よ。邪気そのものを使った攻撃以外は、そちらで何とかしてくれ」
……ん? 巫女姫?
「……分かりました」
自分の妹の内にいる存在に気付いたラウシュさんが彼女へと一礼し、盾を構えて警戒を始めた。
レトさんもそれに倣う。
「──ホントに無茶するんだから……今回は仕方ないけども」
ごめんなさい。
その、まだ無茶をします。
「セイちゃん! そちらは大丈夫か!?」
「こちらは気にしないで下さい!」
離れた位置でアーサーさんとメディーナさんの治療をしているマーリンさんが大声で問い質して来たので、同じように大声を出して答えを返す。
「今のうちに回復を優先して!」
水晶体へと更に自身の魔力を注ぎ込みながら、次の手を準備する。
そう、出来るだけこの広間から邪気を取り除き、そして奴を弱体化させる!
「再起動! 最大出力で稼働始めよ!」
「なぬっ!?」
このエリアの浄化力を最大限まで高めるため、樹精樹から繋がる全ての世界樹から力を少しずつ借りて、弱々しい光しか灯っていなかった目の前の祭壇を遠隔で再起動する。
段々と力強い光を放ち始めるが、それと同時にボクの魔力が樹精樹の端末結晶を経由して祭壇へと吸い込まれていき、急激に減っていく。
「……くぅ」
魔力不足で発生する頭痛を歯を食いしばって耐える。
危険なライン寸前でなんとか減少は止まり、気絶だけは免れる。
「……ふたりとも後はお願い!」
すぐさま身体を支えてくれるティリルから魔力も分けて貰いながら、ボクは叫ぶ。
「応ッ!」
──はいっ! お任せ下さい!
今や光を激しく吹き上げる祭壇に向かって、フェーヤは駆けていく。
「させるかっ!?」
「『ライトニングボルト』!」
「ぐごっ!!」
「振り返らず走れ!」
拘束しようとしてくる蔓を放置したカルネージスは、身動きが取れない状態になりながらも、フェーヤに向かって生み出した無数の水弾を放とうとした。
が、そこへ先手を取ったマーリンさんの電撃魔法が直撃する。
それらは展開していた水弾にも影響を及ぼし、それらを弾け飛ばした。
ここが勝負所と、アーサーさんとメディーナさんが走るフェーヤとカルネージスの間に飛び出し、マーリンさんが更に複数の魔法陣を起動し始める。
「ここは死んでも通さん!」
「お爺ちゃん耄碌しちゃったからねぇ。無理じゃねぇの? けけけ」
「このっ……! 死に損ないどもが、儂の邪魔をするなぁああっ!」
安い挑発にあっさりとキレたカルネージスは、その身に纏う邪気を更に膨張させる。
弾けるように全ての蔓が引きちぎられ、遂に拘束を抜け出してきたカルネージスは、アーサーさんとマーリンさんが飛ばす斬撃や魔法を躱しつつ走るフェーヤへと杖を向けた。
「お?」
何かに気付いたような動きをみせたメディーナさんは、ニタニタと奴の背後を指差す。
え……?
彼女の動きに釣られてその方向を見てしまったボクは、濃い邪気の壁からそっと顔を出した男を目撃してしまった。
しかもバッチリ目が合う。
壁を抜けてきたその青年……と言うには少し無理がありそうに見えるその筋肉質な大男は、妙に存在感を感じなかった。
何らかの隠形系統のスキルをつかっているようだ。
ボクに向かってイタズラっぽく笑いながら口元に人差し指を当てると、いきなりその姿がズレて更に存在が希薄になっていく。
別次元へとその身をずらした?
精霊眼では辛うじて彼の居場所を感知出来たけど、それも動き出すまで。
背に担いだ大剣をひっ掴むと、両膝を曲げ、次の瞬間にはその姿が掻き消え、どこに行ったのか分からなくなった。
いや、上か?
前より更に樹精樹と深く繋がっているためか、この広間の状況が、この里の状態までもが手に取るように分かる。
「今だ! 後ろからバッサリやってくれ!」
わざとワンテンポ遅れてメディーナさんがそう言い、その声に釣られてカルネージスがつい身構えながら振り返るも……当然背後には誰もいないわけで。
「やーい、引っ掛かってやんの」
けらけらと指差して笑う彼女の言葉に、背後で本当に起こっていたことに全く気付いてないカルネージスは青筋を立てる。
「こっの、クソ女がっ!」
「お、今度は上が危ねぇぞ」
今度は本当のこと言うの!? と思ったけど、カルネージスはそれも挑発だと受け取ったようだ。
見上げすらしない。
てか、メディーナさんって何でアレが見えてるのさ?
「五月蝿いわ! もうその手には乗らんぞ! 貴様から死……」
「──おめぇが死ねやぁ!」
「ッ!?」
広場の天井を蹴り飛ばし、カルネージスの背後に向かって急降下してきた大男。
その手に握られた巨大な大剣が奴の肩口を捉えると、その勢いのまま袈裟斬りに振り抜かれ、奴の身体を完全に両断した。
その左右に分かれた身体は、そのまま床へと落下していく。
「殺ったか!?」
アーサーさんの馬鹿!
それ言ったら駄目だってば。
フラグ立てちゃったよ。
二つに分かたれたその身体が途中で崩れるように霧散し、濃い邪気の霧となって出入口の方へと流れていく。
その霧はそこに在った邪気を取り込んでいき収束、凝り固まって粘性生物のようなカタチとなった後、人型を取って五体満足なカルネージスが現れる。無くなっていた左腕もついでに再生させたようだ。
「──何故じゃ! 何故貴様がここにいる!?」
床に大剣をめり込ませた状態のまま、視線だけで行方を追っていた大男に、カルネージスはヒステリックにも叫ぶ。
「いやあ、なぜって言われてもなぁ」
がっちりとした体格で全身筋肉の塊のようなその巨漢は、カルネージスの方へと向き直ると、軽々とその馬鹿デカい大剣を片手で引っこ抜き、剣の腹を肩に乗せながら、ニッとやけに男臭い笑みを浮かべる。
「俺達がここに来た意味くらい分かんだろうよ。なぁ、『坎』のクソジジイ」
「──オルタヌス。そもそも貴方が余計な掛け声を掛けなければ、確実に核を狙い打ち出来たでしょうに。折角彼女が上手く調整をしてくれたのに、それを無駄にしてしまうとは」
いつの間にかボクの隣に立っていた貴公子然した優男が、その男に対して苦言を放つ。
「……まあいいじゃねぇか。そんな細けぇこたぁよ」
そっぽを向きながら、ばつの悪そうな顔をするオルタヌスと呼ばれた黒髪の男。
「クラティス。こういうのはな、復活再生出来なくなるまで斬り刻み続ければいいんだよ。そいで最後にこうプチッと潰すっと」
「相変わらず脳筋思考ですね」
「やかましいぞ。そもそもここにいるコイツは分体だ。本体じゃねぇ」
「……のようですね。まあ分体相手じゃ有効な手立てがありませんでしたからね。対処方法は概ねその通りなのですが……」
ちらりとこちらに視線を移した彼と、彼を見上げていたボクと視線が交わり、そして微笑まれる。
「ただ今回、そして今後は、彼女のおかげでもう少し楽が出来そうです」
いや、その、だからね?
こんなナリだけど、ボクは男だってば。
……まあ説得力皆無なんだけど。
ようやくやって来た二人の援軍。
彼らを改めて見やる。
最初に突入してきたオルタヌスと呼ばれた黒髪の巨漢。
はち切れんばかりの筋肉をした偉丈夫で、その身長は二メートルを軽く超えていた。
年のころは三、四十くらいのおっさ……壮年の戦士。
ただ、厳つさと言うよりも、どちらかと言うとお茶目な部分が見え隠れする愛嬌がある男性だった。
どう見てもパワーファイターで見た目通りに火力型ではある彼だけど、守備面に関しては、どっしりと構えて相手の攻撃を受け止めたりするような重装備偏重型ではなく、攻撃を身躱すための素早さを優先している回避重視の軽装備型に見受けられる。
事実、今の彼は精霊銀で出来ている部分鎧を申し訳ない程度に装着しているだけだ。
もう一人は……ボクのすぐ横に立つ銀髪碧眼の美丈夫。
相方であるオルタヌスからクラティスと呼ばれていた、長身痩躯な青年である。
オルタヌスが大剣ならば、こちらの彼はサーベルとレイピアを得物として扱うようだ。
その二本の剣を腰に佩いている。
身に纏っている装束も金属製の防具は一切身に着けておらず、軍服に近い形状の服飾にマントをしていた。
こうして見ると、彼はスピードと手数を優先した戦士だと想像出来る。
その二人は共に普人種の戦士のように見えていた。
だけど、二人ともただの普人種じゃない。
精霊眼が見通し教えてくれたことによると、彼らはエターニア様とディスティア様から寵愛を賜り、その力を極限まで高めた神御子。
つまりボクよりも格上クラスで、しかも先輩にあたる人達だった。
「嬢ちゃんがユズハの後継者か? 随分ちっこいな。しかも幼過ぎんだろ……。ちゃんと食べてるか?」
うぐっ。
「……小さいのは余計です。これでも十五です」
オルタヌスさんの言葉に内心ちょっぴりムッとなるも、それを何とか押し殺してなるべく普通に答える。
ってか、ユズハ?
誰それ?
普通に考えれば、それはボクの前任者。
つまりはボクの前にエフィの御子をやっていた人の名前だろうとあたりをつける。
ボクが次の御子に選ばれている時点で、そのユズハという人はもういないか、引退されたのだろう。
ただ、その名前は妙に頭の中で引っかかった。
しかも何故か懐かしさと……ほんの少しばかり痛みを伴って。
「あー、すまんすまん。つい、な。許してくれや嬢ちゃん」
その痛みのせいもあってか、押し殺せずにしかめ面をしてしまったのを見たオルタヌスさんは、ボクが気分を害してへそを曲げたと判断したのか、片手を上げて謝ってくる。
「ま、俺はオルタヌスだ。こんな俺だが、よろしく頼む」
「ちょっとオルタヌス。貴方はこんな可愛らしく素敵な女性に向かって、なんてことを言うのですか」
「俺はおめぇと違って、彼女の従者の家系でも何でもないからな」
「全く……。
──姫様。あの男が失礼致しました。私はクラティスと申します。以後、よしなに」
胸に手を当て、深々とお辞儀をされる。
「あ、はい……。こちらこそ……」
つい返事をしてしまってから、はたと気付く。
ちょ、ちょっと待って!?
姫様って何!?
しかもよく考えたら、この二人精霊関係者じゃないか。なんで女扱いしてくるんだろうか?
あの方々からボクのこと、聞いていないのかなぁ?
「あ、あの……。エターニア様からボクのことを……」
「貴様ら! さっきから儂の事を無視するでないわっ!」
「もちろん伺っていますよ。しかしその話は落ち着いてからで……今は御勘弁を」
怒声と共に飛んできた無数の邪気の塊を見もせず、白銀の闘気を纏わせたレイピアで正確に打ち貫き、撃墜、霧散させていくクラティスさん。
会話を行いながらも、彼の動きには全く焦りもなく、優雅さすら感じられる。
フェーヤの方も同様。
あちらはオルタヌスさんがメインとなって、アーサーさん達と協力しながらしっかりと彼女をガードしている。
「……無視してるわけじゃないんだけどね。会話の邪魔をしないで欲しいな」
キャンキャンと吠えるカルネージスへと、呆れた視線を向ける。
ようやく全員の安全が確保出来て、気分的に楽になっていた。それにもう時間稼ぎをする必要もない。
「もう詰んでるんだよ。分からないの?」
「貴様……!」
「ふふふっ。これが巫女姫様の月の精霊力。何と洗練された無駄のない濃密な魔力か。しかもまだ御子の段階で……まだ覚醒していない現時点でも、これ程までの支援能力があるとは。流石です」
にこりと笑みを見せるクラティス。
そう、オルタヌスとクラティスをしっかりと認識した後、パーティー強化枠が不足したためにティリルを外し、オルタヌスとクラティス両名をパーティーに編成し直したのだ。
二人の実力の底は分からないものの、フェーヤと樹精樹さんのペアが祭壇まで辿り着いた今となっては、本体でもないこの分体にもう勝ち目はないはずだ。
「遠くから飛び道具だけで攻撃してきて……ビビってる証拠だよ」
「ま、まだ言うか!」
だって、ねぇ。
ボクは周囲を見渡す。
この樹精樹で樹木の精霊の巫女をしているフェーヤが祭壇で祈りを捧げ始めたことによって、広場から邪気が淘汰され始めている。
それも急速に、だ。
それはボクが坑道で邪気を駆逐した状態と酷似している。それに……。
「──展開。『ライトランス』『ピュリフィケイション』魔法式合成……」
ほら。
ボクの耳には、声が聞こえるもの。
「なんっ!?」
出入り口をふさいでいる邪気の壁を背に、そこから邪気を補給していたカルネージス。
彼にとって、おぞましいと感じる光が。
それが壁の向こうから沸き上がる気配を感じ取ったのか、ぎょっとなってそこから離れようとした。
「──逃がさねぇよ」
樹精樹さんの声が耳に届く。
素早く絡み付く蔓。
四方八方から伸びた蔓がカルネージスをその場へと拘束する。
「──貫け! 浄化の槍!」
「ぎごっ!?」
全力で拘束を断ち切り逃げようとしたが、それよりも早く邪気の壁をぶち抜いてきた一条の光の槍が、カルネージスの脇腹を貫くと同時に消し飛ばし、そのまま飛び去って行く。
抵抗すら出来ず、白く輝く炎に焼かれ、身体が崩れ始める。
その邪気の分厚い壁にはその光の槍が通ってきた跡が、穴となったままぽっかりと空いていた。
そしてその穿たれた壁の穴からは、外で突入を待っていた下級精霊達がこの広間へと雪崩れ込んでくる。
「──形勢逆転だね」
精霊眼に映る闇色の珠。邪魂核……の複製核。
燃え崩れる身体から飛び出したその核が、まだ残っていた邪気の塊へと飛び込み、周囲の邪気を吸収しながら再び元の身体を構築し始めるのを尻目に、この広場に満ちていく精霊達へとボクは力を注ぎ始める。
「お、おのれ……このままじゃ済まさんぞ……」
「うわぁ、醜悪ジジイ発見。しかもしつこそう」
そんなコメントを残し、ボクを護るように前に立つ四つ尾の狐少女。
数時間前に分かれた姿とその姿は全く違う。
でも、何もいつもと変わらない。いや、どこか自信を取り戻したかのような立ち姿。
「ユイ……カ? その姿は?」
ボクの傍でティリルが呟く。
「──お待たせ。セイちゃん。ティリル。あたしの助けって、まだまだいるよね?」
「もちろんだよユイカ。さ、一緒に頑張ろうか」
黄金色の燐光を纏ったユイカは肩越しに振り返り、ボクの返答に花咲くような笑顔を見せた。
2018/7/16 ユイカが使った魔法奥義の名前を変更しています。
術式合成→魔法式合成へと変更。